怖がり少女と遊ぶモノ(中編)
「あれ?ここどこ…?」
灯は、森の中にひとり佇んでいた。
あの後、灯は女の子を必死に追いかけた。しかし、不思議なことに幼いはずの女の子との距離は縮まらない。灯はあの女の子よりも足が遅いのか。灯は悲しくなった。
女の子は、あの家屋から少し離れたところにある森の中へ入っていってしまった。灯は何も考えずに森の中に足を踏み入れた。
その結果が、これである。女の子を見失った上、森の中で迷子になっている。
困った。困ったことになった。どうしようか。灯は考えるのが苦手だった。
ふと目線を下げると灯の足元には、折れた木の枝がある。それを掴み、地面から垂直に立てて、倒した。右に倒れた。灯は右を見る。向かう方向は、木々がたくさんそびえ立っている暗い空間。
上を見上げると、木々の葉の合間から青い空が見えた。灯は、唾を飲み込み、右の方へ歩き始めた。
闇雲に歩いて、どのくらいが経ったのだろうか。上を見上げると、オレンジ色の空が見えていた。
風が吹いた。風にのり、話し声が微かに聞こえてきた。灯は目だけではなく、耳もとっても良い。灯は、幾分か顔色を明るくして、話し声の聞こえる方向へ歩いて行った。
しばらく歩くと、男の2人組を見つけた。何やら話していた。
迷子の灯は人を見て安心し、声をかけるために駆け寄ろうとした。
しかし、咄嗟の判断で足を止めて木の影に隠れた。何故なら、その2人の様子がどこか異常だったからだ。それは灯でもわかるほどに。
「あはははははは!あともう少しだぜ。楽しみだ。あはははははは!」
異常な程、高笑いしている茶髪の大人の男。
「最近は、てんでダメだったからね。邪魔が入ってさ」
大人しい雰囲気の眼鏡をかけた同い年くらいの男の子。
「そうだ。ことごとくどこぞのだれかが邪魔をしやがる。けど、今回は絶対に成功するぞ!」
「まあな。あともう少しってところだろう」
眼鏡の男の子が、片足を上げて、足元にある“何か”を踏んだ。何を踏んだのだろう。
灯は目を凝らして見た。よく見てみると、コタローが探している幼い女の子ではないか!
その女の子が横たわり、踏みつけられていた。茶髪の男がしゃがんで、女の子の耳元で言う。
「おい、ガキ。お前の母ちゃん、今、何してるか知ってるか?」
女の子は何も答えない。
「君のお母さんはね、君のことをこんな風にしたのに、君のことを忘れてすごく楽しそうにしてるよ」
眼鏡の男の子が言う。
「あはははは!そうそう、今はお前から解放されたとばかりに男遊びに励んでるみたいだぜ?お前の母ちゃんはな、お前なんかいらなかったんだってよ」
「かわいそうに、君はいらないこどもだったんだ」
女の子は、肩を震わせた。
「母ちゃんが憎いだろう?」
「それだけじゃない。君のことを見て見ぬ振りをした周りの人間達も憎いはずだ」
「あはははははは!恨め!恨め!恨め!」
「そんな奴らを道連れにしたらいい、そうしたら君は皆と一緒に遊べるよ。1人じゃなくなる」
女の子は、身体全体を、ガクガクと震わせる。
そして
『ア ア ア ア ア ア゛――』
と、おどろおどろしい呻き声をあげた。
幼い女の子が出すような声ではなかった。老若男女の声をごちゃ混ぜにしたような、そんな声だ。
茶髪の男が「お?成功か?」と言い、顔を女の子から離す。
やばい。
灯はそう思った。これは虐待かイジメの現場だ。女の子がかわいそうである。
灯は、いてもたってもいられなくなった。
灯は、首に巻いていたマフラーを取り、目だけ出るように顔面に覆うように巻いて、その男達の前に躍り出た。
「待たれよ!」
気分は正義のヒーローだ。しかし勝算は全くない。急な出現に驚いて目を見開く男達。
灯は夕焼け色の空を指さして、「あ!」と、でかい声で言った。
男達は、灯の指さしたほうを、パッと見る。その隙に、灯は、呻き声を上げる女の子を抱き上げて、全力疾走した。
「あ!おい!まちやがれ!」
そんな声が聞こえたが、灯は必死に走る。
「ひぃぃぃ!こないで、こないで、こないで、こないで!」
ハアハアと、息を荒く吐きながら、走る灯。
あっちは男で2人いて、こっちは女で女の子を抱えている。幸いと言っていいものか分からないが、女の子が異様に軽かったので、灯の走りを遅くされることはない。
今は、運よく木々が障害になってくれて男達から逃げきれているが、いずれは捕まるだろう。
「ひぃぃぃ!どうしよう、どうしよう、どうしよう!」
灯は走りながらも、パニック状態だ。女の子が口を開いた。
『おねえちゃん。おにごっこしてるの?』
「え?」
鬼ごっこか?まぁ鬼ごっこしているようなものだ。
「まあ、そだね」
灯がそう答えると、女の子はクスクスと笑う。そして、灯の右斜め前方を指差した。
『あっちいったら、にげれるよ。ちびも、あっちににげたことがあるの』
ちびって誰だろう。しかし、今の灯には、聞く余裕も考える余裕もなかった。
言われるままに女の子の指差した方へ走った。
『くさがたくさんあるの。そのくさにはいると、にげれるよ』
走り続けると、灯の背丈を越える、雑草の草むらに突き当たった。
灯は女の子の言うとおりに、草むらに入り込んだ。あの男達に捕まったら女の子だけじゃなく灯も危ない。草が灯の頰や手にビシバシ当たるが痛みを感じる暇もない。さすがに草が邪魔で走れず、草をかきわけながら歩きながら進む。
