怖がり少女と喋るモノ
灯が居間に入ると、居間のど真ん中の床に、大きな壺が置かれていた。
「あれ?これってお兄ちゃんの友達のダメでバカな人が持ってきたやつだ。お兄ちゃん、返しに行ったんじゃないの?」
灯が壺をまじまじと見て、居間にいた兄に話しかける。ちなみにその友人とは、初対面の灯に『JK図鑑に君を登録!』とか言っちゃう痛い人だった。名前は確か成史だ。
「返しに行ったんだよ。そうしたら、家に居なくてな。次の日、またあいつの家に行ったら、親が出てきて、“自分を見つめ直すために四国へお遍路参りする”って言ってしばらく帰ってこないらしい」
そう言って兄が、ため息をつく。
「何があったんだろうね」
灯はそう言いながら、壺に触ろうした。
「おい、触るな」
兄が灯の手を掴んで触るのを阻止した。
「えー?なんで?」
「そんな得体の知れないもの、お前が触ったら、絶対にろくでもないことが起きる」
「えーそれは謂れのない罪だなぁ」
へらへら笑う灯に、兄はため息をつく。
「いいか。絶対だぞ。絶対に、触るな。いいな?」
兄は念を押して何時もいった。
「わかったよ」
灯は素直にそう答えた。
その日は、昼間に学校が終わった。学校の下校途中に、灯はあるものを見て足を止めた。
コンビニだ。厄介ごとを運んでくるので寄り道をするなと親や兄に言われていたが、ある誘惑には勝てなかった。灯は躊躇いもなく、コンビニに足を踏み入れた。
そして、お菓子コーナーに並べてあった蒲焼さん太郎を全部とり、カゴに入れて、レジに向かう。
昼間だから、人が多くレジも混んでいた。灯は並びながら、ぼうっとコンビニの入り口を眺めていた。コンビニの入り口から、1人の女性が入ってきた。
ナースである。
灯はそう思い、その女性をまじまじと見た。白いナース服に、紺のカーディガンを羽織って、寒そうにしている。ナース服の似合うかわいらしい人だ。
そのナースは、弁当を買いにきたらしい。女は、レジに並ぶ人の列を横切ろうと、灯の目の前に来た。灯は女が通れるようにスペースを開けた。
「すいません」と言いながら、ナースが灯の目の前を横切る。
その、女の背後に。
ぴったりと張り付いている、どす黒い顔色をした老婆。
それと、灯は、目が合った。
灯は「ヒッ」と、息を吸った。心臓がバクバクと大きな音をたてて、動き始める。老婆はギロッと灯を見ながら、ナースと共に通り過ぎる。
よく見てみると、老婆は、検査着のようなものを着ていた。患者さんだったのか?患者さんと買い物に来てたんだ。
灯はそう思いこんで、ふうっと息を吐いた。
家に帰ったら、誰もいなかった。灯は制服から部屋着に着替えると、居間に行き、炬燵布団をめくり、炬燵の中を覗いた。そこにはコタローが入っていた。
「ただいま」と灯は炬燵のコタローに言ったら、コタローは鼻からプスッという音を出した。コタローが鼻で笑った時の音だ。
灯は、炬燵に足を突っ込んで、買ってきた大量の蒲焼さん太郎の一つを掴み、もぐもぐ食べ始めた。
そして、テレビをみようとリモコンを探して、辺りを見渡した時に、床に置かれた壺が目に入った。
灯は、それを掴む。兄の言葉なんて、灯の頭には残っていない。自慢じゃないが、灯はO型だ。人の話を聞いているようで、聞いていない。けど、しょうがないO型なのだから。
灯はしゃがんで、壺の中を覗き込む。
何も見えない。灯はなんとなく壺の入り口に口を寄せて、こう言ってみた。
「おーい」
やはり何も起きない。
灯は壺を置いて、リモコンをまた探し始めようとした時。
『おーい』
壺から、男の声が聞こえた。灯は驚いて、後ろに転倒した。
また恐る恐る、壺に近づき、壺を覗き込んだ。
やはり何も見えない。
灯は、また壺の入り口に口を寄せた。
「元気ですかー!元気があれば、なんでもでき」
『からかってやがるのか?』
言葉を遮られた。
つ、壺が喋る!灯は非現実的なことに驚いた。まるで人が入っているようではないか。そのことに灯は、急に恐ろしくなってきた。
とりあえず、炬燵の中に隠れてみる。いきなり炬燵に入ってきた灯を、コタローは迷惑そうに見た。
「小娘、邪魔だ。出ろ」
コタローは猫又という珍しい猫であり、喋る黒猫だ。
「コタローさん!あの壺喋ったよ!ど、ど、ど、どうしよう!」
「今は小さな箱やぬいぐるみも喋る時代なんだろう。おかしくはない。まぁ、それはきっとモノ―」
「なるほど!そういう機能が搭載されてる壺なんだー。はぁー今どきはすごいなあ」
コタローの言葉を遮って、そう言いながら灯は炬燵から出た。iPhoneのSiri的な感じだと納得したのだ。
