7話
1.秒で殺されるビジョン
平和島八江は歴戦の変身ヒロインで次代の変身ヒロインを育成する教育機関の長を任された女である。
そんな人間との手合わせというのは得難い経験になるだろう。
チャランポランに見えても塾長。忙しいだろうしこんな機会は稀かもしれない。
が、蓮からすればそれよりも……。
「――――リベンジのチャンスが巡って来たってわけだ」
リベンジ? と事情を知らない面子が首を傾げているが当の蓮はふしゅるるるとやる気を漲らせている。
やる気を漲らせているのは蓮だけではなく麗華もだ。もっともこちらは嬉しさや申し訳なさも混ざっているようだが。
「とりあえず中村さん。あなたからやりましょうか」
「……よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ、麗華と八江は中央へ向かった。
田中先生は良い機会だから見物しましょうと生徒らを隅に集め、観戦の体勢を整えさせる。
「さ、どこからでもかかって来なさいな」
「胸をお借りしますわ」
一礼し、麗華は地を蹴った。
一瞬で懐に潜り込んだ麗華はそのまま最小限の動きでボディを刺そうとするが、
「腹への一撃。悪くはありませんわ。一撃で膝を折らせる威力がなかろうと長引けば確実に引き摺りますもの」
拳に勢いが乗るよりも早く押さえ込まれてしまう。
そして間髪入れずに反対の手に持っていた扇子でピシャリと麗華の肩を打ち据えた。
「ただ視線が露骨でしてよ? 夏場にブラ透けをガン見する男子生徒ぐらい」
「……その例えはよく分かりませんわ」
「男子の視線に疎いのは短所ですわね。が、男子からすればありがたくはありますか」
あのババア何言ってんの? ギャラリーは訝しんだ。
そんなリアクションを気にすることもなく八江は「さあ、じゃんじゃん行きますわよ!」と指導に熱を入れていく。
「…………こんなこと言うのも何だけどさ。綺麗だよね」
「うん、分かる」
戦い。暴力と暴力の応酬。だと言うのに二人の動きは見蕩れるほどに流麗だ。
これが変身ヒロインの戦いかと生徒らは感心しきりだった。
「ふむ、このぐらいにしておきましょうか。よく頑張りましたわね」
「あ、ありがとうございます……」
時間にして十分ほどか。麗華は傍目にも分かるほど疲労困憊だった。
汗を拭う体力も残っていないようで足元もふらついている。
が、八江の方は実に涼しい顔で汗一つかいていない。
「蓮。次はあなたでしてよ」
頷き、入れ替わりで蓮が中央へ歩き出す。
「塾長、貴様も天に還る時が来たようだな」
「あと二百年は生きましてよ。さ、来なさい」
促され、ゆらりと体重を前に傾ける蓮だったが……。
「ッ」
ぴたりと動きを止め、そのまま微動だにせず八江を睨み付けた。
《?》
困惑するギャラリーのことなど目にも入っていないのだろう。
瞬き一つせず八江を見つめる蓮の額に汗が浮かぶ。
「あらあら、どうしましたの?」
扇子を口元に当てクスクスと笑う八江に、蓮は問う。
「……あんたが、何かしたのか?」
「と、言いますと?」
「……秒で殺される光景が、さっきから頭に浮かぶんだよ」
首を飛ばされる、頭を潰される、腹や胸に大穴を穿たれる。
仕掛けた瞬間にそうなることが何故か分かってしまうのだ。
「……もしくは私が未来予知的な能力に目覚めたとか?」
「ふふ、そんな大そうなものではありませんわ」
それは優れた戦士が持つ嗅覚。
大体は修羅場を潜り、経験を積んで身に着けるものだが才覚に溢れている者には最初から備わっている感覚だと八江は言う。
「全然嬉しくねえなぁ。つかあんた、私殺す気だったの?」
「どれほどのものか、軽く試しただけですわ」
ふっ、とこれまで感じていた重圧が消える。
蓮は二度三度、拳を開閉させ調子を確かめる。
「では、改めて」
「おうとも」
二人同時に踏み出し、互いの足が交差する。
そして、
「「オラァ!!」」
同時に拳を繰り出した。
互いの頬に拳が突き刺さる。軽く仰け反った八江と盛大に吹き飛んだ蓮。
「い~パンチですわ。ですがあなたはまだまだやれるはず」
軽く頬を擦りながら笑う八江。
「その余裕ヅラ、グチャグチャにしたらぁ!!」
空中で無理矢理身体を捻って体勢を整え、思いっきり壁を蹴りつけて吶喊。
八江は凄まじい速度でミサイルのようにかっ飛んで来た蓮の頭に手を乗せひらりと回避。
「よくってよ! よくってよ! その闘志、YESですわね!!」
「ぬぅ……!!」
蓮は生まれながらの強者だ。
これまで他者に脅威を覚えたことなど一度もなかった蓮だが、今、生まれて初めてそれを感じていた。
(こ、コイツ……本当に私と同じ人間か!?)
