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怖がり少女が探すモノ

 鴉が鳴く声。走る足音。少女の荒い息。

 空はオレンジ色だ。日が暮れようとしていた。あとちょっとで辺りは暗くなるだろう。


 灯は走っていた。それは何故というと、近々マラソン大会があるからだ。

 どちらかというと短距離派の灯にはマラソンは、苦行の行為だ。わざわざ自分を長い時間苦しめる意味がよく分からない。マラソン好きのクラスメイトがこう言ったのを聞いたことがある。

 『辛いけど、ゴールについた達成感が好きだから』

 しかし、灯はただのどMにしか思えなかった。自分を虐めた先に見える快感を求めているわけなのである。だから、ノーマルである灯にはマラソンの良さがよく分からない。


 ではなぜ今頑張って走っているのか。マラソン大会の景品に理由があった。一位から四位は某テーマパークのペアチケットや商品券や有名なカフェショップのギフトなど豪華なものだ。灯の狙いは五位だ。亀の特大のぬいぐるみが景品なのだ。

 実は灯は大の亀好きだ。亀が好きすぎて海亀の産卵を毎年見に行っている。海に旅立った海亀の名前を全部暗記しているぐらいだ。亀に対する情熱は人一倍だ。もちろん、グッズも集めている。


 (待ってて!特大サイズの亀のぬいぐるみ。私が可愛がってあげる!)

 灯はその熱意を胸に、マラソン大会への練習に取り組んでいる。

 張り切りすぎて、走っていた灯。気がついたら、周りは真っ暗だ。


 タッタッタッタ

 タッタッタッタ


 灯はあることに気がついた。後ろから灯の足音とは別の足音が聞こえることに。そして、この場所はこの前、不審者の男と出会った場所ということに。不審者といっても何もされていないが。


