2話
1.君だけの変身アイテム
「では改めて自己紹介をしますねぇ。皆さんの担任を勤める田中真由美と申します。どうぞよろしく」
それでは皆さんも、と田中先生が続けようとしたところで一人の生徒がおずおずと手を挙げる。
「? 何でしょうか」
「あ、あの……入学式前は聞けなかったんですけど先生、ルリリンですよね? 田中って……」
すると田中先生は驚いたように軽く目を見開いた。
「私のことをご存知だったんです? 私の場合は実写じゃなくアニメな上に深夜帯だったんですが」
乙女塾で教鞭を振るうのは過去の変身ヒロインである。
なので当然、田中先生もかつては自分の物語を紡いでいたわけなのだが……。
「十歳上の兄が当時、ドハマリしてて……私、お兄ちゃんっこだったから録画したのを一緒に見てたんです」
「……今のあなたぐらいの年齢ですか。まー、それぐらいの子には色々な意味で捗るアニメでしたが」
言葉を飾らずぶっちゃけるなら田中先生はエロが売りの美少女アニメの元ネタである。
五歳ぐらいの子供に見せるようなものではない。
「アニメのキャラって二次元フィルターあるのにアンタよく気付いたね」
「だっておっぱいが……! 三次元なのに、あの胸からはかつて穴が開くほど見せ付けられた二次元おっぱいの波動が……!!」
色物多いなぁ。自分を棚に上げ蓮はそんなことを考えていた。
「コアなファンが教え子と言うのは照れますが……こほん、質問にお答えしましょう。ルリリンは芸名です」
《ざっくり言った!?》
「なまじ事情を知るだけに混乱しちゃうのかもしれませんが私達の物語は他のドラマとかと同じで作中の名前もキャストの名前も全部出鱈目ですよ。本名とは何ら関係ありません」
それでは皆さん、改めて自己紹介をお願いします。
田中先生に促され、右端から順に名前と趣味、好物などを一人一人答えていく。
(そういやあのお嬢の名前は聞いてないな)
駄弁ってる時に大半の生徒とは名乗り合ったが知らない者も幾人か居る。
何て名前なんだろうとぼんやり眺めていると、遂に洋風お嬢の番が巡って来た。
「……中村麗華と申します」
それだけだった。
(麗華!? 名前までお嬢……ッッ! いやでも苗字は私のが勝ってる感ある、よな?)
苗字の勝敗って何だ。
「はい、皆さんありがとうございます。それでは今後の予定について説明しますね~?」
忘れっぽい子はメモを取るようにと前置きし田中先生は語りだす。
「今日は昼までで終わりですが明日からはフルに時間を使います。と言っても普通の高校でやる通常授業は一週間後からですけどね」
「? じゃあ明日から何するの?」
「実戦です。変身ヒロインがどんなものかを肌で感じてもらいます」
「いきなりドンパチやれって?」
蓮の疑問にまさか、と田中先生は苦笑する。
「三日四日は簡単な戦闘訓練になるでしょう」
「その後は?」
「よく居るでしょう? ネームドの怪人や悪役が引き連れてる雑魚。そういうのと戦ってもらいます」
出来れば本物とやらせたいが上手いこと出現しない場合はシミュレーターでの戦闘になると言う。
悪役の都合に合わせるしかないのが世知辛い。
「するってーと、だ。三、四日訓練した程度でも問題なく対処出来るぐらいなわけね。その雑魚は」
「ええ。ネームドはともかく雑魚はスペックのゴリ押しでも何とかなる程度なので」
そのやり取りを聞いて大多数のクラスメイトはほっと胸を撫で下ろしていた。
そりゃそうだ。戦いなんてものとは無縁の少女がいきなり戦えと言われて不安にならないわけがない。
ゆえにそこらの不安を少しでも軽くしようと蓮はそういう話に持っていき田中先生もそれに乗ったのだ。
「疑問は解消しましたか?」
「っす。時間取らせてすんません」
「いえいえ、これが先生の仕事ですので。それでは次。皆さんに変身アイテムを配ります」
そう言って田中先生は教卓の下にあったダンボールを最前列三人の机に置いた。
中から一つ取って後ろに配ってと言われその通りにするが……。
「何……何? 何これ?」
「ボール? 感触がこれ……この、何とも……何とも言い難いんだけど……」
「柔らかい? 硬い? 新感覚過ぎて何とも言えないわね」
変身アイテムを配るという話だったのに手元にやって来たのはソフトボールより少し大きいぐらいの真っ黒な球体。
それを触りながら何とも言えない顔をしているのは蓮達だけではなく他のクラスメイトもだ。
「それはファンシーマテリアルという変身アイテムの素になる物質です」
