怖がり少女が還るトコロ
猫又:長生きしすぎて、この世ならざぬモノになった元猫。尻尾が2本あるのが特徴。
灯は、微睡んでいた。
炬燵に入り、ぬくぬくとしているうちに、眠たくなったのだ。瞼がだんだんと重くなり、そしてゆっくり閉じた。
「おい、小娘」
男の声が聞こえる。
「んー?お兄ちゃん?ねむいーー」
「お前の兄ではない!起きろ」
「ハイハイ…」
適当に返事をしながら、灯は小さい寝息を立て始めた。
「起きろと言っているだろうが!」
灯は頬を小さい何かで叩かれ、目を開く。
目の前には、黒猫がいた。寝ぼけまなこで、黒猫を見る灯。
「目をさませ!」
頬に猫パンチを4回されて、ようやく覚醒した。そして、驚き目を見開いた。
「ね、猫がしゃべってる!?」
「うぬ。わしは猫又だからな」
「ネコマタさん…」
「名は小太郎だ」
「ネコマタ・コタローさん…」
「そうだ、小娘。覚えておけ」
猫としゃべっている。その事実に、灯は口をポカーンと開けている。
なぜ、猫としゃべれるのか?
まてまてまて。
最近テレビの動物系番組でこのような特集がやっていた。動物と話せる外国人の男性がいて、その男性は動物が抱える問題を対話しながら解決していくのだ。そして、「どうして動物と話せるようになったのか」と番組スタッフに聞かれた男性はこう答えた。「気がついたら話せるようになってました。しかし人と少し違うのは私は人より純粋で心が綺麗なのかもしれない」と。
つまり、私は純粋で心が綺麗だったんだ!そこまで考えて、興奮し、鼻息が荒くなる灯。
その時、兄が炬燵のある居間に来た。
「あ?なんか猫が入りこんでる」
「わしはただの猫ではない」
兄の言葉に黒猫が答える。
「おお。しゃべる猫か」
「猫ではない。猫又だ」
「ああ、猫又か」
兄が喋れている。兄も純粋で綺麗なのか。
今度は父と母が、荷物を持って居間に来た。
「灯、またゴロゴロして。行く準備はすんだの?」母が灯を見て言う。
「すんだよ」
しれっとそういう灯に、疑いの眼をなげかける母。
確かに済んだ。適当に服や小物をバッグに詰め込んだだけだが。自慢じゃないが、灯はO型だ。灯は仕事がはやい。しかし、適当だ。しょうがない、O型なのだから。
「お?猫がいる」
父が気付いた。
「猫ではない。猫又だ」
黒猫が答える。
「あら、本当。尻尾が2つあるわ。まごうことなき猫又ね」
驚くことなく母もそう言った。
父も母も話せるということは純粋で綺麗なのか。一瞬、灯だけが動物としゃべれる特別な存在なんだと勘違いしたが、口に出さなかったからセーフだ。口に出したら恥ずかしい思いをしていた。
母の言う通り、確かによく見てみれば尻尾が2つある。どうやら尻尾が2つある種類の猫をネコマタというらしい。
「そうだ。名は小太郎だ」
黒猫は自己紹介をする。
「小太郎さん、申し訳ないんだけど、私たち、これから出かけるのよ」
母は小太郎にそう言った。
そう、灯達は、これから出かける。父の実家に、家族で初めて行くのだ。
「ならば、待っといてやろう」
何故か偉そうに小太郎はそう言った。
「ちょうど良かった。留守にするのが心配だったんだ。待っとくついでに変なものが入ってこないように、見張ってくれ」
父が小太郎に頼んだ。
「しょうがない。このわしが留守番をしてやろう。早く帰って来い」
小太郎はそう言うと炬燵にするりと入ると出てこなくなった。
「さぁ、行こうか」
戸締りをした父の声がいつもより暗く感じた。
灯達は、歩いていた。ずっと歩いて移動していたわけではない。新幹線と電車とバスに乗ったのだが、父の実家がある村には、さらに歩いて移動をしないといけないらしいのだ。
早朝に出発したのだが、すでに夕方になっている。ようやく父の実家がある村へ到着したらしい。
「うわぁ…。なんかあの村みたい。ええと、なんだっけ…。八つ…八つなんとか村」
昔の映画にそういう村に探偵がいく話があったような気がする。灯は見たことはないが。
「ああ、あれだろ?八ツ橋村」
