お礼に行こう7日目。より良い未来へ。
魔方陣の中央に鎮座する巨大な水晶珠。私が初めてここに訪れた時、水晶珠の中には銀色の毛並みの聖獣と黒髪の少女が眠っていた。眠りから目覚め瞼を開いた少女の顔は私と瓜二つ……
今の水晶球の中には黒髪の少女の姿はなく、かなり小さくなった銀狼の聖獣と銀髪の女児が眠っている。女児の時折開く目蓋の奥の瞳は黒瞳だ。コンコンと眠る聖獣と赤子の傍らには、聖獣と女児を愛おしげに見守る四つの優しい瞳……
その巨大な水晶珠の中では、エティが生前に魔方陣に込めていた膨大な魔力を、聖獣が自身の体を介し女児に送り続けている。また自身も魔方陣に込めた己の魔力を徐々に吸収し、魔方陣と水晶球から抜きとってゆく。
聖獣と女児は互いに魔力を絡ませながら、女児の魔力線が落ち着くまで、互いに命を繋ぎ生かしあう。やがては普通の聖獣と人とのパートナーとして外界へ出ることになり、その時が満ちるまでが約四ヶ月。人間の胎児が本来母体の胎内で育まれる時間。最低産み月分が必要となったのです。
聖獣と水晶が水晶珠から解放されパートナーとして外界に出る日。魔方陣と共に神殿は永遠に封印され、やがては跡形もなく消滅する。だからもう墓標は必要ないの。
そしてこの世界での召喚魔法は、禁忌の魔法とされ神により封印される。以降神の介入による神託での召喚もなくなり、来るべき時の聖女の役目は、神の使徒となる守護天使が降臨し代行してくれることと決定した。
***
エティの体はやはり出産には耐えきれれなかったの。神は聖獣とエティと胎児とが繋がる魔力線を、エティの体のみを完全に消滅させる事により分断し、聖獣と胎児の魔力線の繋がりのみを生かす。この事により産まれてくる赤子には、産まれながらに聖獣と契約している形となる。これはエティの赤子を助けたいと言う意思を組み、さらには聖獣も納得しての神の采配でした。
聖獣はエティが妊娠していた事に気が付いていました。そのためエティだけではなく胎児にも魔力と生命力を与えていた為、近年は起き出す事も辛くなってしまう。聖獣は体のサイズを縮める事により燃費を良くし、暫し赤子と水晶球で眠り体を癒している。
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「では約束だ。人間としての人生を楽しんで来てくれ。往生した後を楽しみにしている。互いに悪い話ではないだろう? ヤンデレではないから心配ないぞ」
「なにを言っているの? 間違いなくヤンデレよ。でもその喋り方笑えちゃうわ。ふふ。でも約束は絶対ではないわよ。違えるつもりはないけれど嘘つきは嫌いなの。私が往生するまでにお互いに気持ちが変わるかもしれない。嫌なら変わる様な事をニ度としないで。信じているからね」
「惚れた方の負けだな。まあ伴侶予定には内緒にしとけ。それとも記憶を消しておくか? 」
「死んでからの事まで縛られたくはないわ。私の記憶を弄るのはやめて。このままで大丈夫。よく生まれ変わっても……とか言うけれど、私は信じていないからね。死んだら終わりよ。ニ度目の人生はまた違う人生なの。人間ならね」
目前にグルグルと白い渦が回っている。向こうでは皆が待っている。最良な解決ができたかどうか?
