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怖がり少女が踏むモノ

「なー?バカリその髪型、いい加減どうにかしなー」

 学校の放課後、灯は友人の真白にそう言われた。


「私もさすがにやばいって思って週末仲のいい床屋さんに行くよ」

「ま?床屋さんってメンズが行くとこっしょ?」

「いや、ちっちゃい時から行ってる」

「じゃあ、美容院に行ったことないわけ?」

「うん」

 頷く灯に真白は腹を抱えて爆笑した。笑いが落ち着いたら、真白は灯にある提案をした。


「よし、今から行くかー」

「え!?」

 真白は戸惑っている灯に鞄を持たせて、立たせた。腕を掴み、そのまま灯を連行した。

 ちなみに真白はスタイル抜群で身長が高い。上背がある分、力もつよく灯は抵抗できずに連れ去られた。



 灯は真白に引きずられながら、美容室まで道を歩いていた。

 何気なく目線を向けた先に公園があった。アスレチックがたくさんある公園で、子供達が遊んでいる。その公園の一箇所のところを見て、灯はギョッと目を見開いた。

 ベンチに座る白髪頭の老婆。それは別に不思議なことではなかった。その老婆の隣にいる人の姿が、あまりに異常だったのだ。

 黒ずくめの男。黒のハット帽子に、黒のコート。黒のズボンに、黒の手袋と黒の靴。身体は細長く、座高が隣の老婆の2倍程ある。ゆらゆらと、身体を左右に揺らしている。


 黒ずくめの男と穏やかな雰囲気の公園は、不釣り合いだった。黒ずくめの男のどこか異常な様子に、灯は、恐ろしくなったが、目を逸らすことは出来なかった。

 黒ずくめの男は身体をゆらゆらと揺らしている。


 ゆらゆら

 ゆらゆら

 ゆらゆら

 ピタッと身体が止まった。男は灯のほうにバッと顔を向けた。


 灯は息を止めた。

 男の顔が・・・異常だった。白い顔に、目がある。いや、目と言うには間違いかもしれない。

 目のある部分は、空洞のように真っ暗だった。

 男は灯の方に顔を向けていて、まるで灯を見ているようだ。灯は、恐怖で身体を動かすことが出来ず、冷や汗が出てきた。


「バカリー?どした?」

 真白の声に、灯はハッとして顔を真白に向けた。しかし、気になって、もう一度あのベンチを見た。

 やはり、黒ずくめの男はいた。しかし、遠くなってあまりよくわからないが、サングラスをかけているような気がした。

 なんだ、勘違いだったのか。灯は、安心して、ふうっと息を吐いた。



「クロちゃんいるー?」

 真白は美容室に入り、受付の女性にそう声をかけた。


「おー、真白ちゃん!クロちゃんいるよー待っててー」

 灯と真白は言われるままに、ソファに座った。灯は初めての美容室に緊張して、表情を強張らせている。真白は慣れた様子で、膝を組んでスマホをいじっている。灯はテーブルに置かれた雑誌を手にした。


 雑誌の表紙にはこう書かれていた。

 “モテ髪 愛され髪 徹底攻略!これであなたも皆に愛されてモテモテ人生に!”

 モテモテ・・・。灯はペラッと雑誌をめくった。

 雑誌のあるページに釘付けになる。そのページには、ふわふわとした髪型の可愛い女の子が一面を飾っている。


 ふいに、灯の頭にある一場面が浮かんだ。ふわふわの髪型の灯と手を繋いで歩く、男の人。

 逆光で顔がよく見えない。


「バカリー、クロちゃん来たよー」

 灯は真白の声で、ハッと現実に戻ってきた。今のは妄想だったのだろうか。なんて、恥ずかしい妄想だ。灯は顔を赤らめながら、立ち上がった。


 真白から紹介された美容師は、男性だった。茶髪でピアスをつけている。おしゃれな服装の店員は、目つきが悪いが、クールでかっこいい人だった。しかし、灯は、その顔をどこかで見たような気がする。

 少し考えて思い出した。先日、外から美容室の中を観察していた時に見ていた男性店員だった。彼の足には、蛇のように動く黒髪が絡まっていた。

 灯は、ちらりと彼の足を見るが、髪の毛は絡まっていなかった。この前見たのは気のせいだったのか?灯はそう思って、彼の顔をもう一度見た。

 彼は灯を見て、吹き出した。


「あはははは!なんだ、その前髪!自分で切ったのかよ?」

 彼は、フランクに声をかけてきた。美容室が初めてで身構えていた灯は、彼の親しみやすい雰囲気に安心した。


「自分で切ったんだって。クロちゃん、なんとかして」

 真白が男性に話しかける。


「おう、任せとけ」

 男性店員はそう答えた。


「じゃ、ファイティン、バカリ」

 そう言って、真白は灯の肩を叩いて、離れようとする。


「え?一緒にいてくれるんじゃないの?」

 灯は真白の手を掴んで不安そうにそう言った。


「ちょ、ごめん。私、友達に呼ばれたんだよね。クロちゃんの言うこと聞いとけばなんとかなるから大丈夫ー」

 真白はそう言って美容室から出て行ってしまった。灯は顔をひきつらせる。


「俺は黒川。よろしく。移動するからなー」

 そう言って歩き出す黒川という店員に、灯はぎこちない動きでついて行った。

 この日は平日だった為か、人は少なく、灯の貸切状態だった。黒川以外の他の店員も客の呼び込みをしに行っているらしい。受付の女性と黒川と灯の3人しか、この美容室にいなかった。


