薬師ギルドを潰された領主1
「くそったれ!」
セリア街領主の館。
セリア街の真ん中、やや高い丘の上に鎮座する。
そこに立てられた砦風の館。
その無骨な姿が領主の趣向を表す。
「このところ、やることなすこと上手くいかん!」
自分の政務室で落ち着きなくうろつきつつ、
この館の主は独り言を続けている。
セリア街領主。
王国の伯爵。
元はこの地方の一地主に過ぎなかったのが、
先祖に有能な魔導師が素晴らしい戦功をあげ、
貴族に叙爵された。
その後、代々にわたり優秀な魔導師が続き、
現在の代になって王国最高峰の一人と言われる
魔導師が誕生した。
その力は1万人の軍隊に匹敵すると言われる。
かつてなど、見渡す限りの草原に展開する敵を
大規模上級魔法にて一掃したこともある。
「あそこからだ。おかしくなったのは」
思い出すのは湖畔村を治めるていた準男爵。
ごろつきのような男ではあるが、
申し分のない魔法力で王国に知れ渡り始めた男。
その武力でもって領地を支配していた。
その彼が、あろうことが貧相な自領の村に敗れた。
その村は人口約300人の本当に貧相な村だった。
確かに身体能力が高い村人が多いと言われていた。
しかし、魔法力はたいしたことがない。
この世界では魔法優位の世界だ。
魔法は遠距離攻撃ができる。
近接攻撃がいかに強かろうとも、
接近できないのだから能力になんの意味もない。
そのはずだったのに、
準男爵は得意の魔法で敗れ去った。
一方的な虐殺状態であったらしい。
いわば子飼いの準男爵。
報復をとる必要があった。
セリア街領主にとっては簡単なことだった。
ところが、王国中からその村に称賛が注がれた。
準男爵の横暴すぎる振る舞いもあり
報復する名目を失った。
「清貧教会の件も私の顔に泥を塗りおって」
清貧教会の件。
清貧教会の借金証書を改ざんした。
目的はシスターを愛人化しようとしたのだ。
「あの澄ましたシスターをオモチャにする。なんと素晴らしい計画だ。あの女も私の庇護下におれば満足であろう?何しろ、私の愛人になるのだからな」
ところが、改ざんがバレた。
しかも、愛人化計画がバレた。
借金取りがゲロったのだ。
話は一気に領民に広まった。
面白おかしく話が拡散した。
「なぜ、私を非難するのだ?この領に住まう者は全て私のもの。教会であってもだ」
領主は自己愛が肥大しすぎて
バランスを逸脱していた。
「極めつけは薬師ギルドだ。もともとは俺の祖先の始めたギルドだ。ギルドからの収入は私の収入の3分の1を占める。それが失われつつある」
魔法のとてつもない才能に比べて
領主の所有する農地はさして広くない。
経済的な支えはまず薬師ギルドにある。
セリア街の薬師ギルドは
もともと領主の祖先が始めたものだ。
それ以降ずっと領主一族がギルドに君臨する。
ギルドのバックが支配者であることは、
王国中の多くのギルドに共通することである。
ただ、セリア街では冒険者ギルドと商人ギルドの力が強い。
それらは支配者層からは独立した組織だ。
当然、領主・薬師ギルドVS冒険者・商人ギルドの対立構造がセリア街で生まれていた。
領民も反領主である。
何しろ、重税を課していたのだ。
しかも非道な行いの目につく領主であった。
領主に対する不満が一揆に発展してもおかしくない。
支配者だからといって、やりたい放題はしにくい。
通常、領主レベルでは常備軍は少数精鋭だ。
軍隊とは金のかかる組織だ。
しかも平時には役に立たない。
せいぜい、治安維持ぐらいのものだ。
領主たちは常備軍の数を減らしたい。
金がかかりすぎるから。
だから、一揆がおこらないよう領民と接する。
つまり、領主といえども領民の顔を気にする。
確かに、一揆は重罪である。
しかし、王国では勝ったもの勝ちという風習も
根強く残る。
それ故に湖畔村は準男爵戦で称賛を受けたのだ。
だから、圧政を強いられる村は度々反乱を起こす。
領民が反乱を起こすような場合、
通常領民は死を覚悟している。
飢餓が迫ってきているのだ。
何もしなくても死ぬ。
じゃあ、前に出るしか無い。
ほぼ死兵と化した領民に対して、
支配者側の武力が貧相だったら。
ところがセリア街の領主は豊富な資金力と
特に自分の魔法力を背景に常備軍を整備してきた。
そして、セリア街に圧政を強いてきたのだ。
反領主サイドを無理やり押さえつけていたのが
領主の武力であり、
そしてその武力を支える経済力であった。
その支えの一端が崩壊しつつある。