正直私にはまだ解らない。でも皆が折り合いを付けることができる結果には辿り着けた。これからは皆が幸せになれる様に努力するわ。より良い未来への挑戦よ。
「ありがとう。***くん! ううん。ラピス神様! 神様業を頑張ってね! またねー」
私は白い渦にめがけてジャンプをした。
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煌めくステンドグラス。白亜の礼拝堂には天井から光が燦々と降り注いでいる。地下なのにまるで地上の教会の様。壁面には天使のレリーフ。祭壇には神様の白い彫像。全体には大輪のカサブランカをメインに、白い花で埋めつくされている。神秘的の一言に尽きる、ストレチア国のお城の神殿。私がこの世界に喚ばれ、初めて神と対峙した場所。
一歩踏み出すと同時に壁面の天使達から歌声が流れ始め、踏み出す足元から次々と、祭壇に向け絨毯をひく様に赤い光が流れてゆく。祭壇前には神の彫像が有り、まるで神へと続くバージンロードの様。
私は前回同様神の彫像が差し出す右手を握り締め、聖女の祈りの場へと誘われるのを待つ。
フワリと一瞬の浮遊感が体をおおう。
目蓋を開くと私は、以前と同じくパステルブルーの可愛らしいお部屋のソファーに座っていた。
視線を感じて頭を上げると、対面に座るラピス様と目が合う。ラピス様は何処まで知っているの?ううん。何処から知っていたの?神様なのに本当にエティたちの事に気付けなかったの?聞きたい事や言いたい事は沢山有るのに、何故か言葉にならない。どうしよう。何から話せば良いの?
本当に私は聖女として喚ばれたの?他意はなかったの?ならば何故こんな悲劇が起きたの?エティと聖獣だけが責を負うのは理不尽よ。神様は何故気付けなかったの?ううん。何処まで知っていたの?
神様が私の頬に軽くキスをする。ラピス様?
「すずっちごめん。取り敢えず俺の記憶を見てくれる? でも騙すつもりはなかった。言えなかったんだ。本当にごめん……」
すずっち?神様が何で?その呼び方はまるで……
***
「何でだよ! 約束と違うじゃないか! 勇者の役目を終えたなら、元に戻す約束だろう! 何ですずがいないんだよ! しかも誰もすずは存在していないと言う。まるで俺の頭がイカれている扱いだ! ふざけんな! 」
「ふざけてはいないよ。元には戻しただろう。只そこに彼女が存在しなかっただけだ。私は間違いなく約束は果たした。君をキチンと元の世界の同じ時間軸に戻したよ。ずれたのはニヶ月位だろ?
彼女が存在しないのは私のせいではない」
あれは……ラピス様と海翔くん?なぜ海翔くんがいるの?
「すずは何処へ行ったんだ! 存在しないって俺と同じ召喚なのか? ならば待てば戻って来るのか? 」
「彼女は君の後に聖女として私の世界に召喚された。しかし彼女は元の世界には戻せない。既に伴侶も宛がっている。悪いが諦めてくれ」
「何でだよ! 神だからってふざけるな! 召喚したならやはりお前のせいじゃかいか! ならば俺をすずの所に行かせろ! 人攫いしてんじゃねぇ! 」
「神に対して口が悪いね。無理な物は無理なの。我儘言わないでくれる? 彼女何てまた作れば良いじゃない。まだ頬にチューしかしていないんでしょ? なんなら姫様と結婚すれば良かったじゃない。勇者様にベタぼれだったし」
「てめー? 殺されたいのか? 俺の好きを舐めるんじゃねぇ。俺は彼女の両親の葬儀の時に決めたんだ!
叔母さんたちの養女にはならず己で両親の家と墓を守り、やがては結婚し家の名を繋いでゆくと聞いたからだ! ならば俺が婿養子に入り、彼女と両親との想い出を守るってな! 」
海翔くんは知っていたの?海翔くんの叔母さん夫婦が、私の両親が巻き込まれた交通事故の加害者だったことを……お二人が交通遺児となった私を心配し、養女にと言ってくれたことを……でも私は断ったのに……
まさか私の両親の葬儀にまで来てくれていたなんて……でもどこにいたの?家族葬で見知らぬ人なんていなかった。あ……まさか火葬場に……
「偶然を装い知り合い三年近くもかかり、漸く付き合えたんだぞ! 残念ながらクリスマスは会えなかったけれど、夏休みには海辺のホテルでの初夜だったんだ。なのに冬休みに召喚何てするな! 男の純情を返しやがれ! 間に合わせるためにと、魔王をマッハでボコボコにしたのに! 」
邪な理由でボコボコにされた魔王……悪役のはずだけど、なぜか申し訳なく感じてしまうわ……
「死ぬ気でニヶ月程で魔王を倒したのに、卒業式も出れなかったわ! 結婚しろとすがり付くロリ姫様を突き放すのも大変だったんだ! 俺はロリコンじゃねえ! 俺はすずの胸に顔を埋めたいの! チッパイになど欲情しないわ! 」
海翔くん……残念臭が……
「そこまでだ。地球の神が白状したぞ。その男が今回の聖女の知り合いだったのが運の付きだ。双子の姉が生きていたこともな。ラピスよ。もう観念しろ。地球の神も観念して罰を受けたぞ」
「創世神様……」
「己の世界の悪い状況を打開する為にと神同士が納得を仕合い、異世界人を召喚させることは構わない。しかし神自身が介入してはいかん。イレギュラーには天罰を落とすことなどで制裁が出来たはず
で有ろう?
