聖女様は最強でした。〔ルード改めライドside〕
私はルード。この国の公爵家の次男。母は現王の妹で有り、王子様方とは幼馴染みだった。王太子様とは同年であり学園でもご学友として過ごした。血が近い為か偶々か、私と王太子さまは双子の様に良く似ていた。但し色彩がだけが違った。王太子様は王家に多い金髪青眼で有り、私は茶髪に青眼。しかしその似た用紙を生かし影武者を勤める事も多く、私は幼少の頃より王太子様と一緒に育てられた。王太子様が未来の王になるための帝王学等も一緒に学ばされた。その事に意味が有ることなど、その時の私には全く気が付かなかった。
そんなある日私は王の勅命で呼び出された。この時の話は周囲を巻き込み私の運命も急転回することとなる。
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今だに信じられない……
実は私こそが王太子で有り、私と公爵家の次男は入れ替えられ育てられていた。まさかそんな事があるなどと、誰が思いつくだろうか?それも理由がくだらない。私の実母である前聖女である現王妃は、私が産まれた際に王家に多い金髪青眼ではない事に憤慨し、育児放棄をしたと言う。まあ王家や貴族の育児は乳母任せだ。しかたがないと周囲は様子見を決め込んだ。しかし私が歩く様になると問題が発生する。王妃は私が視界に入るだけで、顔も見たくないと叩き暴力をふるう。更にはヒステリックにわめき散らし手がつけらるなくなってしまう。このままでは私の身が危険だと判断され、私は母と離され育てられた。
しかし遺伝的には何も可笑しな所はない。現王は金髪青眼であり、元聖女の王妃は茶髪に榛色の眼。私は父の青眼と母の茶髪を受け継いだ訳だ。
しかし王妃は言う。王子は金髪青眼が当たり前だと。なぜか諭す周囲を敵視し、己の意見のみを突き通した。後に第ニ王子のクリスが、王妃の理想通りの姿で誕生し、王妃はクリスを溺愛する事となる。
困惑と騒動の中公爵家の次男が私と双子の様に良く似ているとの話が持ち上がる。更には金髪青眼だ。公爵家には現王の妹が嫁いでいる。つまり次男は母より金髪青眼を受け継いだわけで、私の従兄弟に当たるわけだ。急遽私たちは見合わされ、母である王妃の前に連れて行かれた。母は既に心を病んでいたため、並ぶ二人の内の私を突き飛ばし、公爵家の次男をわが息子だと抱き締めたそうだ。
私ルードと公爵家の次男ライドは、この日を境に入れ換えられた。私は何も覚えておらず知らなかった。ライドの苦労も知らず、騎士団長にまでになり、頑張っていたつもりだった。
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私の変わりをつとめていたライド。彼は入れ替りのすべてを知っていた。王妃が病んでしまったのは異世界人で有る故の、無知による宮中での虐め。そして幼かった身での出産。聖女は十二才で召喚され、十五才で母になった。この世界では普通だが、聖女の世界では違ったらしい。王子と結婚して幸せな生活。彼女は夢と現実のギャップから逃避した。後に産まれたクリスを溺愛し、幼子にすがる様に愛情を注ぐ。そんな王妃を常に側で見ていたライド。王妃が亡くなり、突如元に戻すと入れ替わりを伝えられたと言う。彼に伝えられていた事は、然るべきときに入れ替わるとだけ。彼は幼い頃に親元から離され、狂った母との生活を余儀なくされた。いったいどんな気持ちだったのだろうか?そんな中てライドは、聖女召喚に意義を唱えていたそうだ。
聖女の王妃が死亡し喪が明けると、神託により新たな聖女が遣わされる事になった。聖女を召喚し王太子と婚姻させる。召喚後に私たちは入れ替わる事が決定した。何故召喚前ではないのか?実はライドには魔力が殆んどない。逆に私にはかなりの魔力が有る。私は騎士団長だが魔術師団の補佐もしていた。召喚の魔方陣に魔力を貯める為、私には定期的に魔力を注ぐ役目が有ったのだ。もちろん儀式中も注ぎ続けなければならない。
聖女召喚はニ日後に決定した。結果それを阻止出来なかったからと、ライドは焦心の余り出奔した。
無知な私はライドが出奔し、彼の手紙と日記を託され初めて全容を知った。ちなみに弟のクリスは私たちの入れ替り自体を知らない。婚約者のアニーとともに、この時の二人はまだ真実を知らされていなかった。
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急遽クリス王子を仮の婚約者とし、聖女召喚の儀式は行われた。私は魔方陣に魔力を注ぎ込む事に集中していた為、召喚後暫し脱力し呆けていた。室内に響く大声に気付くと、何故かクリス王子が騒いでいる。仮の婚約者なのだ。好みでかいと騒ぐ必要もないだろう。ふと気になり聖女がいる筈の魔方陣を見る。なぜかその場にはいない。周囲を見渡そうとすると突如足元にかかる重み。不思議に思い下を見ると、黒髪黒目の女性がじっと私を見詰めている。彼女は口に人差し指をあて、後ろ向きで堂々と扉から脱走した。
