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怖がり少女と意思疎通できないモノ

 あの糞親父、と彼は心の中で毒づいた。彼は、自身がイライラしているのを自覚していたが、それを抑えるつもりは毛頭なかった。小さい頃から、いや正しくは生まれる前から、あの奔放な男に迷惑をかけられてきたのだ。自分にあの男と同じ血が流れているというのを信じたくなかった。種違いであることを心の底から望んでいた。

 だが、しかし。認めざるをえない状況になった。自分は確実にあの男の息子だということが身を持って証明されたのだ。彼は、自分の体を見下ろし、ため息をついた。



 灯はパステルカラーの世界にいた。水色の海には白い雲が映っている。灯は海の真ん中にある白い円柱に立っていた。どうしようか悩んでいたら、ピンクの通路が海の底から出てきた。灯は何かに誘導されているかのように、その通路を歩いた。

 長い通路を歩いていると、終わりが見えてきた。

 通路の先に黄緑の不思議な形の建物が見えてきたのだ。この建物、どこかで見たことがある。しかし、灯は思い出せなかった。らせん状に複雑に作られているその建物には、窓が一つだけあった。

 その窓から、灯を見下ろしている女性がいた。

 パステルカラーのこの世界によく似合う、柔らかい雰囲気の美人である。その美人は、灯を見て驚いたように目を見開くと、満面の笑みを浮かべた。

 美人は灯に手招きをする。おいで、おいでというような手招きに、灯は建物の中に入ろうとするが、入り口が見つからない。

 そうこうしているうちに、水色の大きな波が、灯を飲み込んだ。灯は、逃げようがなく、その波に無抵抗にのまれた。しかし、苦しくない。

 ああ、これは夢だ。

 灯がそこまで自覚すると、「おはよう、灯ちゃん」という声で、覚醒した。


 聞きなれないその声にビビった灯は、カッと目を見開く。灯を起こしたのは、茶髪の優男である。

 はて、誰だ?と灯は、寝ぼけ眼で、ぼうっとその優男を見つめる。

 その茶髪の優男は、そんな灯に、にこっと愛想よく微笑んだ。


「鈴さんに頼まれたから、起こしにきたよ」

 しばらく、働かない頭で考えて、やっと、従兄弟の梓であることを思い出す。この梓は、灯の住んでいる地域に用事があって、しばらく灯の家に住むことになったのだ。住むようになって1週間くらいたった。兄の蓮には鍵をかけるよう言われていたが、昨晩は忘れていた。


「おはよ、梓くん」とかすれた声で挨拶をして、朝ごはんを食べる為に、2人で灯の部屋から出ると、丁度、起きたらしい蓮が、廊下で口をあんぐりと開けていた。


「おはよ、お兄ちゃん」

「おはよう、蓮君」

 梓と灯が、蓮に挨拶する。しかし、蓮は顔をひきつらせ、梓のシャツの襟首をつかんだ。

「なんで、灯の部屋から出てきたんだよ」

「あはは、なんでだと思う?」

 面白そうに笑う梓に、蓮の拳が梓の頬におはようの挨拶をした。


 誤解を解いた梓は、赤くなっている頬を撫でながら、「俺に物理攻撃はやめてよ。得意じゃないんだから」と、口をすぼめながら、蓮に言う。

「なんの攻撃ならいいんだよ」

 蓮がそう尋ねると、梓は嬉しそうに答えた。

「シックスセンス対決なら負けないかな」

「どんな対決だよ、それは……」

 呆れたようにいう蓮。

 灯はシックスセンスとはなんだろうと頭を傾げていた、6つのセンス。つまりは、センスを競うのではないだろうか。梓君は、おしゃれさんなのかなぁ、と頓珍漢なことを考えながら、灯は2人の掛け合いを、朝食を食べながら眺めていた。

 自慢ではないが、灯はO型だ。自己完結をする傾向がある。こうやって勘違いが加速していくのだが、しょうがないのだ、O型なのだから。



 土日で暇を持て余した灯は、なんとなく街中に行ってみた。梓は用事があるようで、蓮は大学の課題をやらないといけないらしい。灯の母と父はデートをするそうだ。そのため、こうやって一人で寂しく街中をぶらぶらしている。


 人混みに紛れて、スクランブル交差点を歩いていると、視界の片隅に、白いものが映った。

 こんな街中で動物を連れて歩いているなんて珍しいな、と灯が、そちらに目を向けると、若い男性の背中と白いふさふさのしっぽが見えた。

 ん?と二度見した後、その背中に近づいて近距離でまじまじと見る。

 コスプレにしては、随分と凝っている。まるで、本物みたいだ。目の前でゆれるそれに惹かれるまま、灯は何も考えずに、それをギュッと握りしめた。


 すると、そのしっぽはビクッと震えて、毛を逆立てる。それと同時に、男もカチンコチンに固まった。

 灯は、あ、やばい、と慌てて手を離す。

 男は、ゆっくりと、振り返り灯を見下ろす。眼鏡をかけて頭の良さそうなその男の頭には、白い三角の耳がついていた。通常の人間の耳は見当たらない。特殊メイクだろうか。まじまじと耳を見ていたら、男が灯を睨んでいたのに気付く。

