15話
1.婆の昔話
「や~楽しかったね~」
「学校の授業でこんなに楽しいのはじめてだったよ」
「六時間目は何やんのかな? 続き? 今度は別のお題が出たり?」
そろそろ休み時間は終わるのだが、まだ“わたしのかんがえたかっこいいせりふ”選手権の熱は冷めやらず教室は騒がしい。
蓮は事前の羞恥プレイさえなきゃ楽しめたんだがなー、などと考えながらクラスメイトにせがまれ変身をしていた。
「ところで矢坂さん。矢坂さんは音楽の経験がおありなので?」
「あん? あるわけないじゃん。リコーダーと鍵盤ハーモニカぐらいだよ」
「……けんばんはーもにか? って何それ?」
「は? ほらあるじゃん。チューブみたいなんくっついてる小さいピアノっぽい楽器」
「それピアニカじゃん」
「はい? メロディオンでしょう?」
「メロディカ……」
どうやら地域差があるらしい。
鍵盤ハーモニカトークが始まりそうなので最初に話を振った榊原が軌道修正を図る。
「まあ呼び名についてはさておき。音楽の経験が皆無なのに、その随分と上手にギターを弾くんですね」
「そういやそうだ。蓮ちゃんって戦いだけじゃなく音楽の才能もあるの?」
「やー、音楽の成績は並だったぜ私。リコーダーとか鍵盤ハーモニカも特別、上手いとか褒められたことねーし」
「多分、変身アイテムの機能なんじゃない?」
そう口にしたのは梓だった。
梓は懐から自分の変身アイテムである香水瓶を取り出す。
「私もあれこれ試してて気付いたんだけど」
論より証拠と梓は軽く宙に香水を吹きかける。
皆がこぞって鼻を寄せ、その香りを確認。シトラス系だ。
「私、シトラス系好きなんだよね~柑橘系の爽やかさがたまんない」
「私はグリーン系ですかね」
皆が匂いを確認したのを見届け、もう一度。
今度は甘い花の香りが漂い始めた。皆が目を丸くする。
当然のことながら梓に中身を入れ替えたりした様子はなかった。だが明らかに先ほどとは別物。
「どうにも私の意思で中身を変化させられるっぽいのよねこれ。あくまで私が嗅いだことのある香りに限定されるのだけど」
「え、何それ? じゃあどんな高い香水でも一回買って匂い嗅げば次からはタダってこと?」
「何なら買う必要すらなくね? 試供品だけで十分ってゆーか」
「……美味いシノギの匂いがしますねえ」
中身を別の瓶に注ぎ……いや、それは変身ヒロインのやることではあるまい。
口にしたクラスメイトも直ぐにブンブンと首を横に振って、邪な考えを追い出していた。
「私のがこんな感じだから蓮のもそうなんじゃない?
その時の感情が旋律として出力されるとか思い描いたメロディを自然に奏でられるとか」
言われてみればそんな気がしないでもないと蓮は頷く。
「ちょっと試してみるわ」
蓮が思い浮かべたのは、
《猫ふんじゃった……》
「おぉ、指が勝手に動く。すげえなこれ」
純度100%の中二デザインのエレキで紡がれるゴキゲンな猫ふんじゃった。
何ともシュールな光景だが、ともあれ梓の推測は正しかったらしい。
「じゃあ、あーしらの変身アイテムもそうなんかな?」
「私、キャンディのステッキなんですが……」
「食べられるんじゃない?」
「久慈さんと同じなら今まで食べたことある飴の味に変えられるかもじゃん!」
変身アイテム談議に熱が入りかけたところでチャイムが鳴る。
お行儀の良い子達ばかりなので少女らはそそくさと自身の席へと戻った。
チャイムが鳴り止むと教室の扉が開き、田中先生と……八江が教室へと入って来た。
「塾長じゃん」
「ええ、私が乙女塾塾長平和島八江でしてよ!!」
天下無双と書かれた扇子を広げ、ドヤる八江。
やっぱ本物お嬢には見えねえなぁ、と蓮はしみじみ思った。
「五時間目に続き、座学のお時間です」
挨拶を済ませ出欠を取り終えると田中先生が切り出した。
「また大喜利大会ですか?」
「それはまた今度で、六時間目は先達の御話を聞きかせて頂きましょう」
「わざわざ塾長連れて来たってことは塾長の話っすか?」
「ええ。塾長はこの道ン十年のでぇベテランですからね~」
蓮はちらりと麗華を見た。
八江の話が聞けるということで、ひそかにテンションを上げているっぽい。
(実家に居た時、おばあちゃんから色々聞いたらしいが……)
本人の口から語られるのはまた別腹なのだろう。
「それでは塾長、お願いします」
「よくってよ」
田中先生と入れ替わりで八江が教卓の後ろに立つ。
「さ~て、なーにから御話致しましょうか。まずはそう、変身ヒロインになった切っ掛けから……あら蓮、早速おねむスイッチ入っちゃってません?」
「言いがかりはやめてくんねえですかねえ。私の顔を見てくださいよ。どこに眠気が?」
「チベスナ顔で分かり難いのを良いことに堂々と嘘を吐きますわね」
まあ良いですわと気を取り直し、八江は語り始める。
「当時、私は十六歳、蝶よ花よと育てられた純情可憐なJKでしたわ」
気に入らん奴を殴りに行くなんて動機を口にした女が純情可憐?
