13話
1.後日談
土曜。乙女塾は土曜日も午前中は授業があるのだが蓮は昨日の戦いもあり自宅待機を言い渡されていた。
傷自体は十分とかからず治療してもらったのだが蓄積した疲労や初変身の反動ゆえだ。
蓮としてもその配慮はありがたかった。肉体的にはぶっちゃけ無視出来る程度の負担だが精神的な負担が大きかったのだ。
生まれて初めての告白。それもドがつくイケメンからの。しかし、まさかの卓袱台返し。
誠実な告白というのは同性からでも嬉しくはあったが、やはり上げてから落とされたようなもので蓮はマジで凹んでいた。
「あー……ンもやる気でねー……」
色気のないスポーツブラとスポーツショーツ姿でベッドの上に大の字で寝転がる蓮は何時もの三割増しのチベスナ顔だった。
恥をかいたことは幾らもある。悔しい思いをしたことも。
だがそれを飲み込んで翌日にはケロっとしているのが蓮という少女だった。
そんな彼女をここまで凹ませた謎の虫歯菌はある意味、これから先も含めて最強の敵かもしれない。
「あーあ、やるか? こうなったらもうやっちまうか?」
何を? 乙女ゲーだ。
照れ臭かったり、二次元にドハマリして三次元のことが疎かになったらという不安などからこれまで意図的に避けていたジャンル。
しかしイケメン(偽)の傷を癒すのならイケメンしかあるまい。
二次元というのが片手落ちだが、この歳でホストクラブに吶喊出来るような非常識さはない。
「そうと決まれば……およ?」
ベッドから飛び上がると同時にインターホンが鳴った。
ふと時計を見れば時刻は昼前。
梓と楓が気を利かせて飯を差し入れに来たのかな? などと思いながら蓮は玄関に向かう。
だが玄関の向こうに居たのは梓と楓ではなく、
「……中村さんに遠山さん?」
大量の買い物袋を抱えた麗華と翔子だった。
目を丸くする蓮に麗華が何か言おうとするがもごもごと言葉にならないようで、代わりに翔子が言う。
「あの、その……矢坂さん、疲れてるだろうから……お、お昼作りに来たんだ」
「おぉぅ。わざわざ悪いねえ」
「……助けて頂いた恩もありますし、その……同じグループの仲間なんだから気にする必要はありませんわ」
憑き物が取れたとは言っても……いや、だからこそか。
これまでの我が身の行動を省みて色々とやり難いのだ。
蓮も何となくそれを察し、そこには触れず二人を家の中に招き入れた。
「……意外に片付いていますのね」
「まー、実家の私の部屋がアレなんは認めるが一ヶ月も経ってねえのにそこまで部屋は汚れんわ」
「そ、そう言えば聞いてなかったけどお昼まだ……で良いんだよ、ね?」
「おうとも。ゲーム買いに行くついでに済ませようと思ってたからな」
言いつつ二人をキッチンまで案内する。
蓮は基本、自炊しないが島内の住居は家具やら何やら備え付きなので調理器具もバッチリ揃っている。
ただ炊飯器は別だ。外食以外では惣菜をおかずに白米を食べているのでデカイのを買ってある。
「一応、炊飯器と米はあるからさ」
「……お、おおきい……」
「……久慈さんと燕さんから話は聞いていましたが、これで足りるのかしら?」
「うへへ、世話かけるねえ」
テレビでも見ながら待っていてと言われ、蓮はキッチンを後にする。
仲間が自分を気遣ってわざわざ食事を作りに来てくれたのはやはり嬉しいのだろう、その足は軽かった。
「あ、そういやさ。今日の授業はどんな感じだったよ?」
邪魔かな? とも思ったが手際を見るにお喋りぐらいは大丈夫だと思い蓮はソファに座ったまま二人に声をかけた。
「詳細は伏せた上で私達のグループが突発的なイレギュラーに巻き込まれたことは周知されましたわ」
「やっぱ実習は一旦、中止?」
「のようですわね。代わりに一線を退いたOGの方を御呼びして実戦形式の訓練をすることになるとか」
厳密に言うと変身ヒーロー、ヒロインに死ぬか壊れるか以外での引退は存在しない。
“オールスター”勢揃いや“客演”という形で再登板することがあるからだ。
なので一線を退くというのは休業のようなものである。
「あ、あとは……二年生や三年生の人達ともって言ってた……」
「それはそれは。楽しみじゃんよ」
