5話
1.変わってなんぼの変身ヒロインに候
昼休み。麗華を医務室に運び終えた蓮は購買で大量に昼食を買い込み校舎内を彷徨っていた。もう一人の班員である遠山翔子を探すためだ。
特に何もなければ昔から梓、楓の三人で一緒に昼食を取っていたのだがグループなんてものが出来たのだ。
これからのことを考えて親交を深めるのも良いだろう。
そう考えているのは蓮だけではなく梓と楓も同じで、特に示し合わせたわけでもなく自然とバラけていた。
「教室にも学食にも居なかったけど、一体どこに……?」
などと言いながら歩いていると上級生に声をかけられる。
「お、噂の矢坂ちゃんじゃん。誰か探してんの?」
「っす。グループ組むことになった遠山ちゃんって子を」
「へ~、見た目は?」
「おどおど系メカクレ美少女っす」
前髪で顔隠れてんのに分かるの? と思うが蓮のセンサーを舐めてはいけない。
あんなん絶対、前髪あげれば美少女なパターンだろ。というかオーラが美少女のそれなのだ。
蓮は翔子が美少女であることに絶対の確信を持っていた。
「ふむ、それっぽい子を見かけたかもしれん」
「え、マジマジ? 教えてあげなよ」
「裏庭の端っこでお弁当を広げてた気がする」
「だってさ」
「ざっす!」
ぺこりと頭を下げ、蓮は裏庭へ向け歩き出した。
その背を見送り二人の先輩はぽつりと呟く。
「……何というか、男の後輩を相手にしてる感じだな」
「言葉遣いって意味じゃアンタも大概だけどね~」
教えられた通りに裏庭に行くと……ビンゴ。特に誰も居ないのに翔子は隅の方でお弁当を食べていた。
「よ!」
「ひわぁ!? ぁ……やさ……矢坂さん……ど、どうしたの……?」
「一緒に飯でもどうかなって」
「ぅぇ!?」
「ダメかい?」
「……だ、ダメじゃない……です……はい」
「ありがと。じゃ、隣失礼」
翔子はかなりテンパっているようでわたわたしている。
これまでの態度からして彼女は他者とのコミュニケーションが苦手なのは明白だ。
(拒絶する勇気がないってんなら空気読むが、そうではなさそうだな)
単に分からないだけ。
そして怖いのだろう。他人が、ではなく自分のせいで他人に不快な思いをさせてしまうのが。
こういうタイプのコミュ障なら多少、強引に接しても問題はなかろうと判断し蓮は小さく笑う。
「可愛いお弁当だ。ひょっとしてお手製?」
「は、はい……お、お見苦しいものを……」
「んなこたぁないさ。焼きソバとチャーハンぐらいしか作れない私からすりゃ尊敬に値する出来さね」
一度、頑張ってお弁当を作った際「矢坂の弁当って全体的に茶色いよな(笑)」と男子に言われたのが蓮だ。
対して翔子のはどうだ? 実に彩り豊かで栄養バランスも良さげ。
猫を模したと思われるミニおにぎりなどを見るに可愛げも万全だ。
女子力という意味では戦う前から蓮の完敗である。
「ど……どうも……?」
「ははは、悪い悪い。反応に困る返しだったな」
これが梓か楓なら「レパートリーが完全に男子のそれ」「休日のお昼のパパ飯かな?」ぐらいは言っていただろう。
が、翔子には些か以上にハードルが高かろう。
蓮もそこは分かっていたので気にせず話題を振り続け他愛のない雑談を続けた。
どもろうとも、何も答えられずとも、嫌な顔一つせずに会話を続けたからだろう。
徐々に翔子の強張りも取れ、相槌もレスポンスが良くなっていった。
しばしの間、会話を続けていたがふと沈黙が訪れる。翔子が何か言いたげなのを察した蓮が自然に会話を打ち切ったからだ。
「……」
翔子は何も言わない。彼女自身、何か言いたいことはあっても上手く言葉に出来ないのだろう。
もしくは言い難いことなのか。どちらにせよ蓮は急かすこともなくどっしりと構え言葉を待った。
翔子も気遣いゆえの沈黙であることを察したのか、一度深呼吸をしてからこう切り出した。
「き、昨日のことなんだけど……ね?」
「おう」
「矢坂さん言ってたよね。責任や義務感で戦うのは、って」
「ああ、言ったな。だが同時にそいつを他人に押し付ける気はないとも」
「う、うん……でも、あの後……入学式で塾長先生も似たようなこと言ってたよ……ね?」
「ああ、言ってたな。ま、私と塾長じゃ理由は違うだろうけどな」
答えが同じでもそこに至るまでの過程が異なれば話は変わってくる。
これが数学のテストなら用いた数式が違おうとも最終的な解が同じなら問題はなかろうが生憎とこれはテストではない。
「多分、あの人のは戦い抜くために自分だけの理由が必要だと思ったんだろう」
が、蓮は違う。
どんな結末であろうと悔いのない最期にするために必要だと思いあの結論を出したのだ。
であれば答えは同じでも同一視するのは違うだろう。
「わた、私もね……? その通りだと思ったの。影響され易いだけかもしれないけど……」
「うん」
「……矢坂さんも、ここに居るのはスカウトを受けたから……だよ、ね?」
「ああ。塾長にいかがわしい感じで誘われた」
「あなた、E~身体してますわね~? お姉さんと一緒にサウナでも如何?」これがいかがわしくないなら何なのか。
受ける自分もどうかと思うが、誘う方がもっとどうかしてると蓮は溜息を吐く。
「私が、スカウトを受けたのは……ね? 六年生の時だった」
「……早いな」
だがまあ、完全に手探りで変身ヒロインの卵を探しているのだ。
スカウトの時期に個人で差が出るのは当然かと思い直す。
