表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おぼろ月夜に・研究所で・日記を・携え行こうと奮い立ちました。

鬼とは元来、人々を迫害し恐れさせてきた存在である。彼らの存在は古代から等しく人々の畏敬の対象であり、その討伐劇は今世にも根強く残っている。鬼とは古来と現代で捉え方が違うようだが、鬼とはあらゆる病にもあらゆる災害にも当てはめられていた。その鬼は、人間とはまったく違う生き物であると判明したのが鬼からの人間への接触だった。文明開化でガス灯が夜も昼もなく町を照らし始めた頃、暗さに恐怖を覚えなくなった人間の手段に、鬼はすごすごと山から下りてきた。江戸時代にも日本を横断する道を切り開いた時には舌を巻いたが、明かりが出てきてしまうともはや打つ手なしとばかりに降参の構えを示すためだった。鬼は皆、人間社会にとけ込みたいという申し出だった。もはや人を襲っての時代は終わっている。家畜を飼い慣らし、生きるための術を教えてもらいたいと頭を深々と下げる大男に、当時の日本人は度肝を抜かれたが、戦後まもなくの人手が足りない時代である。脈々と続いている祓い師たちがお目付になると申し出があったことも後押しし、鬼は人間との共存の道を進むこととなった。それがおおよそ100年前程度で、令和になったとてその共存関係は続いている。鬼は人間と交わることはない。鬼は鬼で暮らすのが最低条件だが、日本が少子高齢化が進むように鬼も少子の傾向が見られ、祓い師の子ども一人に鬼が一人の構造が少なからず鬼を少子に導いたという鬼側から不満が噴出しているものの、それは時代であると祓い師達がなだめるのが常だった。人間と鬼が暮らすために助力はするが、独り立ちした鬼は人間社会に暮らし、問題があれば祓い師が駆けつけるのが常だが、俐位りいの家は、ニト(鬼の世帯主)とオットウ(人間の世帯主)が共存している珍しい家庭である。

 「やあお帰り」

 縁側で日向を楽しんでいたオットウに声を掛けられ、俐位は頷く。

 「ただいま戻りました、オットウ」

 「俐位にも伝えなければならないね、この前の総会ではやっぱり少子高齢化は鬼が人間に合わせた結果だと過激派の鬼達が言ってきてね・・・鬼の子に祓い師一人にするのなら、祓い師が子どもを増やせと言うものだから」

 「はあ」

 「俐位は弟と妹、どちらがいい?」

 俐位はついカッとなってしまった。俐位は中学生である。だがその性格によって鬼以外の友人らしい友人はいない。だから心のより所は母と父である。その彼の元に弟か妹が来るなど、考えるだけで嫌だった。

 「い、嫌です」

 「そうかい。まあ俐位はしっかりしてるけどなぁ」

 「違うわい、位発。俐位は甘えん坊なんじゃよ」

 ニトが庭からひょっこり現れる。草木が髪や体に付いていたので、庭の手入れをしていたようだ。

 「そうなのかい、俐位」

 「子どもに聞くとは酷も酷! ひどい父親だなかっかっか」

 ニトが愉快そうに笑う。俐位といえば、事実であるもその事実を父親に知られたくなかった羞恥心で顔を真っ赤にしていた。まだ思春期である。ニトの遠慮のなさはよく知っているものの、ここでそんなに言うこと無いじゃないかと顔から火がでるのは止まらない。

 「俐位くーん、宿題やろうよ」

 鬼の子であり、俐位が目付をしている緒丹が呼びに来たとき、俐位はいたたまれなくなってその場から走り去っていた。

 「どうかしたの」

 「ちょっとニトがね。羞恥心を逆なでしないで欲しいな」

 「かっかっか。まあいいじゃろ、たまには人間挫折もしないとな!」

 「鬼に言われてしまうなんてね」

 ニトは豪快に笑い、オットウは苦笑していた。緒丹は取り残されて首を傾げるばかりである。仕方なく、緒丹は屋敷の中に俐位を探しに行くのだった。


 日誌を片手に、俐位は緊張していた。国家の研究所への立ち入りである。中学生である身ならば、見学にきた可能性もあるが、俐位には重要な任務が課されていた。鬼の監視と観察が、祓い師の役割である。そしてのそのデータは国家機密として定期的に収集される。そのため俐位は、緒丹の観察記録を提出しなければならない。それが目の前にある研究所であった。見た目は一般企業の研究所で、少々建物の作りは古いものである。表向きは企業の研究所と銘打っているらしく、訪問にも少々気が抜けなかった。中学生が堂々と出入りする施設は悪目立ちしてしまうからだ。だから中に父親あるいは母親が勤務していて、必要な物を渡しに来ているという設定までもうけられている。今日もブザーを鳴らし、松丸はいますかと子どもの体裁で尋ねばならない。松丸、というのは○○さんと言おうとして、誤ってそう呼んだことで松丸さんが使われるようになった。実際にはその研究員に松丸さんはいないので、隠語として今もまかり通っている。

