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怖がり少女が言い当てるモノ

 アレを見たのは、私がまだ三つの頃でした。病気で自宅療養をしていた祖父のお見舞いに行っていたのです。お見舞いに行くと、祖父は寝ていました。父と母は祖母と真面目な話をし始めて、暇を持て余した私は一人で遊ぶことにしました。

 家中を駆け回って、部屋を一つひとつ開けて見ていました。一つの部屋を開けたら、そこは祖父の部屋で祖父が横になって寝ていたのです。

 しかし、そこにいたのは祖父だけではありませんでした。寝ている祖父を見下ろしていた、細長いアレがいたのです。私は幼かったので、非常に恐ろしくなり、泣いてしまいました。その泣き声に気づいた両親と祖母が、私の元に来てくれましたが、その時にはアレは消えていたのです。

 大人に説明しても、みんな笑って気のせいだ、と言って相手にしてくれません。腑に落ちない私ではありましたが、日が経つにつれて、その出来事を忘れてしまいました。

 その1週間後に、祖父は亡くなりました。


 その後も、私はアレを見ることが何度もありました。

 ある日は、親戚のおじさんの後ろに、アレは立っていました。

 ある日は、寝ている私の父と母を、アレは見下ろしていました。

 ある日は、車椅子に乗った祖母に寄り添うように、アレはいました。

 ある日は、入院していた私の夫を、アレは見下ろしていました。


 アレは目を離した隙に消えてしまいます。

 アレを見てしまうと、アレのそばにいた者は一週間程で亡くなってしまうのです。親戚のおじさんも従兄弟も父と母も、祖母や私の夫も、全員死んでしまいました。

 アレは、一体何者なのでしょうか。私は今だにアレがなんなのか、分かりません。






 灯は、顔を引きつらせていた。学校が終わって家へ帰っている最中だった。

 道端に変な子供がいた。

 5歳くらいの少年で、頭には竹の笠をかぶり、達磨(だるま)の柄の着物を着ている。

 この時点で時代錯誤も甚だしいが、何よりも一番変だったのは、豆腐を乗せたお盆を持っていることだった。

 プルプルと震える手でお盆を持ち、じっと豆腐を見つめながら、恐る恐る歩いている。

 今にも豆腐を落としてしまいそうだ。


 完全に変な子供である。しかし、その道は家への一番の近道だ。灯は早く家に帰りたかったので、その変な子供の横を通ることにした。

 灯は駆け足で、手を震わせて歩く子供の横を通り過ぎようとした。

 そして、子供と灯がすれ違おうとした時に、それは起きた。


 子供が灯に気付き、身体をビクッと震わせた。それと同時に、お盆が大きく揺れて、豆腐が地面にベチャッと落ちてしまった。

 それを見て、灯も身体をビクッと震わせる。


 子供は顔を引きつらせて、泣き叫んだ。


「うわぁぁぁぁぁあん!」

「ぎゃああああああああ!」

 灯は子どもの叫び声にびっくりして叫んだ。2人は、あたふたして、お互いに別の方向へ、逃げ出した。




 今のはなんだったんだ。

 灯は、行き着いた公園のベンチに座り、荒い息を落ちつかせている。


「お隣いいですか?」

 白髪頭の老婆が、灯に声をかけてきた。灯は「あ、はい!」と言って慌ててベンチの右側に寄った。

 老婆はゆっくりとした動作で灯の隣に座り、ニコニコと微笑んで、灯に尋ねてきた。


「高校生ですか?」

「はい!」

 灯は元気良く答える。

「学校の帰りでしょうか?」

「そうなんです。家に帰ろうとしたら、道に変なのがいて、逃げてきたんです」

「あらあら!不審者?大丈夫ですか?」

「あ、不審者とかじゃないです、たぶん。それが変な子供で…」

「変な子供?」

「そうなんです。頭に笠をかぶってて、だるまの柄の着物着てて。この時点で変だけど、さらに!お盆を手に持っていて、そのお盆の上には、なんと!豆腐!あの豆腐が乗ってて!」

