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怖がり少女の友人

 

『……ずるい。欲しい』

 何を?

『……わからない。けど、欲しい。欲しい、欲しい、欲しい、欲しい』

 そんなに欲しいなら、奪ってしまえ。

『……奪う?』

 そうだ、奪ってしまえ。彼女から全部。お前の欲しいものを全部持っている彼女から、全部奪ってしまえ。

『……うん』





 灯は緊張していた。灯の友人が家に来るのだ。灯のいつもの友人ならここまで灯は緊張しない。特別な友人が来るのだ。お嬢様学校に通っている、人形みたいに綺麗な少女である会田美頬(あいだみほお)だ。整った顔立ちや、静かな口調、優雅な動作からわかる、とても高貴な感じの子だ。

 なんで、灯と縁がなさそうな子と友人になったかというと、偶然公園で会ってナンパのごとく声をかけられたからだ。どうやら、友だちがいないらしい。勢いで友だちになったのだが、一度会ったときから目に焼き付いて離れない、あまりの美少女っぷりを思い出して、緊張しまくりだ。美頬ちゃんのように綺麗な少女はテレビの中でしかみたことない。母も綺麗だとよく言われるが、美頬ちゃんほどに整った顔はしていない。だから、ますます緊張していた。

 ドキドキが収まらない。まるで、初めて彼女を家に呼んだ男子高校生のような気分だ。


「まずは部屋に案内したほうがいいかな?けど、いきなり部屋だと怖いって思っちゃうかも……。じゃあ、最初はやっぱり、リビングで少しゲームとかを楽しんだ後に部屋に行くとか?それだったら、違和感ないかも」

 一人でぶつぶつ呟く灯。その発言は完全に、初めての彼女を家に呼ぶことに浮かれている男子高校生だった。


 そうこうしているうちに、ピンポーンと家のインターフォンがなった。この家には、今灯しかいない。灯は「来た!」と叫び、バタバタと玄関まで駆け込み、勢いよく扉を開けた。そして、門の前に立っていた美少女を見て、灯はだらしなく、へらへらと笑った。


 美頬は、大きい犬をつれて来ていた。灯が家に犬をいれる許可は出せないので、とりあえず庭に犬を離して遊ばせることにした。

 美頬を居間に連れてきて、テレビの前のテーブルに座らせる。そして、灯はぎこちない動作でお茶を差し出して(ふだんお茶など自分で淹れないからだ)、美頬に声をかけた。


「うちんち、すぐわかった?」

「……うん。なのはな区はよく来るから」

「へぇ!そうなんだ?なんで?」

「……」

「……」

 無言。灯と美頬は見つめ合う。


「えっと……、ゲームする?」

 灯はなんとなくゲームをすることにした。


 灯がゲームしているのを、美頬が隣に並んで見ている。なんと美頬はゲームをしたことがないという。だから、とりあえず、灯のやってる姿をみたいというので、灯が手本を見せているのだ。


「……今のってなに?」

「えっとね、吸い込んでるの」

「……なんで?」

「えっとね、攻撃するために」

「……」

 解せぬ、といった美頬の表情に気づかない灯。


「……今のってなに?」

「えっとね、雷」

「……なんで、ねずみから雷?」

「えっとね、攻撃するために」

「……変」

「ええー、変じゃないよ。風車で電気を作れるんから、ねずみも電気作れるよー。……たぶん」

「……なるほど」

 このようなぼんやりとした会話をずっと続けていたら、いつしか2人の間にあった緊張感はなくなっていた。


 そんな時間を壊すかのように、電話の音が鳴り響いた。

「はいはーい」と居間にある電話に灯は近寄り、受話器を取った。

「はい、竜頭です」

『あ、灯ちゃん?俺だよ。誰か分かるかな』

 笑う穏やかな男性の声に灯は血の気が引いた。

 灯は勘づいた。これは今もまだ、被害がたくさん出ているというアレではないか。オレオレ詐欺という犯罪だ。灯は心臓がバクバクし始めた。もし、ここで対応を間違ったら、大金を奪われてしまう可能性がある。臆病な灯はビビった。


