まとまり動け
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ううむ、さすがに辛いなあ……。
ああ、どうしたのかって? 息子の修学旅行なんだけど、これが秋ごろに変更になったんだよ。例年、この時期にやっていたものが、ずらされるらしい。またしても中止、ということにならないといいが。
学生時代は、一年が人生で占める割合が大きい。学年ごとの行事があることが、その実感を後押ししてくれるのもあるが、こうもおあずけを食らっちまうのは、つくづく気の毒だと思うよ。
確実に、一生に一度しか経験できないことだ。それを延期にさせられたり、中止にさせられたりも、また一生に一度の経験だろうけど……印象としてはどうだろうかね。ただでさえ、修学旅行そのものも無事に終えられるか分からないというのに。
――む、なにか良い思い出がないような口ぶり、だって?
まあ、近いようなものだが、私の修学旅行は少し奇妙なことがあったのさ。
そのときのこと、聞いてみるかい?
私たちの修学旅行は、新幹線を使って目的地へ向かうものだった。
生徒の立場となると、修学旅行となればみんなと遊ぶことに対する期待が大半で、まじめに旅行先で学を修めようと考えている生徒など、どれだけいたことか。
私自身も乗る前から、新幹線の席で一緒になる班員たちと、どのようにして数時間の車内を過ごすかうきうきしていたよ。
「みんな、トイレにはしっかり行ったか? 乗る前に済ませて、車内でできる限り席を立つことのないようにな」
生活指導の先生から、指示が飛ぶ。
普段から口うるさい先生で、生徒たちの間でも評判はよくない。私たちもその声に生返事をしながらも、次の瞬間にはもう雑談に花を咲かせていた。
そして新幹線に乗って30分ほどして。
トランプに熱中していた私だが、急に催してきてしまった。ちょうどゲームの一区切りだったこともあり、席を立つ。
このころはまだ車内は和式便座が多い。この車両もご多分に漏れない姿をしていて、私はいまいましくズボンを脱いでかがみ込む。
尻を落ち着けることないこの姿勢、私もあまり好きではない。早いところ出てきて欲しいが、先ほどまでせかしていたのがここにきてもじもじし、腸の奥でぐずぐずしている。
お腹をなでてせかす私の後ろで、「ガタン」とトイレの戸がうなった。コンコン、と戸を叩く音もしてくる。
――ホレ見ろ、他の人を待たせちまってるじゃないか。
自分のお腹を責めつつ、引き続き督促していく私だが、戸の外の動きはせわしない。
車両の揺ればかりじゃないだろう。トイレのドアの前を、何度も行ったり来たりを繰り返しているんだ。
それだけなら、まだおかしいとはいえないだろう。いまにも漏れそうだったら、足踏みのひとつやふたつ、私だってする。
一応、他の車両にもトイレはあるはずだ。そこへ移動すればとも思うが、爆発寸前では踏ん切りもつけがたいだろう。
「すいません、もうちょっとで出ますんで」
思わず声をかけてしまった。実際、ようやく通じて、もうすぐ終わろうかというところまで来ている。あと一分もせず、ここを立てるはずだ。
ところが、背後からの足音が止んだかと思うと、これまでとは違う鈍い金属音が後ろで一度だけ響いた。
叩いた感じじゃない。どちらかというと、金属を無理やり引き裂いたような感じがする。
おそるおそる振り返った私が見たのは、締め切ったドアと壁のすき間から一本だけ突き立つ、刃物の姿だったんだ。
時代劇で見る刀のように、わずかな反りが入った刃。それが10センチ近くねじ込まれ、無理やりにでも戸を開けようと、ぐりぐり左右へ動くそぶりを見せたんだ。
私は柄にもなく、大声をあげた。
とたんに刃はさっと引っ込んで姿を消し、ややあって駅員さんらしき人がドア越しに声をかけてくる。
多少パンツが汚れるのも関わらず、私はトイレを出て駅員さんへ事情を話した。実際、私が席へ戻ると、先生たちの指示のもと荷物検査が行われたよ。駅員さんが伝えてくれたんだろう。
ほとんどのみんなは、不満むんむんだ。自分が当事者じゃなければ、私も同じような心地だったろうがね。しばらくはあの刃が差し込まれた瞬間を思い出して、鳥肌が立ちまくったよ。
正直、集団行動中も自由行動中も気が休まらなかった。特に自由行動で、班員たちが別々に動きたがるのを、私は真っ向から反対し続けたよ。
私たちの電車にいた、刃物のあいつ。どこから狙っているか分からないからね。あの行動は明らかに、私が声を立ててしまったからだろう。
どうにかその日の行動は無事に終わり、宿へ。夜ともなれば部屋の連中で夜更かしが当たり前にあって、私たちの部屋は怖い話で盛り上がる。
よりによってと思いつつ、空気読めない奴と認識されると、あとの肩身が狭い。てきとうに一話かましたあと、「眠たい」と告げて早々に横になった。
それが明かりの消された深夜。隣で寝ていた奴が起きて私の肩を揺さぶってきた。
トイレまで一緒に来てくれないかとのこと。先ほどの怖い話で、すっかりブルっているようだった。
私はさいわい幽霊話も暗闇も怖くない。あの刃物に比べたら全然だ。だが万一ということもある。
すでにお土産に買っていた、小太刀程度の長さの木刀をベルトに差し、私は彼とトイレへ向かったんだ。
彼の用足しは大きい方で、ここも和式便座。
「絶対に途中でいなくならないでよ!」と何度も念を押し、個室の戸を閉める彼。
私は戸の前から動かず、ベルトから木刀を抜いていた。このときのシチュエーション、私がトイレにこもっていたときとそっくりだ。もしや、あの刃物野郎が現れるのではと、警戒していたんだ。
個室の中からは、なかなか水音が聞こえてこない。これもまたあのときの私と同じだ。けれどもせかすことなく、たたずみ続ける私は、やがて廊下側からかすかな足音が近づいてくるのを耳にしていた。
さっと木刀を構える。先生方ならよし、それ以外の人で少しでも怪しい気配をかもそうものならすぐに助けを呼ぶつもりだった。
しかし、悲鳴は個室内から聞こえる。
すぐ先生たちが駆けつけ、私が外へ出るよう促すと、下半身丸出しの彼は泣きべそをかいて告げる。
つい先ほどまで、個室の足元のすき間から、刃物が入り込んできたのだと。
それは何かを探すように、刃先を左右へ揺らしながら自分へどんどん近づいてきたものの、もう少しで足を切られるといったところで、先生たちがくるや引っ込んだとのことだよ。
「まとまって動くよう、心がけているのはそれだ。
私たちが集まって生まれる熱が、あのような世界の悪い奴の動きを抑えているんだ。人の身体が熱くなり、菌の動きを殺すようにな」
先生はそう語ってくれたっけ。




