笑2
まあ、笑の話を聞いた後じゃあ「根性の無い奴だ!」とか、そんな感想も出てくるのかもしれない。
だが、それでも、目の前で妻がレイプされるのを見ているしかなかった夫は、自分が許せなくて死んだんだわ。
「妻の方こそ気丈でな、警察に行って被害届を出し、医者に行ってアフターピルも飲んで性行為感染症の心配も無いとなった。“大丈夫だから。忘れるから!”、本当に何度も夫にはそう言っていたらしい」
「…」
「逆に、それが駄目だったらしい。“あのとき、一瞬でも顔に咬み付いてやるんだった”、“チャンスはあったんだ”、“自分は、本気で抵抗するのを躊躇って、そのまま縛り上げられたんだ”」
「そんな感じだったかな」
「ああ、オレは夫と話したぜ?」
「つまり、夫は事件の後に後悔の念に潰されて、心が死んでしまった訳だ」
「…」
「愛していたって、言ってやって良いんじゃないかな?」
「なんでも、警察に被害届を出しに入ったが、その後がよろしくなかったそうでな。暗闇の中で相手の人相風体はよく分からない。人数は3人、片言の日本語と外国語、アジア系ではない…これくらいでは、調べようがないんだと。まったく、オレの方が相手の特徴をよく分かっていたくらいだ」
「日系人とか、そういう人が犯人だった?」
「ああ、川原で徹夜で大音量のラジオ流しながらバーベキューとかしている奴らな」
「ときどき、別の連中の話だが、警察が止めさせに来てたりするのを見た事がある」
「昔の進駐軍とかやって来たときにもあった話だが、文化の違う連中はな、悪人とかじゃなくても、色々とオレ達にも予想出来ないことを連中はやる」
「しかも、日本人のみなさん、駄目なことを駄目って奴らに教えないで、“大人しくして過ごしてくださいね”とでも言わんばかりに放置するからな。勘違いした奴らも現れるんだろうよ」
「…」
「まあ、あれだ。オレ達は、水辺で子供の足を引っ張ってイタズラして、水難に遭いそうな子供を引き留めたりする善意の塊みたいな怪異だからよ。夫の自殺も止めようとはしたんだよ」
「かけることが出来た台詞は、ありきたりだったな。“残された妻はどうするんだ?”。“おまえだけが苦しいんじゃない”。“死ぬな”…」
「もう死ぬことしか考えなくなった、本気で死のうとしている奴をあきらめさせるのは並大抵のことじゃない」
「水量の増した川に飛び込んだ夫を、一度は引き上げたんだけどな。それでもまた、飛び込まれちまった…」
「…良い人って事は、ないかな?“愛してる”って聞かれたら、“そうだろう”とは答えると思う」
「けけけ!その通りだ」
「だが、男っていうのは総じてそういうものさ。ナイーブで自己完結的。他人の意見よりも自分の意見。自分が気持ち良いことが優先される。なにより打たれ弱い」
「結局、夫は妻を置いて逃げたんだ。現実と向き合うことが、出来なかったんだよ」
「そう…。そうだよね」
「…」
「さらぞうは、どうしてあの外国人の3人を?」
「いえ、そもそも私に声をかけたのって…」
「そういうことだ」
「初めて会ったとき、自分がどんな顔をしていたかなんて覚えていないだろ?」
「オレは、あのときの男を思い出したよ」
「私、そんなにひどい顔していたんだ?」
「ああ、もう本当に終わる所にしか見えなかったよ」
「そっか…」
「その割には、私に根掘り葉掘りたずねてきたり、しなったね?」
「オレも、この1年で学習したからな。カウンセリングの基本は、まず相手の話を聞くことだ、こっちの意見はどうでもいい」
「…なんだか、姿が見えないはずなのに、腕を組んで偉そうにふんぞり返っているさらぞうが見える気がする。むかつく」
「実際、それで何とか成ったんだろ?聞いてて思ったんだけどな、笑には話し相手が居ない」
「むう…。図星かな。かわいくない」
「まあ、あれだな。オレも、あっと驚く大展開には驚かされたよ」
「馬鹿ね…!」