『あれ?灯ちゃん?もしもし?』

 しかし、お金は大事である。灯は、勇気をふりしぼった。

「オレオレされても、私は騙されません!」

 ガチャッと勢いよく、受話器を置いて灯は電話を切った。


 また、電話がかかってくる。灯は眉をしかめながら、もう一度受話器を取った。

『灯ちゃん。梓だけど、覚えてるかな?』

「…梓?……従兄弟の?」

『そう』

「本当に?」

 灯は自慢じゃないがO型である。素直そうに見えて、意外と疑い深いときがある。

『本当だよ。俺は灯ちゃんのこと可愛い女の子って、よく覚えてるよ。灯ちゃんは俺のこと忘れちゃった?』

「え…可愛い…?ううん。覚えてるよ!それで、なに?」

 照れ照れと嬉しそうに答える灯は、疑い深いけど、単純だ。つまりちょろい。しかし、O型なのでしょうがない。


『豆腐小僧がお世話になったね。ありがとう』

「いいえー」

『それでさ、ちょっとお願いがあるんだけど…』

 そこまで梓が言うと、灯の家の庭に放していた美頬の飼い犬が吠えた。

『……今、灯ちゃんって誰かと一緒にいる?』

「え、うん。友だちが家に来てるよ。お母さんとお父さんとお兄ちゃんはいない」

『そう。それは、ちょっと危ない気がするな…これから、誰か帰ってきたりしそう?』

「ええと」

 誰か早く帰ってくるって言ってたかな?と灯が悩んでいる最中に、玄関を開く音と同時に「ただいまー」というのん気な声が聞こえた。

「あ」と灯が呟く。

『ああ、叔父上が帰って来たか。そうしたら…大丈夫かな。…たぶん。それじゃあ、またね、灯ちゃん』

 一人で納得して話を終わらせた従兄弟に、灯は首を傾げつつも、「うん、またね」と言って電話を切った。



「灯―、愛しのお父さんが帰ってきたぞー」

 スーツ姿で居間に入ってくる父に灯は「おかえりー」と声をかける。


「お!友だちか?」

 父が居間に座る美頬を見て、ネクタイを緩めながら言う。美頬は、父を見てペコッと静かにお辞儀した。


「そーだよ。だから、あっち行ってて」

「なんだ、照れてんのか?灯は恥ずかしがりやだな」

 そういいながら、にまにまと気持ち悪く笑う父の背中を押して灯は居間から追い出す。父が居間から出て行き、灯は「離れちゃってごめんねー」と言いながら美頬の隣に座って、またゲームをやり始める。


「……今の人はお父さん?」

 美頬がそう尋ねると、灯はゲームをしながら「うん」と頷く。そんなやり取りをしている時に、出て行ったと思った父がスーツからスエットに着替えて、灯たちのいる居間にまた入ってきた。

