お城1.5日目。
パチリと目が覚め周囲を見渡す。もちろん夢落ちを期待します!……やはり無理よね。当たり前の様に未だに横抱きされたまま運ばれている。下ろして!と抗議してみたけれど、見事にスルーされてしまった。
暫くすると騒ぐ私を一端下ろし、少し屈んで視線を合わせて来た。人さし指を自身の唇から私の唇に、ちょんちょんとあてて私の話を制する。確かにここで騒ぐのは得策ではない。私がコクりと頷くと再度私をひょいと抱え上げ、横抱きにしたままスタスタとまた歩き出してしまう。
これはマズいわ。ちょっとドキドキしてしまったわよ。私より頭一個分以上背が高いし、こんな風に抱っこしてくれる男性は初めてよ。彼氏はいたけど抱っこなんてして貰ったこともない。まあ日本人はシャイだから普通しないわよね。重くはないのかしら?しかしいったい何処へゆくのでしょう?
暫くすると彼が扉を開き、豪華な扉のお部屋に入る。私を下ろさずに扉を開けるの?片腕で私を支えるなんて中々の力持ちよね。そのまま私は寝室のベッドにポスンと落とされた。うわぁ。天涯付きのベッドよ。凄い素敵。もしかしてこれってやはりお持ち帰りって奴なの?私ってばドキドキな予感?固まる私の耳元にイケメンボイスが囁く。
「何も心配しないで下さい。後程説明致します。取り敢えず男性と勘違いさせたままにして置きましょう。此方にお風呂と着替えを用意します。夕食も運ばせますので、今晩はここで寝て下さい。夕食後に説明し、明日教会にお連れします。それとも女性として装い、聖女様として王子の嫁になりますか? 確かに身長は王子と同じ位ですが、装えば王子も、貴女の美しさを見直すのではないでしょうか? 」
「…………」
すみません。自惚れていました。自意識過剰状態がめちゃ恥ずかしいです。イケメンさん。さりげなく嫌味とお世辞をありがとうござぃす。いわゆるアメとムチですよね。ドキドキテンションが、バッチリ落ち着きましたよ。王子の嫁はご遠慮します。貴方の嫁なら喜んで!とは流石に行きませんよね……
「お任せ致しますので、宜しくお願い致します」
「お任せされちゃって宜しいんですか? では聖女様として王子と結婚しましょう。私共も正直その方が助かります。では早速ドレスに着替えましょう。きつけとメイクのメイドを呼びます」
「やっやだ! 貴方解ってて意地悪言っている訳? 嫌だから逃げたんじゃない。控え目と慎みは大和撫子の基本なの! この世界はハッキリと言わなきゃ理解してくれないの? ならちゃんと言うわよ! 私を男だと疑わないあんな女々しい王子の嫁は嫌! 私にだって彼氏位いるのよ~! 彼は私の事男だ何て間違えないわよ! 綺麗だし性格も可愛いって言ってくれていたわ! 容姿は仕方ないじゃない! 彼の所に戻して~! 」
「なら初めからそう言って下さい。言って下さらないと解りません。しかし恋人がいらしたのですか? 儀式では柵のない無垢な女性だけしか呼ばれない筈ですが? 」
「無垢って何処までよ」
「恋人なら普通最後までしませんか? まあ敢えて言うならディープキス位まででしょうか? しかし余り激しいと体液交換と見なされ召喚から弾かれます。だからそれ以前ですね」
私のトキメキを返して!意地悪悪魔め!
「もうそれ以上は言わないで。真顔で言われると恥ずかしいわよ。お付き合いを始めて半年。この間頬にチュー貰ったばかりです。卒業式に初キッス。その後の旅行で最後までの予定でしたよ! でも戻れないんでしょ! 柵がないってなによ! 確かに家族はもういないけれど、私は彼氏とは別れたくなかったわよ!両親の残してくれた保険金だって、薄情な親戚になんて渡したくないの! でも私が失踪扱いになったら何時か貰われてしまうの! なのに勝手に召喚して酷いよ。王子は女々しくてムカつくし……お願いだから元の世界に戻してよ……」
「それはまたかなり敬虔な世界からの聖女様なのですね。しかし王子の嫁になるのであれば、今夜から閨に呼ばれますよ。しかも女性は複数いらっしゃいます。これでは無理そうですね」
「この世界は一夫多妻なの? 余計に嫌ー! 元の世界に戻してー! 保険金も返してよー! 」
「一夫多妻ではないですよ。多重婚有りです。ですがハーレムの主は一人のみ。相手側の重婚は認められませんが、主が女性の逆ハーも可能です。歴代の聖女様では子を成した後に王子とは離婚し、逆ハーを築いた方もいらっしゃいます。成程……なので今回の聖女様は少々年嵩なのですね。何時もは十二才前後の少女が召喚されます。皆様かなり奔放な世界からいらしたので性知識はバッチリ。ヤる気満々で逆に喜ばれていました。歴代の聖女様たちの世界でも、流石に少女がお相手では犯罪になるそうです。閨は十五才を過ぎたなら解禁とのことです。なので貴女位の年齢で召喚されることはまず有りません。皆様既に無垢では有りませんから」
私十八才だけど……これで年嵩なの?酷い……
ダメだ。こんな奴の前で泣きたくはない!ベッドの上で正座しながら拳を握り締め膝を押して耐える。沈黙が怖い。何か言うか一人にしてよ!この無神経なバカイケメン退散!少しは女心を察しなさい。
「ねえ。王子の嫁以外で何とかして。面倒なら働ける所か当面の生活費を貰えたなら自分で何とかするわよ。とにかく貴方は部屋から出ていって。私を呼んだことに貴方は関係がないのよね? でも今は誰の顔も見たくはないの。八つ当たりをしたくないから出てって! 早く! 」
イケメンは何か言いたそうな顔をしたままでてゆく。何でこんな事になっちゃったの?旅行の予約もしちゃったのに。それに卒業式もだし、演劇はどうなるの?彼は私がいなくなって心配してくれる?一人になった途端に涙がボロボロと流れ出す。両親のお墓にお参りにも行けない。新しくお墓を作ったから将来は無縁仏になってしまう。お墓の維持管理費や永代供養料を、かなり先まで先払いをしておいて良かった。確か私が死ぬまでは大丈夫だって弁護士さんが言っていたはず。
彼はどうしているかな?まあ彼ともお付き合いを始めてまだ半年だし、半年で頬にチューだけ?ってブー垂れていたから大丈夫よね?イケメンだし直ぐに次の彼女をみつけるでしょう。劇も代役がいたしね。衣裳着てきちゃってゴメン。
あれ?こう考えてみるともしかしなくても私ってば、やはり柵なしなのかしら?あのイケメンの言う通りなの?それって何だか腹が立つし泣きつかれたし、もう考えるのも嫌よ。疲れたし眠い……
でもあの王子の嫁は嫌。これだけは絶対よ……
私はそのまま意識を手放してしまった。
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