 辺りは真っ暗闇だ。

 以前もあった電柱についている外灯が、点いたり消えたりしている。それが唯一の明かりだった。


 タッタッタッタ

 タッタッタッタ

 タタタタタタ……


 足音は変わらず灯の後からついてくる。むしろ段々、加速して灯に近づいてるような気がする。灯の足は悲鳴を上げていた。


 タタタタタタタタタタタタ…


 さらに早くなるその足音に灯は恐怖と疲労で足がもつれた。そして受け身をとれずに転倒し、額を強く打ちつけ、地面とキスした。

 後ろからついてきた足音もピタリと止まった。灯はうつ伏せになり痛みに苦しんでいた。とくに額と膝が痛い。しかし、不審者がすぐそばに居るので、気合いで顔をあげた。


 青白い男の顔。


 いつの間にか、青白い顔の男がしゃがんで、鼻と鼻がくっつきそうになるくらいに灯の顔をのぞいてた。


「ひっ!」灯は白目になり、意識をなくし地面に再度うつ伏せになった。こけた拍子に落ちたスマホの画面が光り、ブーブーっと音を立て震えていた。


 肌寒さに震えて目を覚まし、顔をあげると変わらず青白い男がいた。意識を失ったふりのまま、薄目でみると、男は地面に落ちた灯のスマホを触っていた。

 男は、スマホのメモの機能で何か文字を書いていた。

 その様子を見ると、不審者ではないのではないかと灯は思い直す。不審者なら、灯が気を失っている間に貴重品を奪ったり、悪さをしているはずだ。


 灯は起き上がって、男と一緒にスマホを覗き込む。


 スマホのメモには『怪我、大丈夫?』とかかれていた。


「え?ああ、痛いけど消毒すれば大丈夫」

 灯がそう言うと、男は頷いてまた文字をうつ。


『記憶喪失』

「え?記憶がないの?」

 男は頷く。


「じゃあ、警察に行こうよ」

『話しても駄目だった』

「え?警察も分からないの?それは困ったねぇ…。保護もしてくれないのかな?」

『皆、知らんぷり』

「え?無視されたの?なんてセチガライ世の中なんだ。じゃあ、その若さでホームレス?」

『ここらへんしか動けない』

「そうなんだ・・・。じゃあうちんち来たら?たぶん、大丈夫。明日は土日だし、私は今、走ることくらいしかしてないから、暇だし。君が誰なのか一緒に探してあげるよ」

 ここに誰かいたら灯に勉強しろと言ってたかもしれない。しかし誰もいなかった。灯がそう言うと男はコクンと頷いた。


「名前も分からないんだよね」男の子は頷く。

「じゃあ、かめ吉君ね!!!」

 男は首を傾げた。



「ただいまー」

 灯がかめ吉とともに玄関に入ると、兄がすごい勢いで玄関に来て、灯に「どうした?」と会うなり言った。

 額と両膝を負傷して、灯はズタボロだった。兄が心配するのもわかる。

 兄は灯を心配しながらも、かめ吉に塩をかけていた。

「って!お兄ちゃん!何で塩かけるの!?あっ!かめ吉君に、なんでかけちゃダメ!!ジカパンダンするぞ!」

「ジカパンダン?オイお前、それを言うなら直談判(じかだんぱん)だ。かめ太郎君だかスッポン太郎君だかよくわからないけど、ちゃんとお世話が出来ない癖に拾ったらお母さんに怒られるぞ」

「ちゃんとひとりでお世話できる!あとスッポンはカメの仲間だけどカメとは全然違う!!」

「カメとスッポンの違いは、食べれるか食べれない位だろ。てか、こいつ!この前の野郎じゃねぇか」

「不審者じゃなかったよ。ホームレス高校生か中学生の記憶喪失の男の子。いいじゃん、しばらくの間」


 灯と兄が玄関でやいのやいの言い合っていたら、母がリビングから顔を出した。


「あんた達、玄関でうるさいわね。って!あら、何?灯!彼氏!?ちょっと!彼氏ならもうちょっと元気なの連れてきなさいよー」

「お母さんまで!彼氏じゃないよ、かめ吉君だよ!記憶喪失なの!私がお世話するから、家にしばらく居させていいでしょ?」

「…まぁそんな悪いやつではなさそうね。少しの間ならいいわよ。ちゃんと自分でなんとかしなさいよ」

「やったぁ!かめ吉君、頑張ろうね」


 かめ吉は頷いた。兄は渋い顔のままだった。


 灯は夕食を食べた後、お風呂に入って、母に怪我を消毒してもらいながら、かめ吉の今後について悩んでた。ちなみにかめ吉は食欲がないらしく、一切食事を食べたがらなかった。


「よし、とりあえず明日、かめ吉君について知る人はいないか、聞き込み調査をしようと思うんだ。それで、何か記憶喪失になる前の手ががりとか覚えてることはない?」


 灯はメモ帳を手にして、かめ吉に聞いた。

 かめ吉は、灯のスマホで文字を打つ。


 あおい


「青い?何が?」


 かめ吉は首を傾げる。

 自分でもわからないようだ。


「青いってなんだろう」灯は頭を抱えた。


「ただいまー。今日のご飯は何かなぁー?あれ?なんか寒くないか?・・・ひいっ!!!なんだ!?貴様!!!何の用だ!!!」

 灯の父が帰ってくるなり、かめ吉を見て悲鳴をあげ、叫んだ。

「おかえりなさい、あなた。うるさいわね」

 母は呆れている表情だ。

「お父さん、おかえり。この子、かめ吉君だよ。記憶喪失だから、保護したの」

 灯がそう言うとすぐさま父が叫んだ。

「お父さんはこんな得体の知れない奴なんか断固反対だ!ジカパンダンする!」

 一瞬静まり返った。

「それを言うなら、直談判だろ。灯に直談判をジカパンダンって教えたの、親父だったのかよ。あと意味わかってる?」

 兄が呆れ顔で、渋々突っ込んだ。

「おい、お前バカだなぁ、あははは!ジカパンダンだろ!それでも大学生か?ん?恥ずかしくないのか?ん?なぁ、母さん。ジカパンダンだよな」

 にやけ顏で言う父に対し、「直談判ね」と母が静かに答える。

「ええ!?」と驚く灯父。

「親父、それでも44歳か?恥ずかしくないのか?」

 兄の煽りに父は泣いた。ガチ泣きしてる44歳に皆、どん引きだ。

 唯一灯は、テレビを見ていて、そのやりとりを見てなかった。O型の灯は、協調性があるようにみせるが協調性が実はあまりなく、マイペースなのだ。しょうがないO型なのだから。