 そして、灯と美頬の間に割り込んで座った。


「お父さん、なに?」

 灯が不機嫌そうに言うが、父はスルーした。


「お!ゲームかぁ。お父さんとも戦おうぜ!」

「やだ」

「ええーじゃあ、いいもん。灯とは戦わない!お父さんは灯の友だちと遊ぶもん!灯の友だちはなんて名前?」

「……美頬です」

「みほおちゃんね!よし、戦おうぜ!」

 そう言って腕まくりする父がゲームコントローラーを美頬に渡す。灯は仲間はずれにされて、不機嫌そうに口をすぼめた。


「うおっ!みほおちゃん、やるな!」

「なにぃぃ!?そうくるか、そうくるのか!?」

 一人で騒ぎながら、ゲームをしている父。美頬ちゃんは淡々とコントローラをカチャカチャと操作し、ゲームの画面を見ている。

 ちなみに、父は全敗している。


「お父さん……ちなみに美頬ちゃんは、ゲームが初めてなんだよ」

 灯がそういうと、父は目をいっぱいに見開き、口を大きく開き、全力で驚きの表情を作った。

 そして、美頬を見てニカッと笑って言った。


「みほおちゃん、やるな!」

 美頬は、静かにうつむいた。

 ある程度ゲームをして気が済んだのか、父は「お母さんが帰ってくるまで、部屋で寝てくる」と言って、また居間から出ていった。


「ごめんねー、うちのお父さんが」

 灯が美頬にへらへら笑い言いながら、そういうと、美頬が顔を上げて、今までになかったの強いまなざしで灯を見つめて口を開いた。


「……ずるい」

「うん?なにが?」

 灯は首を傾げて、聞く。


「……あなたと私、なにが違うの?」

「え?」

「……あいつらが見えることは一緒なのに。なにが違うの?」

「美頬ちゃん……?」

「……わたしも欲しい、暖かい家が、お父さんが」

 美頬が立ち上がり、灯をにらみつけた。


 グルルルルル…


 外から、禍々しい動物の鳴き声が聞こえた。

 灯が外を見ようと窓にほうに目を向けると、美頬の犬がいなくなり、かわりに熊ほどの大きさの狼のような動物が灯を見て、威嚇をしている。


 驚いて動けない灯。

「……わたしに、ちょうだい」

 美頬がそう言うと、その動物が窓をすり抜けて灯に襲い掛かってきた。

 牙を剝いて、灯に襲い掛かる動物をスローモーションのように眺めながら、灯は意識を失った。



 灯は暗闇の中にいた。

 体がふわふわして、まるでそこに灯が存在していないかのような感覚に陥っている。もしかしたら、今度こそ本当に幽霊になったのかもしれない、と灯はそう思った。灯は、何度か死にかけているから、そんな考えに至った。いつかは崖から落ちたし、いつかは車にひかれた。今回は熊のような狼のようなよくわからない動物に食べられた…のかもしれない。気が付いたら、暗闇に佇んでいたので、可能性は否定できない。


「あっちにいけ」

 暗闇の中で、幼い少女の声が聞こえた。灯は声の方へ顔を向け、暗闇の中で目を凝した。そうすると、徐々に人の体の輪郭が見えてきた。


「はやくあっちいけ。でてけ」

 灯がふわふわと(まるで体が浮いているかのような感覚だ)声の方へ近寄ると、その声の主の姿かたちが見えてきた。肌の白くて細い少女がそこにいた。


「はやくあっちいけ、ばけもの!」


 少女がそう叫ぶと、急に暗い空間に光が差した。その光のおかげで、灯は暗い空間が狭い和室であることに気づく。光の方に顔を向けると、男性が襖を開けて、和室に入ってきた。

 少女は男性を見て、全身を強張らせた。


「また騒いでるのか。嘘をつくのはやめろ」

 男性は低い声でそう言うと、少女に向かって手を振り下ろした。泣きながら謝罪する少女に、男性は無言で、少女の顔や身体を、殴り続けた。


「やめてください!」

 灯は、目の前で起こるそれに恐怖も覚えたが少女が可哀想で、男性の行為を止めようと試みた。男性は聞こえていないかのように、少女への暴行を辞めない。灯は、少女を守るために、少女の小さい体に覆いかぶさろうとした。

 そうすると、少女の体をすりぬけて、灯は気が付いたら、外にいた。

 雨が降っている。


 クゥン クゥン

 小さな鳴き声が聞こえる。足元を見たら、雨に濡れた子犬がいた。とても小さく、やせ細ってて、泥で汚れていた。灯が子犬を撫でようと手を出した時、後ろから石が飛んできた。


「あっちいけ」

 後ろを振り返ると、さきほどの少女がいた。少女も子犬と同じで雨に濡れて、ところどころ汚れていた。

 少女は灯をにらんだ後、目線を下げて子犬を見る。そして、少しためらうような仕草をみせたが、駆け足で灯に近づいてきた。そしてすばやく、灯の足元にいる子犬を片手ですくいあげ、灯のほうを見ないで少女は去って行った。