これまで蓮にぶちのめされた者らも同じ感想を彼女に抱いただろう。
「……あの、何だろ、これ」
「ああうん、言いたいことは分かる」
「中村さんのがリアル寄りの格闘漫画なら、これは手からビームとかバリバリ出しちゃうファンタジー系のバトル漫画だよね」
蓮の頬を殴り付けぶっ飛ばし、着地するよも早く回り込んで殴り付けまた吹き飛ばす。
八江のセルフキャッチボールをポカンと眺めるギャラリー達。確かにこれはファンタジーだ。
「づぉらぁ!!」
セルフキャッチボールが終焉を迎える。
蓮が自分から拳にぶつかりに行くことで無理矢理勢いを殺したのだ。
「圧倒的な力の差を見せ付けられようとも折れず曲がらず。そのガッツ、素晴らしいとしか言いようがありませんわね」
「ケッ! あんたが私より強かろうと、だからって私が卑屈になる理由がどこにある? どこにもありゃしねえよ!!」
「ふふ、力いっぱい抱き締めてあげたいですわ」
「やかましゃあッッ!!!!」
足を止めての嵐の如き乱打戦。
技も何もありゃしない。意思のみで強者に喰らい付くその姿の何と雄雄しいことか。
が、その勇姿が永遠に続くことはなく五分ほどで蓮は倒れた。
体育館の床に大の字で転がる蓮はもう指一本動かす気力もないのだろう。ただただ息を荒げるだけ。
「もう動けないようですしここまでにしておきましょうか」
パンパンと軽く手を叩く八江。蓮とは対照的にこちらは実に涼しい顔だ。
息を乱すこともなく、汗一つ浮かんでいない。
「いや~実に見事な戦いでしたね。皆さん、どうですか?」
田中先生がニコニコ顔で呆気に取られている教え子らに問いかける。
「……衝撃が大き過ぎて上手く言葉には出来ないんですけど」
「とりあえず、あれかな」
麗華を除く生徒達が抱いた感想は一つ。
《あれだけ激しく動き回ってたのにパンツが見えなかったのは凄いと思う》
麗華の時と違って、八江はかなり荒々しい動きを見せていた。
足首まで届く丈のスカートを穿いていると言ってもガンガンハイキックを繰り広げていたし、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
にも関わらずギャラリーは一度も八江のパンツを拝んでいない。
そしてそれは、
「……確かに……私も、パンツ見てねえ……ありえねえだろ……いや見たいわけじゃねえけど……」
蓮も同じだった。
真正面からぶつかり合っていたのに一度も、そうただの一度もパンツを拝んでいないのだ。
あり得るのかこんなこと? と蓮は慄く。
仮に蓮がスカートを穿いていたのならありがたくもないパンチラを乱発していただろう。
そんな生徒達の反応を受け八江はクスリと笑い、告げる、
「パンチラは、深夜帯以外では許さねえ――塾長たるこの私が校訓を破るような真似は致しませんわ」
2.蓮だもの
朝からみっちり扱かれていたとは言えそこは女子高生。
授業が終わり放課後になった途端、元気を取り戻していた。
「はいはーい、ちゅうもーく!!」
蓮が梓達と駄弁りながらダラダラと帰り支度をしていると一人の女生徒がパンパンと手を叩き、注目を集めた。
灰色の髪をマニッシュショートにした活発の印象の彼女の名は藤枝佳奈と言う。
「昨日はちょっと色々アレだったからそんな暇なかったけどさ、今から親睦会しよーよ!!」
蓮と塾長の発言は程度の差はあれ大なり小なり響いていた。
親睦会なんて気分になれないのも当然である。
が、一日経てば自分なりに飲み込めたのだろう。
「あ、良いね! やろやろ! どこ行く? ファミレス? カラオケ? ボーリング? 寄席?」
「寄席はおかしいだろ。どうやって寄席で親交深めるんだ」
「まあでも、親睦会というのは賛成です。ここに居る皆さんとは長い付き合いになるでしょうし」
どこでやるかはさておき、皆概ね好意的だ。
それは消極的で人付き合いが苦手な翔子もそうで、控えめに頷いている。
が、
「……申し訳ありません。私、少々用事がありますので辞退させて頂きますわ。
私のことはどうか御気になさらず、皆さんで楽しんでくださいませ」
