4話
1.授業開始
翌日。HRもそこそこに生徒達は体操服に着替えさせられ体育館へと集められた。
「さて。これから訓練を始めたいと思いますがその前に三人組を作りましょうか」
将来、ソロでやっていくかグループでやっていくかは分からないがどちらでもやれるよう備える必要がある。
なのでしばらくはグループでの行動になることになると田中先生が言う。
「せんせー、これって好きな人同士で組んで良いの?」
「ダメでーす。協調性を育むためにも完全にランダムでやります。というわけで皆さん、くじ引きをどうぞ」
数字が書いてあるので順々に組んでいってくれと促され蓮達はくじを引いていく。
友情パワーで何時もの三人組――なんてことにはならず、蓮はイツメン二人とバラバラに。
蓮と組むことになったのは……。
「……」
腕を組みツンとした態度を崩さない洋風お嬢こと中村麗華。
もう一人は、
「ぁ……ぇと……よろ……よろしくお願いします……」
おどおどとしたメカクレっ娘、遠山翔子だ。
またぞろやり難いとこに当たったなと思うが決まった以上はやるしかない。
「はい、全員決まりましたね? しばらくはそのグループで実習をやりますので仲良くしましょうねえ」
《はーい!!》
「良いお返事です。では早速、といきたいところですがもう一つ。皆さんにお配りするものがあります」
一人一人名前を呼ばれ受け取りに行く。手渡されたのは中学三年時のスポーツテストの結果だった。
何でこんなものを? と首を傾げる子供らに田中先生はくすりと笑って説明を始める。
「変身アイテムを手にしたことで皆さんの身体能力は格段に向上しました。
が、どれほどのものかふんわりしているんじゃありませんか? なので具体的な数値を以って理解してもらうというわけです。
お手元にあるのが一年前の測定結果。みっちり鍛えるとか天性のフィジカルがあるとかでもない限り一年ではそこまで大きな変化はありません。
が、皆さんは特別な理由があるので驚くほどの変化があるでしょう。それを体感してもらうためこれから測定をやりますので皆さん、全力で取り組んでくださいね」
スポーツテストが始まる。
やはりと言うべきか群を抜いていたのは蓮だった。
「あの人、反復横飛びで残像出てるんですけど……」
「あれもう実質、分身の術でしょ」
歴戦の変身ヒロインである塾長、八江をして「肉が違う」と言わしめる女だ。
ことフィジカルに関しては他の追随を許さずその記録は圧倒的だった。
「はい、これで全項目終了。ご自分の変化がよく分かったでしょう?」
「いや……あの、一人おかしいのが居るせいで超人になった感がないんですけど……」
「シャトルランとか100回越えても全然余裕で驚きはしたけど……ねえ?」
「矢坂さんの漫画みたいなアクション見てたらとてもドヤれないってゆーか」
降って湧いた力に溺れることも出来ないぐらいだ。
「まあ矢坂さんの場合は元のフィジカルが異常でしたからね。それを強化したらそりゃそうなります」
あれは例外なので気にしないで良いですよー、田中先生は朗らかに笑った。
実際、あまりにも性能が違い過ぎるので殆どの生徒は呆れたり感心はしても嫉妬はしていない。
悔しそうに蓮を見つめているのは麗華だけだ。
「こほん。自身のスペックも把握してもらえたところで早速、戦闘訓練に移行しましょうか」
一部を除き、緊張が走る。
女の子だからとかではなく男の子も大半が暴力とは無縁の人生を送っているのが普通だ。
そんな人間に訓練とは言え戦闘、などという言葉を聞かせればそりゃそうなる。
その不安を感じ取ったのだろう。田中先生はほにゃりと皆を安心させるように笑う。
「訓練と言ってもいきなりドツキ合えなんて言いませんよ。さて、皆さんに質問です。
この中で格闘技の経験がある方は……中村さんだけですか。では中村さん以外で取っ組み合いの喧嘩などをしたりは……これもゼロですか」
やはりと言うべきか殆どの人間は喧嘩の経験もないらしい。
「なるほどなるほど。しかし、矢坂さんもですか? 矢坂さんの性格上、不良をシメたりとかしてそうなんですけど」
