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二章 杉野雪という彼女は


「り~こ、何やってんのっ?」


 杉野雪は理子の腕にするりと猫のように抱きついた。



「宿題。さーいあく、次当てられるんだもん」

「ふふーん。まっかせなさーい。私、今の単元得意なんだから!」

「えー、どうしよっかな。前回もそんな事言ってて間違ってたしなー」

「なっ! ふん、いいですよ。当てられて数学の池田にネチネチ言われても知らないからねっ」



雪はべーっと舌を出して、長い黒髪を耳に掛けた。わざとらしくふてくされてそっぽをむいてみせる。



「すいません、ゆきさん。やっぱり教えてくださ~いっ」


理子が両手を合わせて懇願すると、待ってましたと言わんばかりに雪は片目を瞑って見せた。


「しかたないですねー。じゃあプラムのケーキ一個で手を打ちましょう」

「うっわ、それが狙いか!」

「ふふん、好物のためならどんな努力もおしまないのです」





――杉野雪は人当たりが良い子でした。媚を売るわけでもなく、適度に愛想が良くて。

すぐ感情を表に出すし、割とさっぱりした物言いをするけれども、裏表がなくて人に好かれました。




 最初は些細な事だったんです。

休み時間、私がうっかり雪のノートを落としてしまいました。


「あ、ごめん」


何の気なしにそのノートを拾ったとき、開いたページに目がいきました。

私がその中身に気をとられていると、雪ははっとした様子で素早くノートを奪い取りました。


驚いて雪の方を見ると、雪は見たことも無いような表情で私を睨んでいました。

彼女はいつも笑顔です。でも時折、驚くほど凶暴な目つきをしました。


私は雪のノートの中身を思い返しました。

ある日は可愛らしい丸みを帯びた字で書かれ、ある日は角ばった淡々とした字で書かれていました。





――まるで、二人の人物がノートを共有しているかのように。







          ○   ○   ○



 ああ、ダメだ。綻びが出始めた。


それもこれも、あの子に関わりだしたからだ。


私と『私』の約束で、深く親しい人は作らないようにしようと言っていたのに、『私』はあ

の子と深く関わりだした。私への裏切りだ。


私は『私』のことが憎くてたまらない。


『私』は私の事を無視して、私との約束を無視して、どんどん進んでいく。


私は『私』と私の居場所を守るために頑張っているのに、『私』は頑張らない。



能天気で、腹が立つ。



          ○   ○   ○




「ねえ、りこ。今日プラムに寄ろうよ。新作ケーキはフルーツタルト! イチゴとオレンジとブルーベーリーが透明なゼリーでキラキラして……あー食べるのもったいない! でも食べたい!」


 雪は理子の隣に座って、うっとりと目を細めた。


「わー、新作出たんだ! それは絶対食べなきゃでしょ!」

理子は急いで教科書やノートを鞄につめる。

それを見て雪は理子の前に掌を突き出して、「だーめだめ」と首を振ってみせた。



「今日は文化委員の仕事があるんでしょ」

「あ、忘れてた……」

「ケーキはお預けかぁ」と、一気に落ち込んだ理子に雪は悪戯っぽく笑ってみせる。

「作文まとめるだけでしょ? 二人でやればさくっと終わるって!」

「手伝ってくれるの?」


天の助けを請うように見上げる理子に、雪は自分の胸をどんっと叩いた。


「まっかせなさーい、私だって早くタルト食べたいんだから!」

雪は長い黒髪をゴムでしばり、腕まくりをする。



「で、なんの作文だっけ?」

理子は誰もいない放課後の教室の机を何個か移動させながら答えた。


「前に書いたでしょ、『入学してから学校生活について』の作文。一年生は全員書いたから、コピーしてクラスごとの文集にするの」

「うっそ、それって何冊つくるの?」

「クラス全員分だから……四十冊くらい」


委員会から配られた、文集のページとなる作文の紙を机に並べながら理子が言うと、雪はがくっとうなだれた。


「そんなあー、今日中に終わるのー?」

「さあー、頑張って終わらせてタルトにありつくぞ~!」


理子が腕まくりをしてホチキスを手に持つと、雪は反して机に突っ伏した。


「今日こそタルト食べれると思ったのにぃ~」

「ほら、ユキさん、終わらせるぞーっ」


理子が無理やり雪の腕を掴んで拳を上に突き上げさせると、雪ががっくりとしたまま弱々しい声で続けた。


「お~……」




――ユキはいつも明るい子です。

私が落ち込んでいると、自分の失敗話を聞かせては私を笑わせてくれます。

でも、いつもユキは笑っていましたが、機嫌が悪いときだってありました。

そんな日のユキは人が変わったかのように暗くて、私が何を言ってもそっけなく返事をするだけでした。





          ○   ○   ○



 どうして私しか気づかない?


どうして『私』は気づかない?


仕方が無い。私しか気づかないのは仕方が無い。


だって、私は『私』を演じ続けてきた。


だって、私の存在は認めてもらえない。


どうして私は本来の私で友達と接することができない?


なのにどうして、『もうひとりの私』は本来の自分で生きている?


私は誰だ?


私と『もうひとりの私』は何が違う?


何も違わないじゃないか。髪も、目も、口も、鼻も、耳も、腕も、爪も、全部。

同じではないか。


なのになぜ『私』は自由で、私は不自由なんだ?


『私』は毎日生き生きしている。


私は毎日『もうひとりの私』を演じ続ける。


それならば本当は、私自身が『もうひとり』にすぎないのではないか?


『私』の影が私なのではないか?


私は何だ?


私は誰だ?











私は――――杉野雪なのに。



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