父はちょっとドヤ顔で答える。
「あ、そうそう!八ツ橋村!さすがお父さん!」
灯がそう褒めると、父は照れて頭をかく。
2人の会話を聞いて、「八つ橋ってなによ…」と呟いてひどく疲れた表情の母がため息をついた。
それをいうなら八つ墓村だろう。
兄も、母同様に心の中で突っ込んだ。しかし、彼も母も疲れていたため、声を出して突っ込む元気がなかった。
日が暮れてるせいか、村人にだれ一人会わなかった。しかし、どこか視線を感じるような気がする。閑散としていて、少し気味の悪い村だ。
民家から少し離れたところに、外壁に囲まれた大きな屋敷があった。
「わぁー、すごい大きい家だね」
灯が目をキラキラ輝かせて言う。
「ここが父さんの実家だよ」
父が暗い声で言った。
「ええ!?」と灯と兄は屋敷を二度見して、驚く。
「相変わらず嫌なところねぇ」と母はしみじみと言った。
「よし、いくぞ」
いつもより顔色を悪くさせながら、何かを奮い立たせるように父はそういって門を開けて敷地内に足を踏み入れる。
灯達はその後に続いた。
屋敷の敷地内は大変広く、何故か木が沢山ある。
まるで林のようだ。
少し歩いて、ようやく玄関に行き着いた。
父は玄関の扉を開けて、ビクッと身体を震わせた。その様子に不審に思った灯は父の背中から顔をのぞかせて、父の視線を追うと同じようにビクッと身体を震わせた。
玄関の土間に、能面のような顔の着物姿の女性が佇んでいたのだ。つるりと白い顔に細いつり目がある。その顔はニンマリと笑っていた。
「お帰り、環坊っちゃん」
環とは灯の父の名前だ。
「あ、ああ。ただいま。相変わらずだな、お七」
「坊っちゃん、それは褒め言葉かい?お鈴、お前とも久しぶりだねぇ」
「あ、はい。お久しぶりです、お七さん」
母はぺこりと一礼する。
「そこの美味しそうな二人が、あんた達の子供かい?」
お七が、灯と兄を見て、ニタァと笑う。その笑顔に灯は背筋を凍らせた。
「え、ええ」
引きつった愛想笑いをした母。
「ふふふ、大丈夫さ。何にもしないよ。さて、環坊っちゃんと坊やはとっとと上がりなよ。お鈴と嬢ちゃんはこれを」
そう言って、お七は白い浴衣と手ぬぐいを母に手渡した。母は、それを受け取り、「灯、行くわよ」と灯の手を引っ張り、玄関から外へ出て、歩き始めた。
「お母さん!どこいくの?」
灯はひっぱられるままに歩く。
「禊よ」と母は淡々と答えた。
「みそぎって何?」
「身を清めるの。お父さんの実家では女は家に上がる前にしないといけないしきたりよ。まぁ、やれば分かるわよ。かなり寒いけど、我慢しなさい」
そういい、母は、敷地内にある池に着いたら、「これを着なさい」と灯に白い浴衣を渡した。
母は素早く衣類を脱いで、白い浴衣に着替えた。灯も、真似をして慌てて着替える。
「お母さん、着替えたよ。それでどうするの?」
何故か、母は池を睨んでいた。
「さぁ、行くわよ」
そう言うと、母はいきなり灯を池のほうに突き落とした。
灯は、水飛沫を立てて池の中に落ちた。
冷たい、寒い、溺れる、死ぬ!手足をバタバタと動かして灯は溺れそうになっていた。
「何してるの。この池、浅いから足つくわよ」
灯と同じく池に入ってきた母が、溺れかけている灯を冷ややかな瞳で見て、そう言った。
冷静になった灯は、確かに足がつくことに気づいた。
「頭に、こうやって水をかけたら、後は身体を軽く洗っておしまいよ」
母の真似をして、頭に水をかけて、身体を撫でるように洗う。
母は平然としているが、灯は寒さに歯をガチガチと鳴らしていて、唇は青くなっていた。
2人は池から上がり、手ぬぐいで身体の水分を拭く。服を身にまとい、寒さで死にそうな2人は駆け足で、先ほどの玄関に戻った。
そこには父と兄の姿はなかったが、先ほどと同じ場所に、ぼうっと、お七が立っていた。
「寒かっただろう。さあさあ、早くおあがり。暖かい部屋で、環坊ちゃんと坊やが待ってるよ」