「ああ、まあ、人様に迷惑かけるイキったダサメンをシバキ回したことはありますけど」
そもそもあれは喧嘩ですらないと蓮は言う。
「一方的に殴って終わりならそりゃ喧嘩とは言わんでしょう」
変身アイテムの恩恵がなくても蓮の身体能力は異常なのだ。
撫でるような平手打ちだけでもただの不良程度なら一発で終わってしまう。
先に殴らせたとしても逆に殴った方がダメージを食らうだろう。喧嘩が成立しないのだ。
「あぁ、そういう認識ですか。まあ良いでしょう。では中村さん」
「はい」
「経験者として伺いますね。ここに居る暴力素人の皆さんがまず学ぶべきは何だと思います?」
「暴力素人て……そ、その表現は如何なものかと……そうですわね」
色々と気をつけるべきことはあるがと前置きし、麗華は田中先生が望んでいるであろう答えを口にする。
「正しい殴り方を覚えること、でしょうか?」
「はい正解。花丸あげちゃいますね~」
田中先生はててて、と麗華に駆け寄るとスポーツテストの記録用紙に花丸を書き込んだ。
花丸を貰った麗華はどう反応して良いか分からず頬をひくつかせていた。
「殴り方に正しいも何もあるのか? みたいな顔をしている方も居ますがあるんですよね~。中村さん?」
「はい。例えばそう、他人を殴ったことのない人間が突発的に暴力を振るってしまった時などが顕著でしょうか」
暴力とは無縁の人間が暴力を振るうとなれば平時のそれと比べ大きく感情が乱れていることは想像に難くないだろう。
「端的に言って加減が分からないのです。そのせいで手や腕を痛めるなんてことはざらにありますわ」
「でも今の私達は別にキレてないよね? 普通だし特に問題ないんじゃ……」
「そうでもありませんわ」
理性がちゃんと機能している状態であっても、それはそれで問題が出て来る。
「素人に思いっきり殴れと言っても理性がある状態では逆に、力が出し切れない」
自分の手を無意識の内に必要以上に保護しようとするからだ。
「じゃあそのことに気をつけて……」
「そこを意識し過ぎて拳や身体を痛めてしまう、ということもありますのよ?」
思いきりの良さが悪い方向に働くのだ。
「自身が持つ力を過不足なく叩き込むというのは心得のない人間には中々、難しいことなのです」
「またまたお見事。それでは……」
「花丸は結構ですわ」
「そうですかぁ……」
しょぼんとする田中先生だが直ぐに気持ちを切り替え、パンパンと手を叩く。
「というわけで最初はミット打ち。先生がミットを持ちますのでそこに向かってパンチを打ってくださいな。
いきなり完璧にやれとは言いません。まずは正しい身体の動かし方を教えますのでそれを意識してやってください」
持ち込んだホワイトボードなどを用いて分かり易く殴り方をレクチャー。
一通り教え終わりいざ実践というところで麗華が手を挙げる。
「先生、私も御手伝い致しますわ」
「そうですか? じゃあ中村さんにもミットを持ってもらいましょうかね」
そうして交替交替でのミット打ちが始まる。
教えられたと言ってもやはり素人。皆、ぎこちなくはあるが田中先生も麗華もそれを咎めることはなかった。
「ひぃぃ……レンレンだけ音が違うんですけどぉ」
「バン! とかじゃなくてドゴォン! だもん。音だけでやばいの分かるよ」
「せんせーもよくあんなの受けられるよね」
「蓮は元の体質からして普通の人とは違うもの」
「超人体質、だっけ?」
「そーそー。筋肉もそうだけど骨もやばいからね。れんたんは」
「――――それだけではなくってよ」
口を挟んだのは麗華だった。拳を受けながら彼女は続けた。
「単なるスペックのゴリ押しだけであの動きは出来ませんわ。
己が肉体を十全に活かせるだけの天性のバトルセンスがあればこそ」
麗華は蓮に嫉妬している。現に今も心底、悔しげだ。
しかし相手の能力を認められないほど狭量ではない。
まあそんな性格だから逆にしんどい思いをしているわけだが……こればっかりはどうにもならないだろう。
「……超人体質とか天性のバトルセンスとかさぁ」
「モテからは程遠い言葉だよね」
「うん。何かバトル漫画の強キャラ紹介されてるみたい」