 灯が「あ、待って!」と少女を追いかけようと、足を踏み出した瞬間、また体が空中に投げ飛ばされた。

 ふわふわと浮き、今度は部屋を見下ろしていた。

 少女と犬が部屋にいる。少女は灯に背を向けて皿に入ったミルクを子犬に与えている。子犬が小さな舌を一生懸命動かしてミルクを飲んでいる。少女は、それを嬉しそうに見て笑っていた。

 どう力をこめても、体はふわふわと浮いているため、灯はただ浮くことしかできない。

 灯が少女に言葉をかけようとしたとき、玄関だと思われる部屋の扉からガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた。

 それに、気づいた少女が慌てた様子で、部屋の窓を開けて、子犬をベランダに出す。そして、窓とカーテンを勢いよく閉めた。


 玄関の鍵が開いて、扉が開く。入ってきたのは少女を暴行していた男性だった。


「今日はいい子にしてたか?」

 低い声で言う男性に、少女は何度もコクコク頷く。男性が靴を脱いでいた時、クゥンクゥンという鳴き声がベランダから聞こえてきた。

 少女は体を大きく震わせながら、カーテンが開かないように後ろ手で掴む。


「なんの音だ?」

 靴を脱いだ男性が、少女のほうへ近づく。少女はカーテンの布を強く握りしめた。


「どけ」

 男性が少女に言うが、少女は動かない。

 男性の平手が少女の頬を打ち、少女はよろめいた。力づくに少女を退かした男性は、カーテンを勢いよく開き、ベランダの窓を開けた。


 クゥンクゥンと鳴く子犬を男性は見下ろす。

 そして、子犬の首を掴んだ。


「だ、だめ!」

 少女が男性に近づき、男性の腕にしがみついた。男性は強く腕を振り払い、少女の体をベランダのコンクリートに叩きつけた。

 そして、男性はクゥンクゥンと鳴く子犬を高く持ち上げ、ベランダからかなり遠く離れている地面を見下ろした。


「お、おとうさん…?」

 そう言う少女を男性は一瞥すると、ベランダの柵の外へ、その子犬の体を放り投げた。


 灯は助けたくて、空中を必死に移動して子犬を抱きしめようとしたが、子犬をすり抜けてしまう。

 少女の悲痛な叫び声。

 地面に何かが落下する音。

 地面が赤い血に染まる。

 灯の腕には半透明の子犬がいた。しかし、地面には血に濡れた子犬が横たわっていた。その姿に心痛めた灯は目をぎゅっと閉じた。




「新しいパパとママだよ」

 優しそうな男性の声が聞こえた。灯は瞼をそっと開く。相変わらず、灯は空中に浮いていて、腕には子犬が寝ていた。見下ろすと、やはりあの少女がいた。

 あの少女の前に、夫婦らしき男女が立っている。少女は、人形のように表情をかえないまま、目の前の男女をビー玉のような瞳で見上げた。


「よろしくね」

 そう言ってほほ笑む夫婦に、少女の瞳がかすかに揺れた。


 灯が瞬きをすると、また場面が変わった。少女は暖かい空間を、ただ眺めていた。その先には、あの夫婦がいる。


「うふふ、動いたわ」

「え!?本当に?」

 ソファに座っている女性のお腹をそっと触る男性。幸せそうに夫婦は微笑み合った。少女はそれを静かに見つめ、どこか諦めたような表情をした。


 クゥンクゥン

 灯の腕で寝ていた子犬が起きて、腕から抜け出した。少女は子犬の泣き声を聞いて、目を見開いて驚き、抱きとめた。


 あはははは

 夫婦の幸せそうな笑い声が聞こえてきた。少女は、撫でていた手をピタリと止めて、夫婦がいる空間とは逆の方へ歩き始めた。少女の後ろを歩く子犬は、少女の膝下ぐらいまで体が大きくなっていた。


