20話
1.後輩はバーバリアン
昼休み。人気のない校舎裏の片隅で二人の生徒が頭を抱えていた。
「どうだった?」
「無理無理無理。あんなんどうしろって言うんですか」
ポニーテールの巨乳が大岡菜々美。三年生筆頭。
ツインテールの貧乳が柴杏子。二年生筆頭。
学年の代表を務める二人が何だってこんな場所で頭を抱えているのかと言うと、
「先輩あれホントに一年なんです? 超怖いんですけど」
「だよな。私もそう思う」
蓮だ。
菜々美も杏子も一年の頃から筆頭を張り続けているだけあってその実力に嘘はない。
これまでは乙女塾の生徒の中では一位、二位の実力者だった。
が、矢坂蓮の入学によってランキングは崩れ自動的にワンランクダウンさせられた。
「私が一年の頃の二、三年の筆頭でもあそこまでじゃなかったぞ」
「痛い目を見る未来しか見えない……」
三年の菜々美は言わずもがな、二年の杏子も二年後には命懸けの戦場に赴く覚悟は決めている。
が、それはそれ。これはこれ。特別何かを背負っているわけでもない戦いで痛い思いをしたいと思えるようなマゾではないのだ。
「ああクッソ、ステータスの可視化なんて魔法編み出すんじゃなかった……」
さめざめと泣く杏子。元々、蓮の噂は聞いていた。
塾長直々にスカウトをされ、目をかけられている期待の新星であると。
それでもどこかに侮りがあったことは否めない。
だが異常事態に巻き込まれ絶望的な状況に追い込まれたにも関わらず覚醒を果たし窮地を打開したと聞き「うん?」となった。
これは想像以上にやべえんでない? そんな後輩が筆頭になるのは目に見えている。
そして筆頭になれば自分達と……。
「せめてさぁ! もうちょっと前に確認出来てたら心の準備も出来たのにぃ」
ステータスを確認しようと思った時にはもう遅く、蓮は本土に行ってしまっていた。
そしてさっき、ようやく確認出来たのだが……。
「アイテムの補助発動してるとは言え変身もしてないのにパンチ力25tってどういうことなの……?」
杏子のステータス閲覧は感覚で測れないほど隔絶していたり、防護があれば見ることは出来ない。
だが不幸なことに蓮との実力差はギリギリで感じ取れる程度の差だった。
それゆえ見れてしまったのだが、そのステータスは絶望を感じ取るには十分だった。
「これで変身したらどうなるんだろうな」
「本気で殴られたら一瞬でハンバーグの材料になりそう」
揃って溜息を吐く。
やべえ女と戦うこともそうだが、問題はもう一つあるのだ。
「……力も心も、何も伝えられそうにないんですけど」
「……ああ。どっちも私達より上だろうからな」
二年、三年の筆頭は組手を通して一年筆頭と他の一年生達に伝えねばならないのだ。
己を貫き通すための力を。そしてそれを支える心を。
現状、どうやったってそれが伝えられるとは思えない。
「矢坂ちゃんはそれでもまあ、どっちも私らより上っぽいから良いけどぉ」
「他の一年だな。瞬殺される姿を見せ付けられても何も感じ取れんぞ」
またしても溜息。
「搦め手を使えば粘れるか……?」
「どうですかね。単なる脳筋ならまあ、いけそうですけどあの子、戦いそのもののセンスが頭抜けてるっぽいですし」
「……引っ掛からないか」
「多分。とりま、私が一番手なんでなるたけ頑張って時間稼ぎますから」
「その間に何とか打開策を、か」
どんよりとした空気のまま時間は流れ、チャイムが鳴った。
グラウンドに向かうと既に一年、二年三年のギャラリーは集合していてお行儀良く隅っこに座っていた。
「それでは最初は柴さんですね。中央にどうぞ~」
「あの、矢坂ちゃんの姿が見えないんですけど……」
「ああはい、矢坂さんなら準備があるとかで。とりあえず、先にどうぞ」
「はあ」
杏子は言われるがまま中央に向かい変身アイテムを取り出した。
その瞬間、ゴキゲンなサウンドが空から鳴り響いた。
全員がギョっとして音の聞こえた方を見ると、
《何あれ……》
校舎の時計がくっついてる出っ張りの頂点で腕を組む何者かの姿が。
太陽を背にしているから姿はよく見えないのだが……あれはどう考えても……。
「とうッ!!」
威勢の良い掛け声と共に人影は飛び降りた。
クルクルと空中で回転し、土煙を巻き上げながら着地したそいつは――プロレスラー?
