18話
1.うわキッツ!!
「……今日で一週間、か」
昼休み。楓、麗華、翔子と共に屋上で昼食を取っていた梓がぽつりと呟いた。
「れんれん、何してんだろね」
「先生に聞いてもちょっと大切な用事が、としか教えてくれないし」
「御二人にも連絡は届いていらっしゃらないので?」
「ないわね」
脱衣所で蓮が連れて行かれてから何の音沙汰もないまま一週間が経過していた。
塾長が一緒とは言え、それでも心配してしまうのが友情というものだろう。
まあ友情以上の何かもありそうだがそこに触れるのは野暮か。
「事情があるのは分かるけどせめて一言くらいあっても」
と愚痴を零していると膝に乗せていたスマホのランプが点滅し始めた。
「……蓮からだわ」
「! や、矢坂さんは何て?」
「用事終わったから帰って来た。明日からは学校にも顔出す……だって」
「ねえねえ、あたしとあずあずは放課後顔見に行くけど中村さんと遠山さんはどする?」
「お邪魔でないなら是非」
「わ、私も……お、お願いします……」
そういうことになった。
そして放課後。掃除を終えた四人はその足で蓮が暮らすマンションへと向かった。
途中、
『何か疲れてそうだしお土産を買っていきましょう』
梓の提案によりコンビニで山ほど甘い物を購入。
どっさりとスイーツを抱えたままインターホンを鳴らすと、直ぐにドアは開いた。開いたのだが……。
「え、誰も居ない? 何これ?」
扉の向こうには誰も居ない。
自動ドア? んなわけない。どうしたものかと四人は顔を見合わせる。
「……危なそうな感じは致しませんし、参りましょう。私が先頭を歩きますわ」
「そうね。お願いするわ」
靴を脱ぎ、一応お邪魔しますと声をかけ廊下を進む。
そしてリビングの扉を開けると、
「あ~お前らか~おつかれさーん」
下着姿でソファに寝転がってスルメを齧る蓮と、
「やあ、また会ったね」
乙女塾の制服を着た見知らぬ文学少女の姿が。
「……中村さん達の知り合いかしら?」
文学少女の視線が麗華と翔子に向けられているので梓は話を振ると二人はぶんぶんと首を横に振った。
「い、いえ……見覚えはありませんが……」
未熟ながらも彼女らは変身ヒロインの卵だ。
ゆえ無意識の内にその力を感じ取ったのだろう。皆、意識しないまま一歩距離を取っていた。
そんな梓達の様子は気にもかけず蓮は呆れたように言う。
「だからおめ~そのカッコじゃわかんねーべや」
「郷に入っては郷に従え。この世界の言葉だろう? 軋轢を生まないために必要な偽装だと思うのだがな」
「そらおめー、何も知らんパンピーの前ではそうするべきかもだがここは裏の事情知ってる奴しかいねーだろ」
「非日常の世界に浸っていようとも驚くものは驚くと思うが」
「最初だけだろ? 直ぐ馴染むわ。見た目完全にちげーから私も戸惑うんだよ~」
蓮が促すと文学少女は分かった分かったと頷き、偽装を解除した。
「「!?」」
「「うわキッツ!?」」
現れた青肌の美女にギョっとする麗華と翔子。
どう見積もっても二十代後半にしか見えない女の制服姿に引いてしまう梓と楓。
「完全にコスプレAVかコスプレ風俗じゃないの」
「いかがわしさしか感じない」
「……蓮、君の友人は実に無礼だな」
「ド失礼なのは間違いないが、感想自体はそう的外れでもねえよ」
と、そこで楓が怪訝そうな顔で首を傾げる。
「……ってかさ。この人、どっかで見たことない?」
「中村さんの記憶で見た敵じゃない? 性別は違うけど」
梓が蓮に説明を求めると、蓮はスルメを齧りながら頷いた。
「察しの通り、コイツは実習で私らが遭遇した敵さ。
授業で見せられた映像じゃ男だったが、あれ実は偽装でな。実は女だったんだわ」
ほれ、お前も自己紹介せんかと蓮が促す。
「名乗りの礼を取ろう。私は山田花子」
「「花子!? その見た目で!?」」
「そこより先にツッコむことがあるのではなくって!?」