壺を掴んで上下に振ってみる。機械か何かが入っているのか確かめる為だ。機械が入っているならガチャガチャ音が聞こえるのではないか。
しかし、何も聞こえない。
『おい、やめろ!なにすんだ!こら!』
そんな声が壺の中から聞こえただけだった。また灯は壺の中を覗き込む。やはり何も見えない。
「どういう仕組みなんだろ。まぁー、今はマイクロチップとか、色々軽くなってるかなあ」
そう言って灯は、壺を床に置き、また中に話しかける。
「元気ですかー!元気があれば」
『元気のわけあるか!馬鹿野郎!』
壺に怒られた。
『この壺はなあ、ある有名な陶芸家が死ぬ直前に作った、収集家がこぞって欲しがる壺らしいぞ。けどなぁ、この壺がある家は、何故か家族全員誰かに惨殺される、いわくつきの壺だ。どうだ、怖いか?』
そう語り出した壺に、灯は顔を引きつらせた。
「その設定は怖いよー。そんな設定の喋る壺なんて、一体誰が買うんだろう」
『はぁ?設定?てめえの言ってる意味がよくわかんねえが、てめえみたいなガキには壺の良さはわからねえだろうなぁ』
「全然わからないよ。せめてかわいい女の子とか男の子とかの声ならわかるんだけど、おじさんの声だからなあー。まあ、壺だから、老人向けにしたのかな」
『よくわからねえが、おい、ガキ。俺をここから出してくれ』
「出す?壺の中の本体を出せばいいの?」
『ああ、俺はこの壺に閉じ込められてんだ。出ることができねぇ。どうにかして出してくれよ』
「自称高級な壺だから割ったらダメだろうしなあ」
『割っても大丈夫だ。今までも割ったやつがいたが、この壺はちゃんと元の形に戻ったんだ』
「えー!絶対嘘だー。だって、この壺はお兄ちゃんの友達のやつなんだよ。割ったりしたら、絶対に叱られる!」
『とりあえず、試してみろよ。この壺は本当に割れても、すぐに戻るんだぜ』
「絶対、やだ!」
灯と壺がそんなやり取りをしていたら、玄関から誰かが帰って来る音が聞こえた。その人物は、灯のいる居間に入ってきた。
「ただいまー。おっ!蒲焼さん太郎じゃないか!お父さんにもくれ!」
父だ。今日は珍しく仕事が早く終わったらしい。炬燵の上に大量にある蒲焼さん太郎に目をつけて、灯に声をかける。
「やだ。それよりも、お父さん!この壺ね、お兄ちゃんの友達のものなんだけど、おじさんの声で話す機能が搭載されてるんだよー。それで設定が最悪なの!この壺を買った家は一家惨殺されるいわくつきの壺なんだってー」
父は眉をしかめて言う。
「なんだ、その設定は。気持ち悪いなぁ。誰がそんな壺を買うんだ?」
「さあ?わからない。それでさ、壺の中に本体があるから出してくれって言うの。割っても絶対に戻るんだって。絶対嘘だよね」
「絶対に嘘だなー。割ったら、高額な金を請求されるんだ、きっと。お兄ちゃんの友達だったら、絶対性格悪いだろうしなー」
「悪徳商法ってやつだ」
灯がテレビを見て覚えた単語を言う。
「悪徳商法か!それは立派な犯罪だ。被害者を出さないためにも、証拠を提出して、警察に通報しよう」
「そうだね!」
2人のバカは、変な使命感に燃え始めた。
「でも、証拠を提出するにはどうしたらいいんだろう?」
灯は首を傾げて、そう言う。
「本体を取り出そう」
父がそう答えた。
「割る以外の方法で?」
「そうだ。実はな、灯。お父さんは、すでに本体を取り出す方法を思いついた」
「本当!?さすが、お父さん!頭いいね!」
灯の褒め言葉に、父は照れて頭をかいた。
『割れば、本当に元に戻るんだ!割ってくれよ!!』
壺が、そう騒いでいる。
しかし、灯と父は、その言葉には惑わされない。
父は、水を入れた洗面器を持っている。
「お父さん!それをどうするの?」
目を輝かせながら聞いてくる灯に、父は、誇らしげな顔で語り始めた。
「この水を、壺の中にいっぱい入れる。そうすれば、本体は水にぷかぷかと浮いてくる。それを取れば、証拠をつかむことが出来る」
「なるほど!やっぱりお父さんってすごい!」
灯の言葉に、嬉しそうににやにや笑う父。
「あ、お父さん、ちょっと待って。私も昔、教育テレビで見たことある気がする。塩水だと生卵が浮くんだよ。その水に塩を混ぜてみようよ」
「お!それはいい考えだな!生卵が浮くなら、壺の中身も浮くだろうな」
「でしょ!ついでに砂糖も混ぜてみちゃう?」
きゃっきゃっと実験を楽しむ感覚ではしゃぐバカ2人である。
『やめてくれ!割ってくれよ!割ってくれ!』
喚く壺に、灯と父はニヤリと笑う。
父は、洗面器を傾けて、砂糖と塩と胡椒が混ざった水を壺に入れていった。
『や、やめっ!ゴポッ!』
ゴポッ
ゴポッ
ゴポッ