「私の名前はマスク・ザ・ロータス。恋の病に伏してしまった矢坂蓮さんの代わりに急遽、参戦した謎の覆面レスラーだ」
《蓮じゃん。結局蓮じゃん》
総ツッコミを受けるがマスク・ザ・ロータスは総スルーだ。
すげえメンタルだなと杏子は呆れたがロータスは構わず続けた。
「私は矢坂さんと同等の力の持ち主だ。無論、心もね。代役として不足はなかろう」
そりゃ本人なんだから力は同じだろうよ。
という言葉を寸でのところで呑みこみ、杏子はじっとロータスを見つめる。
(何考えてんの? え、怖いんだけど)
突然の奇行。確かに怖い。
(……私が弱いから真面目に戦う気がないってこと?)
いやそれはないなと直ぐに却下する。
杏子の見る限り、見た目はふざけているがそれだけ。
身体中に漲る戦意は真っ直ぐ、こちらを射抜き続けている。
真剣なのは間違いない。だからこそ余計に怖い。何だこの状況はと。
「それでは両者、準備が整ったようですし……」
「え、このまま続けるんです!?」
「ロータスさんが矢坂さんと同じスペックの持ち主なら何の問題もないでしょうし」
問題しかないだろうと思ったが抗議をしたところで無駄だろう。
姿形がふざけてるだけで予定の進行に支障はないのだから。
「さあ、どこからでも来たまえ!!」
「……そのまま、続けるの?」
変身はしないのかと問うと、ロータスはフッと笑う。
バチバチと赤雷が奔り、黒炎が揺らめいた。
どうやら既に変身しているということらしい。
(え、あれがデフォルト……では、ないわよね? 噂じゃ中二感半端ないコスみたいだし)
どうなってんの? と思ったが考えている時間はない。
杏子は変身アイテムのリップを唇に走らせちゅっ♪と投げキッスを放つ。
変身シーンが始まった瞬間、
「クッソ! めっちゃ王道!! 私のと全然ちげえ!!」
ロータスが膝を折り悔しそうに地面を叩いた。
キャラブレてんぞと思ったが変身シーンの途中なのでツッコミを入れられず、そうこうしてる内に変身完了。
「うぅ……コスもめっちゃかわええ……女の子女の子してるぅ……」
心底悔しそうだ。
意図せず敗北感を植え付けてしまった杏子だが当人からすれば困惑しかない。
「ぐぬぬ……おいレフェリー! 結界は!?」
「大丈夫ですよ~」
塾長がバッチリ展開してあるのでどれだけ暴れても問題ないと田中先生は言った。
(……塾長がわざわざ結界を張るレベルってことか)
相手はそのレベルなのだと改めて認識させられ欝になりかけるが、
「ほう?」
杏子はパン! と勢い良く自身の両頬をひっ叩いた。
どこか感心した様子のロータスをよそに杏子は自らを叱咤する。
(欝ってる場合じゃないっしょ! 気合入れろ私!!)
侵略者との戦いではないから本気スイッチを入れられない?
命が懸かった戦いではないせいで意識が普通の女の子のままだから弱気が顔を出してしまう?
馬鹿か。今ここで真剣になれない奴が本番で戦えるものか。
そんな奴が可愛い後輩達に何を伝えてやれる。
(あれこれ考えるのはやめっ! 今私がやるべきは私の全力を以ってぶつかること!!)