麗華はバツが悪そうな顔をしているもののハッキリと断った。
蓮が居るから行きたくない、なんて理由ではないだろう。まあ蓮がまったく無関係かと言えばそうでもなさそうだが。
麗華は一度、頭を下げると手早く帰り支度を済ませて教室を出て行った。
「あー……藤もん、どうするー?」
「一人だけハブみたいなのは嫌だけど、これでやらなかったらそれはそれで中村さん気にしそうだしやろっか」
そういうことになった。
どこでやるか案は色々出たが体力お化けの蓮以外は、疲れているのも事実。
お菓子やら何やら買い込んで屋上でということに決定した。
「将来さぁ、うちらが変身ヒロインとして活動し始めたとして……皆はどの枠に収まりたい?」
「花形はやっぱ日曜朝の実写とアニメの二枠だよね~」
「何のかんの言って保育園から小学校中学年ぐらいまでは毎週、齧り付きだったからどっちかに入りたいけど」
「競争激しそうよね……」
「日曜朝は無理でも、とりあえず夕方かゴールデンには入りたい。ローカル局でも良いから切実に」
「深夜帯が嫌ってこと?」
「そりゃ嫌でしょ。深夜なら大体アニメだけどエロ枠とかになると……ねえ?」
「自分を二次元化したキャラが露骨にエロを押し出すとか見てて居た堪れない」
「エロじゃなくても重厚なシリアス系も勘弁だわ」
女三人寄るだけでも姦しいのだから十四人も居ればさもありなん。
話題が途切れることはなく、マシンガンの如くトークの弾丸が射出され続けている。
「矢坂さんはどこ希望?」
「男受けが良さそうなとこ」
「ブレなさ過ぎ! ってかそこまで男欲しいの? 男子中学生並の性欲じゃん」
「性欲じゃねえよ、ピュアな欲望だよ。ピッピにひたすら甘やかされてえんだ」
「それはそれでどうかと……というか、矢坂さんはどっちかと言えば甘やかす側では?」
「あー、分かる分かる。オカーン! って感じ」
「包容力半端なさそうだよね」
「ってかさ。変身ヒロインを題材にしたアニメなり実写なり見てる男って大抵、大きなお友達じゃない?」
「爽やかなイケメンが朝からテレビに齧り付いて目ぇキラキラさせてる姿とか想像出来ないし」
そういやそうだと蓮はショックを受けたような顔をする。
ちょっと考えれば分かることだろうに……と幼馴染二人は呆れたように溜息を吐いた。
「ちな榊原はどうなん? やっぱ深夜帯か? バリバリお色気やりたい派?」
若干、元気のなくなった蓮が限界オタクに話を振る。
「私は見るのが好きなだけで特別、そうなりたいとは……。
ああでも、誰かにとってのルリリンになるというのはある意味で悪くはないかもしれませんね。
記憶と股間に私というキャラクターが刻まれる。ええはい、こう考えれば光栄ですらあるかもしれません」
「気合の入った変態め……」
軽い気持ちで聞いたことに後悔する蓮であった。
「中村さんとかは何て言うか、立ち振る舞い的にも日曜朝でメイン張れそうなポテンシャルよね」
「ああ分かる分かる。ツンツンしてるけど実は優しくて面倒見が良い系で、主人公のライバルとか先輩に居そう」
「そういや、中村さんで思い出したけどさ。レンレン、どうするの?」
屋上が静まり返る。
「どうする、って言われてもな」
「多分、良くないよね? このままだと」
「でも、矢坂さんに何が出来るって話じゃない? だってあれ、昨日の初っ端のキレトークが気に障ったとかじゃないっぽいよ?」
「単なるライバル視って感じでもなさそうだよね」
「ちなみに矢坂さんはどうなわけ? 自分に非がないっぽいのにあんな態度取られてるわけだけど」
「あん? 私は別に嫌いじゃねえよ? むしろ好き寄りだ。どんな理由かは知らんが、真剣に頑張ってる奴を嫌いになれる奴とかそういねーだろ」
言って2リットルペットの炭酸を一気に飲み干した。
げっふー、とゲップをする蓮を窘めつつ梓がフォローを入れる。
「心配しなくても大丈夫よ」
「断言するね。その心は?」
「だって、蓮だもの」
仕方なさそうに笑い、梓は翔子を見た。
それで何かを察したのか。
《あー……》
他の面々もなるほどと頷いた。