14話
1.大喜利かな?
週明け。初めての実習を経て通常授業が始まった。
国語、数学、地理、公民、物理など通常の高等学校で学ぶことは当然、乙女塾でも学ぶ。
だが乙女塾独自の授業というのもある。変身ヒロインについての座学だ。
「はーい、それじゃあ授業を始めますよ~。午後イチで眠いかもしれませんが頑張っていきましょうね!!」
「田中せんせー、変身ヒロイン(座学)って何するの?」
「時間割に変身ヒロイン(座学)って書いてんの浮き過ぎてて笑うんですけど」
何をするのかというのは他の生徒達も気になっていることだった。
教え子の視線を受け、田中先生はニコリと笑う。
「そりゃもう。変身ヒロインとしてやっていく上で役に立つことやその歴史などをお教えするんですよ」
とりあえず今日は初回だし、遊びの要素も含めた授業をするとのことだ。
遊び? と首を傾げる生徒らに向け、田中先生はあるものを見せ付ける。
「はいドーン!!」
ドン、と教卓に置かれたのはテレビなどでよく見るパネルだった。
パネルにはボロボロで血を流す俯いた少女の顔が描かれている。
「ヒーロー、ヒロインの戦いに苦境はつきものです。傷付き、膝を折ることもあるでしょう。
ですがそこで立ち上がってこそのヒーロー! ヒロイン!
これはそんな逆境から今正に立ち上がらんとしている瞬間のイラストです」
ごほんと咳払いをし、
「さて、彼女は一体どんな格好良い台詞と共に立ち上がるでしょう?」
《大喜利かな?》
学校の授業でやることかと思うかもしれない。
だが、こと乙女塾に限ってはこれが授業になる。なってしまうのだ。
「いやいや、これわりと真面目に必須スキルなんですよ。
私達変身ヒロインは善なる者。正義の味方として配役されるのは知っているでしょう?
悪人役は悪人らしい振る舞いを。善人役は善人らしい振る舞いをすることによって補正がかかるんです。
地力ではどうにもならない相手と対峙した時、ドラマチックな展開を演出することでバフをのっけて戦況を打開するなんてのは基礎も基礎」
生き残るためには必要なことなのだと先生は皆を諭す。
「というわけで五時間目は皆でカッコ良い台詞を考えていきましょう」
「……大事なことなのは分かったけれど、何かしらこの素直に割り切れない感じ」
「ってかいきなりカッコ良い台詞とか言われても思いつかないし」
「まあでも、そういうのが必要になる場面は唐突だろうしねぇ」
「アドリブ力を磨くってわけか。うーん」
必要なことだと理解はしても、やはり突然格好良い台詞をと言われてそうそう思い浮かぶものでもない。
趣味で創作をやっているとかなら、多少ハードルは低くなるかもだが特にそういう趣味を持つ生徒は居ない。
うんうん唸る教え子らを見て田中先生は、
「ふーむ? それなら一つ、私が例を……ああいや、待ってくださいよ」
思案顔の先生。
「折角ですし“リアル”な例を見てもらう方が良いかも?」
《リアルな例?》
何のこっちゃと首を傾げる教え子達に先生は言う。
「矢坂さんですよ。先週、正に今話している苦境に立たされ見事な逆転勝利を決めたじゃないですか」
「じゃないですかつっても……えぇ? 私、何言ったかとか覚えてねっすよ」
「うふふ、矢坂さんは頭が固いですね~。中村さん、ちょっとこちらに」
「? はい」
言われるがまま教卓に向かった麗華。
田中先生は失礼、と一言断ってから麗華の頭に手を当てた。
と同時にシャッ、と教室のカーテンが閉まり暗くなる。
「矢坂さんが変身する前後のことを思い出してくださいな」
「は、はあ」
するとどうだ?