「頭が、真っ白になったよ。嘘じゃないかって思った」
「そりゃそうだ。荒唐無稽な話だからな」
「でも私をスカウトしに来た人はとっても真剣だったし、実際に目の前で変身してみせたりもしてくれて……」
「目を逸らせない真実だと理解させられた?」
翔子は小さく頷いた。
「それで、ね? 考えたの。ギリギリ……中学校三年の冬まで……それで、それで……」
ふるふると震える華奢な身体。庇護欲をそそられる。
何という女子力、ヒロイン力と戦慄く蓮をよそに翔子は続ける。
「やら“なきゃ”って思った……私みたいな人間に何か出来るなんて思えないけど、でも、でも……」
「逃げ出すには重過ぎたわけだ」
「……うん……わ、私が逃げたせいで人が死んだら……もし、それが大事な人だったらって……!!」
そう考えると怖くて怖くて逃げ出せなかった。
自分がやらなければ“いけない”と思ったのだと、それは血を吐き出すような重く苦しい言葉だった。
「だから……矢坂さんの話を聞いた時、本当にびっくりして……こ、心を読まれたんじゃないかって……」
なわけないだろうと思ったが口にはしなかった。
梓や楓なら幾らでも話の腰を折って無軌道に話を広げても問題はないが翔子みたいなタイプは折ってしまえばそこまでだから。
お口をバッテンにしたまま蓮は黙って耳を傾ける。
「矢坂さんは……矢坂さんは、多分、自分の話なんか聞き流せば良いって思うかもだけど……。
でも、ドキってしたってことは……き、きっと私自身がそれじゃダメだって無意識の内に考えてるからだと思うから」
例えお釈迦様のありがた~い説法であってもだ。
自身の形をこうと定めている人間には何の影響も齎さないだろう。
精々が「へ~良いこと言ってんねえ」ぐらいのもの。蓮などは正にそのタイプだ。
言葉が響いたということは無意識ながらも、自身に対して思うところがあるからに他ならない。
「だから、昨日はずっと……本当に、ずっと考えたの……考えて考えて……“変わりたい”って思った。
目を逸らすことが怖くて、逃げるのが怖くて、ここに来た私だけど……こ、こんな私にも……守りたい人ぐらいは、居るから」
でも、と翔子は俯く。
「……全然、ダメだった。きょ、今日も先生や中村さんが丁寧に教えてくれたのに……だ、だめだめで……」
同情を抜きにして翔子に午前中の授業の評価を下すのなら本人の申告通りダメダメだった。
他のクラスメイトと比べても二つ、三つは劣るほどに不器用で根本的に闘争というものに向いていないのだろう。
「みじめだなって……最初から全部がちゃんとしてる矢坂さんが一緒のグループだから余計に……」
「……」
「やっぱり、私みたいな人間が変わるなんて無」
無理? 無謀? どうでも良い。だってその言葉が続くことはなかったから。
「――――とっくに変わってんだろ」
「え」
「だからさ。遠山さんは既に昨日の遠山さんより一歩前に進んでるんだって」
そしてその一歩は環境に背中を押されてのものではない、自らの意思によるものだと蓮は言う。
「……同情や、慰めなんて……!」
「ちげーよ。私ぁ、傷心してる繊細な女の子を慰められるほど器用な人間じゃねーっての」
傷口に塩を塗りこむことは出来るが、その逆は無理だと笑い飛ばす。
「だってそうだろ? “やらなきゃ”と思ってここに来た遠山さんが“変わりたい”と思ったんだ。
誰かに背中を押されたわけじゃない。変わりたいって気持ちは誰でもない、遠山さんの心の奥から湧き出た願いだ」
これを変化と言わずして何と言うのか。
そりゃあ、劇的なものではないだろうさ。目に見える成果も今のところ出ていない。
だが何も変わっていないだなんて口が裂けても言えないだろう。
「でも、そんなの大したことじゃ……」
「一回しか変わっちゃいけないだなんて誰が決めたよ?」
誰も、誰もそんなことは言っちゃいない。
「これが私だ! って胸を張っていえる自分になれるまで何回だって変わりゃ良い。
紙だって理論上は43回折れば月まで届くんだ。人間様なら可能性は無限大だろ。
だったら小さな一歩を積み重ね続けりゃ理想の自分にだって必ず辿り着けるさ」
辿り着けない道理がない。
「何たって私らは変わってなんぼの変身ヒロイン! ……の卵なんだからな」
不敵に笑う蓮をぽかんと見つめる翔子。
「さしあたっては……そうだな。とりあえず前髪、あげてみない?」
「え?」
「イメチェンだよイメチェン。ほら、よく言うだろ? まずは形からってさ。可愛い顔を隠すのは勿体ないし良いアイデアだと思うんだが」
「かわ……!?」
さぁ、っと翔子の頬が赤く染まる。
「わ、わわ私、可愛くなんて」
その言葉を無視し蓮は腫れ物に触るような丁寧な手つきで軽く翔子の前髪をあげる。
そして真っ直ぐ目を見て、
「ほら、可愛い」
笑った。
何やお前、口説いとるんか? そう言われても仕方がないトークの運び方だが勿論当人にそのつもりはない。
ないのだが乙女ハートの代わりに漢女ハートが搭載されている蓮にはこれが平常運転なのだ。
「――――」
顔を真っ赤にして固まる翔子。
色々な意味で対人経験の薄い彼女にとってはキャパオーバーするには十分だったらしい。
「どれ」
と自身の髪を左留めしていたヘアピンを外し翔子の前髪に。
「Eねぇ~♪」
うんうんと満足げに頷く蓮。そんなだから異性にモテないのでは?