 「ああどうぞ」

 厳重なセキュリティが敷かれた門扉が開く。この瞬間がもっとも俐位は緊張した。そうして門扉をくぐるとき、どうしても隣に誰かいないと駄目だった。

 「わあ、やっぱりすごいね」

 緒丹が横でにこにこと笑っている。だが緒丹はここまでしか入れない。ここは鬼の入館は規制されている。要するに立ち入り禁止だ。だが、緒丹はいつも俐位に付き添って門扉まではやってきている。ニトに言われた、甘えん坊という言葉が頭をぐるぐると巡るが、それでも俐位は一人でこられそうにもなかった。

 「緒丹、じゃあ行ってくる」

 「うん、行ってらっしゃい」

 「先帰ってもいいからな」

 そこまで言うと、俐位は早足で研究所の中へと急いでいった。緒丹は帰ってもいいと言われたものの、やはり少し俐位が心配で待ってみることにした。何が研究所で行われているのか、鬼である緒丹は知る由もない。しかし俐位を派遣してくれた国の研究所なのだから、きっと間違いはないと思いながら、薄暗くなる中で手持ちぶさたにスマホを眺めてみた。

 俐位はまだ帰ってこない。先ほど行ったばかりだから当たり前なのだが、提出してすぐに終わるというわけではなさそうだ。俐位は今頃何をしているだろう。わざわざ中学生を月夜の晩に呼び出さなくてもと思うのだが、設定が設定だけに人目を避けたいというのが本音らしい。友達を待っているという体で、緒丹はそこにいることしたが、やはり帰った方がいいだろうかという考えがよぎる。少々肌寒いのもあった。上着を着ずに学生服のまま出歩いたのが良くなかったなと思い、緒丹はやっぱり帰ろうかと思って研究所の前できびすを返す。俐位がいつも怖がるのは門扉の前だけで、帰りはいつも平然な顔をして帰っているのを知っている。帰っても大丈夫だよね、もう中学生だもんねと思いながら、自分は先に戻ろうと思った時だった。

 「鬼め」

 「え、なに?」

 「災いをもたらす鬼め」

 地を這うような声がして、緒丹はびっくりして周囲を見渡した。自分しかこの場に鬼はいない。だから自分に向けられているものとは分かるものの、その声の持ち主は憎悪を持っているようで見に覚えがない。緒丹はぶるりと体を震わせた。

 「ご、ごめんなさいすぐに帰ります、帰りますから」

 「鬼はすべて滅亡させなければならぬ」

 「そ、そんなぁ」

 緒丹は思わず頭を抱えて体をすくませた。姿は見えないが、声は確かな憎悪を持って接してくる。だから恐怖に身を縮ませる。すると、俐位の声がやってきた。

 「緒丹!」

 「俐位くん・・・」

 「じゃまをするな小童、邪魔する者はこの手で」

 そう言って声の主は暗闇から姿を現した。長い髪を垂らしながら声の感じは男のようでもある。ぼさぼさになった髪を振り乱し、目をぎょろぎょろとさせている額には、何か札が貼られていた。体は半分透明で、どうやら幽霊というたぐいの物だろう。緒丹は悲鳴を上げる。

 「ひい、お化け!」

 「鬼が幽霊を怖がるな、ばか」

 俐位はそう言って幽霊の額にある札を剥がそうとする。まさか見える程度で反撃されないと思っていた幽霊が、非常に焦った様子で身を翻した。

 「なんで触れる?」

 「僕は陽冥派の正統的後継者だ。そのくらい出来るよ」

 「陽冥派?! それは。それはとんだご無礼をっ」

 俐位の話を聞いた幽霊は驚きを隠せなかったらしく、慌てて膝を着こうとした。だが着く膝がないのでただ頭を必死に下げているだけに見える。

 「鬼は僕の監視下で見張ってるんだ。その調査報告書だって出してる。僕の邪魔をするなら、それこそ容赦しないからな」

 「ははー」

 「俐位くん、すごいね!」

 「はあ・・・監視下に置かれてるって言ってるだろ。それなのに感心するなよ」

 「でも俐位くんは友達だから」

 「はあ・・・」

 俐位は深くため息をつくと、緒丹と連れだって歩き出した。

 「お、お待ちください!」

 そう言って土下座していた幽霊も慌ててついてきた。これはオットウに相談しないとなあと俐位は苦笑いをするのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