表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

005:高利貸し

 夜のとばりが森を静かに包み込み、樹々のざわめきが館の石壁に響く頃。ルヴェニュー男爵の館では、重厚な扉の奥、魔石灯の光に照らされた晩餐の時が静かに始まった。

 黒檀のテーブルには、銀食器が整然と並び、赤い絨毯の上には足音ひとつ響かない。

 ルヴェニュー男爵は、深紅のベルベットに包まれた椅子にもたれ、手にしたワイングラスを傾けた。深いルビー色の液体が、グラスの内で艶やかに揺れ、芳醇な香りが静かに空気を満たしていた。

「このワイン、美味いな・・・」

 男爵の低い声が、静寂の中に落とされた。すぐ傍らに控える執事はうやうやしく頭を下げる。

「はい、旦那様へと献上された品でございます」

「ほう?誰からだ?」

 男爵の瞳がわずかに細められた。口元には、愉しむような、あるいは見透かすような笑みがあった。

「王都のワイルド商会より贈られました」

 執事の言葉に、男爵はワイングラスを静かに置いた。そして、わずかに目を伏せ、呟くように言った。

「ワイルド・・・あぁ、あの、高利貸しか。マフィアの下働きだろ」

 言葉の端ににじむのは、冷ややかなあざけりか、あるいは軽蔑けいべつか。

 男爵の記憶には、絹の衣を纏いながらも、泥を踏みしめて歩くような、小太りの男の顔が浮かんでいた。

「はい、さようでございます。彼らは貿易商の顔を持ちながら、裏では高利で金を貸し、弱き者を喰らう輩にございます。そして、マフィア、ヴェルドーネが裏におります。贈り物は、おそらく・・・」

「自分の臭さをワインの香りで隠そうとでも思ったのか」

 男爵の声は低く乾いていた。そして、ワインをもう一口。赤い液体が、まるで鮮血のように喉を潤してゆく。


 王都の東区、その喧騒に紛れて佇む壮麗な商館。それが「ワイルド商会」で、ルチアーノ・ワイルドの居城であった。

 正面には貿易商の看板が掲げられ、常に上等な酒と香辛料の香りが漂っていた。だが、目に見えるのは仮面に過ぎず、裏の世界に足を踏み入れた者で、ワイルド商会の「もう一つの顔」を知らぬ者はいない。

『高利貸し』

 人の弱みに漬け込み、財を喰らう金の獣。返済に窮した者からは家も、名誉も、時には命さえも奪い取る。そして、その金は、地下に巣食う更なる闇、マフィアの元へと吸い上げられていく。

 商館の裏手、広大な敷地の一角にポツンと建つ小屋がある。鉄の扉を開くと、階段が地の底へと続いていた。下りた先には、まるで貴族の私室を思わせるような豪奢な空間が広がっていた。煌々と灯る魔石灯が金と紅を交えた絨毯を照らし、壁には絵画が整然と飾られていた。

 最奥の一室、黒塗りの机を前に、ルチアーノ・ワイルドは椅子に深く身を預けていた。その目は蛇のように細まり、机の向こうに並ぶ金貨の山を、獲物を見定めるように見つめていた。

「ワイルド様、今月の売り上げはこちらになります」

 執事が恭しく差し出した帳簿と金貨の勘定。

 ワイルドは帳簿に目を落とし、数字を静かに追い、指先で机を3度叩いた。

「・・・これじゃ、いつもより足りないだろ」

 ワイルドの冷たい声が、部屋の温度を一段下げた。執事は一瞬、肩を強張らせながらも、平静を装い答えた。

「はい。幾人かが返済を渋っております。しかし、取り立て人は既に派遣しております。来月には遅れ分も・・・」

 執事の言葉を遮り、ワイルドは、帳簿を閉じた。その顔には、焦燥の陰が差していた。

 ここの売り上げは蓄財ではない。王都マフィアの頂点、アンドレア・ヴェルドーネへの上納であり、自身の忠誠の証でもあったのだ。

「ヴェルドーネ様が納得してくれれば良いが・・・」

 帳簿と今月分の金貨を金庫に納めると、ワイルドは満足げに鼻を鳴らした。分厚い金属製の扉を閉じ、3重の鍵を順に掛けた。

「今月も無事に終えたな・・・」

 ワイルドのポツリと洩らした言葉に、安堵と緊張が微かに混じっていた。ワイルドは部屋を後にする。その背を追って、執事が扉や魔石灯の確認を怠ることなく、最後に入り口の鉄製の扉を閉めた。

