3話
1.箱庭
放課後。蓮は梓、楓と共にバーガーショップで昼食を取っていた。
二人が常識的な量なのに対し、蓮のトレーには文字通り山ほどバーガーやポテトが乗っている。
漫画かとツッコミたくなるような光景だが梓と楓にとっては慣れたもの。特に気にせずお喋りに興じている。
「食費の補助も出してくれるたぁ、気前が良いよな」
体質の関係上、蓮は常人よりも多くカロリーを摂取する必要がある。
中学時代は新聞配達などでバイト代を稼ぎ、それを食費に当てていたのだが今はその必要もない。
食事に関しては全て乙女塾側が負担してくれることになったのだ。
「気前が良いっていうか……」
「それぐらいはして当然じゃない? 今はまだ学生だけど将来は戦場で命を張ることになるんだもの」
「言われてみりゃ、その通りだな」
「特にれんたんの場合は食べなきゃマジで健康に影響するわけだし」
食費の補助というなら蓮だけではなく梓や楓も対象内だ。
が、二人の場合は塾の食堂や指定の店でのみ食事代が無料になるというもの。
対して蓮はこの“箱庭”にある飲食店全てで無料になっている。体質と将来性を考慮した返済無用の奨学金のようなものだろう。
「そうね。ほら蓮、私のナゲットあげるわ」
「サンキュ」
梓が摘まんで差し出したナゲットに齧り付く。
女の子らしからぬお行儀の悪さだが、蓮は気にしていない。
モテたいわりにこういう部分に無頓着なのは如何なものか。
「それにしても……こうしているとこれが全部“セット”なのを忘れそうになるわね」
「あー、分かる。だってホント、店員さんとか普通に店員さんだもん」
乙女塾は本土ではなく洋上に建設された人工島の中に存在する。
事が事だ。大衆の目に触れさせるわけにはいかないので当然だろう。
ゆえにこの街も普通のそれではなく全てが虚構。
今しがた追加の注文を持って来た店員さんも事情を知る“キャスト”の一人だ。
「どんだけ金かかってんのかねえ。必要なんだろうが庶民の私からすりゃ想像するのもおっかないや」
一つ大きな複合商業施設を建てるだけで良いのに何故、わざわざ街を作ったのか。
それは来るべき本番に備えてのこと。この街は演習に使うため作られたのだ。
「地球と人類の存亡が懸かっているのだからケチるわけにはいかないわよ」
「そりゃそうだ」
「あたしらも、三年後には戦うことになるんだよね……何か実感湧かないや」
「今はそれでも良いさ。塾長も言ってただろ? そういうんは自分達の役目だって」
まっさらな気持ちで学ぶことを学べば良いのだ。
自覚とかそういうものは後からでもついて来ると蓮は笑う。
「つくづく男前よね。あなたって」
「男前とか言うな。ってかこの後、どうする? 直帰?」
塾生達の住居は箱庭の中にある物件を自由に選んで良いことになっている。
一応、乙女塾が用意した学生寮などもあるが入寮するかしないかは自由だ。
重いものを背負わせる分、他の面ではかなり融通が利くようになっているのだ。
なので三人は寮には入らず学校から徒歩、十分ほどの場所にあるマンションを選んでいた。
「折角昼までで終わったんだしそれは勿体なくない?」
「でも明日から、ハードっぽいわよ?」
「だからこそじゃん。英気を養う意味でもどっか遊び行こうよ。ね、れんたんもその方が良いっしょ?」
「お前らに任せる」
ざざーっとポテトを流し込む蓮。
そして梓と楓の話し合いにより、夕方までは遊ぶ運びとなった。
食事を終え、店を出た三人はとりあえず街をぶらつこうということであてもなく散策を開始。
「あれ? あの映画ってまだ公開前じゃ……」
「こういうとこでは優先的に配給されてるんじゃねえの?」
「他より早く見られるのはちょっとお得感あるわね。どうする? 観ちゃう?」
「やー、あたしは今は良いかなー。れんたんが観たいなら付き合うけど」
「私も良い。飯食ったばっかだからな。暗い場所でじっとしてると眠くなる」
「じゃ、スルーね。服は……本土を出るちょっと前に色々買い込んだっけ」
「夏物出回り始めるまでは行かなくて良いっしょ」
こうしていると普通の街を普通の女子高生が歩いているようにしか見えない。
この街がセットで、彼女らが実は変身ヒロインの卵などとは誰も思わないだろう。
「そいやさ。変身ヒーローの養成学校もこんな感じなのかな?」
「多分そうなんじゃない? 性別は違うけどやることは大体、同じなのだし」
「塾長がスカウトの時に言ってたけど学校同士で交流会みたいなのもあるんだっけ? その時、色々聞いてみたいなぁ」
「そうね……って、どうしたのよ蓮。いきなり黙り込んじゃって」
「ん? ああいや、ちょっとな」
街中を歩いている内にふと思ったことがあるのだと蓮は言う。
「何?」
「例えばさ。今、あそこで掃除してるイケメンさんに逆ナン仕掛けたらどうなるのかなって」
「キャストの方を困らせるようなことはやめなさい」
「ちぇ」
と、そこで楓がふと足を止める。その視線の先にはゲームセンターがあった。
「お、ゲーセンあんじゃん……あ! 獣拳の最新作!?