 灯が次にいたのは、少女の可愛らしい部屋だった。


「あなた……見たことある気がする」

 そう声をかけられて、灯が声の方へ向くと、少し成長した綺麗な洋服をきた人形のような少女がいた。今までのボロボロの恰好は違うが、その綺麗な顔立ちで灯が今まで見守っていた少女だった。


「そうだよ。あなたのこと見てた」

 灯がそういうと、少女は無表情に首をかしげた。

「……いつから?」

「えっとね……」

 あなたが父親らしき人物から暴行をされているところから、なんて言えない灯は口をつぐんだ。少女はビー玉のような瞳で、そんな灯の様子を見て、瞼を伏せた。


「本当のお父さんはね、いなくなった……。代わりに新しいパパとママが出来た」

 少女がお父さんというのは、あの暴行をする男性のことで、新しいパパとママというのは、あの優しげな夫婦のことを指しているのを灯でもさすがにわかった。

「そうなんだ……。新しいパパとママは今どこにいるの?」

「……病院。赤ちゃんが生まれたみたい」

「へぇ!弟が出来たの?」

 少女は、無表情に頷いた。

「会いにいかないの?」

 少女は、何も答えなかった。そして、気が付いたら少女の足元にいた犬の頭を撫でた。


 しばらくすると、少女は顔を上げて、口を開いた。

「……私はお父さんに会いたい。お父さんは痛いこといっぱいしてきた。だけど、お父さんはいいことをしたら頭をなでて褒めてくれた。わたしのこと、たぶん必要としてくれてた。わたしがいないと探してくれたから。けど……新しいパパとママは、きっともうわたしのことはもういらない。わたしがいなくても、きっと気づかない」

 そこで、いったん言葉を切って少女はまた口を開く。

「お父さんがいい。お父さんに会いたい。お父さんが欲しい。いらない子はいやだ……」

 その瞳はかすかに潤んでいた。


「そんな…いらない子なんて……」

 そんなことないよ、なんて簡単なセリフを灯は言えずに、また黙り込んでしまった。



 灯は、少女の瞳が見てられなくて、瞼を閉じた。そのとき、ある光景を思い出した。

 幼い灯が泣いている。大好きな母のそばにいたら、父が「お母さんはお父さんのものだ」といって、追い出されたのだ。


 そんな灯に優しく声をかける者がいた。

『あかり、どうしたの?』

 灯の大好きな、兄だった。

 灯は目を開いて、目の前の少女の瞳を見た。


「私は、お父さんとお母さんがいる。けど、お父さんがいっつもお母さんのそばから離れなくて、さみしい思いをしてたんだ。それで、よく泣いてた。

 けどね、私にはお兄ちゃんがいたんだ。お兄ちゃんがそばにいてくれた。だからね、私は、さみしくてもお兄ちゃんがいるから大丈夫になったよ。

 お嬢ちゃんの弟はまだ赤ちゃんだから、今はまだわかんないと思うけど……。その子にとっては、あなたは世界で一人だけのおねえちゃんだよ。いらないはずなんてない」

 少女は灯を上目づかいで見上げた。表情は変えていないが、その瞳に怒りが宿ったのに灯は気づく。


「あなたとあなたのお兄ちゃんは血がつながってるんでしょ。わたしと弟は血がつながってない。本物の家族じゃない」

 その言葉に灯は首を横に振った。


「私とお兄ちゃんはね、血は繋がってないよ」

 灯は小さい頃、よく兄のそばに男性がいるのを見た。その存在に気づいていない鈍感な兄に伝えようとすると、その兄によく似た男性はシーと口唇に人差し指を当てる。

 ある日、兄が寝ているときに、その男性に声をかけてみた。そうすると、灯の父の親友で、兄の本当の父親だというので灯は本当に驚いた。

 彼はこう言った。

『灯ちゃん、血は繋がってなくても、家族ってなれるんだよ。例えば、家族が10組いると、その10組がみんな同じ形の家族であるはずがないよね。家族に定義はない。だから、今まで通りにこの子と家族でいてあげて。そして、いつか、本物の家族に―…』