「今まで床屋だった?美容室は初めてなの?まじ?あははははは!」

 黒川が、鏡の前で座っている灯の話を聞いて、可笑しそうに笑う。


「まぁ、髪切って、髪洗って、また最後に髪を切って整えて、セットするだけだからな。床屋とやることはほとんど変わらないと思う」

 黒川の言葉に、身構えていた灯はホッと安心した。 


「本当ですか?よかった」

「そうそう、別に怖いところじゃないから安心しな。それで、アカリちゃん?どんな髪型にしたいんだ?」

 灯は照れながら、手に持っていた雑誌( “モテ髪 愛され髪 徹底攻略!これであなたも皆に愛されてモテモテ人生に!”という表紙の雑誌)の先ほど見ていた、ふわふわとした髪型の可愛い女の子が写るページを指差した。

 黒川は「ふうん」と言って、雑誌の女の子と灯の髪型を見比べて、口の端を上げた。目つきが悪いせいでニヒルな笑みだった。


「俺の手にかかれば、朝飯前だ。今よりも、もっと可愛くしてやるよ」

 黒川はそう言って、灯にケープを付けて、灯の髪に触れた。そして、ズボンに付けているシザーケースから(はさみ)を取り、シャキシャキと灯の髪を切り始めた。


 数分後、灯は鏡に映る自分を見て驚いた。

 短すぎて、バラバラになっていた前髪が、綺麗に直っていたのだ。黒川は横に流すように、前髪を切った。そうすることで、ざんばらが目立つ前髪がまとまり、異様に短かった髪の部分もなんとか誤魔化すことが出来ている。まさに匠の技だった。


「よし、一旦髪洗うぞー」

 黒川が灯のケープを取り、立ち上がるように促す。黒川の誘導によって、洗髪台の前に来た灯は固まった。

 洗髪台の前に椅子があるのは床屋と一緒だ。しかし、椅子の向きが床屋と違う。

 灯の行く床屋は洗髪台と向かい合わせになるように座り、前のめりになって洗髪をする。それとは逆に、美容室の椅子は洗髪台と背中合わせに設置されている。

 どうやって髪を洗うのか。灯なりに考えてみた。


 灯は靴を脱ぎ出した。そして、椅子の背の部分と向かい合わせになるように、椅子の上で正座をして座った。

 その灯の行動を何も言わず見守っていた黒川は、ついに噴き出した。



 黒川の言う通りに、靴をはいて普通に椅子に座ってみた灯は、感動した。椅子がリクライニングチェアのようになっており、背もたれが後ろに下がった。そして、顔を濡らさずに洗髪ができる。