「暢気ですこと。それより、矢坂さん。身体の方は大丈夫なんですの? クラスの皆さんも心配していましてよ」
「ありがたいねえ。でもま、こんぐらいはどってことねえさ」
強がりではない。蓮的にはダりいなー、程度のものでしかないのだ。
「それなら良いのですけど……」
「梓達と話したんだろ? アイツらも大丈夫って言ってなかったか?」
「い、言ってたけどやっぱり不安だよ……昨日、医務室に行こうとしたらもう家に帰ったって言われたし……」
「帰ったっつーか治療終わった瞬間にそのまま転移させられたんだが」
はいお疲れーと肩を叩かれたと思ったら自宅だったのだ。
しかもご丁寧に荷物まで一緒にと蓮は肩を竦める。
「ちなみに他のグループは何もなかったんだよな?」
「ええ。イレギュラーに見舞われたのは私達だけで他は万事滞りなく」
「そりゃ何よりだ」
昨日様子を見に来た梓と楓が何も言ってなかったので大丈夫だろうとは思っていた。
ただこうして言葉にしてもらうとやっぱり安心感が違う。
「そ、そう言えば矢坂さんが変身したって言ったら皆、生で見たいって言ってた、よ?」
「デザインが中二のそれ」「やっぱりヒーローじゃん」「イケメン化は流石に笑う」「作画コスト上がった?」
などというコメントも多かったが翔子は武士の情けで言わなかった。
「というか、今も変身出来ますの?」
トントンとリズミカルに包丁を振るいながら麗華が首を傾げる。
状況的に見ればあれは火事場の馬鹿力で……そう、言うなれば力を前借りしただけとも思えなくない。
「うん? ああ、余裕余裕。ちょっと見てな」
胸元のロザリオを握り締め、あの瞬間の昂ぶりを思い出し再現。
すると蓮の身体に黒炎と赤雷が纏わりつき、昨日と同じように変身を果たした。
「…………つくづく、天才ですわね」
麗華は変身の詳しいメカニズムについても知っている。
なので一回変身出来ても、直ぐに二度三度と同じことが出来るようになるのが難しいことも知っていた。
だからこそあっさりと変身してのけた蓮には呆れるしかなかった。
「フッフッフ、昨日と同じように見えるだろ? 違うんだなこれが」
「「???」」
小首を傾げる二人に蓮はくるりと背中を向けた。
「「ぶっ!?」」
思わず噴出す二人。
そりゃそうだ。背面は何もなくハリボテのようになっていて下着が丸出しなのだから。
二人のリアクションを見て蓮は満足げに頷く。
「やっぱいけるな……一発芸!!」
「……は、発想がもう女の子それじゃないよ……ひひ……ぷぷ……」
「~~~!!!」
翔子もウケているが麗華はそれ以上だった。こう見えて結構なゲラなのだ。
「というか……矢坂さんの態度からして……い、意図的にやってるんだよね?」
そんなことが出来るのかと笑いが収まった翔子は目を丸くする。
「ああ。まったく違う格好にとかは無理だが丈を変えたりノースリーブにしたりとかは出来るよ」
ほれ、とコートをノースリーブにしてみせる。
「べ、便利だなぁ……大幅なデザイン変更は無理だとしても季節によってある程度、変えられるね……」
「つっても、これ着てると何か良い感じに過ごし易いから温度調節機能とかあるっぽいんだよな」
詳しい説明をしてくれそうな麗華はまだゲラっているのでこの話は一旦、ここで終わりとなった。
それから蓮は言われた通りテレビを見ながら時間を潰し、二時間後。
テーブルの上には大量の料理が並んでいた。
肉料理が多いあたり、事前に梓と楓から蓮の好みを聞いていたのだろう。
「いただきます!!」
「「いただきます」」
三人、しっかり手を合わせて食事を始める。
「うめえ……うめえ……!!」
「そ、その山賊焼きは中村さんが作ったんだよ?」
「やるねえ! いや、遠山さんが料理上手いのは知ってたが中村さんも大したもんだ!」
「べ、別に……当然の嗜みですわ」
照れたようにそっぽを向く麗華。
褒められたことは嬉しく思ってはいるが、当然というのも本音である。
麗華は小器用に大抵のことをこなせる秀才タイプなのだ。
蓮にジェラジェラしていた麗華だが総合的に見れば麗華のが圧倒的にスペックは高いのだ。