 そこまで言うと、兄が起きかけたので、兄の父親は微笑んで静かに去って行った。それ以降、あまり兄の父親は現れなくなったが、時々ふらっと出現する。この前も、兄の背後に現れたが、また人差し指を口唇に当てて、微笑んでいたので灯は兄に内緒にしていた。


「だから、あなたも生まれた弟の本当のお姉さんにこれからなれるんだよ。それに、新しいパパとママの本当の娘にもなれる。家族に定義はないから」

 灯がそこまで言うと、少女のビー玉のような瞳が揺れた。



「おーい、二人とも起きろー。風邪ひくぞぉー」

 気が抜けた声で、灯は「んあ?」と口元から涎をたらしつつ、覚醒した。その灯の隣には、美頬が天使のような美しい寝顔を見せていた。


 長い夢を見てたような気がする。

 いつから寝ていたのか、寝る前の記憶がない灯は首を傾げつつも、外がすでに真っ暗になっているのに驚き、寝ている美頬に声をかけて起こす。

 美頬はゆっくりと瞼を開き、静かに起きた。


「娘が二人いたら、こんな感じだったのかなぁ」

 灯の父親がにまにまと笑みを浮かべている。


「お父さん、気持ち悪い」

 灯がそういうと、灯の父は目に見えて落ち込んだが、すぐに立ち直り、美頬に声をかける。


「みほおちゃんの携帯がさっきからずっと鳴ってるぞー」

 美頬は静かな動作で、携帯を取り出して、携帯を見る。そして、目を見開く。

 なにがあったんだ、と灯は遠慮なく、美頬の携帯をそっと覗くと、

『弟 不在着信52件』

 灯もギョッと目を見開いた。

 そして、今も着信がある。

 美頬が携帯を操作して、電話に出る。

「……ごめん。うん、うん。……なのはな区の6丁目の……。いや…だいじょ……ごめんなさい。うん、うん。はい……」

 美頬が静かに電話を切った。

「大丈夫?」と灯が心配そうに聞く。美頬は頷いた。


 美頬の弟と母がどうやら今から迎えにくるらしい。それまで、夕方にやっているアニメを美頬と見ることにした。無駄にテンションの高く絡んでくる父親を灯が軽くあしらいながら、である。


 しばらくすると、インターフォンがなり、美頬の弟と母が迎えに来た。

 弟は『ザ・思春期』と言った感じの可愛らしい少年だった。中学生のようだ。

 釣り目で気が強そうな少年は、「姉がお世話になりました」と軽く頭を下げて、美頬の腕を掴み、灯の家の前に停まる車の方へ歩き始めた。美頬の母が「娘がお邪魔しました。今後も仲良くしてね」と優しげな笑顔であいさつをしてくる。灯は「いえいえ、こちらこそ」とヘラヘラと笑う。


 美頬は腕を弟に引っ張られながら、灯のほうに振り向いた。

「……灯ちゃん、ありがとう」

「いいえ!また来てね。今度は弟さんも一緒に遊びにおいで」

 灯が笑顔でそう言うと、美頬は、静かに微笑み、頷いた。

 その笑みに、灯が見惚れていると、美頬の腕を弟が引っ張る。


「……またね」

「うん、またね!」

 そういって、車に乗り込んだ美頬は去って行った。



 その去っていく車を見つめながら、灯は首を傾げる。

「うーん、なにか忘れているような……」

 一人でそうつぶやいて、何気なく庭を見ると、黒猫のコタローに、美頬が連れてきた子犬がじゃれついていた。


「ああ!美頬ちゃん、ワンちゃん!!!」

 灯は走り去る車に叫んだ。



 そんな灯がオレオレ詐欺(※従兄弟だった)と熊みたいに大きい狼みたいな動物(※本人は覚えてない)にビビった一日の話だった。




 美頰は父と二人暮らしだった。母はいなかった。記憶にも残ってないので、かなり幼い頃からいないのだと思う。父はそのせいかはわからないが、かなり厳しかった。それでも美頰は大好きだった。美頰の家族は父1人だったから。