お七の言うとおりに、灯と母は玄関から家の中に入る。お七が廊下を歩き始めたので、2人は付いていった。
廊下がとても長い。そして、灯1人だと迷子になりそうなくらい屋敷は広かった。
しばらく廊下を歩いていると、障子が閉まっている部屋から、コソコソと話し声が聞こえた。
『おや、お鈴ではないかい?』
『ああ、本当だ。美味しそうな娘も連れてるよ』
『あの娘、さっきの坊主よりも美味しそうだなぁ』
『あれは食べちゃだめなのか?』
『何度も言わせるな。屋敷にいる間は悪さはだめだ。そういう決まりだろう』
『そうだ。じゃないとここからいられなくなる』
『それはやだねぇ』
『ちょっと味見するのもだめかい?』
『阿呆、見てみろ、あの娘。環の坊主とお鈴の子供だ』
『ああ、本当だ。よく見てみたら、似ているじゃないか』
『なら味見も出来ないね』
『ああ、残念だ』
『残念だ』
『舐めるのもだめか?』
『こりないやつだなぁ、お前は』
クスクスクスと、数人の笑い声が部屋の中から聞こえた。灯は寒気がして、母の服をつかんだ。
「わ、私たち以外にもお客さんがいっぱい来てるんだね」
母は、灯の言葉に首を傾げたが、「ああ、灯は耳も良いから聴こえたのね」と呟いた。前を歩いていたお七は、ピタリと止まり、灯のほうへ振り向いた。
「おやおや、お嬢ちゃん。あのモノ達の声が聞こえたのか。それはとてもいいことだ」
お七はそう言って、細い目を薄っすらと開き、舌なめずりをした。
灯と母は囲炉裏のある部屋に案内された。部屋には父と兄がおり、囲炉裏を囲って座っていた。灯は兄を見るとそばに寄り、兄の隣にぴったりと座る。
そして灯は凍えた身体を温めるように囲炉裏のほうへ手を伸ばし、暖を取る。
「なんかあったのか?」と兄が灯に問う。
「もー、散々だよー。お母さんにいきなり池につき落とされたし、この屋敷、人がいっぱいいてなんか怖いし」
灯は口を尖らせて言う。
「禊だからしょうがないじゃない。たぶん灯に自分で入らせようとしても足をつけただけでぎゃーぎゃー言って入らないだろうし」
母も父の隣に座り暖を取っている。
「さっきどっかに行ってたのは、禊をしに行ってたのか。禊しないといけないってどんな場所なんだここは」
兄は静かにそう呟いた。ふだんおしゃべりな父は黙り込んでいて、囲炉裏をぼうっと見ていた。久々の帰郷に何か思うところがあるのだろうか。
「失礼致します」
障子の向こうから女の子の声が聞こえた。灯達のいる部屋の障子が、静かに開いた。
そこに膝をついていたのは、着物姿の女の子だった。女の子は目を伏せていて、中に向かって一礼した。
「夕餉の準備が出来ました。ご案内致します」
父が立ち上がる。灯達はそれに続いた。
着物姿の女の子に案内されて、行き着いた部屋には、お膳が並んでいた。そして、部屋の上座には着物姿のストイックな雰囲気の壮年の男性が胡座をかいていた。
その男性の隣には、男性とそっくりな、しかしどこか愛想が良さそうな青年が座っていた。
その青年に見覚えのある灯は、どこであったんだろう、と首を傾げた。青年は灯を見て、にこりと笑う。
「あ、迷子になった時に助けてくれた人」
と、灯はポンっと手を叩いて思い出した。
最近の出来事だ。灯の帰宅途中、拍子木を鳴らしながら追いかけてくるいたずらっ子から灯は必死に逃げていた。その時に偶然会ったのが、この青年で迷子になった灯を元にいた道に連れて行ってくれたのだ。
ここにいるということは、父つまりは灯の血縁者なのだろうか。
「なんだ、灯が会った着物の男は、息子の方だったのか…」と父は灯の様子を見て、呟いた。
壮年の男性に、薦められるままに灯達は座り、夕餉をいただくことになった。
「兄貴、小夜さんは?」
父が壮年の男性に問いかける。壮年の男性は、どうやら父の兄だったらしい。
「体調を崩している。相変わらず、体が弱くてな。お前達に会うのを楽しみにしていたんだが・・・」
壮年の男性は苦笑して、そう答えた。
