8話
1.実習
訓練開始から四日目。遂に実戦の日がやって来た。
蓮、麗華、翔子は監督官である田中先生と共に某県の山中で待機していた。
「では、改めて流れをおさらいしますよ~?」
「っす」
「はい」
「は、はい!」
良い返事ですと笑い、田中先生は説明を始める。
「現地で戦闘が始まると同時に、あちらで待機している先生が戦闘員を各地で待機している生徒達の下へ転移させます」
転移して来た雑魚を転移先でそれぞれ生徒達を見守っている監督官が結界で隔離。戦闘を開始するとのことだ。
「ここは矢坂さんと中村さんに合わせて多めに送ってもらう予定になっていますが」
ちらりと翔子を見やる。
「遠山さんは自分の限界を見極めて決して無理はしないこと」
いざとなったら二人に全部押し付けてしまえと田中先生は言う。
教師の言葉かよと思う蓮だったが、翔子を守ることに異存はないので大人しく頷いていた。
「私は本当に危ない時以外は手を出しませんので、先生が居るからって安心しちゃメ! ですからねー?」
「あいよ」
「言われるまでもありませんわ。ええ、名も無き雑魚程度に手古摺るようではこの先やっていけませんもの」
「……ッ」
平常運転の蓮に、やる気に満ち溢れた麗華、見てて分かるほどに緊張し切った翔子と三者三様のリアクション。
前者二人については心配は無用だろう。翔子にしても緊張はしているが、それでも頑張ろうという気持ちが窺える。
これなら大丈夫そうだと田中先生はホッと胸を撫で下ろす。
「何か質問はありますかー?」
「はーい」
「はい矢坂さん。何です?」
「何でわざわざ本土の……それもこんな山ン中まで連れて来られたんです?」
現地から飛ばすなら別に島の中でも問題はなかったのでは?
蓮の疑問に田中先生が答えようとするが、それよりも早く麗華が口を開いた。
「……矢坂さん。少し考えれば分かるのではなくて? 島は私達にとって最後の砦なんですのよ」
「?」
イマイチピンと来ていない様子の蓮に麗華が更に言葉を続けようとするが田中先生がそれを制する。
蓮本人は気にせずとも同じグループの翔子がギスギスした空気に耐えられないと判断したのだろう。
「言い方はアレですが皆さんは超常の相手とやり合える貴重な戦力になり得る存在なわけです」
「まあ、そうっすね」
「仮に現役の変身ヒロイン、ヒーローが全て戦死したとしても皆さんが生きている限りはギリギリで可能性は繋がる」
最悪な状況に陥っても挽回の目を残すため島の所在は厳重に秘匿されているのだと言う。
「……そういや島がどこにあるとか知らねーな」
迎えの人間が来て一瞬、意識が途切れたと思ったら港に居たことを思い出す。
「島の場所を知っている人間は片手の指で足りるほどしか居ません」
「先生も知らないんすか?」
「ええ。塾長含む極々限られた数人だけです」
「なるほど。ンなとこに雑魚とは言え敵を招き入れるのはまずいってわけだ」
「そういうことです」
「でも、ネットとか繋がってますよね? あれは良いんすか?」
よくは分からないがそういう部分から探られることもあるのでは?
