怖がり少女と寂しがり屋なモノ
1人じゃ寂しいの。
寂しい、寂しい、寂しい、寂しい。
お願いだれか私と一緒にきて。
そう思いながら、彼女はそこに立っていた。
男は、あるアパートを見上げた。そして、それを見つけると、「へぇ」と言って、面白そうに笑った。
「…灯ちゃん、最近、何か変なこと起きてない?」
美頰は灯にそう尋ねた。彼女は、灯の家に遊びに来ていた。春も麗らかな、とてもいい天気であるため、庭に置いてあるイスに2人、腰をかけている。
季節感を無視してアイスを食べながら、庭で日向ぼっこをしている黒猫とその黒猫にじゃれている子犬を眺めながら、穏やかな時間を過ごしていた。
「ん〜?特に変わったことはないかなあ〜」
特に考えることなく、灯は答えた。
「…そう。変な人に会ったりしなかった?」
「ん〜。最近、巨人に会った」
「…巨人?」
「うん。夢か現実かわからないけど」
「…大丈夫だったの?」
「うん。意外と大丈夫だった。捕まっちゃったんだけど、逃げた。巨人なんて全然怖くなかった」
ただ一瞬捕まっただけで、特に逃げたわけでもなく、さらにビビりまくっていた灯は、得意げな表情で嘯いた。
灯はO型だ。少しばかり話を誇張する傾向がある。O型なのでしょうがないことなのである。
しかし、美頰は灯の誇張した話を信じていた。無表情ながらも瞳をキラキラさせて灯を見た。
「灯ちゃん、すごい」
その美頰の褒めに、灯は得意げに笑った。
そんな突っ込みどころ満載な会話を繰り返す2人だったが、美頰のスマホが着信音を鳴らしたところでその時間は終わった。
「…弟からだ」
美頰がスマホを覗いて、そう言った。灯も、美頰のスマホを覗いてみたら、ギョッと目を見開き、背筋を凍らせた。
無料メッセージアプリの通知50件ある。全て、美頰の弟からである。
尚且つ、美頰が電話にすぐに出なかったら、永遠と電話をかけ続けるらしい。
「心配性な弟君だね」
灯が美頰に言うと、美頰は頷いた。
「…最近、いつもこうなの。どうしたのかな」
美頰と灯は、同時に首を傾げた。
日が暮れて美頰が帰り、夕飯を食べた後、灯はうつ伏せに寝転がりながら漫画を読んでいた。
そんな灯の背中には香箱座りをしている黒猫のコタローがいた。そして、灯の周囲をじゃれるようにポテポテと走り回る子犬のおまるがいる。
灯が寝転ぶと、いつもこうなるので、灯は見事なスルースキルを習得し、普通に漫画に集中出来ていた。そうやってくつろいでいると、家のインターフォンがなった。
今、家には灯と母の鈴鹿しかいない。父の環と蓮は、喧嘩しながら仲良く釣りをしに出かけた。ついでに呑んでくるので、夜は遅くなると言っていた。従兄弟の梓は、用事が夜までかかるようで、毎日、夜遅く帰ってくる。
インターフォンの音に反応した鈴鹿が玄関に向かい、誰かと楽しそうに話しているのが聞こえてきた。
「灯、玲衣ちゃん!」
という母の声に、灯はコタローをどかして、のっそりと移動し始めた。
その灯の足元にじゃれるおまると、なぜかついてくるコタローを引き連れて、灯は玄関へ向かった。
「あれ、猫飼ってたっけ?」
そう言うのは、同じクラスメイトかつ友人かつ幼馴染みの羽金玲衣である。猫のような瞳が印象的な少女だ。
「まあいいや。じゃあ、おばさん、バカリお借りしますー」
そう言って、灯の腕を引っ張る玲衣に、灯は何がなんだかわからないまま、サンダルを履かされ、玄関から出た。
「あまり遅くならないようにね。いってらっしゃい〜」
そういって見送る鈴鹿に玲衣は、「ハイ!」と元気良く返事をした。
灯と玲衣は、夜道を2人で歩いていた。いや、正しくは2人と2匹だ。コタローとおまるが後ろから付いて来ていた。
「玲衣ちゃん、今日も部活だったの?」
「うん、そう!」