蓮の嘘を咎めたその口で早速、嘘を口にするとは大した女である。
「出会いは本当に唐突。学校の帰り道で隻眼の老婆に出くわしましたの。彼女は言いました。
『お嬢ちゃん、良い目をしてるねぇ。ちょいとこの婆と一緒に、風呂でもどうだい?』と」
「まんま私ん時と同じじゃねえか」
「裸の付き合い。これに勝るコミュニケーションはなくってよ」
フンス! と何故かドヤ顔の八江。
「老婆から事情を聞いた私はその場で戦うことを決めましたわ」
「……そ、それはどうして、ですか?」
声を上げたのは翔子だった。
一皮剥けたと言っても、まだまだ。戦う理由などは見つけられていない。
だからこそ、知りたかったのだろう。未来の変身ヒロインを育てる教育機関の長として今も戦い続けている八江の理由を。
「じゅ、塾長も……最初はやっぱり、戦わなきゃって……?」
「いいえ」
ハッキリと否定した。
「私の戦う理由に義務感や使命感などは一切ありません。私情100%ですわ」
「し、私情……」
「屑が人様の家に土足で踏み込んで好き勝手やっている……ムカつきません?」
ふふ、と小さく笑い八江は言う。
「気に入らねえ。戦う理由はそれで十分ですわ」
それだけ。たったそれだけを理由に■■■八江は平和島八江と名を変え、戦場へ飛び込んだのだ。
真っ当な感性を持つ者からすれば凄いとかどうとか以前に“恐ろしい”と感じるだろう。
その畏れは正しい。そんなおっかない女だからこそ八江は今も健在で在り続けて居るのだから。
「ええ、少なくとも私にとっては。それでまあ家族への説明やら当時、物語の舞台となっていた街への引越しで数日ほどでしたか」
いよいよデビューの日がやって来たのだと言う。
「私は初期メンではなく、いわゆる追加戦士枠で序盤の終わりから登場して仲間になったのは……」
「ちょ、ちょーちょーちょー!」
「はい?」
「え、塾長いきなり? いきなり戦場にぶっこまれたんです!? 私らみたいに学校で色々学んでからじゃなく!?」
「……まあ塾長になるような人だし、最初から凄かったんじゃない?」
「あー……そこらの話は後々、授業でやるでしょうが」
八江はちらりと田中先生を見る。先生は小さく頷き返した。
「私個人の話からは脱線しますが、少々変身ヒーロー、ヒロインの歴史について語りましょうか。
変身ヒーロー、ヒロインを養成する学校なんてものが出来たのは近年に入ってからなのです」
それこそここ数十年の話だと言う。
それには他の生徒たちだけでなく蓮も驚いた。
「我々のような存在が何時から存在していたのかについては今でも正確なところは分かっていません。
ですが長い歴史があることは確かでしょう。しかし、その長い歴史の殆どの時期において我々のような存在は表社会と断絶していました」
理由については何となく察しがつく方も居るのでは?
と八江が生徒らに話を振ると、麗華が小さく手を挙げ言う。
「……国家間の争いに超常の力を利用されることを嫌ったから、でしょうか?」
「その通り。歴史を見渡せば暗君、暴君はソシャゲのコモン並にポコポコ排出されていますもの」
そんな輩に超常の力があるなんて知られればどうなるか。
過ちを犯し痛い目を見てそこでこれは駄目なのだと省みることで人間はモラルを育んで来たのだ。
今では当たり前の人権という概念がなかった時代に超常の力が戦争に使われていたらどうなっていただろう?
