真相2
今どき、“例年通り”なんて言葉はどっか行っちまったらしく、冷夏暖冬は当たり前、梅雨に雨が降らずに川が干上がりかけるなんて珍しくもなくなった。
オレがその現場に居合わせることになったのも、渇水が原因で今居る場所が利用出来なくなり、4キロほど上流に移動した所にあった水量のある淵が、おそらく山間部で集中豪雨でもあったのだろう、周囲では雨も降っていないのに突然水量を増して一気に下流に流されたというのが経緯だった。
今どきの河川っていうのは、本気で危ないのよ。
外来種だろうが在来種だろうが、生き残れる奴だけが生き残ればいいって、そんなサバイバルワールドだ。
──外来種が増える訳だよな?
河童の川流れ──夜中の急な増水は、オレ達にとっても十分に危険だ。
昔から、河童の居着いている河川は荒れるって伝承が残っているはずだが、何の事はない、荒れた河川は水没によって隠れる場所がなくなった上に、水中の生物であっても陸に上がれる連中は危なくって一時的に水面から離れるから、目撃例が増えたって言うのがそのオチだ。
昔いたニホンカワウソや、その辺のミドリガメやウシガエルと何ら理由は変わらない。
河童は、不死の化け物って訳じゃない。
死ににくいだけで、死なないって訳じゃないんだ。
オレは、増水に耐えかねて陸に上がり…その男女に遭った。
オレが2人に気付いたときは、もう全部終わった後だったよ。
夜の闇の中、曇ってはいたかな、遠雷の音が聞こえる中、男が泣いていた。
よく見ると、近くに着衣をむしり取られた女が居たな。
そっちは、呆然として声も出ないって感じだったか。
男の方は、変な姿勢で地面に転がっていたよ。
結束帯って言うんだな、コードなんかをまとめるのに使うやつだ。
あれで、後ろ手に親指が縛ってあるんだ。
よく見ると、足首にも同じ事がしてある。
男の泣く声に、女は我に返って、フラフラと近付いて行き、何とかしてそれを外そうとした。
──あれは大層丈夫なもので、工具やハサミで切るしかないだよな。
さもなきゃ、指ごと食い千切るとか?
無ければ、ライターの火で炙るとか、爪切りで切ってもいい。
金気が苦手なオレには、全て触れる事も出来ない物ばかりだったよ。
「すまなかった。守ってやれなくて、すまなかった!」と、男は女に泣きながら謝っていた。
「大丈夫。大丈夫だから!」と、女は男を励ましていたな。
2人の格好と様子から、夫婦で土手沿いを走っていたらしいと分かった。
健康ブームって言うのか?
夫婦で、そういう格好をして夜のランニングというのを楽しんでいたときに不幸に遭ったという事らしい。
相手は3人、これは女の体からムッとするほどの残り香があったから、オレの方で確認出来た。
独特の臭いがしてね、今どき増えた外国人らしいことが分かったよ。
食い物とか、色々な違いがああいう特徴を作るんだ。
オレは2人の前に姿を現して、「家に戻って工具かハサミを持ってこい。そして、警察を呼べ」と言ってみた。
悲しいかな、この時の2人にはオレの姿は見えていなかったよ。
話しただろ?
オレという怪異に生者は忌避感を抱くものだが、それ以前にまっとうに“生きている”人間は怪異という物が見えなくなるんだ。
ああ、そうさ。
笑も、そろそろオレの姿さえ目に映らなくなる。
オレの語りに割って入ろうとする笑を、「まあ、待て」と制しながら、オレはなおも話を続けた。
集団レイプなんて目に遭った被害女性というのにも、色々あるんだと思う。
この女、妻は割と“強い女”だったんだろうな。
「大丈夫だから。忘れられるから!」って、何度も夫に言っていたらしいよ。
──その証拠に、最後までオレが見えるという事が無かった。
オレは、その昔、オレ達の仲間が梅の小枝で刀を持った侍と3日3晩切り結んだ故事を思い出した。
オレ達は金気が苦手で、それはもう本能レベルだ。
人間の取り憑いた河童の話があるが、そいつは近くに刀があっただけで震えが止まらなくなったそうだぜ?
だから、オレはその話を知ったとき、河童のフリをした人間の仕業じゃないかと思ったよ。
オレ達の中にそんな修羅が居たという風聞も、聞いたこと無かったんでね。
──そうは言っても、河童は負けず嫌いで祟るものだからな、執念を帯びた名も無き河童が刀を克服してたって、驚きはしないがな?
オレは近くに落ちていた小枝を拾うと、神通力を使って、力のこもった小枝で結束帯を“切った”。
正直、自分がこんなマンガみたいな事が出来るとは思っていなかったよ。
手の指と足首、同時に切った。
本人、夫には、力いっぱい引っ張っていたら、とうとう千切れたように感じたんじゃないかな。
オレは、夫に近付いて耳元で怒鳴った。
「警察に行け!そして医者だ!」と。
後から考えてみたらって話なんだがな、この時、夫はオレの方を見て頷いたように見えたんだ。




