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11話

1.反骨の唄


「ふぅ」


 一度、大きく深呼吸。


「――――いよし!!」


 パンと頬を叩き、不敵に笑う。

 蓮は死を覚悟した。生きることを諦めたわけではない。

 自らが選んだ行動の果てに死が待ち受けていたとしても“悔い”はないことを再確認したのだ。


「一応聞くぜ虫歯菌。手を引く気はねえのか?」

「言っただろう? 嫌いなものを前にすれば合理性の優先順位を下げ感情のままに動くこともあると」

「そうかい」


 菓子もそうだが身の程を弁えない人間にも嫌な思い出があるのだろう。

 不快なものを視界から消す。まあまあ、当然の感情だ。

 自分から去るのではなく元凶を消すというストロングスタイル。蓮としても嫌いではない。


「こちらも聞こう。やる気かね? リスクはあると言ったが手を出して来るのであれば話は別だ」

「やるさ。私にとってはこれが命を賭すに足る理由だからな」

「そうか。理解し難いが君に迷いはなさそうだ。であればこれ以上は何も言うまい」


 ぞわりと肌が粟立つ。


「強者たる君に敬意を払い、私も少しだけ無理をしよう」


 ノイズが走ったように謎の虫歯菌の姿がブレ始めた。


(……そういや部下を介してとか言ってたな)


 目の前に居るのが謎の虫歯菌本人ではないのだろう。

 末端から書き換わっていく様子を眺めていた蓮だが、


「!?」


 驚愕に目をかっ開く。


「……なるほどな。そのイケボはハッタリじゃなかったわけだ!!」


 正直、蓮は期待していなかった。

 謎の虫歯菌が宇宙か異世界かどこからの侵略者かは分からない。だが何であってもその姿が人に近しいものであるとは限らない。

 地球人から見ればグロテスクな化け物でも、あちらではそれが美形だって可能性もある。

 幾ら声が良くても実物は……と。そう、思っていたのだ。しかしその予想は良い意味で裏切られた。

 水色に近い青い肌や蛇のように裂けた金色の瞳など人外要素はあるが、全体を見ればその外見は人に近しい。

 顔立ちは整ってるなんてレベルじゃないし、背も高い。

 無理に難点を挙げるなら肩甲骨あたりまで伸びた白髪ぐらいか。蓮はロン毛はあんまり好きくないのだ。

 とは言え総合的に見ればそれをチャラに出来るほどのドがつくイケメン。89点は上げても良いだろう。


「……?」


 テンションを上げる蓮とは対照的に謎の虫歯菌は困惑気味だ。

 そりゃそうだ。こんな状況で容姿に興奮してるとか普通は思わん。


「が、敵は敵だ。残念だよ、お前とは違う形で出会いたかった」

「? よくは分からないが、まあ私も同じ気持ちだ」


 緩んでいた空気が一気に引き締まった。

 蓮は両手を地面につけ、めいっぱい四肢に力を溜め――その身を弾丸へと変えた。


「真正面からの突撃……愚策、とは言わんよ」


 蓮の拳を片手で受け止め謎の虫歯菌は小さく頷く。


「彼我の実力差に明確な隔たりがあるのであれば小手先の技術や駆け引きは足を引っ張るだけ。

自分の武器を最大限活かす方向に舵を切るのは正しい。届くかどうかはまた別の話だがね」


 抉り込むような拳が蓮の腹に突き刺さる。

 血反吐を撒き散らしながらもめり込んだその拳を腹筋で無理矢理固定する。

 完全に留めることは不可能でも、幾らかは行動を阻害出来る。

 その間に、


「そのスカシ面、グチャグチャにしたらァ!!」


 拳を叩き込めば良い。

 横っ面を殴り付けられ謎の虫歯菌の身体が軽く、ぐらつく。


「……不思議だな。君の身体能力から予測される威力以上に、響く」

「でぃいぃいいいいあぁあああああああああああああ!!!」


 戦士タイプと魔法使いタイプ。

 ゲーム染みた分類をするなら謎の虫歯菌は後者よりの万能型だろう。

 長ずれば蓮の方が近接では分があっただろうが現段階では謎の虫歯菌の方が上だった。


(こっちが一発ぶちこむ間に五発もぶちこみやがって……ッッ)


