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「へぇ…へぇ…ってなんだよ、龍蔵!真面目に聞けよな!」
ぷんぷん。
龍蔵の反応に子供っぽく怒りを露わにするカオル。
「…はぁ…。」
しかしながら、むしろ龍蔵の反応こそ普通だろう。
龍蔵はまずフリやツッコミ待ちなのではと思った。
なにせあのあまりにもくだらない話からの、この真面目な話。
せめてこの類の真面目な話を切り出すならば、相応の空気感を作るなりしてからにするべきだろう。
「そう言われてもな…。」
「そう言われても…なんだよ…。」
付け加えて言うならば、この類の話…カオルが誰かを好きになったという話は、こんなふざけた話の振り方を除けば、毎度のこと。
そういう意味でも手慣れたものながら関わり合いになりたくない。そう龍蔵は思っていた。
「まあいいや、それじゃあ龍蔵頼んだ。」
「……一応聞くが何を?」
「え?だから普通に俺と彼女が付き合えるように…って、あっ!龍蔵待って!どこに行くの!もしかして彼女のところ?龍蔵、今回はチョ〜やる気じゃん♪」
「んなわけないだろ。だいたい俺はお前の想い人なんか知らないんだから。もう付き合いきれん。俺は帰らせてもらう。」
「ちょっ!待てって〜!」
なんて追ってくるカオルのことなど知らんと龍蔵はズンズン教室を進んで行き、ドアに手を掛けようとした。すると…。
ガラッ!
…龍蔵が触れるまでもなくドアが開き、手を引っ込めたところ、バフッと彼のお腹の辺りに軽い衝撃が走った。
「い、痛いれふ…。」
そう声を上げたのは、幼女童女少女…区分分けがわからないので敢えて表現するが、このどれかにしか当てはまらないであろう容姿をした女性。
彼女の名前は小毬萌。外見からはほとんどそうは思えないが、この学園の社会科の教師で、龍蔵たちのクラスの担任だ。
敢えて先生…というか大人に見えるところを言うならば、スーツに身を固めているくらいだろうか?
慌てて龍蔵がある種のコスプレにしか思えないスーツを着た彼女が鼻頭を痛そうに押さえていた。
「あっ…悪い。」
咄嗟に出てしまった敬語ではない言葉。
それに龍蔵はしまったと後悔するが、どうやら彼女は気にしてはいないらしい。
「いいえ、こちらこそごめんなさいです。先生も前を見てませんでした。」
ペコリと頭を下げる萌に龍蔵ももう一度彼女に頭を下げ、えへへ~と照れ笑いを浮かべる彼女に口元を緩ませた。
「それじゃあ、先生、さようなら。」
「はい、さようなら。気をつけて帰……?あれ?」
ぎゅっ。
龍蔵は咄嗟に服の裾を掴まれた。
「なにか?」
そう龍蔵が聞くと、考えるような仕草をした彼女は顔を上げ、自然と上目遣いとなった姿勢で聞いてくる。
「あの〜もしかしたらですけど、サボりですか?」
「ん?……まあ、そうなるかな?」
龍蔵はとにかく教室から離れることを考えていた。
だからその辺に無頓着だったのだが、よくよく考えて見ればそういうことになるのだろう。
「だ、駄目ですよ!サボりなんて先生許しません!」
あまりにも迫力のない「許しません」という言葉に龍蔵は「はぁ…。」と気の無い返事を返すと、萌が目元にジワッと涙を滲ませ、龍蔵にぎゅっと抱き着いてきた。
離さないもん!
とでも言うようなそれに龍蔵は今度は諦めのため息を吐くと、先生の肩をわかったからとポンポン叩き、席へと戻る。
「それじゃあ、朝のホームルームを始めます。日直さん…。」
こうして、逃げ出すことが叶わなかった龍蔵は、うるさいと授業中何度立たされても、しつこく営業をかけてくる友人Kのウザさ…もとい熱意(いい加減黙らせろという教室の空気)に押し負け、それを引き受けることになった。
あのとき帰っていれば、きっとカオルなら明日には忘れていたろうに…。