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「……。」
さて、龍蔵は現在、先日カオルにジュースを奢る必要なかったな…と、後悔というほどではないが、再度そんなふうに思っていた。
「カオルさん!」
「カオルちゃん!!」
「カオルくん!!」
…現在、カオルに一種のモテ期が訪れていたのである。
「いや〜、あはは。」
と、返すカオル。完全に調子に乗っているのがこんなにも短い言葉だというのにありありとわかり、おそらく周りに他の男子がいようものなら、恨みがましい視線なんてものを彼に送る物好きもいたに違いない。
ああ、そんなことをするやつは物好きである。なにせ…。
「「「どうかうちの部に!!」」」
…とまあ、こんなところである。そんなに簡単に理由もないのにモテ期なんてものは訪れません。
まあ、【ある種の】という枕言葉が付くモテ期…いわゆる部活のスカウトである。
なぜこんなことが起こっているのかというと、昨日、龍蔵とカオルが競ったことが、学園中に広がり、カオルの運動神経が並外れて良いことが広がったのが原因だという。
敢えてカオルを主役的に表現するとすれば、龍蔵は見事、当て馬の役目を果たしたというところか?
「いや〜、あはは♪」
…そんなわけで入部勧誘という明確な目的ありきの、このチヤホヤというわけなのだが…。
「あははは♪あははは♪」
と、このように喜びを露わにするカオル。
どうやら当事者たるカオルからすれば、そんな目的があったとしても、珍しくも女子にチヤホヤして貰えていることが嬉しいらしく、そんな普通なら熱も冷めるような言葉を口にされようとも構わないらしい。
「「「……。」」」
でも、まあ、カオルを取り囲む部活勧誘の彼女たちからすれば溜まったものではないだろう。
もちろん抗議というわけではないのだろうが、時折このように無言の時を過ごしている。
こんな茶番を先日の放課後から毎度のこと、運動部のスカウトたちは繰り返しているのだ。
…成果なしと見込みを付けたのか、今はもう何人かは来なくなってしまった。
ホント勧誘という面倒を押し付けられた彼女たちの側からすれば、いい加減、嫌なら嫌だと答えを示せと言いたいところだろう。
それは現在に限り、龍蔵も同じなのだが…。
チラチラと壁がけの時計を見る龍蔵。そう彼はいい加減、こんな茶番に付き合わず、帰宅したいのである。
「……。」(いい加減にしろという龍蔵の視線)
「いや〜、あはは♪」
「……。」(いい加減迷惑だという龍蔵の視線)
「いや〜♪」
…しかし、カオルは気が付かない。
イラッ!
そして、彼の頭の中に1つの手段が浮かんできた…と、本題に戻るのである。
そう…またあれをやるか?…と。
実は先日買ったジュースは炭酸飲料であり、それをしっかり容器内の液体にこなれさせてから(要するにしっかり缶を振ってから)カオルに渡した。すると、無防備にも炭酸飲料を開けたカオルの顔面目掛けて…。
と、昨日はこの方法で、目を覚ましてやったのだ。
今はまたジュースが勿体ないと、後悔すると思ってはいても、その厭らしいニヤけ面を見ると、反射的に許容以上の迷惑を他に与えかねないという思いにも駆られ、またジュースの1つでもプレゼントしたいという思いを馳せ、財布の中の小銭を確認する龍蔵。
「…ちゃんとあるな。」
お札の他に小銭がちょうど150円。
ピッタリ缶ジュース1本分の値段が揃っており、この後押しを神かなにかしらがしているのだと、いざ!と龍蔵が自販機へ行かんと歩みを進めようとしたところ、「龍蔵いる?」と、ふと自分のことを呼ばれ、視線をそちらへと向けた。
「…あと変態も…。」
やって来たのは、夏希。
彼女はちょくちょく…と言っても、この学園に入学してそれほど経ってはいないので、もちろん中学の頃も含めてだが…龍蔵たちと違うクラスになると、彼女は放課後や昼休みなんかに顔を出してくる。
なので、それ自体は何の不思議でも、奇妙なことでもないのだが、今回は少しばかり違った。
しかし、珍しいこともあったものだ。
まさか夏希がカオルのことを気に掛けるとは…。
いつも彼女はカオルのことはガン無視である。まあ、カオルが喧嘩を売り、半分以上この2人がやり取りし、龍蔵が傍観という形になるわけだが、それは今はいいだろう。
龍蔵はそのことに内心目を見開くと、それと同時に夏希が現れるなり、部活勧誘の女子生徒がスーッと離れて行ってしまったことに首を傾げつつ、彼女に返答した。
「…ああ、いるぞ。」
「ほ〜い、おっぱいさん、どうかした?」
これはもちろんカオルの言葉である。
「おっぱいって、アンタ……。」
カオルのその言葉に苦言を呈しようとしたようだが、どうせこの変態にそれを言ったところでと、夏希は思ったのだろう。眉をひそめ、口元をヒクヒクさせつつ、それを飲み込むと、再び口を開く夏希。
「……別に私がってわけじゃないんだからね。」
夏希のこのような物言いだとツンデレか?と思われるかもしれないが、表情が心底嫌そうであり、完全に口から本心が出ていることがわかる。
「…変態、アンタ、陸上って興味ある?」
「……。」
すると、カオルはなにやら真面目な顔をした。
そして、彼女目掛けてこんなことを言い放ったのである。
「ユニフォームのことか?」
「「「「「……。」」」」」
ゴツンッ!!
「って〜なっ!なにしやがるっ!!」
「何ってゲンコ。女の子に打たれて嬉しいでしょ?」
「嬉しいわけないだろ!!やるならその無駄乳でやれ!!おっぱいビンタなら嬉しい!!」
「なにがおっぱいビンタ…というか、なにが無駄乳よ!!」
「それだ!それ!!そのEカップだ!Eカップ!!」
「なっ…それをどこで…。」
「へーん!そんなの見ればわかんだよ!俺くらいになれば!!」
カオルは両手で目蓋を開くようにすると、夏希の豊かな膨らみに穴が開くのではと思うほど見つめ出し、それを嫌がる夏希は両手で胸元を抱えるようにすると、それは柔らかそうに形を変え、よりこの変態の顔をだらしなく歪ませる。
「っ〜〜!!最〜低っ!!」
そんなふうに夏希が不快さを言葉にしたものの、それは収まらず、彼女は龍蔵の背中へと隠れるようにして、いーーっと子供かと思うようなことをしたものだから、カオルまで彼を挟むようにして「いーーーーっ!!」なんてしており…。
「はぁ…。」
なんともため息が出る。
ふよんふよん、ふよんふよん。
「……。」
そして、龍蔵は額に手を当てた。
…夏希、当たってる。




