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6話

1.セクシー需要はない


 昼休み終了まであと十五分ほど。

 まだまだ余裕はあるが体育館にはもう半分ほど、生徒達が戻って来ていた。


「およ? 遠山さん!」

「うひゃ!? な、何でしょう……」


 梓と駄弁っていた楓に声をかけられ身体を跳ねさせる翔子。

 いきなり大声を出すなと梓に咎められ、ごめんごめんと言いながら笑っている。


「前髪、あげたんだね。良いね! その方がずっとずっと可愛いよ!!」

「そうね。いやメカクレ状態もあれはあれで需要があると思うけれど」

「じゅよ……?」

「ちなみに私はどっちもアリだと思うけどね。にしても……」


 「あの女誑しめ」と梓が拗ねたように唇を尖らせ小さくぼやいた。

 十五人しか居ないのだ。一日あれば顔と名前は覚えられるし何となくでも人柄程度は分かる。

 午前とは明らかに様子が違う翔子。その意識の変遷に蓮が噛んでいることは容易に窺えた。

 伊達に保育園からの付き合いをやっていないのだ。


「?」

「何でもないわ。ところでうちの山猿……蓮は? 多分、一緒だったんでしょう?」

「う、うん。一緒にお昼食べてたんだけど『食い足りねえな。無性にラーメンが食べたい。身体に悪そうなコッテリとしたやつ』って外に行っちゃった……」


 翔子も誘われたのだが小食な彼女は謹んで辞退した。


「あ、あの……矢坂さん、かなり食べてたんだけど……い、いつもああなの……?」


 身長は170ちょっとで女の子にしてはちょっと大きいかな? 程度だが身体つきはむしろ痩せ型だ。

 あの身体のどこにそれだけ入るのかと翔子は心底、疑問だった。


「あはは、初めてだとびっくりしちゃうよね~」

「あの子の体質的にカロリーの消費量が半端じゃないのよ。普通の人と同じぐらいだと直ぐにダメになっちゃうの」

「そ、そうなんだ……」


 などと話していると、


「ぁ……な、中村さん……」


 麗華が体育館に戻って来た。

 声をかけられた麗華はコテンと首を傾げ、翔子を見る。


「何か御用?」

「ぇと……その……め、迷惑じゃなければで良いんだけど……」

「ええ」

「ご、午前中の復習というか……その、えと……」

「あぁ、はいはい。よろしくってよ」

「い、良いの? 中村さんからすれば……わ、私……全然ダメなのに……」

「同じグループの(ともがら)でしょう? それと出来不出来は関係ありませんわ。大事なのは心の在り様」


 向上心のある方は嫌いではありませんと涼やかに笑い麗華は端っこで翔子の指導を始めた。

 そんな彼女を見て梓と楓はひそひそと言葉を交し合う。


「……やっぱれんたんが絡まないと普通に良い子だよね」

「ええ。何なのかしらね、蓮に対するあの妙なライバル心」

「能力? 実力? みたいなんに関するものだけじゃない感じがするのあたしちゃんだけ?」

「私もよ。まあ、嫉妬されてる当人からすれば中村さんのが羨ましいでしょうけど」

「顔良し! 身体良し! のお嬢キャラだもんね」

「『おいおいおい、アイツの作画がプロなら私はちょっと絵が得意な小学生か何かですか~?』とか言いそう」

「あー、言いそう」


 その蓮がやって来たのは本当にギリギリだった。


「げっふぅーい」


 爪楊枝を咥え、腹を擦りながら盛大なゲップと共に現れた蓮。


「矢坂さん、モテたいならそれはどうかと思う」

「女しか居ねーんだし問題ないさね」

「普段から気をつけるべきだと思いますよ? いやまあ、そのワイルドな態度は実にお似合いですけど」

「粗にして野だが卑に非ず。みたいな豪放磊落な男キャラみたいですね。嫌いじゃないですよ」

「というかブレスケアってそんなざーって口に流し込むもんじゃないから。バリバリするもんじゃないから」


 そうこうしているとチャイムが鳴り、田中先生もやって来る。

 全員、お行儀が良いもので先生の姿が見えるやグループで集まりその場に座り込んだ。

 そんな光景を見て田中先生はうんうんと頷き、手早く出欠を取った。


「午後は何やるんですかー?」

「午前中はパンチだったから午後はキック?」

「キック……蹴りは、まだですかねぇ。蹴りにも色々種類はありますが素人が下手にやっても隙を晒すだけですし」

「じゃあ、何を?」

「組み手形式で実際に人をブン殴る感覚を皆さんに知ってもらおうかと」


 うぇ、と大半の生徒が顔を顰めた。


「そういうリアクションになるのは当然ですね。でも、だからこそです」


 変身ヒロインの敵と一口に言っても様々だ。

 人型も居れば本当にモンスターとしか言いようがないのも居る。中にはロボットや人形ってパターンもある。


「無機物ならまあ、いきなりとは言わずともちょっと訓練すれば普通に殴り抜けるようになるでしょう」


 だが生き物となれば話は別だ。真っ当な人間であればあるほど、忌避感が出てしまう。

 例えば目の前に死刑囚が居て、殺しても犯罪になりませんよと言われて実際に殺れる人間がどれほど居るだろう?

