16話
1.親睦会
放課後。今度は麗華も含めて第二次親睦会兼、実習お疲れ様の会がファミレスで開かれていた。
ここが普通の場所なら十五人で複数席を占有するのはちょっと……となるかもだが箱庭ゆえ気にしている者は誰も居ない。
「私、思うんだけどさぁ。一定水準以下の強さなら幾らでもぶちこんで良いってやっぱずるくない?」
「あー……うん、それはねえ」
ざっくり説明すると侵略者は雑魚キャラを制限なく投入出来るのだ。
テレビで放映される時は尺の都合や画面の見易さを優先しているので雑魚は本当に前座のような扱いだがリアルはそうじゃない。
が、考えてみれば当然のことである。わざわざ強い奴に強い奴をいきなりぶつける必要はないのだから。
雑魚で可能な限り削ってからというのは当然だろう。
「でも、そういうのを横からかっ浚って処理してるみたいだし問題ないんじゃない?」
ただ地球側もやられっぱなしではない。
無制限の戦力投入は相手側に有利なルールではあるが、対処し切れないほどのものでもない。
コッソリと横から雑魚をかっ浚い、それをひよっこ達の練習相手に使ったり研究のための検体に利用していたりする。
「問題ないかもだけどぉ、ムカつくんだよぅ」
不満の根源はそれが全てだろう。
何も悪いことしてないのに侵略を仕掛けられているというだけでもムカつく。
その上、こっちは色々ハンデを背負っているのにあちらは……ともなれば文句の一つも言いたくなろうさ。
「よーし、んじゃちょっとだけ溜飲下がる話してやるよ」
「矢坂さん?」
「私らのグループが戦った雑魚は歯医者とかで見る虫歯菌をデフォルメしたような奴だったんだけどさぁ」
うぷぷと笑いを噛み殺しながら蓮は言う。
「どうも連中、良い歳してこんな格好させられて嫁や子供に合わせる顔がないとか泣いてるらしいぜ」
「草」
「ウケる」
軽くウケを取れたようだが最初に不満をぶちまけた子はまだ不満があるらしく、
「やー、それはざまぁだけどぉ……別に奥さんや子供に見られてるわけじゃないんでしょ?」
内緒にしてれば知られやしないのだからノーダメージじゃんと言う。
蓮もそういう返しが来ることは分かっていたのでまあ待てと宥めつつ続ける。
「私もそう思ったんだが違うらしいんだよな。
中村さんから教えてもらったんだがどうも、戦いの様子はあっち側の人間なら誰でも見られるっぽいのよ」
《???》
何で? となるのは当然だろう。
こちらでも物語として編集ないし、アニメ化されたものをテレビやネットで観覧することは出来る。
だがそれは“虚構”として昇華することで人的・物的被害を帳消しにする儀式のために必要なことだからだ。
地球に攻め入って来ている侵略者達のホームグラウンドに被害はないし、侵略に参加している者達だって死ぬことはない。
なのに何故? 皆の疑問に答えたのはそれを蓮に教えた麗華だった。
「こちら側が有利になるためのルールによるものですわ」
「? 戦いの様子を敵側の人らに見せて何か得あんの?」
「侵略者の中には情理などない昆虫のような生態をしている者も居ますが、多くは我々に近しい思考を持つ知的生命体ですの」
文化の違いによる思考の差異などはあれ、重なる部分も多いのだと言う。
小難しい話ゆえピンと来ているのは数人程度だが麗華は構わず続ける。
「私達が対峙した敵を例に挙げて考えましょう。
五時間目の授業で矢坂さんと対峙していた男が居ましたよね? 彼は軍人でかつては士官学校で学びを得ていたと言っていました」
そのことからも姿形はさておき、地球人と近しい思考や文化を形成していると見て間違いないだろう。
共和制、君主制、完全独裁、政治形態は不明だが地球人の想像の範疇を大きく逸脱することはないはずだ。
であればその悪癖だって想像がつく。
「人が集団を形成する上で避けられないものがあります。異なる思想による対立ですわ。
領土、資源を目的とした戦争に賛成する派閥も居れば当然、それに反対する派閥も居る。
地球への侵略において人的な損失は避けられますが物的損失は避けられない」
想像して欲しい。
侵略を是とする派閥が支持を得て侵略を開始。
恥ずかしい茶番劇を強いられた挙句、敗北しそれによって参加した人員が永続デバフを背負って帰還したらどうなる?
