12話
1.私を裏切ったなッッ!!
「ふぅー」
爆風を背に浴びながら髪をかき上げる。
変身したからと言って蓄積したダメージが消えたわけではないがこの上なくスッキリしていた。
「……しかしまあ、ひっでえなコレ。どう見ても野郎が鎬を削る中二バトルの格好じゃねえか」
それって何の意味があるの? と聞きたくなる各所に設置された謎ベルトの数々。
完全に衣服と化したわけではなく炎のまま揺らめくコートの裾。
どこを切り取っても男子の中二心を擽る要素しかない。
男受けってそういう意味じゃねえからとぼやきながら蓮は麗華たちの下に戻る。
「よ、約束通り勝ったぜ?」
「う、うん……あの……すっごく……か、かかかっこ良かった、よ?」
ぽやーっと頬を染めながら翔子が言う。
どうせならカッコ良いよりも可愛い、綺麗の方が嬉しいのだがそんな要素が今の自分にないことは蓮も分かっている。
「ごほん! ……御見事ですわ。その……とても、凛々しい姿でしてよ?」
そっぽを向く麗華の頬もほんのり桜色に染まっていた。
まだ色々と感情が消化し切れていないのだろう。
「まあでも、勝てたのは二人のお陰でもある。だからこりゃあ、三人の勝利でもあるわけだ」
だから、ありがとうと蓮は深々と頭を下げた。
「――……」
「な、中村さん?」
矢坂蓮は紛れもなく傑物の類だ。
平時は少しばかりアレだが、鉄火場に立てば誰よりも輝く。
そんな女がだ。手柄を誇りながらも、それは自分だけの成果ではないと何も出来なかった自分達に頭を下げる。
「……敵いませんわね」
小さくそう呟いた麗華だが、その表情は憑き物が取れたように柔らかだった。
競う気持ちは大事だ。しかしそれに執心しては大事なものを見失う。
ライバルである以前に、運命の道行を共にする同胞なのだ。
麗華は素直な気持ちで初めて矢坂蓮という人間と真正面から向き合っていた。
「ところでよォ、二人に相談があるんだが」
「な、なぁに?」
「……ここからどうやって脱出すりゃ良いんだ?」
ボスを倒したのだし何か良い感じにこの空間が壊れるかと思ったがそんな様子はない。
そこそこ時間が経っているにも関わらず未だ救助はやって来ないのだ。
最悪に備えて自力で脱出する方法も考えておくべきだろう。
「「……さあ?」」
「だよな!!」
この先、授業で魔法やら何やらを習うのかもしれないがまだ入学して一ヶ月も経っていない三人に何が出来ると言うのか。
やっぱり救助を待つしかねえのかな、もどかしいななどと蓮がぼやいていると……。
「――――私が消えればこの空間も瓦解するから安心すると良い」
バッ、と振り向くと胸に大穴を穿たれた謎の虫歯菌が少し離れた場所で佇んでいた。
蓮は即座に意識を切り替え、戦斧に変形させたギターを担ぐ。
「まーだ生きてやがったか。しぶてえ野郎だ。殺った感触――……ああいや、お前らは死なないから正確な表現じゃねえな」
倒した感触はあったと言い直す蓮に虫歯菌は苦笑を返す。
「安心したまえ。もう戦闘は不可能だよ。こうして留まっているだけでも限界ギリギリさ。直に“弾き出される”だろう」
「そうか。っかし不公平だよな。こっちは常に死のリスクしょってんのにお前らは弾き出されるだけなんだから」
「不利な条件を背負うことで有利な条件を強制したりもしているのだからしょうがない」
「ふーん? それで? わざわざギリギリで踏ん張ってるのはどういう理由だよ」
油断なく謎の虫歯菌を睨み付けながら蓮が問うと、
「君を――勝者を讃えるため。敗者の責務を果たすため。そして……まあ、私情だな。一つずつ片付けていこう」
小さく咳払いをし、謎の虫歯菌は居住まいを正した。
「だがその前に名を聞かせてくれないか?」
「蓮。矢坂蓮だ」
「蓮か良い名前だ。私は▼◎○→∞≫√」
「あんだって?」
「ああ、どうやらこちらの言語には変換出来んようだ」
残念だとぼやき、謎の虫歯菌は改めて告げる。
「矢坂蓮、私の負けだ。これは言い訳のしようもない敗北だよ」
ああ、敗者の責務とはそういうことかと蓮は頷く。
負けた者が負けを認める。これは大切なことだ。
素直に負けを認めるからこそ、勝利した時もそれを認めてもらえるのだから。
「そして君の完全なる勝利だ。宣言通り、全てを背負って高く高く飛翔してのけた君に心からの敬意を」
「そりゃどーも」
「本当に素晴らしかった。特に最後の一撃」
そっと、穴の空いた胸部を撫でる謎の虫歯菌。
「私という存在の根幹を揺らがすほどの“熱”を感じた。思えば最初からそうだったな。
蓮の拳は実際の威力よりも重く、肉や骨を越えて深くまで響いていた。今も尚、私の心身に深く染み入るこの熱は何なのか」
それをずっと考えていたのだと言う。
「命だ。全力で命を全うせんとする熱なんだなこれは。力の限りに生きる君の命の熱にあてられたんだ」
「はあ、そっすか」
ンなことはどうでも良いんでさっさと消えてくれねえかな。
落ち着いて来たせいで先ほどまでは気にならなかった痛みや疲労がぶり返したせいで蓮のテンションは急降下していた。
「しかし……ああ、まさか私がな……こんな感情を抱くことになるとは……つくづく、面白い」
「つまりお前は何が言いたいわけ? 私は疲れてんだからさっさと解放しろや。家帰って寝てーんだよ」
「これは失敬」
そして次の瞬間、
「端的に言おう――――惚れたよ」
蓮のテンションは人生最大の上がり幅を見せた。
「ほ、ほほほほっほぉおおおおおい!! え、マジ? 惚れた!? いやー! いやー!
