四章 彼女と彼女
「ユキ~、聞いて~」
理子はユキの席に手をついて話しかけた。ユキは自分の席で本を読んでいるところだった。
「なに?」
ユキが本を閉じて理子を見上げると、理子はがっくりと肩を落とした。
「今日見に行こうって行ってた雑貨屋さん、来週オープンだったぁ。今日行くの楽しみにしてたのに~」
ユキは少し無表情になって、考える素振りをした。
「雑貨屋……」
「先週約束したでしょ? 今日オープンのはずだから、放課後一緒に行こうねって」
理子が訝しげに答えると、ユキははっとして笑顔を作った。
「そうだったね。ごめーん、ついうっかり忘れちゃった。何てとこだっけ」
「『ムーブ』ってとこだよ。オープンの日にち一週間まちがえてたの」
「そっかぁ、ざんねーん。じゃあまた来週行こうよー」
ユキは物忘れが多い子でした。
入学してしばらく経った頃には、前ほど別人のように暗くなることはなくなりました。
でもその代わり、私との約束や、クラスであった出来事をすぐ忘れるようになりました。
○ ○ ○
綻びが大きくなっていく。
もう私には埋められない。
もう二人では生きていけない。
私はそのことに気づいていたのに、ずっと知らないフリをしてきた。
でも、『もうひとりの私』はそのことに気づいていない。
私達が『私たち』を認めても、世の中が私達を認めない。
――死ぬしかないと思った。
ユキのためにも、私は死ぬしかないと思った。
○ ○ ○
実は私の友達は二人いたんです。ユキと、もうひとり。
私たちは三人で一緒に遊びに行く事はなかったけれど、それでも私たち三人は友達だったんです。
「最近はユキばっかりじゃない? 風邪でも引いたの?」
「ううん」
「そう……。じゃあ、もう1人は?」
「いないよ」
「いないって……え、どういうこと?」
「もういなくなったの。だからもう、私が杉野雪。私が本当の杉野雪よ」
そう言っていつものように明るい笑みを浮かべた彼女の顔を、見返すことが出来ませんでした。
――どうして? どうしていなくなったの? だって、彼女も私の友達だったのに。ユキと、『彼女』と、私と、三人で友達だったじゃない。
どこにいったの?
『彼女』は、何処に行ったの――?
○ ○ ○
ある日あの子が私に『しるし』をくれた。
「見て。これおまけで付いてきたの」
「なに、買い物にでも行ったの?」
私は読んでいた本を閉じて、あの子――理子の方を向いた。
理子は雪の結晶を模ったビーズの飾りが付いたピンを私に見せた。
「綺麗。雪にぴったりじゃない?」
そう言って理子は私の前髪をピンで留めた。
窓から入る夕日の光が、雪の結晶をきらきらと輝かせた。
なぜ理子がこれを『もうひとりの私』ではなく私にくれたのかは分からない。
けれど、少なくともこれは私のものだ。
共有ではなく、私だけのものだ。
でも、これをつけることはできないだろう。
だってこれは私と『私』を見分ける『しるし』になってしまうから。
「あげる。つけてね」
理子はそう言って笑ってくる。
私はピンを指先で触った後、微笑んだ。
「ええ、有難う」