 単発の威力では蓮だが、数を重ねられれば簡単に上回られてしまう。

 既に手負いの状態だし状況は圧倒的に不利だ。

 絶望的と言っても差し支えはないだろう。しかし、蓮はそんなことはまるで気にしていなかった。

 今、その心と頭を占めているのは一発でも多くブン殴ること、ただそれだけだ。


「これは、凄まじい気迫だな。このまま君と同じところで張り合うのはよろしくない」


 仰け反りながら淡々と分析する謎の虫歯菌。

 彼は仰け反った時に上がってしまった片足の足裏に魔法陣を出現させそれを思いっきり踏み付けた。

 すると弾かれたように吹き飛び、瞬く間に距離を取られてしまう。恐らくは加速の術式か何かだろう。


「逃がすかァ!!」


 すぐさま追い縋ろうとする蓮だったが、それよりも謎の虫歯菌の方が早かった。

 背後に展開した無数の魔法陣から放たれた光弾が弾幕となり蓮を阻んだのだ。


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」


 蓮はその場に踏みとどまり、雄叫びを上げ必死に拳を振るい光弾を打ち落としていく。

 しかし、前が見えないほどの密度の弾幕。完全には凌げない。むしろ当たる比率の方が大きい。


(一発一発は大した威力じゃねえがこの数……ッッ)


 一度に100のダメージを与えることより10のダメージを百与えることに重きを置いているのだろう。

 瞬間火力では大砲に劣るが、圧倒的な物量で攻められるのもこれはこれで厄介だ。

 蓮は被弾を無視しながら前に進もうとするが、その歩みは亀のそれ。中々距離が縮まらない。

 それでも蓮は笑った。不敵に、晴れやかに。だってそうだろう? 苦境でこそ笑える者をヒーローと呼ぶのだから。


「押しているのはこちらだと言うのに気を抜けば喰われてしまいそうだ」


 謎の虫歯菌は更に回転を上げる。

 更に密度を増した弾幕に押され、蓮の身体が吹き飛ぶ。

 空中で勢いを殺すことも出来ず、勢いそのまま壁に叩きつけられるかと思いきや……。


「「くっ……!!」」


 衝撃はあれども、想像よりも軽く……柔らかい。

 蓮は少しばかり飛びかけていた意識のまま振り向くと、そこには麗華と翔子が居た。

 変身アイテムを手にしたことで超人の域に足を踏み入れたとは言えだ。

 ×××kgの蓮を凄まじい速度で叩き付けられたのだ。二人でクッションになったとしてもそのダメージは大きい。


「ッ……不甲斐ないとこ見せちまった。でも、サンキュな。助かったよ」


 謝罪の言葉を口にしかけ、それは違うだろうと二人の勇気と献身に感謝を述べた。

 そしてニカッと笑い、


「まあ見てな。こっから一発、逆転ホームランぶちかまして……」


 そう告げようとして、


「わ、私……し、死ぬから!!」

「――……はい?」


 翔子の突然にもほどがある自殺宣言に遮られてしまう。

 マジで何の脈絡もないので蓮は過去イチの困惑を露にする。


「落ち着きなさいな遠山さん。それでは矢坂さんが誤解してしまいますわ」

「あ……そ、そうだ、ね?」


 変身ヒーロー、ヒロインの戦いとは何か?


「すぅ、はぁ……や、矢坂さん……」

「あ、はい」


 悪党をシバキ回すだけか?


「……矢坂さんが、負けたら、死んじゃうよ……ね?」

「まあうん。死ぬなぁ」


 否。そうではない。


「私、そんなの……やだ……」

「やだって言われてもなぁ。私も死ぬつもりはねえが死ぬときゃ死ぬぜ?」


 ラブ&ピース。正しき心を示すものではないのか?


「い、嫌なものは嫌なの!!」


 その背を見つめる力なき人々の心に勇気の火を灯すのがヒーローで、ヒロインではないのか?