「……これをコネコネして自分だけの変身アイテムを作れとかそういうあれですか?」
「なら幼稚園の時に見てたピュアシリーズのを作ろっかな」
「いやパクリは駄目っしょ」
「つってもうちら素人だよ? 一からデザインするとか無理っしょ」
「それ以前にモデルあっても上手に形作るのも無理そうなんだけど」
「はいはいお静かに。先生の話はまだ終わったませんよ~?」
パンパンと手を叩き、場を引き締める。
「素人の皆さんに一からハンドメイドしろなんて言いませんよ」
「じゃあ、何でこれを私達に?」
「ふふ、実際にやってみた方が早いですね」
そう言って田中先生は両手を使いマテリアルを胸の前で握り締めた。
するとどうだ? マテリアルは淡い光を放ち始めたではないか。
そこで田中先生はマテリアルを包み込んでいた手を離すとマテリアルは宙に浮かびぐねぐねと蠢き始めた。
《おぉ……》
三分が経過した頃、球体はファンシーなステッキへと姿を変えていた。
「あれはルリリンの……! でもちょっとデザインが違う!?」
「手にした者の資質や在り方に沿って形成されるものですからね。当時と今ではそりゃあ多少の変化はありますよ」
クルクルとステッキを回していると別の生徒が言う。
「変身! 変身見てみたい!!」
「私も私も! どんな感じなんですか!?」
「後日また実際にやるんですが……まあ良いでしょう」
田中先生が呪文らしきものを唱えると、どこからともなく音楽が流れ始めハートが周囲に散らばり始めた。
するすると解けていく衣服。際どい部分はエフェクトが隠してくれているが何ともまあ、エロい。
「ルリリンの生変身……うっ」
「榊原さん、興奮し過ぎ」
ルリリン推しの生徒Aこと榊原は鼻を押さえながらも変身シーンをガン見している。
十数秒ほどで変身が終わると、田中先生の身体をこれまたかなり際どい衣装が包み込んでいた。
小悪魔チックな感じを見るに、田中先生ことルリリンはそういうキャラだったようだ。
「じゃ、解除しますね」
「あぁ!? まだ写真も撮ってないのにぃ!!」
変身はあっさり解除された。
「ちなみに変身アイテムですが手鏡とかそういうのなら持ち運びも容易ですが、この杖は嵩張りますよね?」
「それ持って出歩くのはちょっとたるいかなー」
「ですので、こういうタイプの場合は待機モードが実装されてます」
ポン、という気の抜けた音と共にステッキは蝙蝠の羽根にも似た髪飾りへと変化した。
「あの、これ変身の掛け声とかどんな感じなんですか?」
「ああ、そこらは皆さんがデビューしてからですね」
それまでは「変身」で変身。待機モードがある場合は「小さくなれ」で小さくなるのだと言う。
「ただ変身に関しては一朝一夕では無理なのであしからず」
「え、訓練って三日四日なんですよね? それで変身出来るんです?」
「多分無理でしょうけど心配は要りませんよ~。変身アイテムを持っていれば素で超人と呼べるレベルに身体能力が向上するので」
さて、一連の流れを見て教室は俄かに活気付き始めていた。
女子高生とは言え、だ。小さい頃は変身ヒロインの番組を見ていた子も多いし何なら今も見ている子も居るかもしれない。
かつての、あるいは今も続く憧れの空想を前にして浮き足立つなという方が酷だろう。
「では早速、皆さんの変身アイテムをゲットするとしましょう。両手でしっかりマテリアルを握り締めてください」
全員が言われた通りにマテリアルを握り締める。
「全員、準備は出来ましたね? はい、では始めましょう」
パチン、と田中先生が指を鳴らすと全員のマテリアルが輝きを放ち始める。
「はい、もう離して良いですよ。あとは出来上がるまで待つだけ。時間は個人差ありますけど基本的には三分ぐらいですかね」
「さっきも思ったけど手軽過ぎだろ」
お湯を入れる必要はないのでカップラーメンより手軽である。
「ねね、れんたんはどんなん欲しい? あたしはあれ、小さい時に見てたアニメみたいに絵筆で変身したいんだけど」
「そりゃお前、男受けする可愛いん一択だろ」
「はぁ。あなたそればっかりね。殿方なんて別にそこまで執着するものではないでしょうに」
「そりゃお前がより取り見取りだからだよ。つか、そういう梓は?」
「変身ベルト」
「そりゃヒーローの方だろ」
ちらほらと他のクラスメイト達の変身アイテムは出来上がり始めた。
「あ! あたしらもそろそろみたいだよ梓」
「そうね」
五分ほど経過したところで楓と梓の変身アイテムが完成。
