~少女と謎の男の国を相手取った戦争~
1.
もう、いいだろう
少女はそんなことを考えながら地上を見下ろしていた。彼女がいるのは地上約80m、高層ビルの20階だ。
彼女には父も母もいない。記憶には自分を化け物扱いする人達しかいない。故に思い残すことなどない。
(明日どうやって食いつなごうとか、明日の寒さをどう乗りきろうとか、どこで寝ようとか―――
そんなことはもう考えなくていい。
他人に迷惑をかけないようにするためにはどうすればいいとか考えなくていい。)
そこにたどりついておよそ2分、少女はビルを飛び降りた。背に風を受けながら、遠ざかっていく自由を見つめながら思う。
(酷い人生だった…)
もうすぐだろう。少女はそっと目を閉じた。
しかし、少女の背が地面に到達することはなかった
一人の男が少女を受け止めていたからだ。
男は少女に話しかける――――――
「どうせ死ぬなら俺と世界を滅ぼそう」
――――――は?
少女はそこで意識を失ってしまった…
2.
目が覚めると見慣れない天井が視界に入る。
私は死ねなかったのかとそんなことを考えていると
あのときと同じ声が聞こえてきた。
「おー起きたか。色々話したいことはあるけどまず最初にさ、何で自殺なんてしようとしたんだ?いや、したのか。」
男はパンを食べながら話しかけてきた。
「あなたには関係ないでしょ」
「んーそれもそうだな。じゃあ俺と一緒に世界を滅ぼさないか?」
――――こいつは何をいっているのだろうか。会話に文脈というものがまるでない。もしかすると頭がおかしい人なのだろうかと、そんなことを考える。
「世界を滅ぼすって一体どうやって?」
「まあ、細かいことは決めてないんだけどさ、最終的な目標は人類の滅亡かな」
「色々突っ込みどころはあるけど、まず第一にこの国にはXがいる。常識でしょ。あなたにはX1人でさえも殺すことができない。」
Xとは少女が今いる国、L国史上最も天才と評される魔法使いだ。
「殺せるよ。俺なら」
こいつは自分がいっていることがわかっているのだろうか…?10歳にして魔術の新たな一分野を確立し、L国最大規模といわれるダンジョンを一人で攻略して最下層の宝物を無傷で持って帰り、今なお伝説を作り続ける男――――そして自分をいたぶるだけいたぶって去っていったあの男を――――殺せるといったのだ。
「…そう。でもその言葉が本当だとしても…私はもう生きる理由がない。あなたの目的に付き合う義理もない」
そう、その通りだ。もう自分には生きる意味など―――
「そっか。でもさ――――何でお前は泣いてるんだ?」
「…!」
気付けば少女は涙を流していた。理由などわからない。とっくの昔に置いてきたと思っていた感情の波が何故今になって戻ってきたのか、分からない。
「悪魔の使徒」
男は一言、呟く。
「…何故お前がそのことを知っている?私の過去を知っていて助けたとでもいうのか?」
少女は男を睨み付けながら言う。
口調が強くなる少女とは対照的に男は顔色を変えずに淡々と言葉を発する。
「まあちょっとはな。」
「あっそう。ところで私が何故泣いているのかと聞いたな。今理由がわかった、お前が死ぬほどムカつくんだ。今から私と殺しあえ。私に勝つことができたなら――――お前の言うことを聞いてやる」
(びっくりするくらい展開が早いな…でもそういうところもあいつにそっくりだ。)
「決まりだな」
男は笑みを浮かべていた
3.
二人は近くの森に移動していた
「よーし、じゃあ始めるか。ルールは確認した通りだ。お前は俺を殺したら勝ち、俺はお前を行動不能にしたら勝ちな。」
「ああ、それでいい。早く殺るぞ」
(こいつ、めっちゃ口悪くなんじゃん…可愛くねー)
「ああ、一応言っとくと俺は水属性だからな」
(水属性か…私は火属性だから相性は不利…でも関係ない)
「よーい、はじめ」
と、声を発すると同時、男の周りを炎が囲んでいた。
「双炎の監獄!!」
(さて、これで終わりだとしたらとんだ拍子抜けだ。どう抜け出して…)
パンッッ
破裂音と共に炎は姿を消していた
「なっ!?」
少女は驚きと同時に男の周りを走りながら魔法を放つ。
「炎の矢!」
約30の炎の矢が男を襲う
「……このままだと実力だせないまま負けちまうぞー」
そういった次の瞬間、男は少女の視界から消えていた
「消えた!?」
「氷塊結晶」 ガキンッッ
「ぐっ!?」
気付いたときには少女の半身は氷漬けにされていた。
「このまま水圧の暴力を押し付ければお前の敗けだな」
「うああああああああああああああ!!!」
少女の周りを炎が満たしていた。
「火炎の剣」
火を剣にするのは高度な技術を必要とされるが、少女は16歳にして無意識のうちにこの技術を習得していた。
「はああっっ!!」
目にも止まらぬ速度で少女は剣を振り回すものの、その全てが空を切る。
「体術はまだまだだな」
男が呟く。
(こいつ……!動きに無駄がない…想定より早いが…私に出せる最大の技術を使う!!)
「炎獣」
詠唱と同時に少女の周りを三人の騎士が囲う。
(炎を実体化して騎士を三人つくったか…この若さでこれはすごいな…でも…)
男は地面に落ちている棒切れを拾い上げる。
(棒切れを拾った?なにを…)
カキンッ
「!?」
男は棒切れで騎士三人を相手にしていた。
少女には魔術を教わる場所がなかったため、強度を強化する魔法など知らない。彼女の目には信じられない光景が広がっていた。
「魔術ってのは…基礎基本が大事なんだ」
男が棒切れを振り回すと、一瞬にして騎士が消滅した。
「だが独学だから得られたものもあったんだろ?早くアレを使ってこいよ。受け止めてやるから」
男の台詞に少女は久々に高揚を覚えた。
(そうか…私が泣いていたのは…)
「それだけ言ったんだ。死なないでくれよ」
次の瞬間、少女のまわりに黒い炎が出現し始めた。
「やっと出したか…正体不明の闇の炎を」
少女がかつて蔑まれた原因である死の炎…この炎に触れた生物は死に至る。この力により、少女は当時6歳にして村一つを死の大地に変えた。
「死の黒炎」
少女が詠唱すると同時に死の炎が辺りを埋めつくし始めた。
「………」
男は少女を黙って見つめている
「終わりだ」
少女の周りの炎が一気に広範囲に広がった。
辺りは、赤黒い炎で埋め尽くされ、木々は枯れ、辺りの生物は死に至る。死の炎は全てを燃やし尽くす。
ただ1人、少女を除いて――――――――――