と蓮が疑問を投げかけると田中先生は御安心を、と笑う。
「島の通信関連はあれ、厳密に言えば科学技術で成立しているわけじゃありませんから」
「?」
「詳しい説明、聞きます?」
「や、問題ないならいーっす」
小難しい話を聞いても理解出来るとは思えなかった。
「まあでも、人類最後の希望になるかもしれないとかそういうことは考えなくて良いですよ?」
普段からそんなことを考えていたらおかしくなってしまうからと先生はフォローを入れる。
言うまでもないがこのフォローは翔子へのものである。
なら最初からこんな話をするなと思うかもだが翔子は蓮と違い説明されるまでもなく立場を理解していたのだ。
「さて。まだ時間に余裕がありますし装備の確認をもう一度しておきましょうか」
限りなく安全が保証されているとは言え丸腰で放り出すようなことはしない。
訓練の際に使っていたインナーに幾つかパーツを追加したものを支給されている。
希望者には更なる追加装甲や武装も与えられるが蓮は特に申請はせず最低限のもので済ませていた。
麗華は防御面は蓮と同じく最低限だが変身アイテムでもある剣を、翔子は追加装甲と武器をプラスしている。
(しっかし、遠山さんって結構大胆だよな……)
以前も述べたがインナースーツは中々に際どいデザインをしている。
深夜帯でお色気を出す進路もありえるからなのだろうが年頃の娘さんが、だ。
胸やら腋やら股間のエグイ食い込みを見せ付けるというのは普通に恥ずかしいだろう。
ところがだ。翔子は防御のための装甲などはつけているが恥ずかしい部分を防護するために上から服を着るなどは一切していない。
同性しか居ないというのもあるのだろうが、にしたって妙なところで大胆と言わざるを得ない。
ちなみに蓮は下にズボンを穿いている。自分にお色気需要がないのを分かっているからだ。
(……つーか中村さんも遠山さんもおっぱいデッケエ……出るとこは出てて引っ込むところはバッチシじゃん)
自分の少年のような体型を見て蓮は少し、泣きたくなった。
「問題はありませんかー?」
「問題ありませんわ」
「だ、大丈夫……です」
「っす」
「結構結構」
ちなみにうんうんと満足げに頷いている田中先生は普通のパンツスーツである。
こちらはいざとなれば普通に変身出来るから装備は特に必要ないのだ。
それから少しばかり雑談していたが、
「お、そろそろみたいですね。皆さん、準備は良いですね?」
三人が頷くと田中先生は結構と笑い、手に持ったステッキに光を灯しクルリと回転させた。
視界が暗転したと思ったら気付けば見知らぬ空間に居た。
白と黒の立方体が敷き詰められた果ての見えぬ広大で不可思議な空間に蓮はほへー、と感心したような声を漏らす。
「……こ、こんな時に言うことじゃないけど……今、私……すごく、ファンタジー感じてる……」
「それな。や、変身アイテム作る時も結構ファンタジーだったけどファンタジー具合が違うよな」
「馬鹿な会話はおよしなさい。既にここは戦地でしてよ」
「わーってるさ。田中先生は……ふむ、どこにも気配を感じねえや。これでも結構敏感な方なんだがやっぱすげえなファンタジー」
ギリギリまで手を出さないという宣言通り、ここからは基本無干渉ということだろう。
完全に姿を隠すあたり徹底してると蓮は呟く。
「! ふ、二人とも……あ、あれ」
「ええ」
「ああ」
目測で三十メートルほど先の地面が泡立ち始めたのだ。
ぶくぶくと黒い泡が噴き出し、そいつらは姿を現した。
「…………デフォルメされた虫歯菌?」
「な、何かすっごく女児向けアニメの敵役っぽいね……」
「気が抜ける外見をしていますが、油断はしないように! さあ、行きますわよ!!」
真っ先に麗華が駆け出す。
「テキトーに何匹かそっちブン投げるからさ。遠山さんはそいつらを頼むわ」
「う、うん!」
支給された武器のバトルメイスを両手で握り締め、翔子は頷いた。
良い返事だと笑って、蓮は――風になった。
「っしゃオラァ!!!!!」
一瞬で麗華を抜き去り虫歯菌の群れに突っ込んだ蓮は攻撃が当たるのも構わず手近な二匹を引っ掴み振り返りもせず背後に投擲。
そしてそのまま真正面に居た敵に頭突きを敢行。両サイドから槍による突きが放たれると見もせずに鷲掴み。
柄を掴んだまま敵を持ち上げそれを力いっぱい振り回し、近寄って来る敵に叩き付けた。
「私を殺りてえんだろ!? だったらもっと気合入れろや! ンなんじゃ私は止められんねぇぞォ!!!!!」
武器にしていた虫歯菌二匹が限界を超え霧散するや素手に移行。
パン! と両手を合わせ三メートルはあろう大きめの虫歯菌に突き刺す。
そしてグルン! と体内? で腕を回転させるやそのまま力任せに引き裂いた。
剥き出しの暴力という表現でも生易しい。暴力の擬人化とも言うべき暴れっぷりだ。