 話していくうちに熱弁する灯を見て、くすくすと笑う老婆。


「本当だよ!嘘じゃない!こうやって豆腐の乗ったお盆持って、プルプルと歩いてたんだから」

 灯は立ち上がって、変な子供がしていた行動を再現した。それを見て、老婆はますます笑みを深めた。


「大丈夫ですよ。信じます。私も不思議なものを見たことがありますから。周りに言っても誰も信じてくれず、悲しい思いをしました」

 灯はまたベンチに座り直して、老婆に尋ねる。


「おばあちゃんは何見たの?」

「黒くて細長いものです」

 老婆がそう言った瞬間、灯は急に背筋がゾクゾクとした。灯達の背後に黒い何かが揺れている気がする。後ろを見なくても、灯はそう感じた。

 灯は、恐る恐る後ろを振り返ると同時に、「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。


 2メートル程ある身長の黒づくめの男が、背中を丸めて、老婆を見下ろしていたのだ。

 黒のハット帽子に、黒のコート。黒のズボンに、黒の手袋と黒の靴。黒のサングラスをかけた男だ。灯はこの男を見たことがあった。

 黒づくめの男は、以前と同じく身体を左右にゆらゆらと揺らしている。


「どうしたんですか?」

 老婆は、様子が変わった灯に尋ねる。話しかけられて、灯はハッとして、老婆の手を掴み、その場から逃げ出そうとする。


「おばあちゃん!変な人がいる、逃げなきゃ!」

「変な人?」

「うん!黒づくめの不審者。2メートルくらいある細い身体をした人!早く逃げよう!」

 灯は老婆の手を引っ張るが、老婆は動こうとはせず、静かに地面を見て呟いた。


「そうですか。…私の番なんですね」

「おばあちゃん、早く!」

「ねぇ、お嬢さん。あなたには、その人が何に見えますか?私は、ずっと分かりませんでした」

 岩のように動かない老婆に、灯は動かすのを諦めた。そして、黒づくめの男と少しだけ距離をとり、黒づくめの男を恐る恐る見上げてみた。


 黒づくめの男は、身体をゆらゆらと揺らしている。

 ピタリと止まり、バッと灯のほうに顔を向けた。


 灯は恐怖で、ちびりそうだった。

 灯にはよく分からないが、テレビでよく聞く言葉でいうと、黒づくめの男は“堅気じゃない”気がしたからだ。目が合うだけで怖気づいてしまう。このまま、ずっとサングラス越しで見つめられていたら、死んでしまいそうだった。

 しかし、黒づくめの男は灯に興味が失せたのか、また老婆を見下ろして、身体をゆらゆらと揺らし始めた。

 それに安堵した灯は、まじまじと黒づくめの男を観察することにした。


 灯自身が黒づくめの男に見つめられた時は恐ろしかったが、こうして見ると身長は高いが身体は細くてなよなよしているせいか、どこか優しげな印象がある。その印象を持つと、黒づくめの男は老婆を見下ろしているのではなく、見守っているような気もしないでもない。


「あのー、あなたは誰ですか?」


 灯は、黒づくめの男に声をかけてみることにした。しかし、黒づくめの男は何も答えずに、身体をゆらゆらと揺らすだけだ。


「お嬢さん、あなたの思ったことでいいんです。そのものは何に見えますか?」

 老婆の言葉に、灯は頭を捻る。


「うーん、最初は怖いって思ったけど、ちゃんと見たら、優しそう。格好は全身真っ黒で、誰に似てるかなぁ。ハロウィンとかで誰か仮装してそうな感じ。あ、死神?そうだ、死神みたい!けど、死神にしては身体が、なよなよだから何にも出来なさそうだし、今もおばあちゃんを見守ってる感じだから、優しい死神?」

 そこまで言い切って、灯は本人(黒づくめの男)が目の前にいたことを思い出して、あたふたする。

 自慢じゃないが、灯はO型だ。本音をすぐに言ってしまう。素直だと言えば聞こえはいいが、そのことで相手の機嫌を損なうこともある。O型なのだからしょうがないのだが、こういう時は血液型のせいにはしなくて、ちゃんと反省するのが灯である。


「あ、えっと、今のは例えですから!あくまでも例えですから。すみません」

 灯は、黒づくめの男にそう言い訳して、謝る。しかし、聞いていなかったのか興味がないのか、黒づくめの男は相変わらず老婆を見ながら、身体を揺らしているだけだったので、灯はひとまず安心した。


 その時、「あはは!」と老婆が大きく笑った。子供みたいな、生き生きとした笑い方だ。


「なんだ、そうだったの。細長いアレは、悪いものだとばっかり思ってました。優しい死神ですか。やんか、納得しました」

 老婆は、うんうんと頷きながら、そう言った。そして、後ろに振り向いて、黒づくめの男に、頭を下げた。


「今まで勘違いしてごめんなさい」

 老婆は、前に向き直し、灯にも頭を下げた。


「お嬢さんも、教えてくれてありがとうございます。勘違いしたままで、いるところでした」

 老婆に、灯は慌てて、「いえいえ、おかまいなく!」と意味不明なことを口走りながら、ペコペコと頭を下げる。

 笑顔の老婆は元気よく、立ち上がった。


「さあ、これから忙しくなります!まずは身辺整理をして、葬式の準備ですね。その後は子供や孫達に会いに行かなきゃ!じゃあ、お嬢さん、お元気で!」

 老婆はそう言い、颯爽と去っていった。その後に、黒づくめの男が寄り添うようについて行く。

 灯は、ポカンと口を開けて見送った。


 何がなんだかよく分からない灯だが、これだけは分かった。老婆は、黒づくめの男が“優しい死神”と例えた灯の言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。


