プロローグ
野郎ばっか書いてたのでちょっと息抜きに女の子だけの投稿します。
眠気を誘うクラシックが流れる寂れた店内で亜麻色の髪をアップにした品の良い女がカップを傾けている。
ぱらぱらと手元の小説をまくっていた彼女だが、入店のベルが響いたのを聞きパタリと本を閉じた。
「御待たせしてしまい申し訳ありません」
「いえ、構いませんわ。私が早めに来ただけですもの」
テーブルにやって来たのは齢は四十手前ぐらいだろうか。
眼鏡をかけた少し草臥れ気味の眼鏡の男性。
「そう言って頂けると幸いです。では改めて自己紹介をば。フリーライターの佐藤と申します」
「変身ヒロイン養成学校乙女塾塾長の平和島 八江ですわ」
挨拶を交わし、佐藤が注文したコーヒーが届いたところで彼は切り出す。
「では早速ですが……」
「あの子のことについて、ですわね? よろしくてよ」
八江はクスリと笑い、語り始めた。
「あの子と出会ったのは本当に偶然でした。……まあ、あの子に限らず塾生達とは皆、偶然なのですが」
「失礼。その偶然という点についてなんですが国も絡んだ機関ですし秘密裏に検査等を行い候補者を選出したりなどは」
「出来ません。国に働きかけて秘密裏に検査をやることなら出来ますがそういうやり方では“出会え”ませんもの」
「出会え、ない?」
「佐藤さん。変身ヒロインや変身ヒーローに欠かせないファクターとは何だと思います?」
八江の問いに佐藤は首を傾げつつも、思い浮かんだことを口にする。
「強い正義感や情熱……勇気……あ、愛も重要ですよね」
「どれも違いますわ。それらは後からでも叩き込めますし極論、そういったものがなくても問題はありません」
八江はバッサリと切り捨てた。
「何せ結局、最後は“虚構”に落とし込むわけですし」
「では一体……」
「“運命力”」
「運命力、ですか?」
「そう。“特別な何かに選ばれる”という運命力こそがヒーロー、ヒロインの条件なのです」
「……自ら選ぶ、ってタイプもありません?」
「なくはありませんがそも選択肢が目の前に現れるという時点でその者は選ばれていますのよ」
人生とは選択の連続だ。
しかし、殆どの人間はまったく同じではないものの何かしら似通った選択肢ばかりが提示される。
波乱で特異な選択肢が提示されることなどまずあり得ない。
「だからこそ我々は“偶然の出会い”という非効率的なやり方でのスカウトを続けていますの」
「なるほど。では平和島塾長も?」
「ええ。あれはリフレッシュ休暇で享楽の限りを尽くしていた時のことです」
享楽の限りて……と思ったがツッコミは入れず佐藤は黙って話しに耳を傾ける。
「立ち食い蕎麦で敢えてテーブル席に着き、昼間からしゅわしゅわのあれをかっ食らっていましたの」
「は、はあ」
「腹も満たされたし次はスーパー銭湯にでも行こうかと店を出た時、友人と歩いているあの子を見つけました」
いよいよ本題だ。
「一目見て分かりましたわ――――とんでもねえ逸材だと」
「……」
「だってもう、肉からして違いましたもの」
「肉?」
「佐藤さんは超人体質ってご存知?」
「超人体質……ミオスタチン関連筋肉肥大、でしたか? 世界でも百例ほどしか確認されていないという」
「ええ。あの子が正にそれでしたの。一見すれば簡略化したチベットスナギツネみたいな顔をしたパッとしない女の子に思えますが」
中身は違うと八江は強く言い切った。
が、それはそれとして簡略化したチベスナみたいな顔というのは年頃の女の子の容姿を表現する言葉としては酷ではなかろうか。
「ギッチギチに凝縮された筋肉は同じ超人体質の人間と比べても尚、異質。超常の力に頼らず素手で羆を絞め殺すことも朝飯前ですわ」
「それは、また……平和島塾長はそれで彼女を?」
「いいえ。最初に目を引いたのがそこというだけで最大の要因はその精神性です」
「……正義感や愛に満ち満ちていた、とか?」
「まさか!」