「それよりも、お前達に娘がいたなんて知らなかった。なんで、教えてくれなかったんだ。梓が気づかなければ、ずっと知らないままだったかもしれない」
壮年の男性が、灯を見て、次に隣にいる青年を見た。青年の名前がきっと梓なのだろう。
「教えても、ろくなことはないからな」
父は吐き捨てるようにそう言った。
「まぁ、そう言ってくれるな。子供達が訳が分からないと言ったような顔をしているぞ。自己紹介でもしようではないか」
そう言った壮年の男性は、灯達の方に顔を向けた。
「はじめまして、だな。私は、環の兄で、名前は静だ。よろしく頼む。鈴は久しいな」
灯の母は「お久しぶりです」と、手をついて一礼する。
「これは、私のせがれだ。名は梓。歳は24になった」
紹介された青年は、にこりと微笑み、一礼して挨拶をした。
「叔父上、鈴さん、お久しぶりです。梓です。いとこにも会えて嬉しいな。よろしくね」
父はまじまじと彼を見て「大きくなったなぁ」と呟いた。
「息子の蓮です」
灯の兄がペコリと頭を下げて言う。それにならって、灯も慌てペコリと頭を下げる。
「娘の灯です。よろしくお願いします」
それからは、親は親でお酒を飲みながら、子供は子供で、それぞれ会話をしていた。
「2人とも何歳なの?」
「俺は20歳で、灯は16歳。大学生と高校生です」と灯の兄が答える。
灯は、ときおり相槌を打ちながら、夕餉をもくもくと食べる。そして、お腹がいっぱいになり、次は眠気が襲ってきた。早起きもしたし、今日はいっぱい動いたのだ、しょうがない。
そんな灯の様子に、いち早く気づいたのはやはり兄だった。
「灯、眠いのか?」
灯はコクンと頷く。その様子を見ていた、梓が笑って言った。
「蓮君も疲れただろう?2人とも休んだらいい。寝室に案内するよ」
梓の言葉に甘え、まだお酒を飲む父と母と叔父に挨拶をして、灯達は部屋に行くにした。
梓の案内の元、寝室に着いた。寝室には既に一組の布団が敷かれていた。
「灯ちゃんはここで寝てね」
梓はそう言うが、灯は首を横に振った。
「怖いから、お兄ちゃんと同じ部屋にします」
「おい、灯。家じゃないんだぞ」
兄が睨んで灯に言う。
「家じゃないから、怖いんだもん」
兄はため息をつく。そのやりとりを見て梓は苦笑して言った。
「わかった。蓮君の布団をこちらに持ってくるよ。蓮君、布団を運ぶのを手伝ってくれ」
「ありがとうございます」と兄は答える。
「灯ちゃんは寝てていいからね。おやすみ」
従兄弟は優しくそう言う。
「うん。おやすみ。お兄ちゃん、絶対来てね」と灯は言うと、2人は出て行った。
布団の横にあった浴衣に着替えて、布団の中に入り込む。
あ、お風呂入ってない。
けど、水浴びしたから、いいか。
そう思いながら、灯はすぐに眠りについた。
翌朝、灯とその隣に寝ていた兄は、父に叩き起こされた。荷物を抱えた父は何故か、異様に不機嫌だ。その隣には、眠そうな母が立っていた。
起きた灯と兄に、父は開口一番にこう言った。
「こんなところにいてられるか。とっとと家に帰る。準備しろ」
理由を聞く暇もなく、急かされて、灯と兄は着替えて、自分の荷物を持った。
足早に玄関に向かう父を追いかけながら、「挨拶とかしなくていいの?」と灯が聞いたら、父は鼻で笑い、「そんなのしなくていい!」と言った。
玄関にはお七がニンマリと笑って、立っていた。
「もう帰るのかい?残念だねぇ。次、来る時は、お嬢ちゃんは白無垢を着ているのかもしれないね。ああ、楽しみだ」
そう言ったお七に、父はギッと睨みつける。
「そんなわけあるか!こんな家、2度とこない!」
父は吐き捨てるように言った。そして、灯達は、屋敷から去ったのであった。
帰りの新幹線で、隣にいる兄に、灯はコソコソと耳打ちをした。
「ねぇねぇ、何しにお父さんの実家に帰ったのかなぁ?」
兄は「さぁな」と答えた。その表情は父と同じく、不機嫌そうであり、灯は首を傾げた。
そんな灯がネコマタとお七さんとヒソヒソ話にびびったそんな2日間の話だった。
to be continued