こぉおおまるなぁあああああああああ!! うんまあ? 嫌いじゃないよ? 嫌いじゃねえけどぉおおっほーい!!
私とお前は敵同士なわけでぇ? いやでも、まあ気持ちは嬉しいけど困っ……イケメンから告白ひゃっほぉおおおおおおおおおお!!!!」
その場でアフリカの部族感を漂わせる奇妙な踊りを始める蓮。
ショックを受けたような顔をしている麗華と翔子。
軽くカオスり始めた場の空気をスルーし、謎の虫歯菌は続ける。
「こんな気持ち初めてだ。甘く、熱く、ふわふわとしていて……」
「ふっへへへへへ」
ドイケメンが自分にベタ惚れしている。
夢は見れども縁がなかったまさかまさかのラブイベントに蓮のテンションは天井知らずで急上昇していた。
このだらしない笑顔。両頬を麗華と翔子に引っ張られているのにまるで気にしちゃいない。
「抱き締めて欲しい。口付けをして欲しい。子が欲しい。次々に想いが溢れ出す」
「子供ー!? そこまで私にベタ惚れなのかー!? いやー、参るわー! セクハラだぞテメェ! ひゃはははは!!」
「ああ、君の子供を“孕み”たい」
「「「うん?」」」
聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がする。
いや待て。聞き間違えか、そうでなくば翻訳の関係でおかしくなったのかもしれない。
あちらの表現をこちらの表現で近いものに置き換えているから会話が成立しているが、齟齬が生じることもあろうさ。さっきの自己紹介が良い例だ。
だって異世界の存在だもの。何なら異世界では生殖もちょっと変わっていて男女の立場が逆なのかもしれない。
必死に自分を保とうとする蓮だが現実は非情だった。
「男社会の軍でやっていく以上、二度と戻ることはないと思っていたが」
これまでのイケボとは違う、少し低い女の声。
パァ、と光が謎の虫歯菌を包み込みその身体が丸みを帯びていく。
「どうやら私は女を捨てられないようだ」
豊満でありながら形の良いバスト。キュっと括れた腰。安産型のヒップ。
ドがつく美形。その評価は揺ぎ無いが、それはどこからどう見ても女だった。
「う、うぅぅ」
「や、矢坂さん?」
「どうしましたの? 傷が痛みますの?」
俯き、ぷるぷると震え始めた蓮を労わる二人だが……。
「裏切ったな! 私を! 裏切ったなァあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
蓮は泣いていた。
「それがよォ! 同性からのでもさぁ! 気持ち籠もった告白なら嬉しいけどよォ!!
でもお前……お前ぇえええええええええええ! こんな……これはねえだろ!?
