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006:襲撃者

 数日後の深夜。


 森の館へと続く石畳の道には張り詰めた気配が満ちていた。木々の間から滑り出るように現れた黒衣の集団。その数、20余名。それぞれが剣、短剣、杖といった武器を手にし、瞳には獣のような光を宿している。獲物をウサギと定め、館へと忍び寄る。

 夜の静寂のなか、黒衣の集団は門の前に立ち、そっと門に触れた。軋む音を立てず、鉄の門が開く。黒衣の集団は木の陰に身を潜めながら、静かに敷地内へと侵入していった。


 そして、1人が屋敷の扉へと手を伸ばす。だが、その指先が扉に触れるよりも早く、空を裂いたナイフが黒衣の男の額へと走った。男は乾いた音と共に倒れる。ナイフは眉間に刺さり、男の命を奪っていた。残された者たちは即座に警戒態勢に入り、声もなく散開する。

 少し間を置き、屋敷の扉が音もなく内側から開かれた。現れたのは、黒い服に身を包んだ1人の男。銀の髪を撫でつけた執事であった。

「こんな時刻に、ずいぶんと賑やかな方々ですね」

 その声は驚くほど柔らかく、むしろ歓迎すら感じられた。だが、執事の手には銀の細剣が握られ、刃先に月光を宿していた。

 執事の言葉が終わるよりも早く、数人の黒衣が跳ねるように前へ出た。だが、執事の動きは、まるで風のように滑らかだった。

 執事が一閃。血飛沫が飛び、黒衣が沈黙する。1人、また1人と、黒衣の者たちが地に伏していく。

 剣を振るう執事は笑みを浮かべていた。


 館の庭園へと入った数人の黒衣の者たち。

 深紅のバラが咲き誇る庭園は、昼の光のもとでは優美な楽園だった。

 しかし、深夜の屋敷。

 庭園は、まったく異なる姿を見せる。深紅のバラは、黒紅に見え、血に濡れたような妖しき色に変わり、その花弁はまるで傷口のように開き、沈黙の中に不穏にささやく。

 そんな庭園の中央に、異質な存在が静かに立っていた。それは、古風な黒のメイド服を身に纏い、白いエプロンの裾を風に揺らしながら立つ、1人のメイド。

 メイドの手には、丸められたむち。しかし、それは、生き物のように微かにうごめいていた。

 先頭にいた黒衣の者が剣を抜いてメイドへと踏み込んだ。

 しかし、メイドは、2つに裂けた長い舌で自らの唇を舐め、わらった。

 メイドが腕を振りながら舞う。手にした鞭が踊り、空気を切り裂き、黒衣の者の喉元をかすめる。『バチッ!』と音がした黒衣の首は胴体から滑り落ち、庭の芝の上を静かに転がっていった。首の切断面からは血が溢れ、地面に濃い影を落としていく。

 メイドは狂気を孕んだ微笑で舞い続ける。1人、また1人と黒衣の者は地に伏していく。

 それを見た別の黒衣が踵を返そうとすると、黒衣の足元が突如として沈んだ。土が溶けるように泥濘でいねいと化し、抵抗する間もなく黒衣の脚を、腰を、そして胸元までを飲み込んでいく。

 そして、沈みゆく黒衣は、別のメイドが居るのを見た。双子のように似通った容貌のメイド。2つに裂けた長い舌をペロリと出し、彼女も、また愉悦に微笑んでいる。

 メイドたちの微笑み、夜の森に咲く毒花のように妖しかった。


 館の裏手。

 微かに血の匂いが漂う冷たい夜気の中、黒衣の者たちを先導してきたマフィアの執行人、ダミアン・フィレッティは重い息を吐いていた。

 連れてきた黒衣は傭兵。幾多の修羅場を潜り抜けた者たちが、1人、また1人と数を減らしていく。ダミアンは、今、明確な恐怖を抱いていた。

「あの執事と・・・メイドは・・・何者だ?」

 鋼より冷たく、蛇よりも滑らかに、死が、館の周りを這いまわっている。

「俺たちは強い・・・強い・・・ウサギを狩る」

 ダミアンは、自らに言い聞かせるように呟きながら、裏口の扉へと手を伸ばした。だが、その指先が扉の取手に触れる寸前、ダミアンは直感で腕を引いた。

 風が裂ける音とともに、手が有った場所に、銀光が奔った。ダミアンの判断が一瞬でも遅れていれば、腕は無くなっていただろう。

 ダミアンの前に現れたのは、黒い服を纏い、細い剣をもった痩身の女。緑の髪に射すくめるような赤い瞳をしていた。

 ダミアンの背後から数人の黒衣が斬りかかる。だが、女は一歩も退かず、むしろ舞うように身をひるがえした。空気すら切り裂く鋭さで刃が踊る。肉が裂け、骨が断たれ、黒衣の者たちは悲鳴を上げる間もなく地に崩れ落ちた。

 残されたのは、ダミアン、唯1人。

「化け物め!」

 ダミアンは、恐怖に怯えながらも、意地で剣を構えた。己の腕と誇りにかけて覚悟を決める。

 だが、女が動いた瞬間、剣は、風かと錯覚するほどの速さでは瞬いた。ダミアンの視界は反転し、体はゆっくりと膝を折り、首のない体が地面に倒れ伏した。


 やがて、深夜の喧騒は止んだ。

 血に濡れた空気は、いつしか冷たく澄んだ沈黙へと変わり、死の残り香だけを宙に漂わせていた。

 静まり返った館。一滴の血すら身に纏わぬ執事は館の重厚な扉をゆっくりと開き、深々と一礼する。

「旦那様。終わりましてございます」

 扉の現れたのは、館の主、ルヴェニュー男爵。黒いマントに金の刺繍が月の光を鈍く反射する。

「ふむ。ご苦労であった」

 応じる声は低く、水面に落とされた一滴の血のように闇の中へ波紋を描いた。

 男爵は左手を中段に掲げると、古代語の詠唱を呟いた。

 館の周囲の森の空気が微かに震え、木々の影の間より、土塊で出来た異形の人形たちが次々と現れた。人形は声も発さず、ただ、地に伏した黒衣の死体たちをズルズルと引きずり始める。破れた黒衣、引き裂かれた肉、魂を抜かれた抜け殻を、森の奥、闇のさらに奥へと運んで行った。


 人形たちが居なくなると、まるで最初から何事もなかったかのように、森と館は静寂を取り戻していた。

 風が枝を揺らし、夜の梟が鳴く。そして死と血が満ちた惨劇は、夜の闇に溶けいった。

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