「対立している側の攻撃材料になるわけですね」
「ええ。これは相手の側に火種を持ち込み内輪もめを誘発するために追加されたルールなのでしょうね」
戦争の途中であろうとも負けが見え始めれば反対派閥は元気になるだろう。
背後に火種を抱えたままで十全に侵略が出来るか? 出来るわけがない。
負ければ後がないと必死になるというリスクもあるが、それ込みでも地球側にとっては悪いルールではないだろう。
「んで、どうよ? ちょっとは溜飲下がった?」
「んー、多少は?」
「そいつは結構。ところでさ話変わるけど皆はどんな雑魚とやったわけ?」
「うちは多分、矢坂さん達と同じとこから攫って来たのかな。虫歯菌だったよ」
「私のところは顔のないデフォルメされた人間っぽい黒タイツでしたね」
その後も取りとめのない雑談が続き、話題は学校行事の話になった。
「……うちって普通の学校みたいに体育祭とか文化祭あるのかな?」
「そういやそこらの説明なかったな。中村さん、どうなん?」
「一応、あるとは聞いていますけど……ごめんなさい。あまりそういう部分は気にしていなかったので」
「文化祭はともかく体育祭はよそと同じようにとはならないわよね?」
「んまー、全員超人だしね~」
「中身より人数だよ。全学年合わせても百人居ないんだよ? 寂しすぎない?」
「あの馬鹿っ広いグラウンドで、それは確かに寂しいわ」
「クラスは一つだし多分、全学年合わせて紅白とかで組み分けするんだろうけど」
全員の視線がステーキを豪快に噛み千切っている蓮に向けられた。
「……この暴の化身様と違う組になりたくないんだけど」
「戦闘力を競うプログラムとかあったら戦う前に降参するよ私」
「おいおいおい、人を何だと思ってんだ。つか、全学年合同なら先輩らも居るじゃんよ」
蓮は別段、自分が最強だとは思ってはいない。
二年、三年の中には自分より強い人も居るだろうと思っている。だが、それはとんだ勘違いだ。
随分と弱体化しているとは言え、あそこまでの力を持つ謎の虫歯菌を一方的に殴り殺せるような強さを持つ学生なんて居やしない。
「乙女塾なんて看板掲げてるんだし女子力を競うとかなら問題なく勝てそうなんだけどねえ」
「おいおいおい、泣くぞ私?」
乙女塾において女子力最底辺は誰かと問われたら、それは間違いなく蓮だろう。
2.セクハラ玉
ファミレスで食事を終え、一行は街に繰り出しトコトン遊びまわった。
そして夜も更けて来たので最後のシメに健康ランドへGO。
裸の付き合い以上のコミュニケーションはないという塾長の言葉に倣ってのことだ。
「これさぁ、どう考えても塾長の趣味だよな」
「んだねえ。箱庭ってこれ、何の特徴もない平均的な街を再現してるらしいけどクオリティ違い過ぎるもん」
都心のように栄えているわけではないが、田舎と呼ぶほどでもない。
そこそこ栄えた地方都市ぐらいを意識している箱庭だが、入浴関連の施設だけ明らかにグレードが違う。
島内の地図をダウンロードして検索してみたところ健康ランドやスパ銭が複数存在している上、やたら豪華なのだ。
「……これ、お国に税金の無駄遣いだって怒られないのかしら?」
「塾長の功績を考えればこれぐらいは許容範囲ということでしょう。いえ、私も露骨に自分の趣味に全振りしているのはどうかと思いますが」
まあ楽しめるなら別にいっかと割り切り、お金を払って脱衣所へ。
従業員は居るが客のキャストなどは居ないようで中はガラガラだった。
「おぉう。テメェ梓、また乳デカくなったんじゃねえか? 半分ぐらいくれや」
「いきなり人の胸を鷲掴みにした挙句、妄言吐かないでくれるかしら?」
隣で服を脱いでいた梓の生乳を真正面から揉みにかかった蓮も大概だが小揺るぎもしていない梓も大概である。
「おめー、私と楓が可哀想じゃねえのか?」
「何であたしちゃん巻き込んだ?」
同じく蓮の横で服を脱いでいた楓がつっこむが蓮はスルーした。
「三人組つったらバランスだろうがよバランスぅ~。見ろや私と楓の貧しい大地を。そして貴様の肥沃な大地を」
「人の身体を貧しい大地呼ばわりするの止めてくんない?」
「大中小でバランス取れてるじゃないの。いやまあ楓は小寄りの中だけど」