確かロケテもまだのはず。えぇ? こんなとこ置いてもデータ集まらんだろうに……マジあらゆる面で優遇されてんな。
ああでも一切、手の入ってないまっさらな状態のをプレイ出来るのはそそられるわ。よう楓、一戦どうだ?」
格ゲー、メダルゲーム、パチスロ、麻雀、ガンシュー、ここらは蓮の鉄板だった。
そして楓も蓮ほどではないが広く浅くで楽しむタイプなので誘いをかけたのだ。
ちなみに梓はゲームとかよくわかんにゃい系女子だったりする。
「良いけど、その前にあれやってみない?」
「あん?」
楓が指差したのはパンチングマシーンだった。
「前にやった時はれんたん、ぶっ壊しちゃったじゃない?」
「あぁ……確かにこういうところに設置されているのなら耐久性も相応のものになってるはずよね」
「だよねだよね。貼り紙にも変身可って書いてあるしさ。ねね、やってみようよ」
「しゃーねーな。軽くスコア塗り替えてやんべ」
ゴキゴキと指の骨を鳴らす蓮はバトル漫画の強キャラのようだった。
「あ、最初に変身状態かそうじゃないかを選択するみたいね。まあ私達に選択権はないけど」
「梓もやんの?」
「意外。こういうの興味あったっけ?」
「普段ならともかく今の私がどれほどのものか試してみたいし」
変身アイテムはただ持っているだけでも身体能力が向上すると田中先生は言っていた。
それがどの程度のものか試したいという梓の言葉に二人も納得する。
「じゃ、れんたんはトリで最初は……あずあずから行く?」
「ええ」
筐体にお金を入れた梓はブレザーの上を脱いで蓮に預ける。
そして息を整え――――
「えい!!」
思いっきり拳を叩き付けた。
殴り合いなどとは無縁な女子ゆえ拙いフォームだったがその記録は……。
「……928kg?」
殴った本人が信じられないような数値が叩き出された。
これが普通の街にあるゲームセンターなら大袈裟に数値を出しているのだろうが、生憎とここは普通の街ではない。
わざわざ変身状態か否かを選択させるぐらいだからその数値は普通のマシーンとは比べ物にならないほど正確なはずだ。
「おー、やるじゃん」
「うっそ……そりゃあずあずは運動神経良い方だけど筋力は……信じらんない……」
「……私だってそうよ」
「ちょ、ちょっとあたしちゃんもやってみる!」
今度は楓。チャレンジの結果は1.5t。
これまではイマイチ、実感が湧かなかったがここに来て二人はようやく自分が超常の世界に足を踏み入れたことを実感した。
「…………私達でこれなら蓮がやれば一体どうなっちゃうのかしら」
「れ、れんたんれんたん!」
「はいはい、そう急かすなって」
ぽいと上着を放り投げた蓮はぐるぐると腕を回しながらマシーンの前に立つ。
もう何か準備運動からしてバトルものの強キャラみたいだ。
「っらぁ!!!!」
勇ましい掛け声と共に振り抜かれた拳。響き渡る轟音。
ちゃらりと、首にかけた逆十字を背負う髑髏のロザリオが揺れる。
突然のことにキャストや通り縋った学生が何事かと見てくるが、とうの蓮はこともなげだ。
「じゅ、じゅうろくとん……?」
「……今の蓮に殴られたら私、一瞬で挽肉になりそうだわ」
「まあまあ、こんなもんかな?」
自慢げだがこの女は本当にモテる気があるのだろうか。
