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17話

1.追尾式レズミサイル


「おぉ……警視庁……ドラマでよく観るやつぅ」

「んもう。おのぼりさんじゃあるまいしキョロキョロしない」


 塾長と共に本土へ転移した蓮は警視庁を訪れていた。

 普通の人なら一生縁がないであろう場所に入ることが出来たからだろう。蓮はわりとテンションが上がっていた。


「塾長塾長。あのー、あれ。特務何ちゃらとか特殊何ちゃらみたいなとこはどこにあんの?」

「……ドラマみたいに曲者の刑事が集められた特別なチームなどはなくなってよ」

「おいおいマジかよ。私らみたいなんがありならそこも頑張れや」

「誰が頑張りますの……まあ、後方支援という形で我々の活動を支えてくれている部署は一応ありますが」


 期待しているようなものではないと言われ蓮はガックリと肩を落とした。


「ってか塾長。直で飛べば良いのに何で表から入ったんすか?」


 転移を使えば直接、謎の侵入者が取調べを受けている部屋まで飛べたはずだ。

 しかし八江は警視庁付近の人目のない場所に飛び、そこから正式な手続きを経て警視庁へと入った。


「持つ者と持たざる者。そこに対する配慮ですわ。

私達からすれば気にするまでもないことでも一般の方にとってはそうではありません。

どこでも自由自在に入って来れると頭でそう理解していても、実際に遠慮なくバンバン入って来られるとそれはやがて恐れに繋がりかねない。

不必要に力を見せ付けたところで良いことはなくってよ? 配慮するという姿勢を示すことは存外、大事なのです」


「はへー」


 このババア、意外ともの考えて生きてんだな。蓮は感心した。

 ド失礼な感想だが平時の八江を見ているとそう思ってしまうのも無理からぬことだ。


「失礼致しますわ」


 ある部屋の前で立ち止まると八江はノックと呼び掛けを行う。

 応答と共に扉が開かれると蓮を伴い入室。


「あ、あー! すげえ! これドラマで観たやつ~!!」


 あの男に間違いないですか? 向こうからは見えません。落ち着いてよく見てください。

 みたいなシーンで出て来る部屋そのままの光景に蓮は大興奮だった。

 しかし部屋に詰めている刑事さん達はそれを咎めることはなかった。

 対応に当たっているのは事情を知る者で、だからこそ重い宿命を背負った少女にも寛容なのだ。


「喜んでくれて何よりだ。さて矢坂さん、だったね? ドラマのように聞かせてもらうが彼女に見覚えはあるかな?」

「……やー、ねーっすわ」


 黒いセーラー服を着たお下げと眼鏡が特徴的な少女。

 記憶を辿ってみても見覚えはない。


「あの、私と同姓同名の別人のことじゃないんすか?」

「それはない。だって変身ヒロインの卵である矢坂蓮は君だけなのだから」

「埒が明きませんわね。中に入りましょう」

「平和島塾長。あなたの御力を疑うわけではありませんが……」

「敢えてよろしくない表現を使いますが足手纏いを複数抱えていてもあの程度なら秒もかからず殺れますわ」


 ぶわっ、と刑事達の顔から冷や汗が噴出す。

 何てことはないただの言葉。しかしそこに込められた力は只人どころか同じく部屋に詰めていた元ヒーローですら怯えさせるほどだった。

 一方の蓮は、


「配慮がどうとか言ってたのに」


 と呆れ顔で力の圧を受け流していた。


「さあ蓮、中に入りますわよ」

「っす」


 扉を開けて取調室の中へと入る。

 するとこれまでだんまりを決め込んでいた少女が蓮を見るなり破顔した。


「やあ、また会えた」

「あぁ? 誰だテメェ。私はお前のことなんざ知らねーぞ」


 蓮がそう言うと少女は苦笑しパチンと指を鳴らすと、


「これならどうかな?」