「分かる分かる。ジャンルがアンダーグラウンドな格闘系なら準決勝あたりで当たりそう」
「聞こえてっかんな!?」
《えっへへ》
と、そこで田中先生からストップがかかった。
「十五分ほど早いですが、中途半端ですしそろそろ切り上げてお昼休みにしましょう」
わっと沸く生徒達だがそれに待ったをかける女が一人。
「ちょっとお待ちになってくださいまし。折角なら、軽く模擬戦でもやってみてはどうでしょう?」
麗華だ。
「いやそれはちょっと早いかなーと」
「勿論、皆さんにやれとは言いませんわ。やるのは私と矢坂さん」
うへぇ、と顔を顰める蓮に構わず麗華は続ける。
「ここに居る大半の方々は戦いとは無縁の御方。殴り合いなどを見た経験もないでしょう。
あっても精々、テレビでボクシングや総合格闘技の試合をという程度ではなかろうかと」
生の、息遣いさえ聞こえるリアルな戦いを見せておくべきではないかと麗華は力説する。
どう考えても私情混じりなのは見え見えだがまったく理がないわけでもない。
思案顔の田中先生は「どうします?」と蓮に話を振る。
「……まァ、良っすよ。私にどれだけやれるかわかんねーっすけど」
蓮も麗華が自分を良く思っていないのは分かっている。
昨日の意識低い系の発言にまだキレているという感じじゃないことも。
理由が何であれこれから一緒にやっていくのだ。一度ぐらいはぶつかり合わないと何を考えているかも分かりはしない。
そういう思惑の下、蓮は模擬戦を承諾した。
「ふむ、そういうことならやって頂きましょうか。では中村さん、矢坂さん、中央へ」
体育館の中央で向かい合う二人を見て誰かが言った。
「首ゴキゴキさせてるのが似合い過ぎでしょ蓮ちゃん」
「あの子、本当に男作る気あんの?」
外野の声を無視し、蓮は真っ直ぐ麗華を見つめる。
「肉が裂けようが骨が折れようが死なない限りは何とかなるので遠慮なくやってくださいね~」
教師の言うことか! 言うことなのだ。
普通の学校ならともかくここは未来の変身ヒロインを育成する乙女塾だから。
「準備はよろしくて?」
「何時でもどこからでも」
「……ッ!!」
その態度が癪に障ったのか、早速麗華が仕掛けた。
初手はハイキック。常人の目には脚が消えたようにしか見えないような速度域のそれを、
「っと」
蓮は軽く回避した。
が、一発回避された程度で終わる麗華ではない。心を乱すこともなく冷静に次々と攻撃を放ち続ける。
対する蓮はその全てを躱すかいなすかで防ぎ続ける。
「一度も手を出さずッッ……舐めていますの!?」
「そうでもないさ。やるって決めた以上は真剣にやるよ」
それが礼儀というものだろう。
(……真っ直ぐだな)
攻撃が、ではない。攻撃の一つ一つから伝わる麗華の心根だ。
動きを観察しながら蓮はずっと麗華自身を見定めていたのだ。
(うん。やっぱ私、中村さんのこと嫌いじゃねえや)
好感が持てる人間だと確信を得た。
「その澄まし顔、歪めて差し上げます!!」
麗華が繰り出したのはジャブ。速さに重きを置いた一撃。
蓮は自身の顔面に向かって放たれたそれに、
「っらァ!!」
額から当たりに行った。
硬いものと硬いものを真正面からぶつけ合えばどうなるか。
脆い方が打ち砕かれるのが摂理である。
「づぅ……!?」
痛みに顔を歪めながらも瞳に宿る闘争心は衰えず。
更なる攻撃を放とうとするがそれよりも早く蓮が砕けた拳を思いっきり掴む。
そして力任せに引っ張り、
「うぼぉ!?」
ボディに拳を突き刺す。
くの字に折れ曲がった身体。しかし、手は緩めない。更にボディを重ねる。二発で麗華は沈んだ。
彼女が弱いわけではない。蓮という生き物が強過ぎたのだ。
「……勝負ありってことで良いっすよね?」
「ええ。矢坂さんの勝ちです。それより……」
「医務室には私が連れてくんでお構いなく」
膝を折り、繊細な硝子細工を扱うように麗華を抱き上げそのまま体育館を去って行った。
その後姿をぼんやりと見つめていたクラスメイト達は……。
「……変身ヒロインの戦い方じゃないんよ」
「去ってく絵面が完全にヒーローのそれだ……」