「ッ……何て品のない戦い方でしょう」
一方の麗華は実に華やかで麗しい立ち回りをしていた。
変身アイテムの剣で流れるように虫歯菌を切り裂いていく。
「や、やあ!!」
そしてこちらも頑張っている。
翔子は時折、放られて来る虫歯菌をぎこちない動きでもたつきながらも必死に倒していた。
瞳に恐怖の色は浮かべど、それを押し殺すのではなく乗り越えんと自分と戦い続けている。
「……カッコ良いぜ、遠山さん!!」
ちらりと横目でそれを見ていた蓮は小さく 笑みを浮かべる。
翔子の小さな勇気が、健気な頑張りが、蓮の心に“熱”を注ぐ。
「ぬぅぅぅううううううう……ッッッ」
背中を丸め腕をクロスさせ力む。
骨が、肉が、細胞の一つ一つが急速に引き締まっていくような感覚。
「キキー!?」
動きを止めた蓮を見てチャンスと思ったのだろう。
四方八方から槍を突き刺す虫歯菌達だがその身体を貫くことは叶わず砕け散る。
「すぅ」
攻撃を受けながら大きく前後に足を広げ前傾姿勢を取る。
そして腰の横で構えた拳をめいっぱい引き絞り、
「――――っだらぁあああああああああああああああああああ!!!!!」
地面を抉るように解き放つ。
拳は空を切る。しかし、衝撃が破壊の津波となって地を奔った。
「……ふぅ」
遥か前方まで敵を巻き込みながら駆けていく衝撃を見届け、蓮は満足げに息を吐いた。
それを見て危うく巻き込まれかけていた麗華が抗議の声を上げる。
「……ふぅ――じゃなくってよあなた?! 私が射線上に居たのが見えませんでしたの!!」
「ああいや、見えてたけど中村さんならちゃんと退避するかなって」
さらっと告げられた返答。
それは麗華の実力を信じているということに他ならず……。
「~~~ッッッ! ふ、フン!!」
麗華は何も言えずそっぽを向く。
「これで粗方、片付いたかな?」
「……そのようですわね」
ぐるりと周囲を見渡す。敵の姿はない。
「お、お疲れ様! 矢坂さん! 中村さん!」
駆け寄って来た翔子が笑顔で二人を労う。
「ああ。遠山さんもナイスガッツ!」
「ええ。初陣としては上々なのではなくって?」
「え、えへへ……あ、ありがとう……」
と、そこで蓮が虚空を見つめたまま固まってしまう。
「……矢坂さん、どうなさったの?」
「どうもこうも」
説明するよりも早く、麗華と翔子も理解した。
三人を囲むように虫歯菌出現の予兆である泡が噴き出し始めたのだ。
まあ、それ自体は良い。蓮も麗華もまだまだ余力があるので翔子を守りながらであろうと戦える。
問題は……。
「……おかしくねえかこれ?」
「……そうですわね」
多めに、とは事前に言われていた。
だが蓮と麗華だけでもう百は片付けているにも関わらず更に?
やられ役の雑魚ポジションとは言え、数には限りがあるだろう。
これが最終決戦ならリソース全ぶっぱで大量に投入して来ることもあるかもしれないが今はそうじゃないし何よりここには翔子が居る。
いざとなれば教師が介入するとしても、初めてでここまで追い込む必要はない。
これまでの授業内容の堅実さを思い出せば余計に不可解だ。
「……そ、それって」
翔子の顔色はよろしくない。
が、気持ちを切り替える意味でも、これから訪れるであろう現実と向き合うためにも言わざるを得ない。
「「異常事態」」
蓮と麗華は口を揃えて言った。
「……これ、最初からおかしかったっぽいな」
推測を口にする。
蓮は田中先生の姿が見えないことを指導の一環だろうと思っていた。
姿を見せることで精神的な甘えが出ないようにと考えたんだろうと。
だがそれは勘違いで“そもそもこの場に居なかった”のなら?
「……そのようですわね」
蓮自身に自覚はないが、彼女の気配を察知する能力は高い。
常人を遥かに上回る性能とそれを十全に活かせる野生の感覚。その二つが合わさった感知能力は超常の力さえも捉えられる。
未熟な今の蓮だ。田中先生やベテランのヒーローヒロインが本気で隠れれば見つけるのは困難かもしれないが……。
「ど、どどどどどうす……どう!?」
「落ち着きなさいな。まずは出来ることから。ええ、目先の問題を一つ一つ片付けていきましょう」
「中村さん。虫歯菌は私が駆除するから……」
「癪ではありますが、承りましょう」
翔子を庇うように麗華が立つのを見届け、蓮は地を蹴り形を成した虫歯菌の群れに突っ込んだ。
(……全然余裕はあるが、念のため少しでも消耗を避けるべきか)
最小限の動きで最大限の成果を。派手さは鳴りを潜め、コンパクトに敵を屠っていく。
瞬く間に敵は駆逐され、最後の一匹を残すところとなったが……。
(何だ、コイツ)
見かけは他の虫歯菌と同じ。しかし、何かが違う。
蓮の鋭敏な感覚はその違和感をしかと感じ取っていた。
すると、
「――――中々に鋭いな」
「喋ッ……!?」
腹部に甚大な衝撃が走り、蓮は大きく吹き飛んだ。