話が逸れたままほっとくと違う問題が解決する
先輩と付き合い始めると色々なことが見えてくる。
まず一番に衝撃だったのが料理がめちゃくちゃ下手ということ。
お昼のお弁当を作ってくれることになり、テンション上がっていた俺を絶望にたたき落とした。
「煌月くんはお弁当に何が入ってたら嬉しい?」
この時、俺は焼き魚と答えた。
肉が苦手な俺は一品でお腹にどっしりと来て嬉しいのは焼き魚だと思ったからそう答えた。で、
「明日お弁当作ってくるね!」
と、そう繋がった。
翌日のお昼休み、お弁当に入っていたのは丸焦げの鮭とそれを包み込むサラダだった。
もう一品あったがそれを見た時、俺はサラダのドレッシングが何かだと思っていたのだが本人曰く玉子焼きだったらしい。スクランブルエッグにすらなっていない謎の黄色いなにかだった。
それでも大切な人が作ってくれたものだし食べないとお昼抜きになるから意を決して橋を運んだ。
「煌月、やめときな。私のおかずちょっと分けてあげるからご飯とサラダだけにしな」
姉の翠に身体のことを考えて止められた。
でも、先輩は落ち込んだ顔をしており、このままにはしておけないから姉の制止を無視して先輩のお弁当を食べた。
黒焦げの魚はまだ良かった。ただ黄色の何かは身体が拒絶反応を示し猛烈に気持ち悪くなり、意識が遠のくような頭がふわふわとした状態になった。
「煌月、やっぱり食べちゃダメだって。って、ねえ!聞こえてる?!」
翠の声は俺には届かず、既に失神していた。
目を覚ますと保健の先生が見てくれていた。
「あれ?先輩は?」
先輩が付き添ってくれた確証もないのにまず真っ先に先輩の姿を探した。
「今は授業中だから授業を受けてもらってる。事情は揺籃さんから聞いた。次からは危ないものを食べちゃダメだからね」
「でも、先輩が作ってくれたものだから食べたいです」
「それでもダメ。あなたたち付き合ってるの?」
「はい」
「なら尚更彼女のダメなところを受け入れるだけじゃダメ。あなたの体が壊れちゃう」
何も反論はできない。正論の暴力だ。でも、先輩のご飯は食べたい。どうしようか。
もうしばらく休んでいていいとの事だったので今日のところは午後の授業は休もうか。まだお腹と頭、気持ち悪いし。
四限と五限の合間に先輩が様子を見に来てくれた。負い目もあるんだろうけど、先輩が来てくれたのがとても嬉しかった。
「煌月くん、起きたんだ。良かった…」
保健室に入るなり駆け寄って俺の手を握ってきた。その手は震えていた。きっと授業中も心配してくれてたんだろうな。
「先輩、俺は平気ですから。先輩、今日もうちに来てくれますか?」
「勿論。そのつもりだよ」
「俺と一緒に料理の練習しましょう?」
「お母さんに迷惑じゃない?」
「関係ないですよ。食材は俺のバイト代から出しますし」
「私のためにそこまでしなくていいよ…。お料理は諦めるね…」
きっとこのままにしたら本当に諦めるだろう。でも、先輩は料理ができるようになりたいって思ってるように見える。勘違いかもしれないけど、俺は先輩の役に立ちたい。今はこれしか思いつかないからどうにかやる気にさせなきゃ。何かに紐付けるのがいいかな。結婚とか同棲は重いだろうし、先のことは分からない。
そういえば進路どうするのか知らないや。目星くらいつけてるのかな。
「…先輩って進路決まってるんですか?」
「大学進学の予定だよ?」
「新潟のですか?」
「そこはまだ悩んでる。煌月くんと離れたくないし、一人暮らしで苦労する未来しか見えないもん。どうしたの急に?」
「俺は先輩と長くお付き合いしたいと思ってます。なので先輩3年生だから知っておきたくて。って一人暮らしとかする事になったら料理できた方が良いって思っただけなんですけどね」
「そっか…。ふふ、じゃあ私からも煌月くんに質問していい?」
なんだろう、先輩はこんな改まって質問するような人じゃないのに。先輩はコミュ力が高いからかなんでもさらっと聞いてくる。一々どもる俺とは大違いだ。
「煌月くんは私のどこが好き?」
カップル定番の質問来た!きっかけは顔が良いからだったけど今は違うし答えられるけど、せっかくなら先輩にも返して欲しい。
「恥ずかしいんで言った後に先輩にも同じこと聞いていいですか?」
「いいよ!」
食い気味に了承してくれた。先輩は恥ずかしくないのか。体重ねてる時はめちゃくちゃ恥ずかしがるのに。
期待の眼差しを向けて来てるしさっさと答えてしまおう。先輩に見つめられると恥ずかしくて頭がくらくらしてくる。
「…俺みたいなちょっとズレてるやつのことを受け入れてくれる包容力と暖かさが好きです」