梓と楓はまんま蓮と同じリアクションをするが、そうじゃねえだろうと麗華が軌道修正に入った。
「矢坂さん! どういうことですの!?」
「私にベタ惚れして亡命して来たんだよコイツ」
「ぼ、亡命? そんなことが……」
「色々理屈はあるみてえだけど、悪いがそこらは……あー、何だったよ花子」
「守秘義務だね」
「そうそれ、それだから言えんのだわ。ただまあ、塾長やヒーローヒロインの偉い人、政府にもキチンと認められてっからよ」
混乱していた麗華だが八江の名を出され、落ち着きを取り戻す。
そして諸々の事情を察し、分かりましたわと納得を示した。
「……なるほど、だから一週間も」
色々不明瞭ではあるが今明らかになっていることからでも察しはつく。
梓の言葉に蓮は頷いた。
「おう。動機が動機だからっつーんで保険だな」
力を失ったとは言え花子は世界の理に干渉してのける規格外の存在だ。
亡命ですか? りょ。で済ませられるわけがない。
万が一を考えて花子が多くを捨て去る決断の理由となった蓮を人質として置いておきたいというのは当然の考えだろう。
「……や、矢坂さんはそれで良いの?」
噛み付いたのは翔子だった。
まあ、友人が人質として使われるというのは良い気分ではないだろう。
「まー、別に無体な扱い受けたわけじゃねーしな。一部を除きゃ上げ膳据え膳だったわこの一週間」
「君は本当に寛容だな」
「寛容っつーか、キレる理由がなくね?」
袋の中にはもう、スルメがない。
そのことに気付いた蓮のチベスナフェイスが悲しみに染まる。
が、梓と楓がスイーツを差し出すと即座に復帰。エクレアを食べながら蓮は言う。
「人質つってもそれで何か要求したわけじゃねーしな。あくまで万が一が起きた時の保険。
そんぐらいは偉い人らからすりゃ当然のことじゃね?
私を盾にして花子にラインを越えた要求するとかしてたら……そん時はまあ、暴れるのも已む無しだがそういうんはなかったしな」
その言葉に顔を引き攣らせたのは麗華だった。
「…………元は敵であった山田、さんのため御国に逆らうと?」
「私ん中じゃコイツとの決着はついてるしな。改めて何かあったらまたやり合うかもだが現状、やる理由はどこにもねえ」
花子との敵対関係はもう終わっているというのが蓮の認識だった。
確かに花子は元侵略者だ。しかし、筋を通してこちらにやって来た。
世界というこの世のどんなものより確かな保証を得ているのだからとやかく言うことではあるめえと。
「ンなら人様を利用して好き勝手やろうとしてる方をブン殴るのが当然でね?」
「でも、実際はそういうことはなかったんだよね?」
「おう。実に紳士的だったぜ。あれな、偉い人って何か腹黒そうなイメージあるけどあれ偏見だったわ」
蓮は花子と偉い人達のやり取りには全て同席している。
故あれば国にも世界にも平気で中指を立てる矢坂蓮という人間の性格を熟知している八江がそう取り計らったのだ。
まあそのせいで一週間もかかってしまったのだが。
「それで、えーっとハナちゃんだっけ? ハナちゃんは結局どういう立場になったの? あ、あたしは燕楓だよ。よろ!」
「よろしく楓。無事、亡命者として受け入れられたよ」
「それなりの制限はあるのでしょう? 久慈梓よ」
「梓だね、よろしく。保護観察ということで平和島塾長の監視下で生活することになったよ」
そしてこちらの常識を学ぶため乙女塾に通うことになったとも。
「明日からは同窓生だ。何かと面倒をかけるかもしれないがよしなに頼むよ」
「「あぁ、だから制服着てたんだ……」」
「そういうこった。中村さんと遠山さんも自己紹介しとき」
誰も彼もが蓮のようにスパスパ割り切れるわけではない。
だが蓮の態度を見ているとあれこれ考えるのが馬鹿らしくなったのだろう。
麗華と翔子は大きな溜息を吐き、脱力したまま自己紹介を始めた。
「中村麗華ですわ。色々ありましたが、そこは一先ず置いておいてよろしくお願いします」
「と、ととと遠山、翔子、です」