生まれて初めてイケメンに告られてさぁ! 心底嬉しかったのにぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
そう叫び、ごろんと地面に寝転がった。
「あぁ……もう駄目だ……完全にやる気なくなった……」
「つれないな。だがそんな態度も愛しいよ」
さらさらと砂のように末端から崩れていく謎の虫歯菌。どうやら限界を迎えたらしい。
「名残惜しいがここまでのようだ。また会おう、蓮」
こうして戦いは終わった。敗者は笑顔で去り、勝者は地べたで泣いている。
これでは一体どちらが勝者なのやら……。
2.帰還
「あら、戻って来たようですわね」
小岩に腰掛けスマホを弄っていた八江が虚空を見つめる。
つられて田中先生も視線をやると、空が砕け散った。
ぱらぱらと空の破片が降り注ぎ、少女らは現実世界へと帰還する。
「皆さん、ご無事で……矢坂さん!?」
地面に倒れ伏す蓮を見てギョッとする田中先生を麗華が宥める。
「あ、あー……これはその、そういうのではありませんから御心配なく。いやまあ怪我はしてますが命に別状はありませんわ」
「そ、そうですか……では一体何が……」
「……武士ならぬ変身ヒロインの情け。そこは触れないであげてくださいまし」
色々アレだが、蓮が本心から凹んでいるのは麗華も翔子も痛いほど理解していた。
なので触れないでやってくれと懇願するのだが事情を知らない田中先生からすれば意味不明なことこの上なしである。
とは言え哀れみマックスな視線を前にすればこれ以上の追求は出来ない。
田中先生はごほんと咳払いをし、勢い良く頭を下げた。
「矢坂さん。中村さん。遠山さん。ごめんなさい! 先生がついていながら……」
謝罪だ。色々聞きたいことはあるがその前に自らの不甲斐なさを詫びねばなるまい。
「先生、どうか頭をお上げになって」
「そ、そそそそうですよ! わ、私達もちゃんと生きて帰れましたし……」
「結果オーライという言葉はあまり好きではありませんが……命の危機ではありましたが私にとっても大きな区切りとなりましたし」
あたふたとフォローする二人だが先生は頭を下げたまま動かない。
そして蓮も地べたに寝転がったまま微動だにしていない。
この状況を打開したのは八江だった。
「はいはい。とりあえず帰りますわよ」
パチン、と八江が指を鳴らすと景色が一変。
屋外から豪奢な部屋へと変わった。
「え、え? ぇ?」
「塾長室ですわ。それと蓮は医務室に直でデリバリっておきましたので御安心を」
ソファに座るよう三人を促し、八江は茶と菓子の準備を始めた。
田中先生は年の功か、気持ちを切り替えたらしいが麗華と翔子はまだおっついていないようでぽーっとしている。
そうこうしている内に準備が終わった。
「さ、お飲みなさいな。お菓子も甘くて美味しいですわよ?」
「「は、はい」」
言われるがまま紅茶を口にすると二人は力が抜けたように息を吐いた。
「落ち着いたようですわね。では、事情を聞かせてくださる? 大体の見当はついていますが中からでしか見えないものもあるでしょうし」
「分かりましたわ」
口を拭き、麗華はゆっくりと事の次第を話し始めた。
八江と田中先生は静かにその説明に耳を傾け、聴き終えると小さく頷いた。
「……やっぱりそうでしたか。塾長」
「ルール違反を犯しての干渉。初の事例ですが想定内ではありましてよ」
「むしろ遅いぐらい……いえ、それだけの敵が攻め入って来なかったという私達の幸運でしょうか」
「ですわね。理による強制力とそれに違反した場合のペナルティの重さはこの世界に来た時点で身に染みているでしょうし」
「無理矢理型に嵌められた時点で逆らってもマイナスしかないことは馬鹿でも分かりますからね」
「検証をするにしても使い捨ての人員では成果を上げられぬまま無意味に潰されて終わりですもの」
「逆に成果を上げられるであろう力を持つ者を検証に使ってもリスクとリターンが釣りあわない」
「貴重な人員に永続デバフとか笑えませんものね。最悪、消滅する可能性もあるわけですし」
「ただ今回の下手人の発言から察するに」
「独断。知的好奇心を先走らせた結果っぽいですわね。全体を上げて取り組む気はないと思いますわ」
と、そこで八江は不安げな顔をする二人に気付き微笑む。
「大丈夫ですわ。事が終わるまで何も出来なかった大人の言葉にどれほど信が置けるかって話ですが……」
「そこですわ」
事が事だ。しっかり説明はしなければと麗華は思っていた。
だがそれとは別に聞いておかねばならないこともあった。
「お……塾長の御力でも、途中の介入は出来ませんでしたの?」
乙女塾塾長、平和島八江。
変身ヒロインの歴史の中でも規格外と畏怖される女だ。
そんな彼女をしてあの空間への干渉が出来なかったとは到底、思えない。
すると八江は観念したように小さく手を挙げ、笑った。
「勿論“可能”でしたわ」
「ッ……ならば、何故?」
「下手に手を出さない方が良い方向に転がると、そう思ったから」
イレギュラー。不測の事態。
安全な道を歩いていたはずなのに突然、地面が崩れてしまう。
それは不運だろうか? 普通の人間にとってはそうだろう。だが運命に選ばれた者にとっては違う。
「不意の逆境。それは私達にとっては飛躍のチャンスなんですのよ?
現に中村さんと遠山さんは一つ、精神的に成長したようですしね。蓮に至ってはわざわざ説明するまでもないでしょう?」
「……もし、それを活かせねば」
「奈落に落ちるだけですわ」
「「――――」」
戦うのなら自らの意思で。その意味を二人は強く思い知るのだった。