聖女が逃走?そんなことをするとは、私は微塵も思ってはいなかった。慌てて後を追うと、聖女は少し先の廊下に座ったまま何かを思案している様だ。私はライドの意思を汲み、聖女が嫌がるので有れば城から脱出させるつもりでいた。召喚を止められず魔方陣に魔力を注いだ。王命だとしても断れなかった私の罪だ。取り敢えず聖女を手懐け、意思を聞き出そうと試みた。
聖女はライドと相性が最高な筈だ。もしかしたらニ人は恋仲になれるのかもしれない。現在ライドはアニーの公爵家に匿われていた。アニーの公爵家とライドの公爵家は仲が良い。我が国を支える二大公爵家だ。私は昨日、公爵で有るライドの実父に頭を下げた。もしもの時のライドと聖女の身柄を頼む為だ。公爵は私はお前の父でも有る。アニーの父の公爵とも連絡済みだ。心配せずに我々に任せろ!と力強く答えてくれた。ライドは私に無理をするなと言う。しかし無理をしていたのはライドだろう!ライドに聖女の意思を必ず確認し、逃亡の際にはライドに必ず見合わせる。必ず聖女を守ると約束をした。しかし聖女は強かった。
私の助けなどは要らぬ。期待していないとまで言われてしまった。確かに私は言葉が少なすぎた。聖女を守ると裏で奔走しながら、聖女の心のケアを忘れていた。彼女は強い。しかし弱さを隠し強く有ろうとしている。多分甘える事が苦手なのだろう。だから自分で動く。それ故神にも愛された。私の手配はもう要らぬ。後は彼女に任せよう。貴女は自由だ。
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パーティーでの聖女は凄かった。色ボケしたクリスを上手くあしらい、アニーを友と呼んだ。アニーの友の計画を上手く使い、クリスに自身を嵌めさせ我が国を貶める。しかし美談と神との絡みの演出ですかさず救い上げる。ラストの聖女はフリー宣言により、全ての混乱を終息させた。そして各国の要人を虜にした。
魔術師でも有る私には解った。神との絡みは全て魔法による演出だ。いつあれほどの魔法を習得したのか?しかもアニーの友人の肩に乗る小鳥。あれは聖獣だろう。事が終わると聖女の肩に止り頬ずりしている。まさかあの時の害獣なのか?幾ら何でもまさかな。各国は気付いているのだろうか?
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翌朝聖女は城から逃走した。クリスを改心させると言うオマケつきでだ。
王は私を呼び出し必ず聖女を探しだしものにしろと言う。私は断った。聖女は自由に。これが神の意思だと王に伝える。
「私は王太子として名乗り出ません。王位は改心したクリスに。王妃にはアニーを。今のニ人ならば、この国をもり立ててくれるでしょう」
王は私がそう言うだろうと思っていたと言う。なのであわよくば聖女をクリスの正妃にしたかったと。
「私もお前たちを不幸にしたい訳ではない。今回の聖女はかなり逞しい様だ。しかし慣れぬ異界の地。
ニ年だ。お前に自由をやろう。ニ年後に再度王位について話し合おう。出来れば聖女も加えてな」
父王も後悔していたのだ。異世界の王妃の心を汲み取れず、この世界のしきたりを押し付けた事。守りきれず死なせた事。そして私たちの事。
ライドは公爵家の次男として生き直す事となった。魔力以外は私より優れているライドだ。騎士団長もしっかりと勤めあげることだろう。
そして私は聖女を追う。何故かは解らないが堪らなく会いたい。
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「私は自分で未来を掴む。貴方にはもう期待していないの……」
私は彼女にニ度とこんな言葉を言わせたくはない。この言葉を吐くときの、あの聖女の冷めた瞳が忘れられない。
「ばかね! リョウは気にしてはいないわよ! 」
「私に遠慮などはするな。相性などを気にせず、正直な想いをぶつけろ! 」
「何? 兄上ってば聖女が好きなわけ? 確かにあの胸は凄いよな。やはり私たちは兄弟なんだな。あの胸は…いっ! 痛い! 」
私はアニーに尻を叩かれ、ライドには肩を叩かれた。さらにはクリスにまで憎まれ口を叩かれ、ようやく今日城を後にする。
貴女が城を去り既に一ヶ月立つ。
城にいても城下や隣国にまで名を轟かし始めた、リョウの噂をを聞かぬ日はない。隣国でのリョウは本当に一皮むけたかの様だった。堂々とし誰にも引けを取らぬ程に神々しく輝いていた。あの輝きが他人に与えられた物ではない事を切に願う。
再開した時私は再びリョウと呼んでも良いのだろうか?リョウはまた私を、ルードと呼んでくれるだろうか?忘れられてはいないだろうか?
もう期待はしていないと告げられた時から、リョウは私をルードとは呼ばなくなった。彼女はそのことに気付いていたのだろうか?もし無意識でのことならば、私は完全に見限られたのかもしれない。再び会うのが怖い。でも会わねば先へは進めない。
神様どうか私に一歩を踏み出す勇気を……
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