「おま……謎の虫歯菌やんけぇ!!」


 文学少女から青肌のエロい妙齢女に姿が変化した。

 間違いない。忘れるものか。あそこまで惨い真似をされたのだから。

 あの日の絶望が蘇りちょっと泣きそうになる蓮だったが、


「……いや待て。その姿は確かに謎の虫歯菌だけどよ。ホントに奴か?」


 姿形はあの日見たまま。しかし、気配が違う。

 蓮の感覚は鋭い。姿形を変えた程度では気付かれてしまう。

 しかし謎の虫歯菌は姿を変えてこそいたが気配が変化していないところを見るに他の偽装は施してはいないはず。

 ゆえに蓮は違和感を拭い切れずその正体を疑っているのだ。


「…………あなた、とんでもないことをしますわね」


 黙って成り行きを見守っていた八江がぽつりと呟く。


「塾長?」

「気配が違うのは第三者を介してではなく本体だから。そして“大半の力”を失っているからでしょう」

「御名答。一目見た瞬間から何だこの怪物はと思っていたがあっさりバレてしまったね」

「???」


 はてな顔の蓮と他の同席者達。


「簡潔に説明するとだね。私は亡命をするために些かの無茶を通したのさ」

「ぼ、亡命……? な、何のためにそんな……」


 同席していたヒロインの一人がそう問うと謎の虫歯菌は蓮を見つめながらこう言った。


「愛に殉じるため。それ以外にあるかね?」


 全員の視線が蓮に注がれる。


「……テメェが生まれ育った国、世界を放り捨ててまで私んとこに来たのか」

「後悔はないさ。むしろ晴れやかな気持ちだよ」

「同性とは言えそこまでベタ惚れされてるってのは、まあ悪い気持ちじゃねえが」


 どうしてもあの時のことを、生まれて初めての歓喜を思い出してしまい蓮のテンションは急降下していく。

 ぬか喜びというのは存外、引き摺ってしまうものなのだ。


「いや待て。それ以前に亡命なんて出来るのか?」


 ヒーローが疑問を呈する。

 敵が主人公達の心に触れて改心し、味方になる。お約束の展開だ。

 虚構に昇華された物語の中でも当然、そんな展開はある。

 だがそれは脚色だ。実際に起きたことではなく虚構に昇華する中で物語を盛り上げるため追加された嘘でしかない。

 もしくは地球側の人間が“そういう設定”を背負って一時的に敵側に入るという出来レース。

 少なくとも現実の戦いにおいて敵が寝返った――地球側の存在として世界に受け入れられたという例はただの一つもない。

 その疑問に答えたのは八江だった。


「世界に敷かれたルールはこちらに不利に働くこともあるとは言え、大前提として地球とそこに住まう人々を守るためのもの。

本当に害意がないのならば可能……なのでしょうね。いやでもそれにしたってこちらに干渉して来た時点で型に嵌められていますし」


 手順を踏む。具体的に言うなら敵が仲間になるような話の運び方をしなければならないだろうと八江は言う。

 だが謎の虫歯菌はそれらを踏み倒してこの場に居る。


「理屈を窺っても?」

「構わないとも」


 謎の虫歯菌は静かに語り始めた。


「型に嵌められていたと言うのはその通り。この世界に干渉した時点で私も役が与えられた。

が、立ち位置的な問題なのか些かフワフワしていてね。

と言うのもだ。私は侵略に来たが侵略軍の中では外様なんだよ。地球に目をつけ侵略を主導した派閥とは別のところから監査役として派遣されたんだ」


 今日、まさに敵側の派閥についての話をしていた蓮にとってはホットな話題だった。


「侵略の指揮を執る司令官からすれば私を戦場に投入し活躍されるのは面白くない」

「なるたけ自分とこの人間だけで済ませようってか」

「ああ。とは言え本当に危なくなれば投入することも辞さないだろうから敵性認定を受けるのは当然だ」


 謎の虫歯菌に与えられたキャラクターはいわゆる“マッドな科学者”タイプの悪役だった。


