お城4.5日目。
ステンドグラスが煌めく白亜の礼拝堂には、天井から輝かしい光が燦々と降り注いでいる。ここは地下のはずなのに、まるで地上の教会の様に明るく光輝いている。壁面には天使のレリーフが敷き詰められ、祭壇には神様らしき白い彫像が祀られている。礼拝堂の全体には大輪のカサブランカをメインに、白い花たちで埋めつくされている。神秘的……その一言に尽きない。
アニーさんが扉の前で数歩下がり待機する。ルードが私の手を引き、先に入れと促された。取り敢えず私は一歩を踏み出す。教会の内部に足を下ろすと同時に、壁面の天使たちから歌が聞こえて来る。さらに踏み出した足元から、祭壇に向けて赤い光が流れて行く。まるでバージンロードの絨毯を引く様のよう。ルードが言うには祭壇前の神の彫像の裏側に、聖女専用の祈りの部屋があり、その部屋には聖女しか入れない。そう説明するルードに言われるままに、私は神の彫像が差し出す右手を握り締める。突如彫像が光りだし意識が遠ざかる。次に気付いた私は、パステルブルーの可愛らしいお部屋のソファーに座っていた。
***
「初めまして。異世界の聖女よ。私がこの世界の神であり、皆にはラピスと呼ばれています。何か不都合が有りましたか? 王太子とは体の相性はバッチリ。体から始まる愛かもしれませんが、貴女には幸せになれる様にしたつもりです。元の世界では孤独では有りませんでしたか? この世界でならば貴女は逆ハーも可能です。貴女は既にこの世界の体に作り替えられてます。元の世界でもハイスペックな貴女です。かなりチートスペックな筈。まだなにかご不満ですか? 」
「…………」
何この自分勝手な言い分。神だから何でも許される訳?ううん。たぶんこの世界では許されるのよね。でも私は許せない。結局この神様が私にしてくれた事は、体の相性がバッチリの王太子を宛がった事だけ。しかもクリスは王太子じゃないし。チートも神がくれたんじゃかい訳よね。勝手に体を作り替えたオマケな訳じゃない。私の幸せって何?逆ハーが幸せなの?元の世界で天涯孤独だったから嬉しいだろ。喜んでこの世界に奉仕しろ。感謝しろって事なの?ご不満もなにも、満足する部分がまったくありません。元の世界に戻してください!
「あなたの体をすでに、この世界仕様に作り替えてしまいました。元の世界には戻せません」
「私の考えが読めるの? なら私の怒りもわかるのよね? 理不尽すぎです! 私は確かに天涯孤独でした。しかし精一杯生きていたの。その私の生き方を神様は否定するのですか? 今でも出来るなら戻りたい。でもこの世界で生きてかなくちゃならないのもわかりました。しかし神様も、私を見た時点で失敗したのを理解しているのよね? 堅苦しくしないで正直にぶっちゃけてください。正直に話してくれたならば、私も覚悟を決めますから」
「わははは。これは参ったね。やはり中々のお嬢さんの様だ。確かに失敗だね。まさか王太子が聖女召喚を止めるとは思わなかった。止められず傷心で出奔するともな。クリスとは無理か? 別に王族と結婚する義務もない。アイツらが勝手に保護と言う名目で囲いこんでいるだけ。お前は好きにして良いぞ」
神様って男神だったの?女神だとばかり思っていたわよ。喋らなきゃ解らないわね。
「私は男だ!お前は意外に無礼な奴だったんだな。しかし神に物申すお前の根性が気に入った。天界にくるのを楽しみに待とう。しかし中々の男気だ。歴代の聖女は私と会うと媚を売りすりよってくるばかり。暴れ馬の調教も一興だ。まあ確かに今回は手違いが有った。文句は全て聞こう。言ってみみたらよい」
はあ?天界って私は死ぬ予定はありません!しかも暴れ馬ってなによ!失礼すぎ!しかしそれよりも!