「あ、ランクインだって!!」
「っとと、本気じゃなかったんだがなー! いやー、参ったなー!!」
ギャハハと笑う蓮。大変ゴキゲンだが画面が切り替わった瞬間、真顔に変わる。
記録は十位。つまり、蓮の上にはあと九人の化け物が居るというわけだ。
「うっわ、何これ……他の人も凄いけど一位圧倒的……」
「え、変身前よねこれ? 変身前でこれなの?」
一位は108t。
二位とは80t以上の差がある。
「ってか名前……YAECHANって……塾長? これ塾長だよね?」
「流石は歴戦の戦士、と言って良いのかしら? 怪物じゃないの」
「……」
「蓮?」
能面のような顔で画面を見つめる蓮に梓がおずおずと声をかける。
蓮は「ふぅー」と溜息を吐くといやに晴れやかな顔で語りだす。
「まあまあまあ? これはな、ちょっとね。反省反省。遊びと言えどさ。本気でやらんといけんわな」
「「あ」」
「遊びにも本気になれねえ奴が戦場で本気になれるのかって話よ。うんうん、私が悪かった」
二人は察した。時たま顔を出す蓮の負けず嫌いが出たのだと。
蓮は白々しい言い訳を口にしながら再度、お金を投入。
目を閉じ胸の前で両の拳を突き合わせ「コォォォ……」とやけに迫力のある呼吸を始める。
そしてカッと目を見開くや、
「――――死ねオルァ!!!!!」
踏み込みのタイミング、上半身と下半身の連動、何もかもが“キレ”ていた。
先ほどとは比べ物にならない轟音と衝撃が周囲に広がり、梓や楓、通行人のスカートが盛大に捲くり上がる。
突発的破廉恥イベントを巻き起こした蓮はそれらを一顧だにせず「へへ」と笑う。
が、直ぐにその笑顔は消える。
「――――……25.2t?」
あ゛? と蓮はピキった。
「いや凄いから。十分凄いから。イカレてるから」
「そうよ。まだ変身も出来ないひよっこが歴戦の変身ヒロインに勝てるわけないでしょ」
「そーそー、むしろ二位に入ったこと自体やばいって」
「馬鹿野郎! そんな低い意識でこれからやってけると思ってんのか!?」
「「えぇ……?」」
今朝、意識高い系のお嬢につれない反応してたじゃんと呆れる二人。
「今のはあれだ。そのー、目にゴミが入った。あとちょっとおなかいっぱいで動きが鈍かった感ある」
「おいおいおい」
「何てみっともない負け惜しみ」
「あと、あれ。口内炎。パンチを放つ瞬間に口内炎が発生した疑惑がある」
「あるわけないじゃん」
「それと日本経済への不安が……」
「経済関係ねえ」
その後、蓮は十数回ほどチェレンジを繰り返すものの結局記録は塗り替えられなかった。
「負けた……駄目だ、私はもう駄目だ……パワーだけは自信があったのに……」
「もう、べそかかないの。これから頑張れば良いじゃない」
「ってかモテたいのにパワーを誇りにするのはどうなん?」
「うるしゃい……」
梓と楓に慰められながら敗北感に塗れた蓮は去って行った。
そして五分ほど経ったところで、パンチングマシーンの前に一人の女生徒が立った。洋風お嬢こと麗華だ。
麗華は神妙な顔でお金を投入し、先ほどの蓮にも劣らぬ真剣さで精神統一を行う。
「ハッ!!」
全身全霊を以って放たれた拳。記録は5t。
「ッッ……」
麗華は血が出るほどに唇を噛み締めながらその結果を見つめていた。