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怖がり少女が宥めるモノ(前編)

「シンさん。身体拭きしますね」

 一人の看護師が痩せ細った老婆に声をかける。

 焦点の定まらない虚ろな目で口をポカンと開けている老婆は何も言わず、看護師に身体を拭かれていた。その姿は、まさに枯れ木だった。骨と皮だけの姿で生きる気力もない、枯れ木だ。

 看護師は黙々と身体を拭く。看護師が腰を屈ませて、老婆の顔を拭こうとした。

 そのとき、看護師の顔が、老婆の視界に入った。老婆の瞳がかすかに揺れた。



 灯は立ちすくんでいた。ゲームセンターに寄り道をしていたら、すっかり辺りが暗くなってしまったのに気付き、慌てて帰宅しようとした。そこまでは、問題はなかったのだ。

 電柱の外灯をスポットライトのように浴びて、泣いている女の人を見るまでは。


 女の人はしゃがんで顔を隠しながら、静かに泣いていた。

 灯は冷や汗をかいていた。灯の頭によぎるのは、“のっぺらぼう”の怪談話だ。

 声をかけなければ良いのだ。灯は自慢じゃないが、O型だ。おおらかでお人好しとよく言われるが、興味がないものや嫌いなものに対しては結構ドライな一面も持つ。灯は怖いものが苦手だし嫌いだった。なので、泣いている女性は無視してが帰ろうと考えた。しょうがない、O型だから。

 灯は駆け足で、泣いている女性の横を通り過ぎた。


 その灯の右足を誰かが掴む。灯はヒッと息を吸った。

 そしてゆっくりと右足を見る。しくしくと泣きながら顔を俯かせている女性が、灯の足を掴んでいた。


「ひっうぃやぁああああああ!」

 灯は叫びながら右足を振り回して女性の魔の手から逃れようとする。なんとか掴んでいる手を離させることに成功したら、脱兎の如くその場から逃げ出した。


 逃げる際にチラリと横目でみたら、泣いている女性の真後ろに佇んでいた小さい男の子を見た。それもなんだが気味が悪くて、灯は恐怖で震えた。


 家に駆け込むと台所に母がいるのを気づき、灯は母の背中に抱きつく。


「お、おお母さん!のっぺらぼうが!のっぺらぼうがいたよ!顔見てないけど!」

 灯が涙声でそう言うと、母は振り向かずにクスクス笑った。

「お母さん!」

「そう。それは・・・こんな顔だったのかしら?」

 母が灯の方にゆっくりと振り向いた。怪談話だと逃げこんだ場所にもいるのだ、のっぺらぼうが。灯はそれを思い出して、息をのんだ。


 振り向いたのは――ただの母だった。

 母の顔を見て、灯は口を開く。

「お母さん、まだ顔むくんでるね!」

 いつもより浮腫んでいるがそれ以外はいつもと変わらない母の顔をマジマジと見る。

「そうなのよ。まだ浮腫んでるのよ。あー、頭痛もするし。昨日は飲みすぎたわ・・・」

 ハァ、とため息をつきながら酒豪の母は料理を作り始めた。


「あ!お母さん、のっぺらぼうが!」

「はいはいはい」

「あー、お母さん嘘だと思ってるでしょ」

「思ってないわよ。けどあんた“顔見てないけど”って言ってたじゃないの。見てないんでしょ」

「見る前に逃げた!」

「それじゃあ、のっぺらぼうかどうか分からないじゃないの」

「そっか!今日の夕ご飯なにー?」

 切り替えの早い灯である。

「肉じゃがー」

「やった、肉じゃがー」

 灯は嬉しそうに笑った。






 日曜日の昼過ぎ。

 灯は無性によっちゃんイカが食べたくなった。亀の小銭入れ(友達がハワイに行った際のお土産だ)を掴み、コンビニに向かった。


 お昼過ぎた時間だからか、この前よりは人は少なかった。灯はお菓子コーナーにいき、よっちゃんイカを全てカゴに入れた。

 そして、レジにいき、カゴを店員に渡した。

 お金を払って、店員によっちゃんイカをビニール袋に入れてもらっている間、なんとなく隣のレジを見た灯はギョッと目を見開いた。


 この前のナースがいたのだ。それも、また、背中にどす黒い顔をした老婆を連れている。こうも頻回に患者をコンビニに連れて来ていいのだろうか。そして、明らかに出歩いてはダメな顔色である。灯がまじまじ見ていると、老婆と目があった。