 そして、床屋のおじさんの豪快な洗髪の仕方とは全然違う、黒川の洗髪。丁寧で繊細であり、ときおりマッサージをしてくれるのだ。

 あまりの気持ち良さに、灯は目隠しの布の下でよだれを垂らしてうたた寝をしてしまった。


 洗髪が終わり。黒川に起こされた。灯は寝ぼけまなこでまた鏡の前に移動をして、椅子に座る。


 黒川はドライヤーで灯の髪を丁寧に乾かし始めた。灯はその間に美容室の中を見渡していたら、床の一箇所に切られた髪がまとめられていることに気付く。


 それをなんとなく見ていた。

 シュルッ

 その中の、長い茶色の髪の毛が蛇みたいに動いた。

 灯は目をギョッと見開く。


 シュル シュル シュル

 床を這って、灯達のほうに髪の毛は移動してくる。


 シュル シュル シュル

 黒川の足元まで来た。黒川は気付いていないようだ。灯の髪を乾かしている。


 黒川の右足に、髪の毛が絡みつこうとした。その時、ふと黒川が足元を見た。

 黒川は、灯の髪を乾かしながら、右足を上げた。そして、ダンッと髪の毛目掛けて勢い良く、右足を落とした。すんでのところで、髪の毛は、黒川の右足を避けた。


 シュル シュル シュル

 髪の毛が黒川から逃げるように、灯の方にやって来る。「ひいっ」と灯は、小さい悲鳴を上げて、慌てて、両足を上げる。

 その灯を見て、黒川は「視えるのか?」と呟いたが、それどころじゃない灯は気付いていない。


「くくく、黒川さん!この蛇みたいな髪の毛なんですか!?」

 ビクビクと怯えながら言う灯に、黒川はニヒルな笑みを浮かべた。


「そんな対したもんじゃない。力が弱いから踏めば死ぬ」

 髪の毛はシュルシュルと、黒川の足元に移動してきた。それを黒川が踏もうとするが、やはり避ける。

「チッ、こいつ、素早いな」と言う黒川。

 また灯のところに逃げてきた髪の毛。一旦、ピタリと止まった。黒川の様子を窺っているようだった。


「今だ!踏め!」

 黒川が灯に叫んだ。

 灯は、「えええー!?」と戸惑いながらも、黒川に言われた通りに、その髪の毛目掛けて、上げていた足を下ろした。


 グニュッと髪の毛を踏んだ。髪の毛はビクビクと少しの間、動いていたが、次第に動かなくなった。

 灯は顔を引きつらせながら、足を恐る恐る上げる。

 やはり動かない。

「ナイス!」と黒川が手を上げたので、灯はよくわからないままノリで、黒川とハイタッチをした。


 黒川は、何事もなかったように、再度灯の髪の毛を乾かし始めた。


「今のは?」

 灯が黒川に尋ねた。

「ああ、今のはなー。生霊(いきりょう)みたいな奴。髪の毛ってそういうのが宿りやすいからな。美容室で働いてると、こういうことが何度もあるんだ。

 あと、俺って格好良いから。仕事柄フランクに話さないと駄目だし、客を呼び込むためにナンパ紛いのをしないといけないんだ。そうすると、やっぱり美容室ってのは女性客が多いから、好かれちゃったりすんだわ。

 そういう想いとかが髪に宿って、生霊になってこうなる。面倒くせーが、仕事だからしょうがない」


 灯はイキリョーというのが何なのか分からなかった。しかし、黒川の話はなんとなく分かった。

 黒川はモテるから、想いの寄せる女性の切った髪の毛が、あんな風になってしまうらしい。


「しかし、灯ちゃんは視えるんだな。久々に新しい仲間に会ったぜ。なぁ、視えることで困ってねえか?」

 見える?見える目が良いと言うことか?確かに灯は目や耳が良いとよく褒められる。しかし、それで困ったことは特にない。


「困ってないよ」

 灯はそう答えた。


「そうか。困ったら、いつでも言ってくれ。俺たちが灯ちゃんを嫌な人間達から守ってやるよ」

 黒川はニヒルな笑みを浮かべて灯に言った。


 俺たち?嫌な人間?

 灯は意味がわからなかったが、突っ込んで聞く気にはならず、曖昧に頷いた。


「よし、終わった。やっぱり俺、すげえな。前よりもっと可愛くなった」

 そう言って、灯の肩を優しく叩く黒川。灯は、鏡に映る自分を見て、驚いた。


 ふわふわとした髪型になった、いつもより可愛い灯がいた。感動して、口をポカンと開けることしかできない。


「灯ちゃんは天然パーマだから、コテで巻いたりパーマをかけなくても、ドライヤーでブローするだけでこうなる。

 簡単なブローの仕方を教えてやろうか?」

 黒川の言葉に、灯は目を輝かせてコクコクと頷いた。


「黒川さん、ありがとうございます!」

 ブローの仕方を聞いた灯は、黒川を尊敬するような輝いた目で、黒川を見上げてお礼を言った。

 黒川は照れ臭そうに「可愛いじゃねぇか。無愛想な青とは全然違うし、こんな後輩が悪霊会にいてくれたらいいな。よし、悪霊会に入れるか」と呟いた。灯は聞き取ることはできずに、首を傾げる。

 黒川はメモ帳に何かを書いて、それを破り、灯に渡した。


「俺の携帯番号とアドレスだ。見えることで何か困ることがあったら、連絡しろよ」

 灯はとりあえず受け取り、制服のポケットに入れた。そして、新たに灯以外の客が来たので、黒川は灯から離れた。



「3980円になります」

 受付の女性にそう言われた灯は、冷や汗をたらたらと流した。

 灯の所持金は1500円だった。床屋では1000円で済むので大丈夫かと思っていた。灯は、受付の女性に説明して、スマホを取り出した。






「バカか?」

 帰り道、灯は兄に罵られていた。兄を美容室に来てもらい、お金を払ってもらったのだ。

 罵られても、いつもは気にしない灯だが、今回はさすがに自分でもバカだったと思い、特に言い返すこともなく、しょんぼりと下を見て歩いていた。


「灯、危ない」

 兄に手を掴まれた。前を見ると、車が来ていた。


「ったく」と兄はそう言って、灯の手を掴んで歩き始めた。

 ふわふわの髪型の灯と手を繋いで歩く、兄。


 あれ?似たような景色を最近見たような。

 灯はそう思いながらも、思い出せずに、首を傾げながら、兄と一緒に歩いた。



 そんな灯が公園で黒ずくめの男と蛇みたいに動く髪の毛にびびった1日の話だった。




動く蛇みたいな髪の毛:髪の毛には生霊が宿りやすいと言われている。黒川の話によると、美容室では髪の毛が沢山あるため生霊などの心霊現象が時々あるとのこと。油断していると黒川の家についてくるらしい

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