怖がり少女と遊ぶモノ(後編)
「おーい!おにいちゃーん!コタローさーん!」
2人で助けを呼ぶために叫んでいたら、崖の上の草むらがゴソゴソと動いた。
それを見上げて見ていたら、コタローと灯の兄が草むらから顔を出して、崖の下を見た。
そして、下にいた灯達に気づいた。
「小娘、ここにおったか!」
「灯!大丈夫か!?」
灯は「大丈夫ー!」と答える。兄は「今そっちに行く!」と言って、また草むらのほうへ消えた。
コタローは、いきなり崖から飛び降りた。かなりの高さだが、綺麗な身のこなしで、すとんと着地する。そして、何事もなかったかのように、灯達に近づいてきた。
「ちび」
コタローが、“ちび”に声をかける。
『こたろー』
“ちび”は、灯のコートから出て、コタローのそばに行く。
「ちび、ここにいたか」
『うん、こたろー。ここにいたよ』
“ちび”は、こたろーの黒い体を、幼い手で撫でる。そして笑った。
『こたろー。ちびね、ともだちいっぱいいるんだよ。あのね、こたろーと、おねえちゃんと、みみずと、おけらと、あめんぼ!』
「あ、亀忘れてるよ」
灯が突っ込む。変なところに厳しい灯だ。
『あと、かめ!』
えへへ、と嬉しそうに、“ちび”は、笑った。
コタローは、それを見て目を細め、「そうか」と静かに呟いた。しばらくすると、兄がやってきた。兄は“ちび”を見て一瞬眉をひそめたが、すぐに顔を無表情に戻して、灯の頭を引っ叩いた。
「いてっ!」
「帰るぞ、このバカ」
そう言って兄は灯の手首を掴んで、引っ張り歩き出す。コタローと、コタローの身体を撫でる“ちび”は、動かない。
「え?お兄ちゃん?“ちび”ちゃんと、コタローさんは置いてくの?」
「小太郎がなんとかするだろ」
「あ、そっか。じゃあ、またねー!コタローさん!“ちび”ちゃん!」
灯は2人に大きく手を振る。コタローは尻尾を振り、“ちび”は灯に手を振りかえした。
“ちび”はまた、コタローを優しく撫でる。
灯は何故か、その姿から目が離せなくなった。まるで、コタローと“ちび”が神聖な儀式をしているように感じたのだ。灯は、後ろを振り返り、その姿を見ながら、兄に引っ張られながら歩いた。
そして、いつしか、その1人と1匹の姿は見えなくなった。
小太郎は、賢い孤独な黒猫だった。
同じく黒猫の親や幼い弟や妹たちは、人々に虐げられて、殺された。子猫にも関わらず、だ。しかし、頭の良くてずる賢い小太郎は1人生き残ることができた。人間をよく観察していき、様々なことを吸収していく。
そうして過ごしていくうちに、長生きしており、気がついたら“猫又”になっていた。
“猫又”になったとしても、小太郎の生活は変わらない。美味しいものを盗み食べて、好きな時に寝る。時々、暇つぶしに人間にちょっかいをかける。そんな生活だった。
ある家の庭にいた子ども“ちび”も最初はただの暇つぶしだったのだ。喋る小太郎に“ちび”は驚いたが、嬉しそうだった。そして、会うたびに小太郎を撫でるようになる。
舌ったらずで拙い言葉を使い、
『こたろー。こたろー。かわいーね。よちよち』
と言いながら、優しく、この黒い体を撫でた。
さらに“ちび”に興味を持ったのは、手首にある小さい火傷が、会うたびに増えることに気づいたからだ。
もしかして、この“ちび”は、子どもに関わらず、人々に虐げられているのではないか。