「お疲れ様。で、今どこに行ってるの?」
「ん?ちょっと一緒に行きたいとこあって」
そう言って、ニヤニヤと笑う玲衣。
彼女とは長い付き合いだから、その表情を見て、灯は瞬時に理解した。
灯をいじめる時の表情である。
灯は今までかつてないほどの素早さで、玲衣が向かおうとしている逆方向へ逃げ出した。
しかし、相手は灯と同じくらいバカだが、インターハイ上位レベルのスーパー女子高生だった。サンダル、かつ早くない灯の足で逃げ切れるはずがない。数秒で確保され、首根っこを掴まれて連行された。
「あそこの角を曲がったら、アパートが見える。そこに長い黒髪の女がいたんだ。じゃあ、行くぞ」
そう言って、住宅地の曲がり角に近づいていく玲衣に灯は引っ張られながら、ガタガタと産まれたての子鹿のように足を震えていた。
曲がり角を曲がったところに、すぐ見えたアパートの2階の通路。
そこに、髪の長い女が立っていた。
2階の通路にある手すりより、腰が高い位置にある。
「うわ、まだいる!ほら、バカリ、嘘じゃなかっただろ。髪の長い、背の高い女!」
灯は、恐怖で目が離せなかった。玲衣がなにか喚いている。
灯の瞳にはこう映っていた。
髪の長い女は、首に吊っていた。そして、首が折れているのか、首が少し伸びている。
手すりの向こうに見える裸足の足が宙に浮いて、かすかに揺れていた。
その女が顔をゆっくりと上げた。
長い髪の隙間から見える、血走った瞳と目が合った。
「うわ、目が合った!バカリ、逃げるよ!」
そう言って走り出す玲衣に、灯も慌てて逃げようと駆けようとした。
しかし、サンダルだったのと、恐怖とで、灯の足は縺れて、おおげさに転倒した。
玲衣はそんな灯に気付かないで、1人去ってしまった。
恐怖で、震える体に鞭打って起き上がろうとする灯だったが、女が灯の耳元でささやいた。
「寂しい。来て」と。
灯は、気がついたら女が立っていたアパートの2階の通路にいた。
ある部屋の前である。その部屋の扉が開いた。灯は、そこに吸い込まれるように入っていった。
部屋の中は空っぽであったが、居間のど真ん中に、椅子があった。そして天井から吊られている網の輪っかがあった。
灯がその椅子に足をかけた瞬間、ハッハッハッという獣の息遣いが聞こえ、灯は目が覚めたように、目をパチパチさせた。
足元を見た。足元には、おまるがいた。おまるは、灯の足元にじゃれついていた。
灯が足をかけた椅子におまるは気づき、その椅子に一生懸命よじ登り、椅子の上でぴょんぴょん尻尾を振りながら飛んで遊んでいる。
そして、天井から吊るされている縄を見て、さらに瞳を爛々と輝かせて、「アン!」と吠えると、その縄めがけて、ジャンプした。
子犬らしかぬジャンプ力で飛躍したおまるは、その縄の輪っかを上手く通り抜けた。まるで、犬のサーカスを見ているようであった。おまるが通り抜けた先には、手を伸ばしたお姉さんが立っており、おまるを受け止めた。
「あなたが一緒に来てくれるの?」
お姉さんがそう言うと、尻尾をぶんぶんと振ったおまるが答えるように「アン!」と吠えた。
「寂しくないように私のパートナーになってくれるの?ありがとう」
お姉さんがおまるを抱きしめると、おまるは、お姉さんの顔をベロベロに舐めた。
「じゃあ、行きましょう」
そういうお姉さんに、おまるは「アン!」と答えて、お姉さんの胸元から飛び降りて、灯に駆けてきた。そして、何かを言うように「アン‼︎」と灯に吠えて、またお姉さんの足元に戻っていった。
そして、ベランダから出て行って、灯が瞬きしてる間に消えた1人と1匹。
灯は、ぽかんと口を開けていた。
プス、という音が聞こえて、灯が辺りを見渡すと、部屋の角に闇にまぎれたコタローが座っていた。