 翌朝、灯はリビングにぼうっと佇んでいたかめ吉に開口一番にこう言った。

「よし、じぃじに会いに行こう」

 灯はかめ吉を連れて、ある公園に足を運ぶことにした。

 その公園の名は小池の森公園。名前の通りの公園で、灯はよくこの公園に行く。家から比較的近いのと、池に大量の亀がいるからだ。


「この池にはミシシッピアカウミガメがいっぱい増殖してるんだ」

 そういうと灯は、亀の数を数え始める。


「よし、相変わらず36匹だ」

 灯は満足気に頷く。

「灯お嬢ちゃん。おはよう」

 灯の後ろに立っていた老人が灯に声をかけた。

「わっ!驚いた!相変わらず、気配ないね、じぃじ。おはよう」


 灯は小さい頃から、暇さえあればこうやって亀の数を数えてきた。

 出会いはいつか忘れたが、この老人は灯が亀を数え終わると必ず現れて、灯と話す。

 灯が、じぃじと呼ぶこの老人は物知りで、灯が何か悩んでいると解決の糸口を教えてくれるのだ。


「今日は珍しくお友達連れだ」

 じぃじはかめ吉を見て目を細めた。


「じぃじ、この子、かめ吉。かめ吉は、記憶喪失で困ってるの。唯一覚えてるのは、青いってことなんだって」


「あおい、か」

 じぃじはかめ吉をじっと凝視する。

「かめ吉君、君は何か大切なものがあるのかな」

 じぃじはそう言うと、かめ吉は首を傾げた。

「わからないか。おそらく、あおいというのは大切な何かなんじゃないか」

「かめ吉君、わからないかぁ。困ったなぁ」

 じぃじの助言を聞いて、さらに頭を悩ませる灯。

 じぃじに挨拶をして一旦帰宅することにした。


 灯は自宅のリビングで辞書を引く。

 青い、葵、アオイ科……。かめ吉に辞書を見せても首を傾げるだけだ。灯は頭を抱えた。


「かめ吉君の記憶の手がかりは見つかったの?」

 昼食の準備をしている母に聞かれた。


「小池の森公園のじぃじに聞いたら、たぶん大切なものなんじゃないかって話になったんだけど、そこから何も進展してない」

 灯はそう言うと、母に辞書を見せた。

 それを見て、母が「たぶん葵ね」と言って指をさした。

「えー!!なんでわかるの?」

 母は不敵な笑みを浮かべて「直感よ。私、昔からそういう直感がとても良いの」と言うだけ言って、灯に昼食を出してくれた。オムライスだった。


 かめ吉の名前が葵なのか不明だが、母のオムライスを食べて灯は英気を養って元気いっぱいになった。昼食後もかめ吉を引き連れて、かめ吉と出会った近所の電柱までやってきた。

 こうなったら聞き込み調査である。とりあえず、電柱に1番近い家からインターホンを鳴らした。

 1軒目、2軒目と特に有力な情報が得られず、3軒目である。

「ああ、葵ちゃんね。うちの隣の隣に住んでるわよ。今は高校生かなぁ。大学生になったんだっけ」

 ついに出た情報に灯は歓喜して、教えてくれたおばさんと感謝の握手をした。


 近所のおばさんが教えてくれた家の前に立ち、灯はゴクンと唾を飲み込んだ。

 ここに、葵なる人物のヒントがある。

 灯はピンポンとインターホンを鳴らした。

「はい」とインターホン越しに壮年の女性の声が聞こえた。

「こんにちは!葵さんに用事があってきました。いますか?」

 灯がそう言うと、しばらくして玄関の扉から女性が顔を出した。この人が葵さんか?と灯はかめ吉を見るが、かめ吉は首を横に振る。


「葵の学校のお友達かしら?ごめんなさいね。今出かけてるの」

 どうやら葵さんの母親のようだ。


「そうなんですね…残念です。ちなみにどこに行ってます?」

 厚かましくもぐいぐいと聞く灯。バカだからできる所業だ。


「それが…今、病院に行ってて」

 ちょっと躊躇いながら、葵の母は顔を曇らせて言った。

「病院?どこか悪いんですか?」

 灯が心配そうに聞く。いま演劇部の巽先生がみたら、灯の演技力にびっくりしただろう。


「いえ…葵じゃないの。桐彦(きりひこ)君…葵の彼氏がね、交通事故にあったのよ。葵を送ってくれる為に、うちの近くに来たんだけど、すぐ近くの道路で車に葵が轢かれそうになるのを助けようとして、彼氏が轢かれちゃったの。なんとか、一命は取り留めたけど。最近ちょっと危ないらしくて…早く戻れるといいけど…」