殺されてしまった、小太郎の幼かった弟や妹達のように。そう思ったら、確認せずにはいられなかった。
“ちび”の家を見張っていたら、予想通りだった。“ちび”は、ろくな餌を親から与えられず、母親から殴られて、蹴られて。そして、手首には、煙草の火を押し付けられていた。“ちび”は小さくて大人しいから、声をあげずに、泣く。家にずっといるせいか周りの人間は、母親のその行いに気づかない。
普段、小太郎は人間のことに口を挟むことはしない。ただ、“ちび”は、違った。小太郎が、助けてやれなかった幼い弟や妹達と一緒に感じたのだ。助けてやりたい。小太郎はそう思った。
わざと、“ちび”を連れ出して、病院の前に連れて行ったりもしたことがある。しかし、“ちび”はすぐに、母親の元へ帰された。人間とは愚かだから“虐げた事実”を母親が隠し、他の者も隠しているのに気付いたが、問題視せずに母親の元に返したようだ。その日は、“ちび”は、母親によりいっそう酷く折檻されてしまった。
何もしないほうが、“ちび”にはいいのか?小太郎は悩んだ。
『こたろー。こたろー。だーいすき。こたろー』
そう言って、小太郎を撫でる“ちび”の手首は、どんどん火傷の傷が増えていく。それと同時に体が細くなっている。
餌をやらなければ、死んでしまう!小太郎は、“ちび”に餌をやることにした。人間の食べ物を盗んできて、“ちび”に与えた。
餌をやると、“ちび”は喜んで、『こたろー。こたろー』と言い、幼い手で、黒い体を優しく撫でた。
小太郎は餌をとってきては、“ちび”に与えるのが日課になった。
しかし、小太郎は、人間の食べ物を盗み過ぎてしまった。“ちび”の家の周辺は、どこもかしこも猫対策をしていて、盗みにくくなってしまったのだ。
その日は餌を調達するために、少し遠くまで行っていた。調達した餌を咥えて、“ちび”の家に行ったら、“ちび”はどこにもいなかった。
珍しく、母親と出かけているのか?そんなふうに考えたが、その家に帰ってきたのは、母親だけだった。
次の日にも、“ちび”の家に行くと、そこはもぬけの殻だった。人間たちの噂話を盗み聞きすると、どうやら引っ越したらしい。
小太郎がいなければ、“ちび”は死んでしまう。そう思いながら、色んな動物から情報を聞いたり、人間の会話を盗み聞きして、ついに、“ちび”の引っ越し先を探し当てた。
そこで、毎日観察をしていたが、母親と、男しか出入りをしない。窓から、覗いてみたら“ちび”はどこにもいなかった。
こそっ!あの売女め!やられた!小太郎は、慌てて“ちび”の住んでいた家屋に戻り、“ちび”の痕跡を探す。家屋には“ちび”の匂いは残るものの、“ちび”自身は見つからない。外にも“ちび”の匂いはない。
せめて小太郎の嫌いな野蛮な犬だったら分かったかもしれないが、小太郎は猫又でも、猫なみの嗅覚しかない。探すことは不可能だった。
“ちび”は、1人で寂しがってないだろうか。ひもじくて、泣いてないだろうか。小太郎はそれだけが心配だった。
そして、偶然行った公園の亀たちに“小娘”の話を聞いたのだ。人間とは関わりたくなかったが、“ちび”の為だ。しょうがない。小太郎は噂の“小娘”の家に行った。
しかし、この“小娘”、なかなかの馬鹿で、怠け癖のある奴だった。こんな“小娘”に頼めるか!