「……矢坂さんが負けたら、私もし、しし死ぬから……」


 勝算なんてまるで見えない。闇の中を進むような蓮の戦いは決して無駄ではなかった。

 絶望的な状況でさえ尚、諦めを踏み付け笑みすら浮かべ雄雄しく戦うその背が翔子の心に火を点けたのだ。


「だ、だから――――負けないで!!!!」


 蓮の目が大きく見開かれる。


「私は既に背負ってもらっているようなものですが、改めて言葉にしますわ」

「中村さん……」

「あなたが敗れるのであれば、私はアレに殺されるよりも早く自ら命を絶ちますわ」


 ポカンとしていた蓮だが、


「……く、クク……ハハハ! そっかそっか! 私の肩にゃ将来有望な美少女二人の命が乗っかってるわけだ!!」


 腹を抱えて笑い始めた。


「――――それじゃあ、何が何でも死ぬわけにゃいかねえよな?」


 戦えない者に、力なき者に価値はないのか? 否。そんなことはない。

 今、この場で無力な翔子と麗華は確かに蓮の力となった。

 痛みも苦しみもまるで気にならない。むしろ、無限に力が湧いて来るような気さえしている。

 蓮は漲る力のまま、力強く立ち上がった。


「いってくらぁ」

「「がんばって!!」」


 万の援軍より頼りになる声援を受け、蓮は歩き出す。


「よォ、虫歯菌。空気読んでくれてありがとよ」

「……いや、そのような意図はない。あのまま攻撃すれば抹殺対象から外れている少女にも害が及ぶから一時、手出しを止めただけだよ」

「律儀な奴だ」

「そうでもないさ。しかし、随分と重いものを背負わされたようじゃないか」

「まあな」


 重い、重い、何て心強い重さだろう。


「その重さで潰れてしまわないかね?」

「舐めんなタコ」


 中指をおっ立て、凄絶に笑う。


「潰れる? 私を見縊るんじゃねーぞ。飛んでやるよ。全部抱えてどこまでもな」


 さあ、仕切り直しだ。

 と、そう拳を握ろうとした正にその時である。ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


「……あぁ、そうか。“今”なんだな」


 蓮は田中先生の言葉を思い出していた。

 授業中ので教えられた“変身”のやり方。


『心身の昂ぶりが最高潮に達した時に生じる熱。それが新たな扉を開くんですよ~』

『つまり、どういうこと?』

『何かすっげえ良い感じになったら変身出来るよ、って感じです』

『なるほど』


 であれば、今この時がそうなのだ。


「何を」


 困惑する謎の虫歯菌に言ってやる。


「聞こえねえか? ゴキゲンな音楽が! 逆転のBGMが!」


 引き千切るようにロザリオを外し待機モードを解除。

 黒炎と赤雷が盛大に噴き上がった。


「――――アゲてけ! 反骨(ロック)の時間だ!!」


 定められた敗北(うんめい)に背く反骨の唄。

 その開幕を告げるように蓮は強くギターをかき鳴らした。

 黒炎は蓮を包み込むとやたらベルトの多い逆十字を背負った黒のコートとレザーパンツに変わり赤雷はマフラーに変わった。

 だが、何よりも大きな変化は顔だ。

 簡略化したチベスナ顔と言われたご尊顔が今はどうだ? 急上昇した作画コストにより不敵なイケメンフェイスに!!


「ッ!?」


 外見の変化はさておき、蓮が変身を遂げたことで初めて謎の虫歯菌の表情が崩れる。

 弾かれたように飛び上がると先ほどよりも多く魔法陣を展開。先ほど以上の物量を以って蓮を攻撃。

 しかし、


「ハッハァ!? その程度じゃ殺れねぇえええええよぉおおおおおおおおおおおおお!!!」


 フィーリングのままにギターをかき鳴らすと黒炎が踊り、赤雷が奔る。

 光弾は悉く相殺され、花火のように次々と爆ぜていく。


「初めて貰った変身アイテムはゴリッゴリのエレキでぇ!!」


 爆発を突っ切るように謎の虫歯菌へ向かって跳躍。


「その数日後にゃ何かデッケエ斧になりましたァ!!」


 瞬く間に謎の虫歯菌の上空に躍り出た蓮は巨大な戦斧に変化したギターを力いっぱい振り下ろす。


「ッッッ!!?!」


 謎の虫歯菌は無数の防御障壁を展開するがあっさりとかち割られ直撃。

 凄まじい勢いで地面へと叩き付けられた。


「変身ヒロインなんてそれで良……良いのか? これ、変身ヒロインか? ちがくね? 何か違うくね?」


 少し遅れて着地した蓮は小首を傾げながら追撃のため駆け出す。

 途上、何かまたギターが変化する。バラバラになったギターが蓮の手足にくっつき手甲、足甲になったのだ。


「虫歯菌! バンドやろうぜ! お前打楽器な!!」

「ぎ、ぐぅううううううう……!?」


 何とか立ち上がったが防戦一方の謎の虫歯菌。

 蓮は一切の呵責なく謎の虫歯菌に殴る蹴るの暴行を加える。

 謎の虫歯菌をして手足が消えているようにしか見えない速度域のそれに成す術もなく削り取られていく。

 本来の肉体で本来の力を発揮出来ていたのなら話は変わっていたが、今の彼ではもうどうしようもない。


「これでぇ……仕舞いだァああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 広範囲に地面を蜘蛛の巣状に罅割れさせるほどの踏み込みから繰り出された渾身の右ストレートが謎の虫歯菌を打つ。

 拳を振り抜くと同時に、吹き飛ぶ謎の虫歯菌に背を向け蓮は高々と拳を突き上げる。


「――――私の勝ちだ!!」


 その勝利を祝うように遠く背後で盛大な爆発が起こった。

作画コストの急上昇により身バレの心配はなくなるでしょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 変身ヒロイン(ヒロインとはいってない)
[一言] 変身した結果、可愛くなるのではなくイケメンになるの漢女力を感じて好き。このままの勢いでヒーローよりヒーローしそうな予感がします。笑 変身で作画コストが高くなるのでパンストっていうアニメ思い…
[良い点] 主人公がハッピーで埋め尽くされてR.I.Pまで行きそうなところ
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