 灯は、とりあえずヘラヘラと愛想笑いをしてみた。



 灯と眼鏡の男は、人が少ないカフェで、向かい合わせに座っていた。


「これが見えるんですか?」

 何故か男性に睨まれながら、聞かれる灯。灯は、メロンソーダのアイスを食べるのに夢中になっていて全く話を聞いていなかった。


「あの、聞いてますか!?」

 男が机を軽く叩いたことで、灯はやっと目の前の男を見た。いや、正しくは、目の前の男のピクピクと動く耳をじっと見た。その灯の様子を見て、男はため息をついた。


「これが、見えるんですね?」

 男の言ってる意味が分からず、首を傾げる。しかし、眼鏡をかけている頭が良さそうな相手である。バカな質問したら、イライラを助長させるだろう。なので、灯は頭の良さそうな発言をしようと思った。


「your glasses 、very cool!」

 灯は唯一、英語の習い事をしていて実は英検三級だった。発音には自信があった。









 朔太郎は、衝撃を受けた。

 日本人だと思って、普通にカフェに連れてきて話しかけていた。しかし、いくら話しかけても答えないので、可笑しいと思ったのだ。

 ようやく、話したと思ったら、なんと日本人ではなかったのだ。


 朔太郎は、おっとりとした母親がいる。小さい頃から家族はこの母親だけだった。この母親だけで良かった。

 しかし、ある日、ランドセルを背負って家に帰宅すると、食卓に不審者がいた。白い着物に、白髪。冷たく整った顔立ちで、つり目がちなその瞳はちらりと、朔太郎を見下ろした。その頭には三角の白い耳、そして一番インパクトがある、たくさんある異様に大きいしっぽ。


「あら、おかえりなさい〜。手を洗ってきなさい」

 といつも通りの母親に促されるまま、手を洗い、食卓につく朔太郎。その後、衝撃な事実を母親から聞くことになる。


「朔ちゃん、久しぶりに会うお父さんに挨拶は?」

 久しぶり?お父さん?

 母親の言葉に、様々な疑問点が浮かぶ。


「おい。朔と会うのは生まれた時以来だ。朔は俺のことは覚えてねぇだろ」

「あら、そうだったかしら?」

 うふふ、と笑う母親。

 朔太郎は、まだ幼い頭で必死に状況の整理をしていた。


「おお、賢く育つな、こいつは」

 そうやって、ニヒルな笑みで朔太郎の頭をつかんで、見下ろす男。助けてくれと母親に目線をやるが、母親は幸せそうに笑って助けてくれない。

 訳の分からないこの状況で、朔太郎は、このことだけ理解した。

 たぶん、この男はまっとうな人間ではない。

 いや、そもそも明らかに人間ではない。母親と2人だけで良かったのに、いきなり平和をぶち壊してきた。

 朔太郎は、敵だと判断した。


 それ以降、なぜか度々顔を見せる奴を、朔太郎は追い出した。あんな奴が父親だとは信じられない。

 奴はよくこう言う。俺は偉大なる九尾である、その九尾の血を継ぐお前は俺に感謝し褒め称えるべきである、と。九尾だか、なんだか知らないが、朔太郎は絶対に奴が父親だとは信じたくなかった。

 例え、だんだん自分の顔が奴の顔にそっくりになってきても、信じたくなかった。


 なのに、20歳を超えたある日。

 朝起きたら、ケツに違和感を覚えた朔太郎。触ってびっくりした。大きな尻尾があったのだ。

 気が動転して、母親に見せるが、母親は「お父さんとお揃いで可愛い!」と嬉しそうに笑うだけ。

 ズボンに入りきらず、この尻尾は隠しようがなかった。しかし、バイトがある。人数が少なくて、休めなかった。しょうがないから、そのままで色んな言い訳を考えながら、バイトに行くことにした。


 幸いなことに、道行く普通の人間にはこの尻尾は見えないようであった。しかし、何故か逆に朔太郎が今まで、見えなかったモノが見えるようになった。

 バイトに行く途中、路地裏でたむろっている異形のモノに、「ほう、九尾の子どもか?」と話しかけられた。慌てて逃げて、バイト先になんとかたどり着いた。バイト先の人間は、朔太郎の尻尾について指摘するものはいなかった。普通の人間には見えない可能性が高いことに気づいて、安心した。

 この尻尾をなくす方法については、父親である奴を捕まえて、聞きだそう。そう決意した。



 次の朝、朔太郎は鏡を見て、さらに衝撃を受ける。奴と全く同じ、三角の耳が生えていた。顔も似てる分、完全に奴の生き写しだ。ただ、髪の色が黒いか、白いか、眼鏡をつけているか、いないかの違いである。