 被害者遺族でもない限りは無理だ。そしてその遺族にしたって憎悪というある種の誤魔化しがあるから出来るかもしれないってだけ。

 フラットな状態で人を傷つけるのはそれだけ難しいことなのだ。


「だからこそ徐々に慣らしていく必要があるんです。躊躇いは死に直結しますからね」


 死に直結する。そう言われて生徒達は息を呑んだ。

 その空気を壊すように田中先生はパンパンと手を叩き笑う。


「ま、いきなり生身で殴り合えなんて無茶は言いませんよ~。

ひよっこどころかまだ卵の殻すら割れてないような状態の子に無理強いしても意味なんてありませんからね。

最初は防具の上から軽く叩くとかその程度で良いです。徐々に徐々にステップアップしていきましょう」


 虚空から出現したダンボールをそれぞれのグループの前に置いていく。

 中身は防具。と言っても剣道や空手などで使うプロテクターではなくシンプルな上下セットの黒いインナーだ。


「え、レオタード? 角度えぐない?」

「この腋とか胸元のオープンな部分は必要?」

「……下はニーハイみたいなんだけどこれ、全身を覆うダイビングスーツみたいな感じじゃダメなわけ?」

「言うて変身ヒロインですからね~。ま、別にその上からジャージなり体操服着ても問題ありませんよ~」


 田中先生に促され、その場で着替え始める生徒達。

 同性しか居ないので一部を除き、特に恥らう様子もなく着替えを済ませた。


「……矢坂さん」

「お、おう?」


 麗華に声をかけられ蓮は軽くキョドった。


「提案があります」

「聞こうか」

「こんなことを言うのは傲慢に取られるかもしれませんが私にもあなたにも他人を殴る訓練は必要ありません」

「まあ、そうだな」


 午前の最後に行われた模擬戦。どちらも躊躇なく暴力を行使した。

 蓮は本気で殴ってはいなかったが、それはあくまで授業だから。

 だが必要だと判断すれば命を奪うことになろうと本気で敵を殴り飛ばせる割り切りの良さがある。

 麗華の場合は思うところはあれどもそれを飲み込める度量がある。

 この二人に関しては確かに必要のない訓練だろう。


「なのでこの時間は遠山さんに全ての時間を注ぎ込むべきだと思いますの」

「私は構わねーよ。が、遠山さんは良いのかい? 延々、私か中村さんブン殴り続けることになるわけだが」

「……しょ、正直な気持ちを言うなら……つ、辛いし……しんどい、かな? で、でも……」


 すぅ、と息を吸い込み揺れながらも真っ直ぐな眼差しで翔子は告げる。


「私も、変身ヒロインの卵だから」

「……そうかい。じゃ、そういう感じでいこうか」

「遠山さん、立派ですわ」


 翔子という潤滑剤のお陰で、どうやら気まずさはなくなりそうだ。


「で、どっちからサンドバッグになるよ?」

「言い方を考えなさいな。無神経でしてよ」

「そりゃすまん。ぶっちゃけ頑丈さで言えば私のが圧倒的だからずっと私で良いんだが」

「……そうですわね。相手役は矢坂さんで、私が横でその都度アドバイスをという形が一番効率的でしょう」

「んじゃ決定ね。おーし、どっからでもこーい!!」


 パン! と手を叩き両手を大きく広げる。

 余談だが蓮はインナーの上からジャージを着ている。自分にそういう需要がないことはちゃんと分かっているのだ。


「遠山さん。アレは人の形をしていますが怪獣みたいなものでしてよ。遠慮なく行きなさいな」

「か、怪獣って……」

「多分、ゴリラと鯨のキメラとかそういうアレですわ」

「乙女に対して失礼過ぎへんか?」


 怪獣は言い過ぎだが、熊みてえなもんではある。


「じゃ、じゃあ……い、行く……ね?」

「おうとも」

「や、やあ!!」


 可愛い気合と共に殴られるが何の痛痒もない。擬音にするとポコッ、って感じだ。

 防具のインナーも何なら要らないだろう。素の頑健さだけでも十分なぐらいだ。


「遠山さん。殴る時に目を瞑るのはいけませんわ。己が放った拳の行く先をキッチリ見届けませんと」

「ご、ごめんなさい」

「それと上半身と下半身の動きがバラバラ。パンチは上半身だけで打つものではありません。下半身との連動こそが威力を生むのです」


 都度都度、アドバイスをしていく麗華。

 言葉は少々、厳しいが真摯な態度ゆえ翔子も怖じることはなかった。


「……というか、実際に受けているあなたも何か言ってあげたらどうなのです?」

「え? 私? 私はそういうのあんまり……」

「……私よりもよほど素晴らしい格闘センスがおありなのに?」

「つってもなぁ」

「なるほど。天才ゆえ、周囲が何故出来ないのかが分からないと」


 刺々しいのう、と若干辟易していた蓮だがふと入り口の方向に目をやった。