何故か、空気の泡が上がってくる。父は、壺の開口部ギリギリまで水を入れた。何も浮かんでこないし、壺も喋らなくなった。
父は小さく呟いた。「失敗した」と。
少し考えれば分かることだ。
もし本体が機械ならば、水を入れたら壊れるだろう。それだけではない。灯たちは、その本体と大きさと密度を考えていない。本体が壺の開口部より大きかったら、確実に取り出すことは不可能である。また、もし小さくても重かったら、水に浮くこともない。
理科が苦手な(といっても理科以外も苦手だが)、この2人には分かるはずもなかった。理科が苦手でも普通に考えると分かりそうだが、2人は普通じゃなかった。
「ただいま」
兄が帰ってきた。
炬燵でくつろいでいた灯と父は、兄と目を合わせないようにして「おかえり」と言う。後ろめたいことがあった時の2人の癖だ。
兄は、その様子に首を傾げたが、ある一箇所を見て、絶句した。友人が置いていった壺に、アロエの葉とアロエの花が活けられていた。
「な、なんだ?これは」
呆然とする兄に灯が答えた。
「庭のアロエを活けてみたの」
その灯の言葉に父は口を開く。
「灯は活けるのが上手だなぁ。さすがにパパの子だ」
父の言葉に灯は嬉しそうに笑う。兄から言わせてもらえば、上手云々の前にアロエが活けられている光景はシュールだった。
「お前ら、何をした?」
兄が青筋を立てながら、2人に問う。2人は、笑って誤魔化そうとした。
睦郎は生まれつき、左薬指がなかった。そのせいかわからないが、人の気持ちが分からず、自己中心的な男だった。嘘をつき、人を騙して、ついには人を殺めてしまった。1人殺してしまえば、2人も3人も変わらなかった。
そうして殺していくうちに変な思想に取り憑かれるようになってきた。何もかもが汚い。世の中も人も全て。殺すことで人々を浄化できる。人々を解放してやることができる。そう思うようになった。
数え切れない人を殺した睦郎は、ある家に入り込んだ。そこは有名な陶芸家の家だった。陶芸家は、睦郎に気づかずに、仕上げていた壺をマジマジと見ていた。睦郎は背後から襲いかかり、陶芸家の背中を刺した。笑いながら、何度も、何度も。
しかし、陶芸家には不思議な力があった。瀕死の状態の陶芸家は、最後の力を振り絞り、睦郎の頭をつかみ、壺の開口部に押し付けた。大きさの違うそれは入らないはずなのに、睦郎の身体は縮まって、その壺にすうっと入り込んだ。
そして睦郎は生きたまま、壺から出れなくなってしまった。
人を殺してえ。睦郎は、壺の中でもいつもそう思っていた。
ある日、壺に話しかける人物が現れた。話しかけられると睦郎も壺の外の者と話せることに気付いた。睦郎はその人に、壺を割って自分をここから出して欲しいと頼んだ。
その人は興味本位で壺を割った。睦郎は壺から出ることが出来た。
睦郎は、その壺を割ってくれた人とその家族を笑いながら殺した。
さあて、次はどこへ行こうか。
睦郎が外に出ようとした時、あの時の陶芸家が目の前に現れた。陶芸家の身体は半透明であったが、その壺を直していて、あの時のように睦郎を壺に押し込んだ。
睦郎は、また生きたまま壺の中に閉じ込められてしまった。
その後も、睦郎が壺に話しかけてくる人物をそそのかして、壺を割らせ、そして人を殺していると陶芸家が現れて壺を直し、睦郎を壺に閉じ込める。
その繰り返しだった。
それでも人を殺すことができるから悪くはないな、と睦郎は思っていた。
今回も、少女が話しかけてきた。
若い女の柔い身体をズタズタにして、浄化させることができる。
そのことに心を踊らせて、壺を割らせようとした。
しかし、これはどういうことだ。
睦郎は入ってくる水に溺れながら、意識を朦朧とさせていた。
上に上がろうとしても、色んな手が睦郎の足を掴み、それを邪魔する。
よく見たら、睦郎が殺してきた人々の手だった。陶芸家の手もある。
ゴポッと、睦郎は最後の息を吐いた。
睦郎の吐いた空気の泡が、上へ上へと上がっていく。
薄れゆく意識の中で、最後に見たのは、アロエだった。
唐突に殺した母の言葉が思い浮かぶ。
『アロエの花言葉はね、“迷信”なんだって』
そうか。迷信か。そうだったのか。
睦郎は、そっと目を閉じた。
灯と父は、兄にこっぴどく叱られていた。
「もう二度と勝手なことをするなよ!」
灯と父は真面目な顔をして頷いた。
「ああ、次は絶対に成功させる。な、灯?」
その父の言葉に灯は「うん!次は失敗しない!」と元気よく頷いた。
2人とも何故か兄に殴られた。
そんな灯が患者の老婆と喋る壺にびびった1日の話だった。
to be continued