「梓もあたしをフォローしてんの? 馬鹿にしてんの?」
「そういう凸凹コンビの時代は終わったんだよ~今は平均値なんだよ~」
遂に片揉みから両揉みへと移行した蓮。その目には隠し切れない淀んだ嫉妬が滲んでいた。
「あーあ、皆の乳尻強制徴収して私の乳尻に加算出来ねえかな~」
「何そのセクハラ玉?」
「いやでも矢坂さんもスタイル良いと思うけどね」
「そうそう、綺麗な身体……おなか触るね」
「そこは普通確認からじゃね?」
「人の胸をいきなり鷲掴みにしたあなたが言う?」
仰る通りである。
「え、あれ? 柔らかい……」
「嘘! ちょーちょ、あたしにも触らせて……うわ、やわっこい」
「えぇ? あの、私も良いですか?」
「私も」
クラスメイト達はこぞって蓮の身体に触れ、皆一様に首を傾げている。
「女の子の身体だ……」
「もっちもちじゃん……」
「君ら失礼過ぎへんか?」
「いや話聞いて調べたんだけどさ。超人体質って何か筋肉凄いあれなんでしょ? だったらめちゃカチカチだと思うじゃん」
調べたわりに説明が馬鹿っぽいのはさておきだ。
散々、実技で超人ぶりを見せ付けられたのだから困惑するのも当然である。
実際、異常に発達し続ける筋肉は常人のそれとは手触りも違うだろう。
だが蓮は超人体質の中でも尚、異質な肉体をしているのだ。
「力籠めてねえんだからそりゃ柔らかいに決まってるだろ」
言って蓮は軽く全身に力を入れた。
すると、
「うわ硬ッ!?」
「ってか熱ッ!!」
「何これどうなってんの!?」
今も尚、成長し続けギッチギチに圧縮されている筋肉。
説明だけ聞くと凄まじい硬度を誇るように聞こえるがそうじゃない。
平時は少女のそれと変わらぬ質感で力を入れると金剛石もかくやという硬さを持ち始める。
かと言って柔軟性が損なわれるわけでもなく……イカレているとしか言いようがない肉体だ。
「わ、私も触りたい……さ、触って良い?」
「あ、あの……私も……」
遂には翔子や麗華まで。
さっさと風呂に入りてえんだがと辟易する蓮だが、無碍に断ることも出来ない。
しゃーねーなと溜息を吐いたところで、
「――――お楽しみの最中申し訳ありませんが、少しよろしくって?」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
全員がギョっとして脱衣所中央を見ると椅子に腰掛けた八江がフルーツ牛乳を啜っていた。
「い、何時の間に……」
「居なかったよね? 絶対居なかったよね?」
「転移? 転移して来た? でも誰にも気付かれず……怖ッ」
そんなリアクションをする子供らを宥めつつ、八江は言う。
「蓮。ちょっと私に着いて来てくれませんこと?」
「……今から風呂入るとこだったのに」
はぁ、と溜息を吐き脱衣かごに突っ込んでいた下着と服を取り出し着替えを始める。
不満はあるが塾長がわざわざ足を運んで来たのだ。何か大事な用があることぐらいは察せられる。
「悪い。私は一足先に失礼するわ」
蓮が着替えを終えると八江は転移を発動させ、塾長室へと飛んだ。
「で、私に何の用なんで?」
「簡潔に説明致しますが少し前、首相官邸に侵入者が現れましたの」
「はぁ」
それが一体どうしたと言うのか。
結構な事件ではあるが、自分と何の関係があるのか。首を傾げる蓮に八江はこう続ける。
「どうも“こちら側”の人間のようでして」
「はぁ。それならそれで塾長らが対処すりゃ良いじゃん。本土にも居るんだろ? 元ヒーローヒロインの先輩方がさ」
「荒事ではありませんわ。侵入者はかなりの力を持っているようですが大人しく身柄を確保されたとのことですし」
「? ますます意味が分からん。何で私にそんな話を?」
「確保出来たは良いものの“矢坂蓮”が来るまで何も喋らないの一点張りですの」
無理矢理口を割らせることも出来るが、荒っぽい手段で得た情報は信憑性が低い。
そして、そんなことをして抵抗されれば小さくはない被害が出てしまう。
円滑に話を進めるため蓮に同行して欲しいのだと八江は言う。
「私も同席して万が一がないよう守りますし、頼まれてくださる?」
「まあ、別にいっすけど」
こうして蓮は八江と共に本土へ向かうことに。