「あの犬に助けられたな、小娘」
「助けられた?」
「気づいてないのか。あの女はお前を連れて行こうとしてた。それを、あいつが一緒に行くことで免れた」
コタローのその言葉の意味を灯はじっくり考えてみた。
首吊りみたいな体勢で、こちらを驚かせるビックリ人間なお姉さん。
お前も同じことが出来るかと、試されるように置かれていた椅子と縄。
しかし、それを使って芸を見せた子犬のおまる。
ビックリ人間なお姉さんはおまるをパートナーとして連れて行ってしまった。
ビックリ人間に、輪っかに、芸に、パートナー。
灯の頭の中で点と点だったものが線で繋がった。
「サーカスの勧誘か!」
サーカスの団員であるビックリ人間なお姉さんは、サーカスの勧誘に灯を誘ったが、思わぬ才能を開花させて芸をしたおまるをパートナーとして連れて行くことにしたのだ。
「さーかすとはなんだ?」
尋ねてくるコタローに、灯は自分なりに答える。
「普通じゃない人たちがビックリするようなことをいろいろしてくれるやつ」
「普通じゃない人というのは死霊か?死霊が人間を驚かせるということか?」
「しりょうってなに?」
「……」
「……」
1人と1匹は理解し合うことを諦めた。
灯はコタローと共に、アパートから出たら、「バカリー!」と叫びながら突進してくる灯のクラスメイトかつ友人かつ幼馴染みの玲衣。
灯の体を抱きしめながら、「どこ行ってたんだよ!お前がついて来ないから、私が置いて逃げたみたいな絵面になっちゃったじゃんかー!このバカ!」という玲衣の勢いに押されて、灯はなぜか「ごめん」と謝った。
夜道を歩く、2人と1匹。
「それでね、あのお姉さんは実はサーカス団員だったみたい!勧誘されかけたんだよ、あはははは」
「ええ!なんだ、お化けじゃなかったのか〜!けど、サーカス団員かぁ・・・いいなぁ、私も勧誘されたかったなぁ!」
「まぁ、またいつか会えるかもしれないし!その時に入団を頼んでみたら?おまるも入団できたみたいだから、ミーちゃんもきっと入団できるよ〜」
「おまるって何?うんちするやつ?」
「あははは、違うよ〜。子犬のおまる!うちらと一緒にあのアパートまで付いてきてた子犬だよ」
「ん?そんなのいたっけ?」
「いたよ〜!」
「んん〜?まあ、いっか!それよりもさ、バカリ!コアラの赤ちゃんってお母さんコアラのうんち食べて栄養とってるって知ってた?」
「ええ!うんち食べるの?」
「やばいよな。おいしいのかな」
「うんち食べたことないからわからないや」
「だな」
「ね」
バカクラスのツートップバカは、全く身にならない会話を延々と繰り返していた。
その後ろ姿を見ている男には気付かずに。
そんな灯が美頰の弟とサーカス団員のビックリ人間なお姉さんにビビッた1日の話だった。
香奈江は1人でずっと寂しかった。
両親は20代の頃に死んで、1人きりになった。元々持病もあって、定職につけずにいた。その後は生活保護を受けながら、生き長らえていた。30代になってからは幻聴や幻覚の症状に悩まされた。全員が敵に見える。香奈江は1人である。味方などいない。外に出るだけで、笑われたように感じて、奇声を発して威嚇をした。生活保護の担当者だって、本当は敵である。
そうやって敵ばっかり作っていって、余計に生きにくくなってしまった。最終的には、孤独感で辛くなってしまい、自死した。
死んでもなお、寂しいままだった。少女を誘って仲間を作ろうとしたが、腕に飛び込んできたのは可愛い子犬だった。両親が生きていて裕福な頃に、犬を飼ったことがある。その犬は香奈江の親友だった。老衰で死んでしまった犬と、その子犬は似ている気がした。
香奈江についてきてくれるという子犬に励まされて、香奈江は子犬と一緒にあの世へと続く道を歩いた。