 灯はそれとなく目を逸らして、よっちゃんイカの入ったビニール袋を店員からもらった。病人をジロジロ見たら、見られた側はいい気しないだろうなぁと反省しながら、コンビニから出た。


 コンビニ前の道路の横断歩道で歩行者用信号機の青が点滅していた。

 灯は特に急いでいなかったので、足をとめる。

 そこにナースが走ってやってきた。

 しかし、赤信号になり、ナースはピタリと足を止めて、灯の隣に並んだ。


 止まっていた車が動きはじめる。

 その瞬間、何かに押されたようにナースが道路側に倒れ込む。

 灯はとっさにナースの服を掴んだ。


 今度は、その灯の背中を、誰かに押された。

 ナースと共に灯は道路の方に身を投げ出す。


 ブレーキ音。

 何かがぶつかる音。

 灯が最後に見たのは“何かを押したように手を前に出す、どす黒い顔をした老婆の笑顔”だった。












(あかり)ぃ!!なんだってこんなことにっ!灯、目を覚ませ!!お願いだから!灯ぃ!」

 父の叫び声が聞こえる。泣いているようだ。その声を聞いて灯は自分の身に起きたことを思い出した。車にひかれたのだ。

「親父泣くなよ、灯は俺たちに泣いては欲しくないはずだ」

 兄の声だ。いつもより暗い声色だ。

 私、もしかして死んだ…?灯は急に不安になった。

「そうよ。いつもみたいに笑っていましょうよ。灯にもそのほうが良いはず」

 母の声だ。泣いていたのだろうか、穏やかな声色だが、鼻声だった。

 どうしよう。本当に死んでしまったみたいだ。


「お前らは何でそんなに冷静なんだ!ああ、灯!可哀想にっ!フルーツの保護ネットみたいなのを頭から被せられて!まるでメロンじゃないか!!可哀想で泣けてくる!!なんて可哀想なんだぁぁ、灯!」


 んん?フルーツの保護ネット?メロン?

 灯が疑問に思っていると、ププッと笑う音が聞こえた。

「ははは!メロン!」

「ふふふ、メロンほど中身がつまってないわよ」

 笑う兄と母。ひ、ひどい!


「死者へのぼうとくだ!」

 灯はカッと目を見開いて、叫んだ。


「おお、灯が冒涜(ボウトク)の言葉を知ってるとは思わなかった」

 兄が感心したように言う。

「頭打って賢くなったのかも」

 母も灯の頭を撫でながら言った。

(あかり)ぃ!可哀想に!女子高生からレベルダウンしてメロンになっちゃうなんて」

 父が泣いて言った。


 よくわからないが灯は生きていたみたいだ。母から聞いた話によると、灯とナースが一緒に車にひかれたとのことだった。助けようとしたのが裏目に出て共倒れである。車にはねられたナースが、すぐそばにいた灯の方に飛んできて、灯はナースを身体で受け止めて、後ろにひっくり返り、頭を地面にぶつけた。通常であれば大怪我で、最悪死んでいた。しかし、打ちどころが良かったのか大した怪我じゃないらしい。

 意識を失ったナースと灯はそのまま救急搬送されて、今病院にいる。


 灯は頭を打撲したせいで、頭にネットを被せられていた。それをみて父が大袈裟に騒ぎ出して、しまいには“果物の保護ネットだ”やら“メロンだ”と騒いでいたのだ。迷惑な面会者である。

 灯の無謀な行動についての説教を母から受けて、凹んでる灯だったが、さらなる追撃があった。


「今日は念のため、入院です」

 医師からそう説明があったのだ。

「無理!」

 灯はそう叫んだ。夜の病院なんて灯からしたら、恐怖でしかない。灯のそんな叫びを無視して、家族は面会時間が終わると帰って言った。

「無理ー!」

 灯は去る家族の背中に向かって叫ぶ。だれも振り返らない。冷たい家族に灯は涙目になりながら、起きてても怖いだけなので早く寝ることにした。



















 い、息苦しい!灯は息苦しさを覚えて、目を覚ました。何かに首を締められている。


 ゆっくり目を開けると、灯の身体の上に正座しているどす黒い顔色の老婆がいた。灯は驚き、目を見開く。その老婆が灯の首を絞めているのだ。


 身体は石のようにカチンコチンで動かすことが出来ない。灯の首を、老人とは思えない力で締めつける。


 今度こそ死ぬ!

