笑
オレは、蒸し暑い真夏のある夜、川辺に現れた女に声をかけることにした。
オレは、様式美にこだわりたい河童だ。
人間に近付くときは、まず…古式ゆかしき怪異らしい雰囲気を重視して、暗い水面からニュッと上半身を突き出す。
いや、実は今どきの夏の川なんて浅いから、立ち膝なんだけどね!
うほん。
次に、「けけけ!」という河童特有の独特な笑い声で、こちらに注意を引きつける。
この声、カエルに似ているんで、中には気付かずにスルーする奴がいるのが悩みだ。
そうは言っても、今どき知らない奴も多いけど、この声こそがオレのオレたる所以なので絶対に手抜きはしない。
おっ…姉ちゃん、気付いてくれたぞ!
「よう、姉ちゃん。こんな時間にどうしたんだい?」
「…ゴブリン?どうしてこんな所に?」
なにその返し!?
ゴブリン!?
西洋のモンスターじゃねえか!
「ゴブゴブ…通りすがりの河童です。生きててすみません」
「あらやだ…。ごめんなさい。私、てっきりゴブリンが現れたのかと…」
「いや、ここ日本だし。失礼ですが、どこぞの異世界から転生された御姫様であらせられますか?」
「いいえ。生まれも育ちも由緒正しき日本人よ。はじめまして、河童さん」
「なんだ、分かってるんじゃねえか!」
「ふふ…」
「名前を聞いてもいいかい?」
「笑よ。笑うと書いて、川澄笑」
「笑…。いい名前じゃねえか」
オレはニヤリと表情を動かして笑ったつもりだったが、笑と名乗った女には「けけけ!」というオレの独特な声の方しか印象に残らなかったようだ。
これの所為で、昔は大きなカエルと間違えられたんだよね。
仕方がないだろ、声帯の形が違うんだから。
いや、仲間の体の解剖なんかした事もないし、した奴も知らないけど。
「君の名前は?」
「名前なんかないよ。川太郎でもクゥでも、好きに呼んだらいいさ」
「じゃあ──さらぞう?」
「まんまだな!もっとひねりはないのか!」
「じゃあ…ディッシュとか?」
「うわっ!やめて!なんだかイジメでも受けている気になるから!」
「ディッ──さらぞうは、私に何か用かな?」
「わざと間違えてないか?まあいいや、べつに?話し相手が欲しかったのさ」
それからオレは、笑と他愛もない話をした。
やれ、住処のすり鉢池を追い出されて、今はこの川の淵とも呼べない水深のある場所を渡り歩いているとか。
水抜きされる原因に成ったブラックバスもヤマトゴイも、食えば美味い魚なんだとか。
アメリカザリガニもウシガエルも、そもそも人間達が食用にしていた生き物で、やっぱり美味いんだとか。
ミドリガメはスッポンと同じ味がするんだとか。
今どき外来種っていうのは、数も多く、食いでがあって、味も悪くない連中で、オレ達はむしろ喜んでいたんだとか…まあ、そんな感じだ。
なんでこんな場所に来たのか、笑に聞いたのかって?
それは野暮ってもんだろ?