「恐らく戦場に投入された段階で最高幹部の悪い科学者という設定が固まるのだろう」


 そこで蓮は思い出す。


『私はどう考えても幹部とかそういう立ち位置になるだろうからな』


 何かふわふわしてんなと思っていたがそういうことだったのかと。


「未だ完成していない余白のあるキャラクターという立ち位置。そしてもう一つ。蓮、君らとのファーストコンタクトさ」

「?」


 先週の戦い? それがどうしたと言うのか。

 小首を傾げる蓮に謎の虫歯菌は仔細を語る。


「いずれ何らかのキャラクターとなるであろう未完の変身ヒロインである君もまた余白のある存在だと言えよう。

空白を抱えた私達がぶつかることで“縁”が生じた。殺し合いはしてもそこに憎しみがなかったことも一因だろう」


 ざっくり説明するなら手を取り合えるフラグが生じたのだ。


「浪漫のないことだが……私が抱いたこの恋心もまたそれを後押したのだと思う」

「なるほど、分かり易い説明ですわね。恋心の部分について微に入り細を穿って聞きたいところですが」


 一先ず置いておこうと八江は物を横に置くジェスチャーをして、指摘する。


「フラグが生じたと言ってもそれを成立させるためには、あと一つ二つ足りないはずでしょう?」


 そこを如何にして踏み倒したのか。

 八江の言葉に謎の虫歯菌は察しはついているだろうにと苦笑し、答えを明かす。


「文字通り直談判したのさ。“世界”そのものにな」


 どうでも良いが蓮はもう話に着いて来れず聞いている振りに移行している。


「馬鹿な! 世界の理に干渉して無事で居られるわけがない!! 完全消滅するのが関の山だ!!」

「名無しの十賢者のことかね? そこだよ」


 そもそもからして疑問だったのだと謎の虫歯菌は笑う。


「世界の理を改変するなど神の領域を侵すに等しい所業だ。人の身で神の真似事をして無事で済むわけがない」


 代償として名無しの十賢者はその存在を抹消された。

 誰かがやった。しかし、その誰かが誰なのかが分からない。

 記憶からも記録からも個人を特定出来る情報は消え去り、あるのは彼らの行動による結果だけ。

 残された結果からかつてそういう十人が居たのだということは突き止めたもののそれ以上は何も分からない。


「しかしどうだろう? おかしくはないか?

誰かが居た、その誰かがやったと認識出来てしまうのは片手落ちだろう。

その功績すら別の誰かがやったことにしてしまわなければ完全とは言えない」


 彼らが力ある者だったからその程度で済んだ? まあそれもあるのだろう。

 謎の虫歯菌は酷く楽しげだが、焦れたヒーローの一人が言葉を遮る。


「……まわりくどいな。何が言いたい?」

「これは失敬。この世界のことを調べる中で私は一つの仮説を立てた」


 ピンと指を立て、結論を告げる。


「彼らは今も生きているのではないか、とね」


 蓮はもう半ば、夢の世界へ旅立っていた。


「論拠の一つになるのはルールの追加だ。

賢者達による改変の結果、随時アップデートされていくことになったのだろうが……柔軟過ぎないか?

機械的にルールが追加されているにしてはどれも適切過ぎる。

最初期にはなかったであろうルールの中身はどれもこれも人間の情理を勘定に入れたとしか思えないものばかり。

機械的に追加されたのであればもうちょっと融通が利かないものになっていたはずだ」


 謎の虫歯菌はそこに“生きた意思”を感じたのだと言う。


「名無しの十賢者はシステムそのものになったのではないかと仮説を立てた。

と言っても常時意識があるわけではなく追加条件が満たされた場合にのみ意識が浮上し判断を下すという感じだろう。

完全に消滅しなかったのは世界の理に同化したという事実があったからではないか?