「私は女よ! 男気なんてありません! 神様も王子と一緒よ! たしかに文句はあります。しかし自分で出来る事は何とかするから、どうにも出来ないもとの世界でのことだけはお願いします」
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私は元の世界での私生活などのすべてを話し説明する。もちろん此方の世界に来てからの事も話し、この世界の常識と基準を神様に教わった。この世界は所謂ファンタジーの世界。剣と魔法の世界であり、私の体はすでにこの世界仕様に作り替えられている。元の世界との大きな違いは魔力と言う概念が有ること。元の世界で魔力の概念のなかった私の体はまっさらで、魔力そのものを取り込み易いという。この世界の人間は空気中の魔素を体内に取り込み魔力に変換し、その魔力さ生命維持から魔法の発動、更には運動や知力のサポートなどを行うために使われる。つまり魔力が取り込み易いことは、魔法が使いやすくなりスペックの上昇へと繋がる。つまり元の世界での能力値より、全て上昇傾向になるそう。ちなみに私の魔法はかなりのチートらしい。普通はかなり修行しないと魔法は使えない。しかも長い詠唱が必要で、瞬間移動は劇レアとのこと。
「聖女として召喚されるものは、元は魔力のない世界の住人なんだ。その方が能力値が上昇する。つまりチートなんだよ。聖女の特殊魔法にはかなりの魔力が必要となる。しかしチートを持っても、今までの聖女に特殊魔法は使いこなせなかった。いや使う必要がなかった。皆そのまま王族と結婚し、ラブいちゃ子作りだからな。城から出ない一生だ」
ならなぜ聖女を召喚するの?もしもの時のため?予防線を引くために誘拐なんてしないでよ!しかも折角の魔法チートを使わないの?まあ夢見る少女たちは、お城の王子様と結婚しハッピーエンドな訳なのね。さらには子作りなのね……
そう言えば聖女の特殊魔法って何なの?
「世界の滅びを止める魔法だ。まあ使う事はないと願おう。ちなみに必要な時は私が君の前に降臨する。だから君は何処にいても平気だ。自由にしなさい。私は君の幸せを願おう」
元の世界の私は事故死扱いになるという。しかしそれは神様による記憶操作のためお墓とかは特にない。事故ならば誰かを悲しませたかもしれないけど、みょうな心配をかけたり誤解を与えたりはしないと思う。失踪でなくてひと安心ね。
彼にも父母の事故のお相手にも、幸せになって貰いたい。私も頑張って幸せになるからね。
神様には、父母の保険金等の貯金を何とか寄付等出来ないかと頼んだ。神様は私に元の世界での正式な遺言書を書かせた。それを父母の事故の際手を尽くしてくれた弁護士さんに、私が死亡した数日後に届く様にしてくれた。
私の死後の貯蓄は交通遺児の基金に寄付する。父母のお墓は無縁仏にならぬ様、ゆくゆくは共同墓地へ移す手続きを。弁護士さんへの依頼料は貯蓄から差し引いて欲しい。親戚には一文も渡さぬ様に願いたい。
これで私の心残りはなくなった。
「神様ありがとう。私もこれで安心してこの世界で暮らせると思う。幸せは自力で掴みたいの。王族と結婚する義務はないのよね? ならば神様には悪いけど、私はあの王子が嫌いだから逃げます。取り敢えずは城下に逃げてギルドに登録かな。まあおおかた準備はできているから、後は住む所さえゲット出来れば大丈夫。頑張るよ。神様も元気でね」
「ああ。王家はまったく関係はない。むしろ王よりも聖女の方が格上だ。王族とは単に国をまとめるための代表の様なものだからな。ほかに何か願いはないのか? チートでも何でも付けてやるぞ。モテモテ愛されチート何てのも有るぞ。逆ハーを狙うか? まあ何か有れば教会に来い」
「そんなものは必要ありません。好きな人は一人だけで充分です。愛する人は自分で探すしチートだって今の魔法で充分。話を聞いてくれてありがとうございます。ラピス様、そのお気持ちだけ戴きます」
「謙虚な奴だな。地道に努力し謙虚に生きる。その心根に私はひかれた。私の名を呼んでくれたすずには、特別に私の加護と祝福を与えよう。後はそうだな。必ず幸せな恋愛と結婚が出来るチートだ。このチートが有れば恋愛も結婚も絶対に失敗しない。害虫や幸せに出来ないヤツは弾く。つまりアプローチしてくる輩はどれを選んでも安心だ。害虫は寄せ付けないためモテないと感じるかもしれないが、騙され泣くよりはマシだろう。ラピスの名に誓い、すずには悪意有る男は近寄らせない。頑張って幸せにな」
ラピス様ありがとう。元の世界にラピスっていう幸運の宝石が有ったよね。ラピス様のイメージにピッタリ。
「おや? その袋はなんだ? 色々入れているな。ならばそれにも祝福を付けておくからな。非常食になるから安心だ。これはサプライズだぞ」
あーれー。視界が暗転する。神様がまだなにかを話しているみたいだけど、言葉までは聞き取れないよー。
気が付くとパステルピンクの可愛らしいお部屋のソファーに座っていました。立ち上りドアを開けると、外にはルードとアニーがいます。二人共に、私の顔を見てビックリしている。いったいどうしたの?
私はなぜかポロポロと涙を流していた。なぜだか自分でも理解できない……
ルードにハンカチを差し出され、アニーにハンカチで顔を擦られるまで気付かずに泣いていた。
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