杏子のスイッチが完全に切り替わった。
「先生、ゴング鳴らして!!」
そう叫ぶと田中先生はニコリと笑い、
「――――乙女組手、始めェ!!!!」
カーン! と盛大にゴングを鳴らした。
「やぁッ!!」
杏子は自慢の速さで先手を取り、仕掛けた。
最初は牽制のジャブ。ロータスの実力なら躱されてしまうだろうがそれで良い。
戦いとは二手、三手先を考えて行うもの。避けさせてからが本番。
そう考えていたのだがロータスは微動だにせずその一撃を受け入れたのだ。
「え!?」
攻撃した杏子自身が戸惑うほどに良い感触だった。
硬くはあったがそれでもダメージを与えたという確信を得られるほどのクリティカルヒット。
しかしロータスは小揺るぎもせず、
「こんなものかね?」
「ッ……なら!!」
更にギアを上げ、一瞬たりとも足を止めず一定の距離を保ったまま嵐の如き連打を繰り出す杏子。
ロータスはその全てを無防備に受け止め続けていた。
(……小さいけど、ダメージは確実に蓄積されている)
なのに、不動。心も身体も微塵も揺らいでいない。
一方的に攻撃をしているはずのこちらが揺らいでしまいそうになるほどだ。
杏子は乱れそうになる心を鎮めつつ、加速の術式を発動し踏んづけるように力いっぱいロータスを蹴って高く舞い上がった。
「はぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
攻撃をしながらチャージしていた魔力を解放し嵐の如く光弾を放つ。
が、ロータスはこれも防がない。躱さない。真っ向から受け止めてのけた。
これまでのと合わせて決して小さくはないダメージを刻み付けられたはずなのに、
「これは中々」
まるで堪えていない。
「何あれラスボス?」
「貫禄半端ねェ。ホントに一年?」
「倒れる姿が想像出来ないんだけど……え、これどうすんの?」
そうこうしているとロータスは高々と右腕を掲げた。
何を? と誰もが困惑している中、それは始まった。
ミシリミシリと音を立てる筋肉。浮かび上がる血管。力だ。あれは力を溜めているのだ。
「では、次は私の番だな」
ぐぐ、と右腕を後方へと引き絞る。
「ラリアットだ。首筋目掛けて行くから――――全力で防ぎたまえ」
「!?」
気付けばもう、目の前に居た。
杏子は本能的に両腕で首から上を庇うようにガードをするが、
「がっはぁ……!?」
その威力は尋常ではなかった。
腕には術式による防護も展開していたのに硝子のようにあっさりと砕け散る。
ガードの上からでも首が飛んでしまいそうな威力のラリアットを受けたのだ。その身体は勢い良く吹き飛んだ。
吹っ飛ぶ身体を支えようと背面に幾つも術式を展開するが殺し切れずそのまま校庭の端から端まで吹き飛び結界に叩き付けられてしまう。
(ば、化け物……同じ人類とは思えないわね……)
内心でそう毒づきながらも、杏子は笑っていた。
ガクガクと足を震わせながらも立ち上がった彼女を見てロータスは小さく笑う。
「ほう、立つかね」
「立つわよ」
一発。たった一発で全てが引っ繰り返った。
笑ってしまいたくなるほどに強い。だがそれは決して、諦める理由にはなり得ない。
「この心が燃え続けている限り何度だって立ち上がる。それが変身ヒロインでしょ?」
「フッ、良い覚悟だ」
カモン! と手招きするロータス。
徹底的にレスラースタイルを貫徹するらしい。
「っしゃあ!!」
柴杏子という人間が持つ全てを出し尽くす。
心に誓い、杏子は駆け出した。
だが意気込みだけでどうにかなるレベルではなく最初の猛攻に比べればその動きはあまりにも鈍い。
結論だけ語るなら三分。三分後に杏子は負けた。というより戦えなくなった。
しかし、その三分が無意味なものであったかと言えばそれは違う。観る者の心を打つ立派な戦いだった。
「……おお、おか……せんぱい」
指一本動かすのも辛いし、喋るのだって億劫だ。
それでも倒れはせず、立ったまま杏子は言う。
「――――あと、お願いします」
そのまま意識を失う杏子。しかし、倒れない。
その不屈を示すかのような散り様だ。
バトンを受け取った菜々美は一度、強く目を瞑ってからズンと力強く一歩を踏み出した。
「燃えて来た」
その口から吐き出された言葉を聞き、ロータスはニヤリと笑った。