麗華の頭に置いている方とは反対の手から光が放たれ黒板に映像が投射された。
『……矢坂さんが負けたら、私もし、しし死ぬから……』
それは正にあの時の映像だった。
『だ、だから――――負けないで!!!!』
麗華の視点で映し出される映像。
『私は既に背負ってもらっているようなものですが、改めて言葉にしますわ』
『中村さん……』
『あなたが敗れるのであれば、私はアレに殺されるよりも早く自ら命を絶ちますわ』
蓮からすれば何とも気恥ずかしいものだったがクラスメイト達は食い入るように見つめている。
そりゃそうだ。唯一、本物の実戦を体験したであろう三人の貴重な記録なのだから気になるのは当然。
『……く、クク……ハハハ! そっかそっか! 私の肩にゃ将来有望な美少女二人の命が乗っかってるわけだ!!』
映像の中ではいよいよ、本番の時が近付いていた。
「すごい、この空気」
「逆転だ」
「どう考えてもこっから逆転劇が始まる感が半端ない」
あまりのヒーロー感にクラスメイト達は皆、感心しきりだ。
とうの蓮は頭を抱えて机に突っ伏しているが。
『よォ、虫歯菌。空気読んでくれてありがとよ』
『……いや、そのような意図はない。あのまま攻撃すれば抹殺対象から外れている少女にも害が及ぶから一時、手出しを止めただけだよ』
『律儀な奴だ』
『そうでもないさ。しかし、随分と重いものを背負わされたようじゃないか』
『まあな』
『その重さで潰れてしまわないかね?』
『舐めんなタコ』
ここで歓声が上がる。
「ファッ●サイン! ファッ●サインだ!!」
「どう考えても変身ヒロインのやることじゃないけど」
「この上なく似合ってる!」
「すごいよこれ、こうも清々しいファッ●サイン現実で初めて見た!!」
もうやめてくれ、蓮は謎の虫歯菌と戦っていた時より追い詰められていた。
『潰れる? 私を見縊るんじゃねーぞ。飛んでやるよ。全部抱えて、どこまでも高く』
もう良いだろ。これ以上の恥辱を味あわせなくても!!
縋るように田中先生を見つめる蓮。先生はスルーした。
『……あぁ、そうか。“今”なんだな』
『何を』
『聞こえねえか? ゴキゲンな音楽が! 逆転のBGMが!』
おぉ! と更に声が上がる。
「ギターだからだ! 変身アイテムがギターだからだよね!?」
「待機モードの変身アイテムを引き千切って外すとこがもう、ヒーロー以外の何でもないわ」
「やめて、解説やめて」
何の羞恥プレイだ。
どうして午後の穏やかな空気に浸らせてくれないんだと嘆く蓮。
『――――アゲてけ! 反骨の時間だ!!』
変身を果たしたところで、
《イケメンだー!!!!?》
突如として急上昇した作画コストに皆が驚愕。
そこでようやく、映像は終わった。しかし興奮冷めやらぬ様子のクラスメイト達は口々に感想を語り合う。
「どういうこと!? 何で変身したら美形になるの!?」
「……いやでも変身ヒロインとしては良くない? ほら、子供の時見てて思わなかった? 何でバレないんだろうって」
「ああはいはい。髪型とか髪色とか変わってても顔見りゃ気付くわよねってあれ。え? 美形化して回避?」
「でもぶっちゃけお約束だから良くない?」
「あーしは気にならないタイプだけどちょっとませた子とかは気になるもんなんじゃない?」
蓮は最早“無”になっていた。
普段の三割増しぐらいのチベスナ顔でただただ時の流れに身を任せている。
「というかデザイン。パンツルックの変身ヒロインだって居るかもだけどさぁ」
「ねえ? あれはどう考えても中学二年生の男の子が喜びそうなデザインでしょ」
「マフラーの先っちょとかコートの裾が完全に衣装になってるんじゃなくてバチバチメラメラしてるのがポイント高いよね」
「あのー、うち弟居るんだけどさ。見せたら絶対喜ぶと思う」
この後の戦闘シーンまで行かなかったのは不幸中の幸いだろう。
色々な武器に変形するギターとかカッコ良過ぎる。
「はいはい、そこまで! 女の子向けではありませんが見事な啖呵だったと思いませんか?」
《それはそう》
「でしょうでしょう? あんな感じでこう、変身ヒロインらしく何か良い感じにビシィ! っとキメちゃってくださいな」
フワフワなオーダーではあるが、実例を見せたのは正解だったらしい。
インスピレーションを得たのか生徒らはノートにあれこれ書いたり、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「はい」
「お、久慈さん思いつきましたか。では一番槍を切ってもらいましょう。ささ、前にどうぞ~」
