エピローグ
1年とちょっと後、市内某所にて。
私は、“すり鉢池”という名前を頼りに、郷土史の本の中にも出ていた河童に縁のあるという神社を詣でていた。
あれから数ヶ月経って、私の妊娠が発覚した。
両親は大騒ぎだった。
いや、私こそ驚いた。
もちろん、「いったい誰の子だ?」という話になったのだが、分かるはずもなかった。
「復元って…ピカピカの10代の頃の子宮に戻したって話じゃなかったの?」
私は、神社の隅っこにある小さなお社に一礼二拝…もっともらしくパンパンと手を叩き、礼儀作法もあったもんじゃない大ざっぱなお礼参りをしながら呟く。
お供えはキュウリ、ゴブリンやUMAについて書かれた本も一緒に納めようか迷ったが、止めた。
神様にって意味ならありでも、実際は神社の人達が困るだけだろうと思ったのだ。
賽銭は五円。
ベビーカーの中の2人は、スヤスヤと熟睡している。
もちろんと言うべきか、何も起きる様子が無い。
もしかしたら、こういう場所でなら会えたりするんじゃないかと思った私の期待は、脆くも崩れ去った。
「出来たら、あなたの口から聞いてみたかったんだけどね」
何より疑問で、しかし確信していたのは、これはさらぞうの使った“河童の妙薬”の影響なのだという事だ。
ありそうな話、“ついで仕事”で、元旦那との間に出来てはいたが上手く子宮に着床しなかった受精卵が復元されたのではないかと思うのだが、確信が持てないでいる。
DNA鑑定を行って、元旦那との間に血縁関係がある子かどうかを調べれば判明することだが、正直二度と関わり合いにはなりたくないと思っているので却下だ。
生まれてきたのは二卵性双生児で、性別も違う男と女の双子だった。
──当然の様に、髪が赤い。
「あんた、外人と付き合ってたの!?」と、両親が、いや母が泣き崩れたのも、記憶に新しい。
もちろん、そんな相手に心当たりが全く無い私は、苦し紛れに「河童の子だ」と答えてしまい、さらに母に泣かれたのだが…意外にその答えがしっくりくるなと思ってはいた。
そうは言っても、噂に聞く3ヵ月で出産とかではなかったし、双子ではあっても12人も子供が生まれたりとかはしなかったんだけどね。
どう見ても、私の産んだ2人は人間の子供だ。
正直、訳が分からない。
私は、神社を立ち去る。
ちょっと、例の川の近くで車を停めて、土手の上から水面を見つめてみたりもした。
もちろん、河童のカの字も見当たらないし、あの「けけけ!」という独特な笑い声が聞こえたりもしない。
──見えるのは、あちら側に片脚を踏み込んだ、死の淵にある生者だけ。
私が言えるのは、私は真っ当な精神と体を取り戻したのだということだ。
だから、分からない。
幼馴染みだった元旦那の家は、実家からそんなにも離れていない場所にある。
──私がそこで暮らしていた記憶は、もう遠い昔の事のようにしか思えなくなったけどね。
もちろん、あれだけのことがあったのだ、親同士あった交流もすっかり失われたままだ。
たぶん、もう二度と復交はありえないだろう。
それでも、家が近いと、うっかりその辺で元旦那とバッタリという事は、離婚後もあった。
いまいましい…!
もちろん何の会話も無く、お互いに足早に通り過ぎるだけだ。
結局、あのときの赤ん坊は、もっぱら義両親まかせで育ててもらっているようだ。
死亡した女親の方の実家との関係とかは、分からない。
さすがに、元旦那も何もしていないという事はないらしく、会うたびに子育てで憔悴している様子が手に取るように分かるのは幼馴染み・腐れ縁の妙というやつだろう。
見たところ、赤ん坊の夜泣きはかなり長引いているようだな。
年老いた義両親にも、子育てはさぞや辛い労苦であろう。
いい気味である。
さらぞうが言っていたように、私の外観は若返った。
見た感じ、今の私は二十歳を過ぎたばかりの若妻だ。
あの復縁事件の後から、私の容姿は、いや…体型もだけど、若くなり始めた。
ちょくちょく、怪訝な顔をした元旦那は“物欲しそうに”私の方を見ていたわ。
──ふん!今の私は、アイツの趣味のどストライクだ。
いや、いやいや!
私のお腹が目立ち始めた頃に出遭った、アイツの顔ときたら…!
なるほど、「どうだ!」ってのはこういう気持ちのことだったかと、とても腑に落ちたわ。
もちろん、復縁はあり得ないけどね。
不幸の坂を転げ落ちて行く様な結婚って、あるんだよ?
取れない所も多いというけれど、私の場合、産休も育児休業も普通に取れる職場だった。
いきなりだったので、お金の蓄えが無くてあせったけれど、給付金申請とかで、いちおうの生活は成り立っている。
両親も、当初の反応はともかく、意外に子育てを手伝ってくれているので、子育ては順調だ。
いや──嘘は良くない。
私の子育ては、奇妙なほど順調だ。
奇妙の理由は二つある。
私の妊娠が明らかになった頃から、何故か私の口座にはカワラサンペイという謎の人物からお金が振り込まれるようになった。
毎月、バラツキはあるけれど、大卒の初任給くらいある大金だ。
このことは、両親にも黙っている。
心当たりは一人しかいないからだ。
そして、もう一つは──。
「「きゃはは!ばぶゥ」」
時々、私の子供達は何も無い虚空を見て、笑い出す。
まるで、そこに何か子供達をあやしている存在が居るかのように。
「さらぞう?」
返事は帰って来ない。
──“七つまでは神のうち”って言うだろ?
それでも、私は確信している。
さらぞうは、“そこ”に居て、子供達には河童の姿が見えているんだと。
あの河童は、子供達と仲良く遊んでいるのだと。
「この子達のお父さんって、あなたなの?」
もちろん、返事は無い。
私は──。
「けけけ!」
私は、はっとして、その声の音源を探った。
そこには何も無かった。
私は、熱いものが込み上げてきて、涙を流した。
いざ分割して投稿してみると、意外に尺がある事が分かってみたり、反省点も多く、勉強になります。




