離島へ行こう4.5日目。
ここはコテージのベッド?あ!モノク?モノクは大丈夫なの?私は慌ててベッドから飛び起きる。モノクは唇に人差し指を立て、扉前に立っていた。モノクの視線を追いベッドサイドを見ると、ライドがベッドに突っ伏して寝ている。私は起こさぬ様に反対側からベッドをそろりと下りる。毛布を背中にかけ上掛けを羽織ると外を出た。
「モノク……私を止めてくれてありがとう。体は大丈夫? 」
「聖獣は頑丈だから大丈夫だよ。それより近くにいなくてごめんね。ボロボロの船を見付けて皆で調べていたんだ。ライドはレインと城に調べ物に行っていた。ライドはさらに詳しく調べるからと、一人で城に残ってたから遅くなったの。凄く悲しんでいるから、怒らないであげてね」
なぜライドが悲しむのよ。なんて言ったら駄目よね。心配してくれたのよね。でもレインってば、ライドと二人で瞬間移動したのね。フフフ……
「リョウ? どうかしたの? どこか痛いの? 大丈夫? 」
「心配しないで。私は大丈夫よ。レインがライドと手を繋いで瞬間移動している姿を想像したらつい……」
「リョウ? 起きたのですね。体は大丈夫そうで何よりです。ですが妙な想像はしないで下さい。ライドには上着の裾を掴んで貰いました。手は繋いでませんよ」
「ぷぷっ。フフフ。ライドが裾を掴んでいる姿でも充分楽しいわ。今度お仕置きされたらネタにしてからかってやろうかしら? 」
「すっかり元のリョウですね。安心しました。城に行ったらアニーとおばちゃんたちに会いましたよ。またまた沢山の差し入れを戴いて来ました。ダンジョンに入っても心配ない位の差し入れです。今回は甘えてゆっくりしましょう。お腹が空きませんか? 」
レイン……優しさが身に染みるわ……
***
食堂用のコテージに行くと、タルバとラスがいました。タルバがニタリと笑いながら、ジロジロと私を見ています。
「おう! 雷神様はようやく目が覚めたか? あ奴らの仕置きはバッチリだぞ。しかしちとやり過ぎたな。だが綺麗に治療したから大丈夫だ。先に手を出したのは帝国だ。リョウが心配する事はない。帝国の色ボケ皇子は城で捕虜になっとる。美しい人魚様は恐いと、ブルブル震えていて見物だったぞ」
「おい。余りリョウをからかうな。リョウは取り敢えず何か食べろ。腹が空いては何もできないぞ。明日のダンジョン入りは予定通りだ」
皆ありがとう。戴きます。
***
闇夜に三日月が輝く夜。とある国の皇子がお忍びでダンジョンに冒険に来ていた。最終ボスの海竜に奇しくも敗退。皇子は護衛ともはぐれ命辛々、暗闇の海に小船を出し逃げ出した。月と星の光しかない暗闇。小舟で流されながら、心細くなる自分に叱咤する。夜明けになれば助かる筈だと……
そんな時、何処からともなく透き通った歌声が聞こえてくる。これはまさか、舟を惑わせ海に沈めると言うセイレーンの歌声か?それとも陸に上がる事もあると言う人魚なのだろうか?舟は歌声に引き寄せられる様に揺られてゆく。気付くと舟は砂浜に打ち上げられていた。そして砂浜には美しい女性。皇子はその女性に恋をした。彼女がセイレーンでも構わない。しかし近付くと逃げてしまう。皇子は取り敢えず城に戻り対策を考えた。
先ずは話をしなくては埒が開かぬ。しかし彼女は逃げてしまう。ならば手荒だが捕まえてしまおう。皇子は彼女を捕まえた。しかし彼女は何も喋らない。ただ歌を歌うのみ。皇子はそんな事は些細な事。結婚するぞと彼女を部屋に閉じ込めた。
彼女は毎日歌うか泣くのみ。皇子が精神操作の魔法で気持ちを操ろうとしてもダメ。無理矢理手込めにしようとすると、彼女は真珠の涙を一粒流した。そして噂が広まる。
【城の皇子は陸に上がった人魚を囲っている。乙女の涙は真珠の涙。乙女でなくなれば真珠もなくなる。だから皇子は人魚を后には出来ない】
城に彼女が来てから約五年後。皇子は人魚を后にすることを諦め他国の姫と結婚をした。世継ぎの為の政略結婚であり、王子は変わらず人魚の元に通いつめる。そして時折真珠の粒を持ち帰る。
そんな日々が突如終わりを告げた。部屋を訪れた皇子の目前で、あられもない姿で喘ぐ人魚の娘。初めて歌声以外の声を聞いた皇子は、唖然としたままその場から動けない。人魚の娘は惜しげなく裸体を晒したまま皇子に近寄る。
『私は貴方と一緒にいたかった。しかし視線が絡んだ途端に貴方は変化ししてしまったの。私と貴方の一緒の意味が違ったのよ。だから私は帰るわ。漸く帰れるの……』
『何故だ! 何が違うんだ! 体の関係は我慢したではないか! なのに他の男ならば良いのか! 』