 灯は、一体どうしたらいいのだろうか。

 老婆を引き留めて、違うんですよ!と言いにいくか?しかし、時すでに遅し。老婆の姿は見えなくなってしまった。

 まぁ、いっか。

 身辺整理も葬式の準備も早くしていて問題はないだろう。たぶん。灯はそう開き直り、家に帰ることにした。




 園村由紀恵は、身辺整理をしながら今までのことを思い出していた。由紀恵が黒くて細長いアレを見たのは3歳のときだった。祖父の近くに現れたアレを幼いながら周りに伝えても誰も信じてくれなかった。祖父の葬式にはアレはそばにいなかった。その後も親戚のおじさん、父と母、祖母、そして夫。皆、死ぬ前に、細長いアレがそばに現れた。現れてから1週間以内に皆死んでしまった。

 由紀恵は細長いアレが悪いもので、周りの人々を殺しているのだと思い込んでいた。細長いアレをどうにかすれば、生かせるのでないかと思った時もあるが、アレに触れようとしたこともある。すると、見透かしたように、アレはこちらを見るのだ。アレに見られたら、恐怖なのか身体が動かなくなり、戦意が喪失してしまった。

 大人になってから、祈祷師などに相談しても、金づるに利用をされそうになったり、悪いものはあなたに憑いていないと断られたり、結局アレの正体は分からずじまいだった。

 しかし、それがようやく分かった。

 あの女の子は、細長いアレを“優しい死神”と言った。それを聞いて、今までひっかかっていたものが、ストンと落ちた。


 由紀恵の祖父と親戚のおじさん、祖母や夫は病気で死んだ。父と母は病気ではなかったが、震災によるものだったので、避けようがなかったのではないか。つまり、それが彼らの死期であり、運命だった。それを受け入れることが出来ずに、由紀恵は細長いアレのせいにしていた。そのことに、少女の言葉で気付かされたのだ。


 細長いアレは、ただ彼らを見守る“死神”で、死を看取った後に、魂を正しい道に導く者なのではないか。

 由紀恵はそう考えた。

 あくまでも憶測だが、少女の言葉を聞いた今は、そんな気がしてならない。


 由紀恵の命はおそらく残りわずかだ。

 死んだ後は、どこに連れて行かれるかは由紀恵にはわからない。しかし、その時に直接、細長いアレに話を聞けて、真相がわかるかもしれない。

 だから、今はそんなことを気にするよりも、生前に出来ることをやらなければならない。


 私は長く生き、悔いのない人生を送ってきた。死期を悟り、さらに、死後の準備や、子供達に別れの挨拶が出来るなんて。なんて、幸せなことか。

 由紀恵はそう思った。


 そして、ひとつの写真を手に取って、じっと見た。そこには若き日の彼女が白無垢を着て、微笑んでいる。隣には、緊張した面持ちの青年が立っていた。


「もうすぐ、あなたの元に行きますからね」

 由紀恵はそう呟き、写真の中の彼女と同じ、幸せそうな笑顔を見せた。








 灯はテレビを見ていた。

 天才子役の特集番組で、子役が得意である大泣きを視聴者に見せている。その大泣きを見て、灯は、あの変な子供を思い出した。


「お兄ちゃん、今日、変な子供見た」

 灯は近くにいた兄に話しかけた。


「へえ。俺は毎日、変な女子高生を見てるけどな」

「え!変な女子高生とかいるんだ?どんな子?あ、もしかして、その子も豆腐を乗せたお盆を持って道端歩いてたの?」

「…なんだそれは?」

「あ、違うのかぁ。私が見た変な子供は、頭に笠をかぶって、着物着てた。さらに、豆腐を乗せたお盆を持って、道端歩いてたんだよー、変でしょ!」

「…ああ。もし次、見かけたら、無視しろよ」

「うん。変な子供に関わってたら、私まで変な女子高生って思われちゃうもんね、あはははは」

 笑う灯を見て、灯の兄はため息をついた。


 そんな灯が変な子供と黒づくめの男にびびった1日の話だった。




「お母さん、なんか気味悪いくらい用意周到だったよな」

由紀恵の長男が葬式を終えて、ネクタイを緩めながらそう妻に言った。

「急な脳出血だったのにね。しっかり者の義母さんらしいじゃない。色々準備されててびっくりしたね」

妻がそう言うと、娘が妻の服をひっぱった。

「ママ、黒い人がいっぱいいた」

「ああ、今日はお葬式だから、黒い服の人いっぱいいたね」

妻がそう答える。

「うん、いっぱい増えた」

幼い子どもは時々意味不明なことを言うので長男夫婦は「そうだね」と適当に流した。

そして3日後、長男は、遠方から由紀恵の葬式に来ていた親戚10名が土砂崩れによって亡くなった連絡を受け、愕然とした。




黒くて細長いアレ:由紀恵の推測によると死神。それが現れたら、その近くの人は数日以内に亡くなることが多い。アレの仕業で死期が早まるのか、死期が近い人のところにアレが現れるのか不明である。由紀恵はポジティブに考えて、悪いものではないと最期は考えて旅立った。




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