「それより、そうガツガツとかっこまない! 食事は逃げませんからもっと淑やかになさいな!!」
「んぐ……いやごめん。あんまりにも美味しいもんで」
そうして食後。
満腹になった蓮がソファで寝転がっていると、洗物を終えた二人がリビングに戻って来た。
中村麗華という少女にとってはこれからが本番なことは蓮にも分かっていた。
起き上がり、姿勢を正し真っ直ぐ麗華を見つめる。
蓮の視線を受けた麗華は小さく咳払いをし、こう切り出した。
「改めて謝罪を」
自らの浅慮で二人を危険に巻き込んだこと。
そして見当違いの嫉妬で蓮にこれまで刺々しい態度を取って来たこと。
「本当に申し訳ありません」
床に手をつき深く深く頭を下げた。
蓮と翔子は顔を見合わせ、小さく笑って答えた。
「「いいよ」」
友達なんだ。時にはギクシャクすることもあろうさ。
これはそれだけの話なのだと蓮は笑い、翔子もそれに同意した。
「……ありがとうございます」
「ただまあ、嫉妬の理由については教えて欲しいかな。単に私が中村さんより強えからってだけじゃないんだろ?」
「……わ、私も気になる、かな?」
「勿論、そこも御話致しますわ」
謝罪を終え、一つケジメをつけたからだろう。麗華の表情は柔らかい。
「まず第一に、中村麗華というのは偽名なんですの」
「偽名?」
「ええ。下の名前は本名ですが家名は別にあります。私の家はいわゆる名家というものでして」
「そ、それは分かる。だって育ちが良さそうだもん……ね?」
「おう。塾長の似非お嬢感とは違う、マジモンお嬢感あるよな」
「……生まれで言うなら塾長も良家の血筋ですわよ?」
「え」
「だって私の大叔母にあたる方ですもの」
家のこと。幼い日に祖母から聞かされたこと。八江に憧れ変身ヒロインの道を志したこと。
麗華は今日に至るまでの全てを包み隠さず打ち明けた。
全ての話を聞き終えた蓮はそういう事情だったかと納得顔で頷く。
「憧れの人がポッと出の小娘を贔屓してるんだ。そりゃ気に入らんわな」
「……見当違いと、頭では分かっていたのですが」
「そう簡単に割り切れるもんじゃねえだろ? 人間ってのはさ」
そんな物分りの良い生き物だったらとっくのとうに人類の歴史から争いは消えている。
蓮は別に人類というものに悲観しているわけではない。ただそういうものなのだと素直に受け止めているだけ。
だからこそ麗華の嫉妬に対しても見当違いだとは思わなかった。
「うーん……」
「? 気になることがあるのなら答えましてよ」
「ああいや、中村さんのことはちゃんと理解したよ。疑問とかも特にない」
「ならどうなさったの?」
「んー、塾長がマジでお嬢だってのがな……」
お嬢様キャラというポジションになったからそういう“キャラ付け”なのだと思っていた。
そして長いことやっていたからこびりついてしまったのだろうと。
だから似非お嬢っぽいのだと思っていたが真実を聞かされても似非感が拭えないのだと蓮は正直に告げる。。
「ちょっと失礼でしてよ」
「だってあの人、脱衣所とは言えタオルもつけずにマッパでコーヒー牛乳一気してたんだぞ? やる? 中村さんそんなことする?」
「そ、それは……」
「ま、まあ実際はお嬢様じゃない期間の方が長いんだし仕方ないんじゃない、かな?」
「ああそうか。家出たっきり戻ってないとか言ってたな。じゃあ本物が似非になってもしょうがないか」
「私の尊敬する方を似非似非言わないでくれません?」
麗華のそれはアイドルに夢を見るピュアボーイのようなものなのだろう。
「しっかしあれだな。中村さんだけにこうも赤裸々に語らせちゃったのはちょっと申し訳ないわ」
「だ、だね」
「申し訳ないって……これは私の……」
そんな麗華をスルーし、蓮はポンと手を叩く。
「いよし! 折角だ。中村さんも何か私らに聞きたいこととかねえの?」
「こ、答えられることなら答える、よ!」
と、そこで麗華は気付く。これは二人のお誘いなのだと。
お互いを知って理解を深め、もっと仲良くなろうと言っているのだ。
二人は笑っている。麗華もそれに釣られるようにクスリと笑う。
「そうですわね。なら……」
穏やかな午後は続いていく。