 その時、灯はあることを思い出した。

 カメだ。まだカメと喋れていない!カメと喋れるように、コタローに通訳させる約束をまだ果たせていなかったのだ。


 まだ、カメと喋ってないのに!死ねるか!そう思うと、自然と力が湧いてきた。

 動かなかった指先が動く。

 灯は、右手を動かした。人差し指と中指を迷うことなく、突き刺した。老婆の目に向かって。


『ア ア ア ア ア・・・』

 老婆は灯の上から降りて、目を手でおさえて呻く。

 灯は慌てて起き上がる。


「おおお、おばあちゃん!なんでこんなことするの?」

 老婆に距離をとり、吃りながら灯は聞いた。


『ア ア ア・・・痛い痛い痛い。あの子もこの子も私を嫌いで恨んでいるんだよ。だから私も恨んでいるんだ。殺さなきゃ殺さなきゃ』

 老婆はブツブツと呟いている。灯には意味が全くわからなかった。


 このおばあちゃん、呆けているのではないか?灯はそう思ったが、現状を良くするには説得しかない。


「よくわからないけど、私は恨んでないよ。だから、殺さないで欲しい」

『嘘だよ!あの子を殺そうとした時にお前は阻止したじゃないか!お前はあの子の味方で、私のことを恨んでいるんだ!』

 おさえていた手を外し、カッと目を見開いて老婆が叫ぶ。まさに鬼の形相だ。

 灯は怖くなり、身体を震わせたが、負けるわけにはいかない。


「あああ、あの子って誰?私、その人のこと知り合いじゃないと思うよ!だっておばあちゃんのこと恨んでないもん!」

『看護婦のあの子だよ!知り合いだろう!?』

 老婆のその言葉で、灯は合点した。老婆が言っているあの子とは、あのコンビニに来るナースのことだろう。

 老婆はあのナースの背中を押して、それを助けようとした灯を仲間だと思い、灯の背中も押したのだろうか。


「違うよ!あの人はたまたま隣に来た知り合いでもなんでもない人だよ!」

 灯は慌てて弁明をする。

『…本当だな?』


「うん!本当、本当!」

 灯は大きく頷いた。

『…そうか』


 そう呟き、老婆は灯の病室から出て行こうとした。それを見て、嫌な予感がする灯。


「おばあちゃん!どこ行くの?」

 老婆は振り向かずに、こう言った。

『あの子を殺しに行くんだ』

 灯は息を飲む。老婆は灯の病室から出て行った。








 出て行った老婆。灯はしばらく固まっていたが、慌てて老婆を追いかける。老婆は、病院の廊下を裸足でよろめきながら歩いている。

 もちろん、廊下は電気などは点いていない。

 唯一の光は、足元をかすかに照らす緑の光ーーー非常口誘導のランプだけだ。


 灯はゾクッと寒気がしたが、老婆を引き留めなければならない。何故なら、殺人予告をされたのだ。見過ごせない。勇気を振り絞り、老婆に近寄り、老婆の手を掴んだ。


 枯れ木のようなその手を掴んだ途端、灯は急に気持ち悪くなり、吐きそうになったがこらえる。そのせいで涙目になった。老婆はゆっくりと灯の方に振り向いて、どす黒い顔を灯に見せた。


『邪魔をするのか?やはり、あの子の仲間なんだな』

「ち、違うよ!ねぇ、おばあちゃんはさっき、ナースさんがおばあちゃんの事を嫌いで恨んでるから殺すって言ってたけど、嫌いとか恨んでるとかそう思う理由はなんで?」

『…私があの子に酷い事を言ったからだよ』

「私にはわからないけど、それって思い込みの可能性もあるってことだよね。だって、言葉の捉え方は人それぞれに違うらしいからさ!ねぇ、だったらナースさんに直接聞いてみようよ。おばあちゃんの事を嫌ってますか?恨んでいますか?って」

『…あの子とは喋ることが出来ない』

「じゃあ、私が聞いてみるよ。おばあちゃんは私の背中に隠れて聞いてて!」


 灯はそう言うと、老婆の手を引っ張って歩き出した。しかし、足をとめる。

「あれ、ナースさんの部屋って何処だ?」

 灯がそう言うと、老婆がある部屋を指差した。灯は夜中だとか知り合いじゃないとか、そんな躊躇いもなく、その部屋に向かった。



 to be continued

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