 もうバイトすら行く気が起きない朔太郎だった。とりあえず奴を見つけて、これを無くす方法を知りたかった。


 奴は普段どこでなにをしているか、朔太郎も母親も知らない。だから、街中に出て、人口が密集している町にとりあえず行ってみた。

 スクランブル交差点で歩いているところで、何者かに尻尾を掴まれたのだ。

 掴んだのが、この少女だった。


 人間に見えるが、もしかしたら、父親と同じ人間じゃない何かかもしれない。そして、この尻尾と耳を消す手立てを知ってるかもしれない。

 藁にもすがる気持ちで、この少女に、声をかけたのだ。



 その少女が、まさかの日本人ではなかった。無駄に良い発音であるが、単語のみなので、英語圏内ではない国のものかもしれない。

 とんだ肩透かしを食らった。

「Can you speak English?」

 英語で声をかけた途端、少女はビクッと震え、体を強張らせた。

「ノ、No」

 英語もダメだというのか。中国語や韓国語はさすがに朔太郎にも分からない。

 朔太郎は途方にくれた。






 無言が続く中、灯はアイスクリームが溶けたメロンソーダをストローでチューチュー吸っていた。

 英語を披露してみたら、それを上回る発音の良さで、英語で話しかけてきた。灯は発音や単語はまあまあ知っているが、英語の文法は苦手だった。次はどんな変化球を投げてくるか分からず、灯は内心ビクビクしていた。

 気まずい無言が続く中、カフェの窓ガラスの向こうで見覚えのある人物が、こちらを見ていることに気づいた。



 その人物は、灯たちを見て、ニヒルに笑った。

 いつか灯が部屋でくつろいでいた時に、同じニヒルな笑みを浮かべて、ずかずかと灯の部屋に入ってきた人だった。灯は泥棒だと思い慌てて蓮に助けを求めたが、後から蓮に、父の友人だと聞いた。

 その時は気が動転していて、特に着目していなかったが、その人物は、目の前にいる眼鏡の男性と同様の、頭に白い耳、お尻に白い尻尾が付いていた。


 灯が目の前の眼鏡の男性と、外にいる父の友人をチラチラと見比べていたら、眼鏡の男性がそれに気づき、外に目を向けた。

 勢いよく立ち上がると、焦った様子でズボンから財布を取り出して、1000円札を机に置いた。


「sorry‼︎‼︎」

 男性は、そういうと駆け足で店から飛び出した。

 灯は首を傾げたが、メロンソーダの氷が溶けてカランと音を鳴らしたので、メロンソーダをチューチューと吸うことにした。







 カフェに連れ込んだのはいいものの、少女と会話することができない朔太郎はどうしたものかと悩んでいた。その間、少女が朔太郎と外の何かを見比べていることに気付いた。

 何を見比べているのかと、外を見ると、そこには探し求めていた人物がいた。

 朔太郎の父親だ。朔太郎は、慌てて少女に謝り、お金を置いて、奴を追いかけた。



 奴の肩を掴むと、奴は相変わらずな嫌な笑顔で朔太郎を見る。

「よう、朔。似合ってるなぁ」

「よくないです。これの治し方を教えてください」

 顔をひきつらせながら言う朔太郎に、奴はさらに笑みを深める。


「まぁ、これで俺の息子ってことが証明されたわけだ。当分、そのままでいろよ。誰にも見えなかっただろ?」

「あの少女は、見えました」

 朔太郎は、今だカフェでメロンソーダを飲んでいる少女の姿に目配せした。


「灯か、あいつは面白い人間だよな」

「まさか、知り合いなんですか?」

「まぁな。あいつは目が良すぎて何でも見えるから、気にするな。だけど、面白いな!お前と灯が顔見知りになったか。

 そうだ、いいことを思いついた。灯と仲良くなったら、それの消し方を教えてやってもいい」

「なんで―」ですか、と朔太郎が口にしようとした時に、「じゃあな」と言って、奴は消えた。



 意味が分からない、糞親父め、と朔太郎が心の中で毒づく。

 そして、カフェにいるはずである少女の方に再度目線を配ると、その席には誰もいなかった。

 しまった!と、朔太郎が慌てて辺りを探すが、少女は見当たらなかった。

 朔太郎は、深くため息をついた。

 この尻尾と耳とは当分の間、付き合わなければならないようだ。




 灯はメロンソーダを飲み終わり、眼鏡の男性のお金でちゃっかり支払って、カフェを出た。あの眼鏡の男性は一体何をしたかったのだろうか。

 分からないまま、スクランブル交差点の前で、信号が青になるのを待っていた。

 何気なく見た、ビルにある大型のスクリーンに、綺麗なパステルカラーの絵が映る。

 見覚えがあるな、と思った時に、背後から肩を叩かれた。灯はびっくりして「わぉ!」と叫び声をあげた。



 そこには、微笑む梓がいた。遭遇率が高い。

「偶然だね、灯ちゃん」

「梓君、驚かせないでよー」

「ごめんね。人混みがすごいから、声かけても気付かないかなぁって思ったから。それよりも、灯ちゃん。何かに会った?なんか獣っぽい」

「え、わたし獣くさい?」

 灯は自分の服をクンクン嗅いだ。


「いや、臭くはないよ。なんて言えばいいかなぁ。うーん、まぁいいや」

 そう言う梓に灯は首を傾げた。






 そんな灯が頭の良さそうなコスプレお兄さんと従兄弟にビビった1日だった。


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