口元に手を当て八江は上品に笑った。
「ふふ、佐藤さん。あの子に諸々の説明をした後で誘いをかけた時、何て言ったと思います?」
「え? う、うーん……分かりませんね」
「『変身ヒロインになればモテますか? 顔とスタイルと性格が良くて将来は高収入間違いなしの彼ぴっぴは出来ますか?』ですって」
「えぇ……?」
夢を見るのも大概にしろと言いたくなるような舐め腐った発言である。
「私はこう答えました――――変身ヒーローはイケメンが多いですわ、と」
「それは……些か悪質なのでは?」
大人ならこの程度の言葉遊びに引っ掛かることはないだろうが子供は……。
言葉を濁す佐藤に八江は続ける。
「上物との出会いには恵まれていますわよってだけでもあの子には十分だったんですわ」
「は、はあ……で、彼女の精神性とは?」
「これは失敬。話がずれましたわね」
と、そこで八江の瞳が黒から蒼に染まり神秘的な光を宿す。
「私はこれで魂の色や形を視ることが出来ますの」
「魂……」
「大概の人間の魂は蝋燭に灯った火のようにゆらゆらと常に揺らめいていますがあの子は違った」
「具体的には?」
「微動だにしない。まるで揺らいでいませんの」
曰く、揺らぎはそれそのまま我や信念の強さに直結するのだとか。
揺らぎが小さければ小さいほど強固でブレないのだと言う。
「あの子は全てを自分の物差しで測り自分で答えを出し自分で採点をすることが出来ますの」
「――――」
佐藤は言葉を失った。
文字通り万事が万事、八江の語った通りならそれは人の枠から逸脱していると言わざるを得ない。
だってそれは、根っこの部分では他人を必要としないということなのだから。
「社会に適応出来る程度には真っ当ですが、しかし抗う必要があると判断すれば一切の躊躇なく何にだって抗うでしょう。」
「……」
「その在り方は危険と言わざるを得ませんわ。しかし、この上なく心強くもある」
ヒーロー、ヒロインは世界の存亡をその肩に乗せて戦う宿命にある。
その精神的な負担は尋常ではない。
「過去の英雄達の中には薬物を用い無理矢理精神の均衡を保っていた子らも居ました」
「……そこまでしなければ、いけないのですね」
「ええ。ふふ、肯定はせずとも否定はしない。我々を理解しようとしてくれるその姿勢は好意に値しますわ」
「……恐縮です」
「話を戻しましょう。心を削るような宿命の嵐の中を進む上であの子のブレなさは大きな武器となる」
「なるほど」
「物陰からコッソリ観察していた私はあの子を何としてもうちにと思い、姿を見せスーパー銭湯に誘いました」
「何でスーパー銭湯?」
「裸の付き合い。これに勝るコミュニケーションはありませんわ」
何言ってるんだお前? みたいな目で見られてしまえば佐藤としても何も言えない。
「それでまあ、サウナであの子と一緒に居た友人二人を口説いて入塾が決まったわけです」
「……友人も?」
「ええ。あの子ほどではありませんが中々の素養を秘めていましたので」
と、その時である。ぐぅ、という音が鳴った。佐藤からだ。
「…………申し訳ありません。昼食がまだでして」
「ふふ、構いませんわ。長い話になるでしょうしここらで休憩しましょうか。私もカレーを食べたい気分ですし」
「お気遣いありがとうございます」
軽食を注文し、一息。
「ところで佐藤さん、恋人や配偶者は?」
「え? あぁ、今は特に居ませんね」
「でしたらあの子は、どうです?」
「は?」
「あの子、基本的には美形が好みなんですが苦み走った草臥れた中年も好みなんですの」
草臥れた中年呼ばわりは酷いが、しかし否定出来る要素もなかった。
顔を引き攣らせる佐藤に八江は嬉々として迫る。
「で、どうです?」
「い、いやぁ……条例に触れそうですし」
「それぐらいこっちで何とか出来ましてよ?」
「あと、羆を素手で殺せるような子はちょっと」
うっかりベッドで殺されそうだと佐藤は苦笑した。