『そのまままっすぐいくと、くさからでられるよ』
灯は、まっすぐ歩く。後ろから男達の声が聞こえてきた。
灯は草むらを闇雲にかきわけながら進んだ。
草むらからようやく出れた!と思ったその時
灯の身体は、宙に投げだされた。
ジェットコースターの落下時のような、内蔵の浮遊感。
「ぎゃあああああああああ!」
灯は、抱えている女の子を、ぎゅっと抱きしめて、意識を失った。
意識を失う瞬間、誰かの声が耳元でささやいた気がした。
く、苦しい。首や肩に圧迫感を感じた。
灯は、パッと目を開くと、身体が宙に浮いていることに気づいた。
試しに身体を動かしてみると、頭は動かないが、体幹が円を描くように揺れた。しかし、そうすることで、首の圧迫感がさらに強くなった。
灯は自分の周りの状況をよく見ることにした。
木がたくさんある。地面から1mくらい離れたところに灯は浮いている。まさかお化けになったのか。灯は青ざめる。けどお化けになっても身体は痛むものなのか?と疑問にも思う。
上を見てみると、空は真っ黒になり星が輝いていた。そして、灯のコートについているフードが、太い木の枝に引っかかっていることに気づいた。
灯は生きていたようだ。
身体を振り子のように揺らして、枝からフードを外すように試みる。数回やって、なんとか成功した。地面にドスンと尻もちをついて落ちたが、怪我はなかった。
再度、周りを見渡してみると、近くには50m程の崖があった。
ここから灯は落ちたのだろうか。灯は恐ろしくなり、顔面蒼白になった。そして、女の子がいないことに気づき、ますます顔が青くなる。恐る恐る、暗闇に目を凝らして探してみる。
近くの木の根元に、女の子はいた。灯はほっと安心した。しかし、俯いてしゃがみこんでいる。灯は慌てて近寄り、女の子に話しかける。
「大丈夫?どこか怪我した?」
女の子は黙り込んだままだ。
「どこか痛いの?」
女の子は首を横に振る。
「お姉ちゃんが抱っこするから、おうちに帰ろう?もう夜だし」
女の子は首を横に振る。そして、口を開いた。
『ここに、いるの』
「え?ここにいるの?」
女の子は頷いた。灯は困った。
灯は、絆創膏の貼っている鼻を人差し指でかいた。女の子を1人には出来ない。灯は落ちていた自分のマフラーを発見し、女の子の首に巻いてやった。
そして、座り込む女の子のそばに近づき、コートの中に女の子の身体を誘い込んだ。女の子はされるがままに灯のコートの中に入った。女の子の身体は、とても冷たかった。
灯は、とりあえず叫ぶことにした。先程の男達に居場所がバレるんではないか、などは一切考えてはいない。危機管理能力はもちろんない。
「おーい!だれかたすけてー!!おーい!」
森は静かだ。灯の声がよく響く。
「おーい! おにいちゃーん!コタローさーん!」
灯がそう叫ぶと、黙り込んでいた女の子が反応した。
『こたろー?こたろーがいるの?』
「この森にいるかはわからないけどねぇ」
『くろくて、かわいー、こたろー?』
「まあ、亀ほどにかわいくはないけど、黒い猫のコタローさんだよ」
『こたろー。かわいー。こたろー。だいーすき』
「そうなんだー。コタローさんも、お嬢ちゃんのこと、大好きみたいだよ」
『ほんとう?』
「うん。ずっと、お嬢ちゃんを探してたんだって」
『ちびを…?』
ちびとは、どうやらこの女の子のあだ名だったらしい。
「うん。そうだよ。お姉ちゃんはコタローさんの友達なの。だから、コタローさんの友達の、“ちび”ちゃんを探しにきたの」
コタローさんに亀の通訳をさせる、なんて条件つきだが、そんな野暮なことはさすがに灯でも言わなかった。
『ともだち?』
「うん。友達なんでしょ。あと、お姉ちゃんの友達がコタローさんで、コタローさんの友達が“ちび”ちゃんってなると、一周回ってお姉ちゃんと"ちびち"ちゃんも友達だね」
灯は、意味不明な事を言いはじめた。しかし、相手は幼い子。その言葉を素直に聞いてくれた。
『こたろーも、おねえちゃんも、ちびのともだち?』
「そうだよ。あ、あと、有名な人の歌でこんながあった気がする。“ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、カメだって、みんなみんな友達なんだ”って」
『こたろーと、おねえちゃんと、みみずと、おけらと、あめんぼと、かめが、ちびのともだち?』
「そうだよー。有名な人が言うからには間違いない」
『じゃあ、ちびのともだち、たくさん?』
「そうだねぇ」
灯と、“ちび”が笑い合った。
“ちび”の長い前髪が気になった灯は、コートのポケットに入っていたゴムで、額が出るように結んであげた。
“ちび”は血色が悪くて口唇が青いものの、子どもらしいクリクリとした大きな瞳が可愛らしい女の子だった。
それにしても肌寒い。
灯は、また叫ぶことにした。
「おーい!おにいちゃーん!コタローさーん!」
それを“ちび”が真似をする。
『おーい!こたろー! みみずー!おけらー! あめんぼー!』
「あ、亀忘れてるよ」
灯が、“ちび”に突っ込む。
『かめー!』
2人は、笑い合った。
to be continued