初めから存在しなかったことにしてしまえば今、世界の理にある彼らの存在は矛盾してしまう。何せ彼らは地上から天へと駆け上がったのだから」


 矛盾が生じてしまえば今、名無しの十賢者が同化している世界の理にも影響が生じてしまう。

 だから誰かが居た、そしてその誰かが世界の理を改変してみせたという情報が残ったのだ。


「そしてこの仮説はこちらでも立てられているのではないかね?」

「まあ、そうですわね。極々限られた中でそういう話が出たことはありますわ」


 同席しているヒーロー、ヒロインがギョっとして八江を見る。


「しかし……」

「確認のしようがなかった」

「ええ。それを確認するということは世界の理に触れること。生半な人間では何も成せずに消し飛ばされるだけ」


 そしてそれを成せるだけの人間を検証のために使うわけにはいかない。

 仮に確認出来ても相応のペナルティを負うことになるだろうからだ。


「話を戻そう。私の仮説が正しいのなら、だ。

未完成のフラグとそれなりの力を持つ私ならば正規の手段ではないが彼らの意識を浮上させられるのではないかと思ったのだ。

結果はご覧の通り。強引で変則的な手段を用いたものの彼らに接触を果たし、こちらへの完全な鞍替えに成功した。地球の利益になると認められたのさ」


 もっとも、相応の代償は支払うことになったがねと謎の虫歯菌は苦笑する。


「今の私はあちら側に居た時と比べればその力は限りなく零に近い」


 これで零に近い? では全盛はどれほどの……八江と蓮以外の面子の顔がさっと蒼褪める。


「完全に喪失しなかったのは私が事を円滑に進ませ、こちら側に受け入れさせるためだろう。

力のない只人なら大きな権限を持つであろう人間と直ぐに接触するのは難しいからね」


 その視線は八江に向けられていた。


「……平和島塾長を釣り上げるために矢坂さんの名を使ったのか」


 得体の知れない存在、しかも無視出来ないほどの力を持っている手合いだ。

 そんな輩が未来の変身ヒロインの名を出せば念には念を入れ最高戦力が護衛に就くであろうことは想像に難くない。


「まあそうだが蓮に会いたかったのも本当だよ。何せ私は彼女に惚れて多くを捨て去る決断をしたのだから」

「おお、暑い暑い。未婚のババアには堪えますわね」

「フフフ、してどうかな?」

「あなたを受け入れるよう私が各所に働きかけますわ。とは言え……」

「ああ、分かっているとも。土産はキッチリと用意してある」


 とんとん、と謎の虫歯菌は自らの頭を指す。


「結構――そして蓮、そろそろ起きなさいな」

「あ痛ッ!? 寝てねえっす、寝てねえっすよ。ホント言いがかりやめてくださいよ」


 扇子で頭を小突かれた蓮が抗議の声を上げる。


「寝ていないのなら何を話していたか説明出来ますわね?」

「え? あー、あれっすわ。謎の虫歯菌を受け入れるんでしょ?」

「結論だけしか聞いてない……いやこれも聞いたというより空気を察して言っただけ感が……」


 八江だけでなく他の大人達も半目になっているのを見て蓮はざぁとらしい咳払いをして、謎の虫歯菌に語り掛ける。


「こっちでやってくんだよな?」

「ああ、君と共に生きていくつもりだ」

「ベタ惚れかよ……じゃあ、名前はどうすんの? こっちの言葉にゃ変換出来ないんだろ?」

「ベタ惚れだとも。無論、名前は考えてある」

「ほう? じゃあ聞かせてくれや。改めて自己紹介しようぜ」


 私は矢坂蓮、お前は? 名乗りと共に蓮は手を差し出した。


「山田花子だ。よろしく頼む」


 謎の虫歯菌改め花子もまた名乗りと共にその手を取るが……。


「山田花子!? そのツラで?!」

「見た目は関係ないと思うが……こちら側の命名法則に則って当て嵌めるならこれが一番近しいんだよ」

「かつては有り触れていた、クラシカルな名前ってことか~? まあ良いや、改めてよろしく」

「ああ」


 こうして追尾式レズミサイル花子は見事、目標に着弾し二人の道は交わったのである。

グラブルやってる方、古戦場お疲れ様です。

いやー……今回は糞土偶以来のイラつきを覚えるボスでしたわ。

ディスペルマウント多用しなきゃいけないならせめて火力を下げるとか……攻撃が痛過ぎる……。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさか貴方様の新作が、魔法少女物だとは! つい一気読みしてしまいました。 追尾式レズミサイルは草
[一言] このレズミサイルに睨まれる事を考えると今後彼氏できる可能性さらに下がるのでは?可哀想というか自業自得というか 回避率アップさえ…あれさえなければまだクソボス認定されなかったのに
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