ツカツカと教壇まで向かうと梓は小さく咳払いをし、発表を開始する。
「……あぁ、最悪だわ。自慢の髪はぐちゃぐちゃだし、血と汗と泥で酷い臭い。嫌んなる」
イラストに合わせてか俯きながら梓は淡々と言う。
「さっさと家に帰って温かいお風呂に入ってふかふかのベッドで眠りたいわ」
はぁ、と小さく溜息が漏れた。
「でも、そうもいかないのよね」
顔を上げた梓は、
「――――あなた“臭い”のよ」
この上なくサディスティックな笑みを浮かべていた。
「性根の醜ささかしら? 酷い悪臭。鼻が曲がりそう。どこに居たって無視出来ない」
握り締めていた変身アイテムの香水瓶を放り投げ腕を振るいキャッチする。
「だったら、ねえ? しょうがないわよね――……とまあ、ここから変身してみたいな感じでどうかなと」
「なるほどなるほど。やられて変身が解除された状態だったわけですね?」
「はい」
「少しばかり刺々しいものの逆境であろうと諦めない凛とした気高さを感じさせる台詞回しでした」
自身の変身アイテムである香水瓶と紐付けた言葉選びもGOOD! と梓を評価する。
初回だからか駄目だしはせず、褒めて伸ばす方針のようだ。
「あずあずやる~! せんせ、せんせ! 次、あたし良い!?」
「おっと、次は燕さんですか。勿論ですよ、どうぞどうぞ」
タタタ! と前まで行くと楓はその場に女の子座りでへたり込んだ。
梓と言い楓と言い台詞だけでなく台詞だけでなく動きまで挟むあたり結構乗り気らしい。
「なんでかな」
俯き、ぽつりと呟く。
「身体中、傷だらけで泣きたくなるぐらい痛いのに、苦しいのに」
片手を床に突き、ぷるぷると震えながら語る。
どうやら必死に立ち上がろうとしている感じを演出しているようだ。
「頭の中ではもう十分、頑張った。やめちゃえば良いって考えてるのに」
なんでかな。再度、繰り返す。
「叫んでる。叫び続けてる」
よろよろと立ち上がり、ギュっと片手で胸のあたりを抑える。
「心が。“まだ終わりじゃない”って。“このままじゃ終われない”って」
そして顔を上げ、叫ぶ。
「諦めたくないって! 負けたくないって!」
ドヤァ! と先生を見る楓。
「はい、とても良かったですよ~。こちらは悪い言い方をすればベタと言えなくもないですが王道と言い換えることも出来ます」
多くの人に長年支持されるからこその王道。
奇を衒わず王道を駆け抜けるその姿勢は実に安定感があったと田中先生は笑う。
「さてさて矢坂さん」
「? はあ」
「幼馴染の二人が見事にかましてくれましたし、シメにバチコーン! と一発、キメちゃいません?」
「えぇ?」
何その流れと蓮は顔を引き攣らせる。
田中先生としては良い感じに場が温まって来たのでこのまま流れを加速させたいのだろう。
なので既に実績がある蓮に白羽の矢を立てたのだ。
(う゛……何か他の皆も期待の目で私、見てる……)
パスは出来そうにない。
蓮はガックリと肩を落とし、とぼとぼと前に向かいドカ! っと地面に胡坐をかいて座り込む。
そして片膝を立てそこに右腕を置き、天を仰ぐ。
「ふー……」
深々と息を吐き出す。
「やめだ」
気が抜けたように言う。
「らしくねえ。どうも私は事を難しく考え過ぎてたみてえだわ」
やれやれと苦笑し、頭を振る。
「あれこれ考えたところでやることは変わんねーだろって話よ」
どっこらせと立ち上がると右手を突き出し指鉄砲を作る。
そして不敵に笑い、
「私の心臓が止まるその瞬間まで、一発でも多くテメェのツラに拳を叩き込む」
宣言する。
「――――ああ、それだけ。それだけの話さ」
誤解のないように言っておくが蓮は別段、わざとやっているわけではない。
素でこうなってしまうのが矢坂蓮という少女なのだ。
「ヒーローじゃん! やっぱヒーローじゃん!!」
「これ完全に俺様系の主人公ですよね?」
「というか御三方の啖呵を見てたらテンション上がって来ました! 次、私良いですかね!?」
「ちょーちょーちょー、あたしだって思いついてんだけど?」
「ジャンケン! ジャンケンで決めよ!!」
思いつかないという以外にも“恥ずかしい”という気持ちもあったのだろう。
何せやってることは子供の“ごっこ遊び”のようなものだから。
とは言え、幼い頃は純粋に楽しんでいた時期だってある。
蓮達の発表はそんな少女らが昔日に置き去った童心を取り戻させたのだ。
「はいはーい、皆さん落ち着いてくださーい! 先生が指名していきますから順番、順番ですよ~」
語るまでもないが五時間目の授業は、たいそう盛り上がった。