楓はコンパクト。梓は香水瓶。どちらも携帯するには便利な大きさである。
これで出来上がっていないのは二人。洋風お嬢と蓮だけになった。
「え、何これ? 先生、私だけ実は無理とかそういうパティーン? 入学即退学的な?」
「あはは、大丈夫ですよ。仮にそうだとすればそもそもマテリアルが反応することもないですから」
「あ、そう」
更に十分が経過し、麗華の変身アイテムが完成。残りは蓮だけ。
居心地の悪さを感じながら待ち続け、出来上がったのは変質を始めてから三十分後のことであった。
《……》
出来上がりはした。出来上がりはしたが皆、無言だった。
他のクラスメイトは王道のステッキタイプを始め、絵筆やキャンディなど変身ヒロインらしいものになった。
が、蓮のは違う。
「……ぎ、ギター?」
ギター。まあまあ、これもちょっと変わってはいるものの楽器と考えれば“アリ”の部類だろう。
だがそれは変身ヒロインらしいポップさや、可愛さなどがあればの話。
しかし蓮のそれはゴリッゴリのエレキ。それも髑髏と逆十字をモチーフにした白と黒のかなり尖ったヤツだ。
「……」
蓮は無言でギターを手に取った。
すると黒炎が指先に集まり揺らめく炎のピックが形成される。
そいつで軽く弾いてみると、キュイーンと実に気持ちの良いゴキゲンなサウンドが吐き出された。
「うん――――ふざけんなッッ!!!!」
蓮は激怒した。必ず理想の彼ピッピをゲットしなければならぬと決意した。
蓮には変身ヒロインが分からぬ。蓮は干物のような女である。
日曜朝は爆睡していたし、好きな番組はお笑い系で日曜の3時~4時ぐらいにやってる漫才番組を見て馬鹿笑いしケツをかきながら生きて来た。
けれどもモテることにかけては人一倍敏感であった。
「おま……おま……! これどう見ても甘ったるいラブソングじゃなくてロックとかパンクとかそういうジャンルだろ!?」
男の子に受けそうな可愛さとは無縁の変身アイテムは蓮の心を深く傷つけた。
「まあまあ矢坂さん、落ち着いて……」
「これで何に変身出来るよ!? このデザインとマッチする系なら悪役じゃん!!」
「落ち着いて蓮。変身ヒロインにもダーク系っていうか、そういうポジションあるから」
「そうそう。最初は距離置いてる系ね」
梓がフォローに入り、楓も追撃をかける。
「クールなキャラだったりするのよね。でも仲間になってからはポンコツな部分とか出して可愛いとこあるんだなって人気出るの」
「いやでもさぁ、ゴリッゴリのリアル髑髏だぞこれ。朝の空気にゃ不似合いだろ」
「じゃあ、あれじゃない? 深夜帯? そこらでやってるアニメとかならまあ」
「田中先生みたいなジャンルよ」
深夜帯ならそのデザインのアイテムが出ても何ら不思議ではないと諭すが、
「田中先生みたいにってことはエロ系だろ?
似合うか? 私にそれに似合うか? 少年のような体型の私がそんなん着ても悲しみしか生まれねえよ!
貧相な身体とパッとしない顔の女にそれとか罰ゲームじゃねえか!!
夜中に見てる野郎も気まずくて目ぇ逸らすわ! エロ目当てなのにこんなんお出しして御免なさいね?!」
さめざめと泣く蓮。
「レンレン、大丈夫だって。ほら、よく言うじゃん? 蓼食う虫も好き好きってさ」
「そうですよ。というか、よくよく考えればロックな動機でここに来た矢坂さんにはピッタリじゃないですか?」
「反骨心もメラメラありそうだしねえ」
他のクラスメイト達もフォローに入る。
わざわざこんな学校来るだけあって実に気の良い子達だ。
「それにエロ系と判断するのは早計ですよ」
「お前は……限界オタクッ」
「榊原です。久慈さんと燕さんの言うようなクール系やエロ系ってのもあるかもしれませんが一口に変身ヒロインと言っても中身は千差万別」
訂正を入れつつ榊原は語る。
「愛と勇気、友情を前面に押し出した王道。中々救いが見えない重く陰鬱なもの。ゴリッゴリの中二系。
間口の広さと懐の深さこそが変身ヒロインというジャンルです。可能性は無限大。皆違って皆、良い」
だから蓮のそれも変ではない、全然アリだと榊原は慈愛の笑みを浮かべる。
良いこと言ってるような気がしないでもないが、少しばかり話がずれていると言えよう。
「いやそもそもの話、私は可愛さの欠片もなくてモテに繋がりそうにないのが不満なんだが」
確かに男は髑髏とか好きかもしれない。
が、それは異性関係に繋がる好意ではないだろう。蓮はそれが不満なのだ。
「……知りませんよ!!」
仰る通りである。