小太郎はやはり1人で探すことにした。しかし、手がかりすら見つけることが出来ない。
“ちび”の為だ。致し方なかった。小太郎は嫌々ながらも、“小娘”に頼むことにした
そして“小娘”と、“ちび”の住んでいた家に行く。
“小娘”が、へんてこな歌を歌った後に、2階へとつながる階段に登る小さい足が見えた。小太郎は追いかけた。2階をしらみつぶしに探したが、何も見当たらない。
1階に戻ると“小娘”が、消えていた。
小太郎は猫でいながら冷や汗をかいた。“小娘”が失踪した原因が、小太郎のせいだと分かったら、“小娘”の家族が小太郎に絶対報復をする。“小娘”の家族は普通じゃないのだ。小太郎は焦り、“ちび”の家から出て、周りを見渡した。
偶然にも、森へ入る人影を見た。
どうしようか、悩んだ後に体が小さい小太郎では何もできないと判断して、“小娘”の兄を呼んでくることにした。
そして、“小娘”の兄は、小太郎に憤りつつも、小太郎についてきて、一緒に森の中で捜索をしてくれた。
しかし、どこを探して“小娘”が見つからない。夜になってしまい、“小娘”の兄は苛々としている様子で辺りを見渡していた。
森へ入っていく人影は気のせいだったのか、と小太郎が思い始めてきた時、偶然にも風と一緒に“ちび”の声が聞こえてきた。
聞こえた方へ、“小娘”の兄とともに向かった。
そして、ようやく、“小娘”と彼の守るべき存在の“ちび”を見つけることが出来たのだった。
“ちび”は、すでに生きてはいなかった。
「ちび、ここにいたのか」
『うん、こたろー。ここにずっといたよ』
小太郎が見つけることが出来なかった間、1人さみしくここにいたのだろう。
小太郎の胸が痛んだ。しかし、“ちび”は小太郎の黒い体を撫でて、そして笑った。
『こたろー。ちびね、ともだちいっぱいいるんだよ。あのね、こたろーと、おねえちゃんと、みみずと、おけらと、あめんぼ!』
「あ、亀忘れてるよ」“小娘”が口を挟む。
『あと、かめ!』
えへへ、と嬉しそうに、“ちび”は、また笑った。
小太郎は、「そうか」と静かに呟いた。
そうか。
それなら、よかった。
“小娘”は兄に連れられて帰って行った。“ちび”と小太郎の2匹だけ、そこに残る。“ちび”は、血の通っていない幼い手で、小太郎の黒い体を優しい撫でる。
『こたろー。こたろー。かわいーね。よちよち』
『こたろー。こたろー。だーいすき。こたろー』
『こたろー。こたろー』
『こたろー、ちびのともだち。こたろーと、おねえちゃんと、みみずと、おけらと、あめんぼと、あと、かめ!みんなともだち』
『こたろー、こたろー』
そう笑って言いながら、“ちび”の体は徐々に透けていく。
『こたろー、だーいすき』
そして、“ちび”はいなくなってしまった。
小太郎は、起き上がる。
木の根元の土を、小さい足で、一生懸命掘る。どのくらい掘ったのだろうか。
ようやく見えた、小さい白い骨。
ここにいたんだな。ちび、寂しい思いをさせたな。
小太郎は静かに、涙を流した。生まれて初めての涙だ。そして、小さな口で白い骨をひとつ咥えて、その場から離れた。
翌々日、灯は風邪を引いて熱を出した。
「おかしいな。馬鹿は風邪をひかないっていうのに」
兄が、灯に冷えピタを貼りながらそう言った。
「風邪のときくらい、優しくしてよー」
灯は真っ赤な顔で、そう言い返す。
「はいはい。あとで解熱剤持っていくから大人しく自分の部屋で寝てろ」
兄は、冷えピタを貼った額をペシンと叩く。灯はブスッとしながら、「はーい」と言って、自分の部屋に戻っていった。
炬燵の中から、のっそりとコタローが出てきて、床に寝そべり、毛づくろいを始めた。兄は、テレビをつける。
ニュースがやっていた。アナウンサーが語り始める。
『3歳の長女を虐待し、殺害した疑いで30歳の母親が逮捕されました。この事件は、昨日、○○の森に猫が骨を咥えていたのを、偶然森林保護のボランティアの方が発見して、発覚しました。警察が捜査をしたところ、近くに白骨遺体が見つかりました。この白骨遺体は、当時3歳だった安田ちさ子ちゃんのものだと判明。安田とも子容疑者は、「崖から落として殺した」と犯行を認めている模様です。警察によると安田とも子容疑者は、何かに脅えている様子とのことでーーー』
兄が、コタローを見た。コタローは素知らぬ振りをして毛づくろいをしている。そして、満足したのか目を閉じて寝始めた。
その頃、灯は夢を見てた。"ちび"ちゃんとコタローと3人で鍋を食べていた。あったかいねー、幸せだねー、なんて"ちび"と笑いながら。
寝ている灯の頰を一筋の涙が濡らした。
そんな灯が兄の友人と“ちび”ちゃんにびびった1日の話だった。
to be continued




