強いのは
笑は、右手を腰に当て、左手を前方に芝居がかった動作で降ると、続けた。
「…それでね、私はこう言ってやったの。“ふざけるな!自分で育てられないから途方に暮れて、離婚した女を頼るだと!?私はどんだけ都合のいい女なんだ!”」
「“養子なら、引き取って育ててやる!ただし、あんたとあんたの両親とは、一生他人のままよ!二度とその子の親だなんて、名乗らせてもやらないわ!”って」
オレは、しばらくポカンとしていたんだと思う。
「けけけ!なんだそりゃ!オレの話よりも、笑の話の方が、よっぽど面白いじゃねえか!」
「面白いわけないじゃない!とにかく…。さすがに、元旦那も生まれたばかりの子供を手放す気は無かったらしく、大人しく帰って行ったわ」
「笑は、オレを笑い死にさせるつもりなのか?」
「実話よ、実話!子供を産ませる為に雇った家政婦が、“おまえはもう要らないと”クビにされた話」
「けけけ!まんま、一読したら内容が分かる良いタイトルだな!」
「馬鹿!」
「まあ…あれだな。男っていうのは、偉そうに見えてナイーブで、自分勝手なものだ。そもそも、根性って言うか持続力が無い」
「さらぞうも男の子だもんね、いざとなったら私の味方はしてもらえないんだ」
「まあ、そう言うな…。オレがさっき話した妻がレイプされた夫婦の話な、もう少しだけ続きがある」
「あるの?」
「ある」
笑は居住まいを正して──と言っても、土手に腰を下ろしただけだが──続きを聞くことにしたらしい。
「2ヵ月がからなかったかな…。ここで入水した」
「あ…」と、何か言おうとして笑は沈黙した。
「実際に死体が上がったのはここから15キロ以上離れた海で、海浜に死体が打ち上げられて発見されたというのが顛末だ。だから、世間もここで自殺があったとは知らない」
「オレは、見ていたから知っているが、それだけだ」
「海で死体が見つかったのか…。ごめんなさい、私は知らない」
「それで当然さ。オレも、気になってなんとなく川原のゴミ拾いに精を出して、新聞の隅っこに、ものすごく小さな扱いだったけれど、オレは“これだ”と確信出来るものを見付けたってだけの話だ」
「割と増水していた日の話だったからな、海に辿り着くのに時間がかからなかっただろうし、海に出てからも随分運ばれたみたいだな」
「えっと、夫婦二人して…心中だったのかな?」
笑は、それらしい記事でも読んだ記憶が無いか、思い出そうとしているようだ。
ああ、そうだな。
オレも説明不足だったわ。
「いいや、オレの知る限り死んだのは1人、夫婦の片方だけだ」
「…妻が?」
「いいや、死んだのは夫の方さ」