いざ言うとテンパって早口になってたし、ちゃんと聞き取れたかな、てか意味わかんないかな。自分でもよく分かんないや、あ〜、もうやり直したい。
「あの…やり直し」
「次は私の番だね。私はね、全部だよ!優しくて私のこと大事にしてくれるし、かと思えば引っ張ってくれて優柔不断な私にはぴったりだと思ってるし、顔もかっこいいし背もほどよく高くて理想だし……」
この後数分間俺がもういいって言ってるのに俺の好きなところを言い続けてくれてほんの数分だったのに数十分に感じるほど恥ずかしかった。でもそれと同じくらいにめちゃくちゃ嬉しかった。好きなところ聞くのいいな。
「あ、でも、1個だけ不満があります」
なんだろう。そんな1個なんて余程不服なんだろうな。なんかしたっけ。
「私のことを名前で呼んでくれない所。陽って名前で呼んで欲しい」
「んぇ、そんなこと?」
「だって先輩先輩って言ってくれるのは可愛い後輩って感じで恋人っぽくないんだもん!」
てっきりもっと性格とかあのつまんない部屋で嫌なところがあるのかと思ったのに、先輩って本当に面白い人だなぁ。
「陽……先輩」
口に出すとめっちゃ恥ずい!今すぐ目を逸らしたい。けどここで逸らすことはできない。先輩も黙ってないで何か言ってよ。
「あぁ、そっか。煌月」
「ひゃいっ!」
張り詰めた緊張感の中名前を呼ばれ盛大に噛んでしまった。この時呼び捨てだったのは気づけなかった。
「じーっ」
先輩は呼んできたくせに何も言わずに分かるでしょみたいな顔をしていた。
先輩ごめんなさい、俺の彼氏力が低くて何を伝えたいのか分かんないっす。
「呼び捨て」
「へ?」
「陽って、呼び捨てでいいから。あと、敬語もいらない」
「でも、後輩ですし」
「私と煌月にそんな上下関係なんてないでしょ」
「先輩は高嶺の花ですもん、敬語は取れません」
俺は先輩と付き合えてるだけで贅沢なんだ。それを対等になんて学校のやつらが許すはずない。
「なら高嶺の花じゃなくなればいいよね。下品な女なら高嶺の花じゃない?」
「先輩は下品じゃないですよ。清楚です」
ムスッとして、何も言わずにベッドに乗り上げてきた。
何をするつもりなんだろう。機嫌悪そうだからちょっと怖い。
「煌月が私をいやらしい女にしたんだからね」
先輩は服の上から指を這わせた。めちゃくちゃくすぐったい。下の反応を見てるしきっと愛撫のつもりなのかな。
「ふは、先輩、ふふ、こんなとこでダメですよ」
笑わずに言えれば感じてないって思ってくれるだろうけど笑いが抑えられない。
「煌月はしたくないの。私はしたい」
「授業はサボっちゃだめです。勉強なんて今しかやらないんですから」
「むっ、いいもん。じゃあもうしてあげない!」
「先輩、どうしてそんなに怒ってるんですか?」
「そんな所も嫌いじゃないんだけどさ、私がどうして怒ってるのか当てて。当ててくれたら許すから」
俺は先輩の気持ちが分からない。真面目な正論に苛立っているのか、それとも違う理由か。こんな時どうすればいいのか。俺が怒らせたのに何ができるんだ。何が悪かったか分かってないのに謝るのは失礼だし。
「……」
「煌月くん。私はね、君と一緒にいたいだけなの。君がどう思ってるか分からないけど私は君と生涯を共にするつもりで付き合ってるよ。い、今のヒントだから!」
そっか、勘違いじゃないんだ。この真剣な瞳を疑ったらそれはもう侮辱だ。あなたをありのままに受け入れていいのなら俺ならこうする。
「きゃっ!?」
先輩を押し倒して真正面から手を握った。
「問題は放棄する。分かるわけないもん、陽だって俺の考えてること分かんないだろうし。だから今俺が考えてること教えるね」
「う、うん」
先輩の瞳は震えていたけど、俺はもう動じない、要望を伝える。それで嫌われたら、それはそれだ。元々身分不相応な恋なんだ。諦めて終わりだ。
「離さないから、絶対。陽が後悔するくらい俺の愛は重くて粘着質だよ。嫌なら今のうちだからね」
先輩は驚いた顔をしたけど、すぐににこっと笑った。
「望むところだよ。そこまで言うんだったら私束縛するよ?家族以外の女の子と喋らないって約束してくれる?」
「それだと配信もできないね」
「しないで。私は煌月を独り占めしたい。私から好きになったんだよ?覚悟してよね」
本気の恋愛に発展した俺たちの恋は始まりが付き合った時ならこれが第一話ってとこかな。俺たちの物語はまだまだ終わらない。俺達が付き合い続ける限り、生きている限り。
この後陽は料理の練習を重ね、半年くらいでようやくお弁当として食べても問題ないレベルに成長した。