 しかし、美頰は人と違うモノが視えたため、話すことができる年齢になると、虚言癖と言われるようになり父の折檻が行われるようになった。視えたことを言わなければよかったのだが、ただ1人の家族に理解されたかった。幼かった美頰は父に認めてほしかったのだ。しかし、しつけという名の虐待がひどくなるだけだった。

 その頃の美頰の心の拠り所は近所に捨てられた子犬だった。まるで美頰みたいなその子犬がかわいそうでこっそり世話をしていた。しかし、大雨で子犬が心配だったので、父のいない間に家にいれたことにより、父にバレてベランダから下の道路に投げつけられて子犬は死んでしまった。その子犬を見て、美頰は自分もああなるのかとゾッとした。

 しばらくして、真っ当な大人たちに美頰は保護された。美頰の父は美頰を返せと言ってきていたが、最終的には再婚してからはパッタリ来なくなった。

 そして美頰は裕福そうな夫婦にひきとられた。子どもが出来にくいという夫婦は、子を授かることを諦めて養子をとることにしたようだった。新しい家族というものに緊張しながらも、美頰は期待もした。ちょっとずつだが関係性を深めていってる最中に、養母の妊娠が発覚した。喜ぶ2人を見て、美頰は疎外感を感じた。またいらない子になってしまった。そう諦観した。

 そんな美頰に嬉しい出来事があった。幼い頃、失った子犬が霊になって美頰の元に戻ってきてくれたのだ。美頰の心の拠り所である子犬は、美頰が撫でるたび大きくなっていく。このまま大きくなったらどうなるんだろうか。けどどうなってもよいと、美頰は思っていた。

 弟が生まれて、居場所がなくなっていく感覚に陥り、養親と弟と距離をとるようになった。普通の人に対する妬みもどんどん強くなっていった。そんな時に悪霊会に出会ったのだ。同じ人間たちがいると思うと美頰は安心することができた。邪魔する亀好きの女子高生の灯と接触できたものの、同じく視える人間なのに普通の家庭で、普通の生活をして、普通のお父さんがいることを目の当たりにして、妬みが強くなった。大きくなりすぎた犬は灯を攻撃した。


 そこから意識がないが、過去の夢を見た。

 子犬以外に、ひとりぼっちの美頰の近くに寄り添ってくれた温かなモノがいた。そのモノの実体はボヤけていて見えなかったが、幼い美頰が悲しんでいる時に必ずいた。そして、血が繋がってないけど家族になれる。家族に定義はない。と教えてくれたのだ。


 その後、疎外感はあったけど、弟が産まれた時は嬉しかった。産んだばかりで疲れているけど幸せそうな養母が、美頰の指を掴んで弟の手のひらにのせた。弟がギュッと美頰の指を掴んだ。それにびっくりしてる美頰を養母と養父が幸せそうに見て、笑っていた。


 なんで忘れてたんだろう。美頰は灯に起こされて、そう思った。今までの妬みがまるで浄化されたような気分で、スッキリした目覚めだった。大きくなった犬はいつのまにか、ただの子犬になっていた。


 帰り道、美頰は弟に怒られていた。

「初めての友達だかなんだか知らないけど、調子乗って門限破るなよ!パパも仕事でいないけど、心配してるんだからな」

 美頰は「…ごめんなさい」と謝っていた。

「まぁまぁ」と養母が弟を宥めながら言った。

「けど、美頰ちゃん。あなたは大事な私たちの娘なんだから、確かに門限に帰ってこないのは心配しちゃった。次からはママに必ず連絡してね」

「…ごめんなさい」美頰は心から謝った。

「俺にも絶対連絡しろよ!」

 弟は息を巻いてそう言った。

 養父は仕事でいないが、これが、今の美頰の家族である。美頰はそう噛み締めた。


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