 そして全てが夜の静寂へと沈んでいった。


 その数時間後。

 王都の夜に冷気が降り始める頃、誰にも気づかず、1台の黒い馬車がワイルド商会の裏手、石塀の脇へと止まった。

 やがて、馬車の扉が静かに開いた。そこから降り立つ2つの影。1人は黒衣を纏い、顔を仮面で覆った男。もう1人は痩身ながらも鋭い気配を纏う女だった。

 2人は石塀を軽やかに越え、ポツンと佇む小屋の扉へと近づいていく。女が懐から器具を取り出し、鍵を開けていく。そして扉は、最初から開かれていたかのように静かに戸口を開いた。

 暗い階段を2人は音もなく下っていく。廊下に並ぶ魔石灯はまだほのかに灯っており、床に2人の影を微かに落としていた。

 彼らは迷いなく最奥の部屋へと辿り着くと、男が金庫の鍵に指先を添えた。カチリ、カチリと、金属のささやきが静かに響く。第1の鍵、第2の鍵、そして第3の鍵が順に解かれていった。

 金庫の鉄の扉が開かれる。中には、金貨がずらりと積み上げられており、まるで宝の洞窟のようであった。女は持参した鞄を床に置き、丁寧に金貨を詰めていく。音を立てぬよう静かに金貨は鞄の中へと吸い込まれていった。

 男は、金貨のなくなった金庫に1枚のカードを置いて金庫を閉めた。そして2人は来た時とは逆に鍵を掛け、扉を閉めて馬車へと戻っていった。


 灰色の朝靄が王都を包むなか、ワイルド商会の地下深く、ルチアーノ・ワイルドは、重い足取りで金庫室へと向かっていた。その顔には、ボスへの「上納」の準備を整えねばならぬという表情が刻まれていた。

 金庫の3重の鍵を慎重に開けていく。ひとつ、ふたつ、みっつ。最後の鍵が外れ、重い鉄の扉が開いた瞬間、彼の目は金貨の輝きを探した。

 だが、金貨は、影も形もなく消えていた。

 金貨の代わりに置かれていたのは1枚のカード。濃紺のカードに銀のインクで描かれた「月夜に跳ねるウサギ」

 それを目にした瞬間、ワイルドの顔から血の気が引いた。視線が定まらず、口がわななき、ワイルドは腰の力が抜け膝から崩れ落ちた。

「ウ、ウサギが・・・奴が!」

 主の様子に驚いた執事が慌てて駆け寄った。そしてワイルドが指さしたカードを目にした途端、彼もまた、息を呑み、顔色を失った。

「こ、これは・・・あの、怪盗・・・!」

 執事は震える声を押し殺して後退った。

「ボ、ボスに・・・ヴェルドーネ様に報告を!」

 執事は、ワイルドの声に背を押されるように階段を駆け上っていった。


 鈍く冷たい空気が地下室に澱んでいた。重く閉ざされた扉が開かれ、靴の音が階段を打ち鳴らす。しばしの静寂ののち、幾つもの影が豪華な部屋へと足を踏み入れた。

 黒衣の男たちの中で、ひときわ威圧を纏う1人の男。名をダミアン・フィレッティといい、マフィアの執行人として名を馳せていた。

 沈黙を破ったのは、ワイルドの執事のかすれた声だった。

「こちらにウサギのカードが・・・」

 ダミアンは無言のまま、金庫の中央に置かれたカードに近づいた。革手袋をはめた手でそれをつまみ上げ、目を細めて見つめる。「月夜に跳ねるウサギ」のカード。

 ワイルドは脂汗を額に浮かべながら、震える声でダミアンに言い訳を紡ぐ。

「ダ、ダミアン様・・・昨日の夜までは、確かに金貨は・・・この目で確認して仕舞ったのです・・・し、しかし、今朝になったら、こ、このカードに・・・」

 彼の声は掠れかすれで喉の奥で潰えた。ダミアンの眼差しが、まるで冷たい刃のようにワイルドを射貫いていた。

「ウサギか・・・」

 ダミアンの低い声が地下の空間に響いた。次の瞬間、ダミアンは机にカードを叩きつけた。

「ワイルドさんよ!ウサギは誰だ?誰がこんな真似をしやがった?俺がブチ殺してやる!」

 ワイルドの体は恐怖で硬直し、次第に小刻みに震え始めた。唇は引きつり、言葉にならぬ呻き声が漏れ出す。ワイルドはダミアンの威圧に膝を折り、首をブルブルと振るばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