これはやべえと手遅れになる前に省みて、道を正せなければ人類の歴史が終わる可能性だってある。
時の英雄達が為政者から距離を取ったのは賢明な判断と言えよう。
「話を戻しましょう。表社会と断絶しているような状況で教育機関など作れるはずもありません」
それどころか英雄同士での繋がりすらおぼろげだったと言う。
今は自宅の部屋で寝転がったままでも世界中の人間と繋がることが出来る。
しかし情報伝達手段が未熟だった頃は国家が間に入らないと互いの存在を認知することさえ困難だ。
だから個人、もしくは少人数のコミュニティでやっていくしかなかった。
「日本の英雄達が表の為政者と繋がりを持ち始めたのだって維新後。
そしてその繋がりにしても殆ど不可侵条約のようなもの。
事が事だけに政府も支援等はしていましたが、英雄側が自分達の力を利用されることを恐れていたので積極的な歩み寄りはありませんでしたわ」
後の歴史を知る者だからこそ言えることかもしれないが、その判断は間違いではなかっただろう。
何せ後に世界大戦が控えているのだから。
「本格的に手を組み始めたのは第二次大戦後ですが、その頃になると……ねえ?」
金も物も足りない状況で手厚いサポートなど出来ようはずもない。
教育機関の設立などが遅々として進まなかったのはしょうがないことだ。
だが理由はそれだけではないと八江は言う。
「昔と今では“ルール”が違ったのも大きいでしょう。
地球の外からやって来る侵略者に対抗するため世界の理を改変して敷かれたルール。
今でこそ私達側に有利なルールもそれなりにありますが当初からそうだったわけではありませんわ。
国家間の関係と同じで力なき者は不平等を呑まざるを得ないというのが現実」
ゆえに昔は運命に選ばれた人間の数も少なくそれが育つのを待てるほどの余裕もなかった。
それが改善したのは先人達が勝利を積み重ね続けて来たからだ。
「勝利し、力を示し、価値を上げることで少しずつ有利な方向になるようなルールが組み込まれているのでしょうね」
名無しの十賢者が書き換えた理だがその全てが明らかになっているわけではない。
茶番劇に必要なルールは当事者が物語に組み込まれた時点で勝手に説明されるが、見えない部分を支えているものについては別だ。
情報の蓄積によって恐らくはこういうルールもあるのでは? という程度の情報しかない。
「まあそんなわけで私も仲間達もいきなり戦いの渦中にぶち込まれたわけです。
ああ、一応言っておきますが自分達の強いられた苦難を理由に今の子達は、などと言うつもりはなくってよ?」
テンプレ老害じゃないんだからと八江はケラケラ笑っている。
「さて。本筋に戻りましょう。私は序盤の終わりぐらいから登場する追加戦士枠として物語に参加しました」
ああそういやそういう話だったなと蓮達はようやく思い出す。
随分長い脱線ではあったが、タメになる話ではあったので無駄ではなかろう。
「追加戦士と言っても直ぐには加入しない感じで……主人公側寄りの第三勢力的な?
たっかびーなお嬢様キャラで主人公のことを甘いですわ! とか言っちゃう感じ」
「あーはいはい、何かと主人公につっかかるけど可愛いとことか人の良さをチラ見せして好感度稼ぐタイプですね」
あるあるとそういうアニメやら実写を見ていてお約束を理解している生徒らが頷く。
「そうそう。我ながらあっざといキャラ付けしてんなーと思いながらやっていたものです。
さあ、ここで大事な御話をすると致しましょう。そう、キャラ付けについてですわ」
頬杖を突き、扇子でバシバシと教卓を叩きながら八江は言う。
どうでも良いが完全に駄弁りモードであるこの塾長。
「キャラクターとしての個性に当人の性格などは一切、考慮されませんの。
ドエロいことばっか考えてる子が純真無垢なキャラを演じさせられることもあれば、引っ込み思案な子が元気っ娘をやらされることもありましてよ。
私の物語は健全系でしたが、ジャンルによっては18禁にならない程度のエロ要素が織り込まれることもあるわけでして……。
ただでさえ命懸けの戦いやってるのに、自分の性格と正反対の人間を演じるというのは中々のストレス」
それで病んでしまう子も居るのだとか。
「じゃあ、どうすれば良いんでしょう?」
「それは人それぞれですわ。私個人としては発想を変えて違う人間を演じることを楽しむのが良いかなと。私はそうしていましたわ」
勿論、見えないところで金にあかせてストレスを発散するのも一つの方法だと言う。
「あの」
「はい、何ですの?」
「ああいや塾長じゃなくて田中先生に質問なんですけど」
「私ですかぁ?」
どうぞ、と田中先生に促され生徒の一人が言う。
「先生はその……え、えっちなアレだったんでしょう?」
「はい。見せ付けたパンツの数は何枚だったことやら」
「えっと、どうだったんですか?」
ストレスを感じたことはなかったのかと言いたいのだろう。
確かにそうだ。年頃の少女が健全の範疇とは言えお色気をやらされるのはしんどかろう。
田中先生はふむ、と顎を擦りながら答えた。
「何かあればパンチラ。ダメージを受ければあられもない格好に。触手みたいな敵にぬめぬめされたこともありました」
それは触手みたいな敵キャラにされた侵略者も可哀想だが……まあ侵略して来るような相手に同情は不要か。
「当時は苛々してたり、何で私がと涙を流したことも一度や二度ではありません」
あぁ、やっぱりそうなんだ。
かつての田中先生と近い年頃の少女らは同情を示すが、
「しかし今にして思えばあの時、私――――嫌がりつつも、興奮してたんですよね~」
《……》
「新たな世界の扉を開いた感が……あれれ? 何で皆さん、そんな冷たい目をしてるんです?」
当たり前だ。