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笑う河童  作者: 檻の熊さん
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夏の夜語り2


 笑との会話は、オレにとっても嫌なものじゃなかった。

 たで食う虫も好き好きと言うけれど、昔は河童憑きなんて言って、かっぱに魅入られた女はど淫乱の色気狂いに成るとて嫌われた。

 ──笑にその兆候は無かった。

 もちろん、オレにもその気は無かったけどね。

 ただし、異類婚姻譚にあるとおり、河童と人間の間にも子供は出来る。

 注意するに超した事はない。


「前から気になっていたんだけど、それ、カメの甲羅、背負っているだけだよね?」


「ああ、河童っていうのはな、想像図ばかりで“これだっ!”て絵が無いんだ。だいたい残っているのは、サルの仲間みたいな奴と、カメが人化したみたいな奴だな」

「どっちかというと、甲羅を背負っている絵は少数派なんだけどな…そっちの方が有名になっちまったって訳だ」


「ふ~ん…。じゃあ、手足を引っ込めたりはしないんだ」


「カメじゃねえんだって!元々は、どっちでも良かったんだけどな…蓑を被るかカメの甲羅か、そういう物を背負っているのが河童の様式美なんだよ」


「へえ…」


 うわ!可哀想な人を見る目で見てやがる。

 いいんだよ。

 こういうのは美意識の問題なんだ。

 日本人なら日本刀で敵を倒すアニメが定番だろ?

 アメリカ辺りなら銃だよな?

 そういう事だ。

 オレは…もっともらしいウンチクで誤魔化すことにした。


「河童っていうのはな、割と丈夫で、病気に成りにくいし、毒くらいじゃ死なない。ただあえて難を言うなら、肉体的には弱点もあってな…背中が割と弱いんだよ。だから、こういう防具で背中を保護することがあるのさ」


「さすさす…」


「さするな!べつに、そんなにデリケートって訳じゃねえよ!」


「割と…密な毛が生えてるんだね。見た感じ、爬虫類の皮膚っぽいのに」


「アザラシとかと同じだよ。オレ達は恒温動物なの」

「この外観のお陰で、流言飛語には事かかないね。猿人の一種で陸に上がると山童に成るだの、年を取ったカワウソが変化して河童になるだの、有名だろ?こういう毛は、水に濡れると光沢があるように見えるからな、お陰でカメどころかカエルの仲間扱いされることもあるし、体の色だって赤だの緑だの…言いたい放題だな」


「ゴブ…」


「ゴブリン言うな!まったく…今どきの若いもんは!」


「ふふふ♪」


「まあ…そんな訳でだな。昔、オレの仲間達が人間と相撲を取っていて、背中から岩に叩き付けられて死んだ事があったんだよ。だから、オレは用心も兼ねてこういう物を背負うようにしている」


「修行用とかじゃないんだね。取り外すと強くなったりとかしないの?」


「どこの仙人様だよ。ないない!それにこれ、軽いんだぜ?」


 オレは、背中に背負ったカメの甲羅を外して、笑に持たせてやった。


「う~ん…3キロ以上、4キロないくらい?トレーニングの負荷には、どうなのかな?」


「成体のアカウミガメで約5キロ。まあ、オレの体格に合わせた大きさの甲羅だから、そんなもんかな?」


「え!?これ、ウミガメの甲羅なの?似ているとは思ったけれど…」


「そういうこと」


「なんか…夢が壊れた!」


「大事なのは形。あくまで、古式ゆかしき怪異としての雰囲気作りの一環だよ。最近は、オレ達と相撲を取ってくれる人間も居ないからな」


「ふ~ん…。そんなに痩せてたら、強く無さそうだもんね」


「相撲ってのは、元々庶民がみんなでやるものだったんだよ。だから、こんくらいのフツーの体格でいいの。勧進相撲みたいに、現代風の背の高い連中が重い体を作ってやる力士相撲もあったけどね、あれは観るもの、やるもんじゃない」


「まっけ惜しみ!」


「ちげ~よ!」


「わぁっ!こうやって見ると、口の中に歯があるのね!口が尖って嘴みたいに見えても、ちゃんと恒温動物の方なんだわ!」


「く~~~~っ!」


 まあ、とにかくそんな感じで、オレ達は日々楽しく過ごしていた。

 ああ!

 会話に紛れて、笑に金気のある物を口にするように誘導するのも忘れなかったぜ?

 何の話かって?

 河童のタタリだよ。

 オレ達の逸話には、異類婚の話がちょくちょく現れる。

 河童にも雌雄があるが、それらが人間の男女と交わって子をなすって話だ。

 中には、“悪いのはみんな河童のせい!”とでも言わんばかりの、言いがかりも同然の物もあるが、現実、河童は成人した人間の男女の本能的な衝動に影響を与えるらしい。

 男だったら相手構わず暴力的になる事が多く、女だったら何故か色気狂いになる。

 どちらも衝動が抑えられなくなるというから、余程のものなのだろう。

 河童側からしたら、何故そうなるのか、正直理由の分からない話だ。

 だが、人間の知恵も馬鹿にしたもんじゃない。

 奴らは長い歴史の中で、ちゃんと方法を編み出した。

 ひとつは加持祈祷だ。

 調伏とも言う。

 タタリには祟り、河童を呪い殺してしまえば万事が解決するという考えで試したらしい。

 依頼を受けるかどうかは相手次第になるが、高位の高僧に依頼して念仏を唱えてもらうんだ。

 実際は、オレ達は死んだりはしないんだけどな、やられるとかなりキツイ。

 結果として呪いは解ける。

 いや、本当にオレ達は人間を呪ったりはしてないからね!

 この件は、神道ではなく仏教になる。

 ──まったく!あの外来種はオレ達にとって厄災だらけだよ!

 ふたつ目、これは簡単だ。

 オレ達は、金気を嫌う。

 さっきのタタリ、男だと正気を失って粗暴になる訳だが、近くに日本刀を置くと本人はガタガタと震えて大人しくなると伝えられている。

 いや…自分が何をやっていたか思い出して、動けなくなったらしいのだが、とにかくそんな伝わり方をしている。

 つまり、状態異常が解除されるんだわ。

 女は簡単でね、昔のことで“お歯黒をすると治った”と伝わっているんだが…これ、鉄を主成分にして作る染料なんだわ。

 つまり、そういうこと。

 今どきお歯黒はないが、カレーとかシチューとかを食べる時に使うスプーンでもあれば、それで万事が解決する。

 簡単な予防法だろ?

 だからオレは、「今晩はカレーだね!」「シチューでもいいよ!」と、サブリミナル効果よろしく笑に話を振っておくのを忘れなかったという訳だ。

 お陰で、オレ達の関係は終止良好だった。

 ──そう思っている。


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