気付けなかった貴様のミスだ」
召喚は構わないの?
ことの始まりはお姉ちゃんが召喚されたのち、地球から次々と私の親戚が召喚された事。神託による聖女召喚は、地球との神との等価交換で定めされ成り立っていた。しかし帝国の召喚はイレギュラー。異世界の神は地球の神が文句を言って来るまで、この召喚には全く気付かず放置してしまった。
地球の神はこの召喚を知りつつ傍観していた。地球の神はお姉ちゃんが召喚された時から、帝国での勝手な召喚に気が付いていた。しかし地球では人口が増えすぎて困っている。戦争を誘発したり病気で人口削減等を画策するのも面倒だと感じ、これは幸いと見逃していた。
やがて度重なる召喚も収まってゆく。ならばイレギュラーが地球の神や創生神にバレる前に、すべての事実を隠蔽してしまおう。異世界での痕跡も消してしまおうと、ラピス神は考えたという。
「貴様は帝国の召喚に介入し、今回の聖女の若い頃の母親の召喚を目論んだな。さすれば異世界では、今以上に聖女の女系親族は増えない。地球上から召喚された人間の、地球での痕跡を抹殺しようとしたんだ。これが五十年程前の話だ」
そんな……でも母は召喚されてはいない。父と一緒に事故で亡くなったわ。
「しかし召喚に失敗した。神が儀式に無理矢理介入した上、当の魔方陣がかなり劣化しとったからだな。その余波であの交通事故事故が起きたのだろう。かなり入り組んでいて詳細は解らなかった。しかし召喚自体の時間軸も狂い暴走しとる。流石にこれは不味いと召喚を中止させ、以降貴様らは沈黙したのだろ? 」
やはり両親の事故は……
「更には反省もせず、女系親族が今回の聖女のみになったことに気付き、神託による聖女として召喚をさせた。これで彼女の地球での縁はほぼなくなる。更には惚れた腫れたか?わ鶏が先か卵が先かは解らんが、それが関係しとるなら聖女には偉い迷惑な話だな」
「今回の聖女が直ぐにも異世界に組み込まれたなら、もしかしたらだがバレなかったかも知れない。私が気付けたのは、聖女の貞淑な心と周囲の者たちのおかげだ。彼女のエロエロしつこい! との叫びが、ワシの所にまで届いていたわ。世界が変われば常識も変わる。しかし押し付けだけではいかんだろう。流されるだけで無く芯も太い。魔力だけではなく、聖獣たちがなつく訳だ! 」
え……創生神様は偉い神様なのよね?その方に私の叫びが届いていたの?