 翔子と麗華もつられて入り口を見たところで体育館の鉄扉が開かれ、八江が姿を現す。


「や~っていますわねー若葉達。今年も頑張り屋さんが多くて私、大変満足していましてよ?」


 おっほっほ、と扇子を口に当て高笑いする八江。

 塾長として新入生達の様子を見に来たのだろう。


(担任任せにせず自分の目でも……生徒が少ないってのもあるだろうが存外仕事やってんだな)


 軽く失礼な蓮だが初対面の印象というのは、どうしたって抜け難いのでしょうがない。


「田中先生、段階を踏んだ見事な指導ですわ」

「恐縮です~。塾長もちょっと、皆さんを見てあげてくれませんか?」

「勿論」


 そう言って八江は各グループを回り始めた。

 途端にそわそわし始める麗華を見て蓮は思った。


(……塾長に憧れてるとかそういうアレなんかねえ)


 だとすればこれまでの態度も納得出来る。

 塾長直々にスカウトされた生徒が意識低い系で、なのに力だけはある。麗華からすれば悔しくてしょうがないだろう。


「あ、あの……も、もう大丈夫です」


 休憩を挟んでいた翔子が手を挙げる。

 するとそわそわしていた麗華も元に戻り良いガッツですわと笑った。


「それじゃあ……」


 と、そのタイミングで八江がこちらにやって来た。

 再度キョドり出す麗華をよそに八江は朗らかに挨拶をする。


「ご機嫌よう」

「ちーっす」

「ちょっと矢坂さん!?」

「ふふ、構いませんわ。さて、このグループは遠山さんを重点的にやっていますのね」

「……はい。自惚れと取られかねませんが現段階ではそれが適切と判断致しました」


 間違いではありませんわ、と八江は麗華の判断を支持した。


「では私も遠山さんから見ていきましょうか」

「!」

「そう硬くならないで? 難しいことは言いませんから」

「は、はい……」

「まずは、そうですわね。百点満点の動きを体感して頂きましょうか」

「「「?」」」


 小首を傾げる三人に八江は言う。


「これから遠山さんの身体を操って蓮を攻撃します。遠山さんは自分の身体がどんな風に動くかを注意深く感じ取ってくださいな」

「……あんたそんなことも出来るのか」


 他人の身体を操るとかさらっと言うことではないだろう。


「そりゃもう塾長ですもの。ささ、遠山さん。身体の力を抜いて……そう、りらーっくす、りらーっくすですわよ」


 翔子の身体から力が抜けるのを辛抱強く待って、八江は五指を踊らせる。

 すると翔子が構えを取った。これまでのそれとは明らかに違う、堂に入った構えだ。


「蓮、ボディに行きますわよ。しっかり、受け止めてくださいまし」

「ッ」


 全身が総毛立つ感覚を覚え蓮は即座に腹筋をガチで固めた。

 次の瞬間、凄まじい轟音が体育館に響く。


「づぅ……マジかよ……痛みを感じるなんて何時振りだ……?」


 ジャージの上は当然として、インナーも腹から胸の下まで吹き飛んでしまっている。

 翔子の身体能力は変身アイテムの恩恵によって上昇してはいるが、クラスの中では下位。

 しかし、そこに完璧な技術(わざ)が合わさればこれぐらいはやってのける……そういうことなのだろう。


「矢坂さんがまた強キャラみたいなこと言ってる……」

「ってか何? え、何なのこれ? 現実?」

「私らもあんなことやれるようになるわけ……?」


 ざわつく館内。落ち着いているのは八江と田中先生ぐらいだ。

 それほどまでに今の光景は衝撃的だった。


「遠山さん、どうです?」


 翔子に身体の制御を返し、八江は問うた。


「……よ、よく分かりませんでした……でも、あの……ご、ごめんなさい……うまく、ことばに……」

「ふふ、結構結構。ゆっくりと咀嚼してくださいな」


 さて、と八江は蓮と麗華を見る。


「次は御二人ですわね。特に蓮の方は今直ぐにでも戦場にポイ出来るぐらいのレベルですし……」

「ポイ言うな」


 ゴミじゃねえんだからと抗議する蓮を無視し、八江は言う。


「そうだ。折角ですし、私と軽く手合わせてしてみません?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] その内いつか、血を流したのは生まれて初めてだ…とか私に傷を負わせたのは貴様が初めてだ…とか言うやつやん。 むしろBOSSキャラの卵なのでは?
[一言] 面白いな…!
[一言] 最初からひょっとしてとは思っていた 前話で確信した 梓の台詞でこれは言わなければと思った 蓮、お前モテるだろ(男にとは言っていない)
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