 葵の母の言葉から、灯はかめ吉のことを言っているのだと確信した。彼の様子が危ないというのは、かめ吉ーーーいや桐彦が記憶喪失になってしまったことを指しているのだろう。

 早く戻れるといいけど、という言葉はつまり、桐彦は病院を脱走したのではないか。


 灯は背後に立っていた桐彦を見ようと、後ろに振り返った。しかし、いたはずの桐彦は、何故か消えていた。灯は、葵の母と当たり障りのない会話をして、ひとまず自分の家に帰った。


 母に、葵の母から聞いた話と桐彦が消えたことを報告した。

「どうしよう。どこに消えたんだろう?」

 灯は桐彦の身を案じて、不安になっていた。

「記憶を思い出して、病院に戻ったのよ、きっと」

 母が楽天的に答える。

「そうだといいけど」

 灯はそう言って、何気無くポケットに手をやった。そして、ポケットに入れていたあるものを見て、笑顔になる。

 携帯のメモ機能が開いており、そこには。


 『思い出した。元に戻る。

 ありがとう 桐彦』

 と書かれていた。





「先生!自発呼吸あって、脈拍も80へ回復してます!!」


 知らない女のその声で、桐彦はうっすら目を開けた。


 ヒュゴー ヒュゴー ヒュゴー

 ピッピッピッピ ピッピッピッピ

 と機械の音が聞こえる。


 喉に異物感があり、大変息苦しい。

 喉にある異物を取り除きたい。

 桐彦は異物を取り除こうと、手を口元に持っていった。


「レベルクリア!SPO2も100%です!」

「自発呼吸があるから、設定をしばらくCPAPに変えよう」


 ピッピッ

 男の声と機械音が聞こえたら、桐彦は少し息が楽になる。

 桐彦は冷静に自分の周りを見る。

 色んな管に繋がれて、ベッドに寝転んでいる。何やら処置をしている看護師と医師。


 その向こう側に涙目の両親と弟の姿。

 そして、その隣に、涙を流す桐彦の恋人。


 葵。

 葵が無事でよかった。事故を思い出して、桐彦はそう思った。


 笑顔の医師が家族に何かを説明している。母はハンカチを顔に当てて泣いている。その母を肩を抱く父。弟も涙を手で拭った。

 葵は泣いていたが、桐彦と目が合うと笑った。



 桐彦は、夢を見ていた気がする。

 夢の中では透明人間みたいになっていた。唯一自分のことが見える、少女に会ってその少女に助けられた。そんな夢だ。

 もしかしたら、天使だったのかもしれないな。そんな事を思いながら、桐彦は笑った。




 タッタッタッタ

 ハァハァ ハァハァ


 灯は走っていた。マラソン大会の練習をコツコツとしている。


 ダダダダダダダダ・・・

 灯の後ろから、別の足音が聞こえる。それはとてつもない速さで後ろから迫ってくる。

 もしや、桐彦かと、走りながら灯は後ろを振り返った。違った。兄だ。兄がとてつもない速さで灯の方へ駆けてくる。

 兄の、その顔はとても悪い顔をしている。灯は、捕まったらダメだ、なにか意地悪されると直感し、必死に逃げる。


「マラソン大会に向けて励む妹の為に協力してやるよ」

 ニヒルな笑みを浮かべて兄は余裕そうな足どりでひたすら灯を追いかけまわした。


 そんな灯がかめ吉とじぃじと兄にびびった2日間の話だった。


 to be continued

幽体離脱:霊魂が肉体から離れてしまう体験のことを言う。決して某双子芸人のネタのことではない。


だれかのメモ:なのはな区、男性の霊魂発見。調査によると、事故があって10代男性が意識不明の重症とのこと。幽体離脱か。意思疎通不可。

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