「よろしく頼むよ麗華、翔子」
「っし、自己紹介も終わったし皆でおやつタイムな」
そういうことになった。
「そういやれんれん、一部を除いて上げ膳据え膳~って言ってたけど一部って何?」
「ん? ああ。ほら、一週間も学校行かなかったら勉強に遅れが出ちまうだろ?」
八江は教育者だし、他のヒーロー、ヒロイン、お役人の方々も立派な大人だった。
「それは忍びねえつーんで家庭教師つけられてよぉ……」
普通の授業ですら気もそぞろで眠くなるのだ。
マンツーマンでというのは蓮にとっては中々の地獄だった。
「んでもあっちは私のためにやってくれてるわけだから爆睡かますわけにもいかねえし……地獄だったわ」
「徹頭徹尾上げ膳据え膳じゃないの」
「ですわね。そんな状況を任せられるほどの家庭教師というなら相当ご立派な教育者なのでしょうし」
「うぅ……こっちは何か変わったこととかなかったんけ?」
「と、特には何も委員会とか決め……あ」
「うん?」
翔子が梓達を見渡す。
「まだ内緒にしておきましょうか。明日、学校行って面食らう蓮が見たいもの」
「おいコラ。何ちょっと不穏なこと言ってんだおめー」
「あら、不穏なことなんて何もなくってよ? むしろ光栄なことだと思いますわ」
梓と麗華の言葉に眉を顰めるが、言っても教えてくれそうにないので蓮は諦めた。
「それよか、あたしはハナちゃんのお話聞きたいんだけど」
「うん? 私のかね」
「うん。だってハナちゃん異世界の人なんでしょ? 気になるに決まってんじゃん」
「そういや私も忙しくてあんま話、聞けなかったな。何か面白い話してくれや」
「や、矢坂さん……そういう無茶振りは酷いと思う……」
「コイツはそういうの気にするタマじゃねえから」
蓮の言葉通り、花子は特に困った様子もなくそうだなと顎を擦っている。
「面白い話、か。ではそうだな、世界が滅びかけた話でもどうだ?」
「れんれん、この人を受け入れたのは早計じゃないかな」
「世界が滅びかけた話を面白いと言える感性はどう考えても悪党のそれじゃない」
「仮にも正義の味方の卵である私達の前でよくもまあ」
「……」
「お前は何で微妙に上がってた好感度を急落させんの?」
集中砲火を受ける花子だがまあ待てと苦笑する。
「世界が滅びかけたと言ってもそれは悪意や天災の類ではない。
生まれてこの方、友人など居ない私でもそんな話が雑談に向いていないことぐらいは分かる」
「お前ボッチだったのか……」
思わず憐憫の目を向けてしまう蓮だった。
「誇りある孤立さ。かつての私は他者を求めることで己の純度が下がってしまうと思い込んでいたものでね」
「アイタタタ……痛い、痛いよれんれん」
「異世界にも中二病はあるのね」
「むしろお前のカコバナのが笑えそうだが……それより分かってんなら何で世界が滅びかけた話、なんてぶっこんだよ」
「いやな。これが本当に笑い話としか言いようがないのだよ」
そう言われると蓮達も話に興味が沸く。
世界が滅びかけたという普通じゃ絶対にお目にかかれない絶望的な状況。
それが如何なる理由で笑い話とまで言われるのか。
「ふむ? 興味が出て来たようだし語るとしようか。これは奇妙――……いや、奇跡的と言うべきかな。
奇跡的にどの段階においても悪意は介在していなかった。全て、誰かの小さな善意だ」
「善意?」
「そう。それらが全て運悪く最悪の噛み合い方をした結果、世界が滅びかけたんだ」
くつくつと笑いを噛み殺す花子。
淡々と生きているこの奇妙な女が思い出し笑いをするほど滑稽なのかと蓮はますます興味をそそられた。
「この世界の人間にも伝わるよう単語やら何やらを置き換えて説明するなら」
少しの思案の後、こう切り出した。
「とある地方都市に住まう可もなく不可もない中流家庭に生まれた小学校3年生の男の子、太郎くんのささやかな善行が全ての始まりだった」
《出だしからしてもう、面白い予感しかしない……》