『これは貴方の未練を断ち切る為よ。私が乙女のままでは貴方は何時までも今のまま。もう私は乙女でない。真珠の涙も流さない。貴方は私の真の姿に気付かなかった。私は恋愛が出来ないの。パートナーとしてなら一緒にいられたわ。でももうタイムリミットなの。ごめんなさい』
そう言い残すとその場から、人魚の娘と男は霧の様に消え去った。二人の去ったベッドの上には、一粒の真珠が残されていたと言う。
***
「真の姿に気付かず恋愛が出来ない。パートナーとしてならって……ならば彼女は人魚ではなく……でも最初から人型で体の関係? 」
「気付きましたか? そうです。まちがいなく聖獣ですよ。但し我私とラスの様に卒業して直ぐではなく、タルバやモノクの様に主を失ったタイプです」
この人魚の話は帝国での実話だそう。今回捕虜になった皇子のお祖父さまのお話。皇子はたまたまダンジョンに向かっていたが、昨晩遭難しかけてしまう。帝国からの途中で魔物に襲われ、船が大破してしまう。小舟で何とか岩場に上陸し救助を待っていたら、海で泳ぐ私を見付けた訳ね。そして愚行に走ったと……
「皇子達が全てを自白しました。帝国ではこの話の人魚を、聖獣だとは気付いていません。しかし人魚は実在していません。もちろんセイレーンもです。真珠の涙なども自作自演の筈です。最後の絡みもね。まあこれを消える理由にしたのでしょう。しかしこの聖獣は何を考えていたのでしょうか……」
「つまりこういうことよね。主を亡くした女性型の聖獣が、皇子を次の主にしようと歌声で引き寄せた。しかし皇子は彼女と視線が絡んだ途端に何かが変化し、パートナーにはなれなかった。あ!恋愛なのね! 皇子が聖獣の彼女を恋愛的に好きになってしまったから駄目なのね。変わったのは魔力の質なの? 」
「正解です。タイミリミットと言ったでしょう。多分彼女は魔力の質が戻るかとまっていたんですよ。しかし皇子は結婚しても変わらなかった。恋心が消えなかったのです。そして人魚が消えたのが五年後。憶測ではありますが彼女はモノクとタルバの様に、失った主に己の力を差し出したのでしょう。しかも多分魔力ではなく生命力をです。その生命力が全快するのに五年かかったのでしょうね。タルバの魔力が全快することと同じ原理です」
まだ謎はたんまりあるけれど、真実は当人の聖獣に聞かないと解らないわよね。つまりこの事を調べる為に、ライドとレインはお城に行っていた訳よね。
「どうやら聖獣はダンジョンの深部に隠れすんでいた様です。何処かでこの島と繋がっている様ですね。もしかしたら死んだ主は、冒険者だったのかもしれません。その辺はダンジョンで確認出来ると良いですね。流石に聖獣はいないでしょうが……」
「全てはダンジョン次第なのね」
***
「ライド? 何隠れているの? 看病してくれてありがとう。ご飯は食べたの? 」
「…………」
「心配してくれてありがとう。私はもう大丈夫よ」
「すまない。間に合わなかった……」
「聞いたわよ。お城で調べ物をしていたならば仕方のないことよね。四六時中私のそばにいるわけではないのだから気にしないで」
「四六時中そばにいるべきでした! リョウはあんなに傷付き怒っていたのです! 私があの時無理矢理にでも奪っていれば、その怒りと合わせて、すべてを私が受け止めたのに……」
「……四六時中そばにいられたら、さすがに鬱陶しいわよ。それにその場合は怒りは違う人に癒して貰います!怒りの犯人に受け止めて貰いたくはないわ。しかもあの時って何よ。何か変な誤解をしていない? 」
「リョウは皇子に……でも私は気にしていません! リョウを愛しています。傷が癒えるまで待ちます。もちろん四六時中そばにいましょう。トイレもお風呂でも離れませんよ! いっそのこと城の一室に閉じ込めてしまいましょうか? ですが無理強いはしません! ……しかしやはり……あの時私が強引にでも奪っていれば痛みも和らいだはず……」
はあ?まさか私がいたしてしまったと思っているの?しかも己がことを成していれば、二度目は辛くなかったと?辛くなければ良いわけではないのよ!一回目でも二回目でも犯罪は同じです!しかも監禁を宣言しているし!まったくこのウスラトンカチめ!
「上書きで忘れさせて欲しいならば喜んで! 私なしでは疼いて仕方がない位に……」
「もう良いから! それ以上は喋らないで! 殺意がわきそうよ! 」
「全く懲りん奴らだな」
「本当だね」
「コントの様で微笑ましいですよ」
「似合いだろうに……」
ちょっと止めてよ!
さあ明日はダンジョンよ!
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