「そんな聖女だからこそ双子の姉を見つけ出した。聖獣と姉を助けてと! そんな悲痛な想いも上まで届いとる! 貴様には聞こえんのか! 貴様は神失格だ。後はワシが采配する。無限回廊で反省しろ。赦され脱出出来たらなら重畳。赦されぬなら堕天し堕ちろ! 」
「すずに双子の姉? 両親の事故は神のせい? 惚れた腫れた? いや! それよりもだ! すずは異世界でまだ伴侶といたしていないんだな!伴侶を宛がったとか言うから心配したわ! 」
「そこか? 心配はそこなのか? 申し訳ないが詳しくは己で調べてくれ。だがすまん。聖女の幸せの為にも、初夜は下界での伴侶に譲ってくれ。彼女の双子の姉の体も用意出来る。この入手経路はちと調べて貰わねばらぬがな。私も見付けて驚愕したばかりだ。納得して貰えるかが難しいが、それらを彼女と交渉してくれ。そして彼女は聖女として、この世界での生涯を終了させて欲しい」
「はー? それって俺には何のメリットもないじゃん。すずの幸せの為に身を引けってか? 」
「いやいや。そんな無体な事は言わん。君の交渉次第だ。少しの我慢で永遠の愛だ。ごにょごにょごにょ……どうだ?人の生等瞬く間だぞ? 」
「…………」
「考える迄もないだろう。では君は今からこの世界の管理者だ。つまり神だ。新ラピス神よ。この世界の知識と理を授けよう。この世界を宜しく頼む」
創世神の指先が海翔くんの額に触れる。指先から莫大な知識や世界の理が頭に流れ込んでいる様ね。
「ああ。すずっちを手放すつもりはないからな。神やってやるよ。正直この世界はいらないけど、すずっちが悲しみそうだからな。しかしコスプレなしでの天使の誘惑……良いねぇ……」
「聖女よ。男運悪いな。いや。これ程に愛されて幸せなのか? 下界での伴侶も凄そうだしな。しかしワシに出来るのはここまでだ。生け贄の様で気も咎めるが……ヤンデレホイホイは己の仕様だ。すまん許せ」
ちょっと!聞き捨てならないんですけど?
「何か言ったか?」
「いや。聖女に宜しくな」
まさか海翔くんが勇者として召喚されていたなんて……ならば今のラピス神は……
***
「てな感じな訳。理解してくれた? 俺、神になったから、すずっちが死ぬまで待っているから。死んだら俺とずーっとラブラブね」
やはり海翔くんなのね。ラピス神の姿が海翔くんの姿になる。幻影だったの?でも死んだらラブラブってどういうこと?
「えー! 意味が解らないわよ。私は死んだら天使で神の使徒? 聖獣たちとこの世界を見守り聖女の役目もするの? それに言葉使いがちょくちょく変わるけれど、どれが本当なの? 」
「まあまあ。取り敢えずお姉さんの事を解決しにゆこう。すずっちの伴侶は近くにいないよね? ならばさっさと解決して天界でラブラブしよ? 人間の生は短いけれど、やはり待つのは長いから、ご褒美は先払いしてね。神は精神体だから伴侶とは別物でバーチャルみたいな感じ。ガンガン楽しんでも大丈夫だって」
ガンガンって嫌すぎます!
「海の見える海辺のホテルは無理だけど、雲の上でも出来るからね。昼は青空を見上げてラブラブ。夜は満天な星空の下でモミモミさわさわイチャイチャ。開放的でロマンチックだよ。時間も止めとけるから下界も気になりません! 」
モミモミさわさわイチャイチャってなによ!下界は気になりますから!
「わーい。めちゃ楽しみだなー。すずっちが天使になったら毎日コスプレじゃん。羽って出し入れ出来るんだよね? 言葉使いはどれも本当。神らしくもするし、すずっちには甘くなる。すずっちに害が及べば怒るよ」
シリアスに悩んでた私がバカなの?なによこの能天気さは!しかも私の事をそんな前から知っていたの?これじゃライドよりしつここいわよ?ストーカーもヤンデレも嫌よ!でも私のせいで神様になったの?私が悪いの?
「難しく考えないで。俺はすずっちが好きだ。愛しているんだ。すずっちも俺が嫌いじゃないよね? 海辺のホテルでのラブラブは、本当に二人で楽しみにしていたよね?パンフ眺めて遅くまで駄弁ってハンバーガーを食べたよね」
うん。楽しかったよね。
「さて。取り敢えず今の俺の姿はこれね。馴染み易いでしょ?ではではすずっちはお手をどうぞ。事件解決にゆこう。ライドってのが伴侶? 今は忘れて俺だけを見て。時間がもったいないからお姉さんの所へゆくよ」
「神様……ううん。海翔くんありがとう」
「以前の様にカイって呼んでくれよ」
私たちは手を繋ぎ転移をする。
「カイ。また会えて嬉しいわ」
さあ。より良い未来へと歩き出しましょう。
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